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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
38/83

第五章「其々の朱夏」 (8)

 Ⅷ

 丑の刻、辰巳を後部座席に乗せたバイクは、深夜の静まり返った暗い峠を越え、高いレンガ造りの塀に覆われた建物の前へとやってきた。

 ざっとここまで一時間半ほどかかった。法定速度とはなんだったのかというほどのアキラの運転ですらあってでもある。

 彼は鉄格子の大きな門の前に来ると、ズボンのポケットからキーを取り出す。四角いそれの真ん中を押すと、門は重々しい音を響かせて、両方が同時に内側へと開いて行く。

 再びバイクを走らせると、ガーデニングが施された大きな庭を通り、駐車場へと到着した。

 四階建てであろうか。西暦時代の中世の洋館を思わせる佇まいに、思わず辰巳は物珍しさから下から上へと見上げた。

 辰巳は生まれてこのかた、低俗だと言う理由で大衆映画など伯父に見せてはもらえなかった。特にホラー映画などもっての外であったが、さすがにその業界に疎い彼であっても、この雰囲気は吸血鬼の館そのものであるように感じた。

 そういった怖い話というのは、学校に通ってさえいれば、自ずと人から人へと渡り歩いてくるものである。嫌でもついたその基礎的なイメージを払拭することが出来ぬまま、徐に見た花壇から伸びた蔦が壁に貼りついている様子も、どこか肌を登ってくる不気味さを禁じえない。

「この別宅は父の趣味だ。悪趣味だろ?」

 バイクをロックしたアキラが、建物を見上げていた辰巳の後ろから話しかける。

「とても立派な建物ですが……」

「時代錯誤も甚だしい。まあ、世事は良い。入れ」

 ただでさえ先輩の家へお邪魔することへの緊張もあるが、これまた重い木彫りの門を開き、入ったそこには洋館に住む妖魔の類ではないかと見紛うほどの美女が立っており、辰巳は自然と背筋を凍らせた。

「アキラさんお帰りなさい」

 妖艶な女は深紅のネグリジェ姿のまま、アキラを出迎えた。そしてその横に立つ辰巳に気づくと、墨掛ったほどに濃い口紅の端を上げて微笑んだ。

「あら、お友達?」

「こ、こんばんは」

 妖魔でなければ、この人物を形容する言葉は間違えなく娼婦であろう。いやらしい目つきで辰巳を捉えると、長い爪先で顎をなぞってくる。

「うふふ、随分と可愛いお客さんだこと」

 あからさまにからかっている彼女の肩を、やおらに押しのけたアキラは、真顔のまま言い放った。

「消えろ。目障りだ」

 その科白は静かであったが、其れゆえに迫力があった。だが、女の方は言われ慣れているらしく「はいはい」と手を振ると、わざとらしく腰をくねらせながらどこかへ行ってしまった。

 いったい彼女は何者で、アキラとはどういう関係なのか。辰巳が目でそれを訴えていることは明らかであった。

「あの女は父の愛人の一人だ。行くあてもないとかで、この家を貸してもらっているそうだ。体よく居候している輩に過ぎん」

「愛人……ですか」

 その言葉に辰巳はぞっとした。それは先ほどまで感じていた不気味さからではなく、明確な嫌悪感であった。

 伯父に異常なほど潔癖な性根に育て上げられた辰巳は、自身の母親ですら行きずりの恥のない女であると印象付けられており、自分もそんな人間から生まれたのだと卑下していた。そのため、愛人などという淫らな関係像には虫唾が走る。意識的に辰巳は、撫でられた顎を袖で擦った。

「何、珍しい話でもない。政府の高官などそういうものだ。それに、あの女もああいう生き方しか出来んのだろう」

「先輩はそれで良いのですか?」

 困惑した表情を見せる後輩に、アキラは鼻で笑って見せた。

「青いなお前は」

「なっ!」

 馬鹿にされた辰巳は帰ってやろうかとも思ったが、さすがにこの時間ではタクシーを呼ぶしかない。かといって、取る物もとりあえず、着の身着のまま出てきてしまった彼に、もはや帰宅のすべは残されていない。

 仕方なく、辰巳は不服な表情のまま、二階への階段を上りはじめたアキラの後ろをついて行く。そうして通された部屋は、立派な応接間であった。

 赤い絨毯に、古いがしっかりとした作りのソファーが、この洋館にマッチしている。

「座れ」

 アキラは先に辰巳を三人掛けのソファーに座らせると、自ら備え付けの自動コーヒーメーカーのスイッチを入れる。

「ミルクと砂糖は多めに入れておくか?」

 先ほどからどうも子供扱いされている事が気に障り、辰巳は意地をはって「要りません」と答えた。当然、その後出て来たのはブラックのコーヒーで、一口飲んだだけで舌の奥に残る苦みに表情をしかめる。

「良いか辰巳。人間は大きく二つの種類に分かれているものだ」

 アキラは一人掛けの椅子に座りながら、片手でシュガーポットから角砂糖を三つ取ると、すべてポトポトと辰巳のカップに入れてやった。

「それは利用される側と、利用する側だ」

 なおもむっとした顔の辰巳に、アキラはさらにミルクポーションもつけてやった。

「なんだか、嫌な言い方をするんですね」

 苛つきながらも掻き回したコーヒーは、砂糖とミルクたっぷりの優しい味がした。その様子を見ながら、アキラは落ち着き払って、自身は何も入れていないコーヒーを旨そうに啜った。

「例えばあの女は自分が男を利用している気になり自尊心が保てている。そして男の方はそう思わせておいて、息子の監視役代わりにさせている。だが、その本人はこうして自由気ままに夜中に出歩いている。なぜだかわかるか?」

 辰巳がカップを握ったまま固まっていると、アキラはさも当たり前のように言い放った。

「私が父の代わりをしてやっている。どうだ? 上手く出来ているだろう?」

 その科白にいよいよ頭に血が上った辰巳は、乱暴にカップを皿に置くと、つかつかと出口に向かって行く。そして捨て科白とばかりにこう告げた。

「先輩がそんな人だとは思いませんでした。今後一切自分に構わないでください。失礼します!」

 素早く一礼する辰巳にくつくつと笑いながら、アキラは余裕だ。

「まあ、待て。ここから徒歩で帰るのには骨が折れるぞ。タクシーを手配してやるからそれからでも遅くはあるまい?」

「結構です!」

 勢いよく掴みかかったドアノブは、なぜかびくともしなかった。驚いた辰巳はガタガタと前後に揺すってみるが、まったく開く気配はない。

「ちなみにその扉の中身は鋼鉄だ。蹴り破ることも不可能だぞ?」

 辰巳はアキラの事をきっと睨みつけるが、彼はまったく動じることなく、残りのコーヒーを飲みほしていた。

「いったい貴方は何がしたいのですか? 俺を……自分をからかって楽しんでいるのですか?」

 アキラは一息つくと、辰巳を手招く。もう一度同じ場所に座れというのだ。気は進まなかったが、このままでいても帰してくれそうになかったので、辰巳はしぶしぶ着席することにした。

「私のことを軽蔑したか?」

「はい」

 即答する相手に、アキラは満足そうに頷いた。

「そうだな。それが正しいあり方と言うものだ。だが、貴様をそのまま世間に出すには純粋すぎる。もっと目上の奴らの汚さを知らねばならない」

 どこか論点をかすめるような話し方に、辰巳の表情は頑なだ。

「はっきり言ってください。貴方が自分に伝えたいことは一体何なのですか? 遠まわしな言い方は好きではありません」

「貴様の今の態度は実に良い。率直で下手に良い子ぶろうとしていない」

「はぐらかさないでください」

 二人は視線を交わした。そこで辰巳はアキラの瞳が真剣そのものであると感じ取る。これはひょっとしてと思い、目線は外さぬまま辰巳はアキラに問う。

「先輩、貴方はまさか自分をわざと怒らせたのでは?」

「鋭いな。私は羊の皮を被った貴様には興味がない。内なる狼にこそ語る意義がある。だが、先ほどの話が嘘か誠か、その判断は貴様自身に任せよう。そこに拘るようでは、今から話す事柄は受け止めきれまい」

 辰巳は一度深呼吸をして、息を整え気持ちを白紙に戻す。

「良いですよ。もう何を聞いても驚かないと覚悟を決めました」

「ん、よかろう」

 アキラは立ち上がると、本棚の中から一冊、分厚い物を取り出した。そしてその間から薄いカード型のデータ端末を取り出すと、机の上に置いて見せた。

「これは私が最近個人的に調べたものだ」

「拝見しても?」

 頷くアキラを確認して、辰巳はカードを携帯端末にあてがう。すると、データを開くためにはパスワードが必要だと出て来た。直ぐに辰巳に渡すつもりであったのだろうが、念のためにセキリュティーを付けておいたらしい。

 アキラを見ると自身を指差し「誓鈴の名を数字に置き換えろ」と教えた。

――ヤツフサを数字に?

 試しに辰巳は『823』と入力して見るが、これでは一文字たりない。ならばと『8223』と入れてみた。すると、割とあっけなくセキュリティーが解除される。

「こんなパスでいいんですか?」

「なに、その置き換え方は日本人の思考ならではだろう? 問題ない」

 確かに、アキラの誓鈴の名を知っていてこのような数字の置き換え方をするのは、まず自分くらいしかいないであろう。辰巳はやれやれと思いながらもデータの項目を上から順番に読み進める。そのうちに、彼の表情はだんだんと険しさを増す。

 一通り読み終わった辰巳は、ゆっくりと画面からアキラへと視線を移した。

「……まさか、これはが今回の軍事予算縮小の発端なのですか?」

「そのまさかだ」

 その項目には、ライカンスロープの戦場への大量投入、及び、アンジェクルスへの直接装備という内容であった。

 具体的には、育て上げたライカンスロープの優秀な脳をアンジェクルス自体に組み込むことで、人間が搭乗しなくても動くシステムの実質的完成が示されていた。この方法なら、確かに大幅に人員が削れ、軍事予算のコストダウンが可能だ。しかしながら、この手法には当然、生まれてこの方風神と共に暮らして来た辰巳には耐えられぬ事実であった。

 共に戦う事に誓いを立て、人間の良き伴侶の彼らを、あろうことか自分たちの身代りに、不道徳、かつ不条理に、戦場の贄としようとしている。

 辰巳はまったく理解できないと言った表情で、膝の上に拳を作った。

「こんなの、フェアじゃありません。一体誰がこんな事をっ!」

「地球軍の連中と、一部の政治家だ。奴らの理論としては、人間が死ぬよりも、犬畜生が死んだところでどうということはないのだろう」

「そんな、誓鈴の彼らにだって心があります。分かり切っている事ではありませんか! それに、アンジェシステムは戦禮者と誓鈴がリンクして初めて真の意味を持つ物……ただ動けばいいというものではありません!」

「自分の保身しか考えない者には、それが分からないのだ」

 アキラの言葉は冷静であったが、彼も辰巳と同じく怒気のこもった表情で述べた。辰巳は考えを巡らせるうちに、とあるところに引っ掛かりをもつ。

「先輩、この件はひょっとして、伯父上は……」

「承知していなければ実験も出来ていまい」

 辰巳はやはりと頭を抱えた。あんなに手塩にかけ育てたライカンスロープを、そのように使うことに伯父が承諾したなどと信じたくはなかった。だが、考えてもみれば、伯父は元々地球軍所属の軍人であり、国のために働く事を誇りとしている人物である。国のために自身の育てた品物を、お上に献上する事は、むしろあの男にとって誉れ高きことなのではないか。辰巳はそう直感したと同時に、歯軋りした。

――父さんなら、そんなこと絶対に許さなかったはずだっ!

 憤る辰巳を見つめながら、アキラは静かに述べた。

「辰巳、今の地球軍内部は腐っている。政治家と談合し、自分たちは戦に行かず、どうにか宇宙軍だけで対処させるように仕向けている。まったく現場の意見など聞かずにな。そうなったのも、地球防衛という大層な任務とは裏腹に、ずっと本来の防衛を宇宙軍に任せていたからだ。実質的に必要ない組織と化し、結果として、ただの金食い虫の蔓延る餌場となり果てたのだ」

 伯父の言う事がずっと正しいと信じて来た辰巳にとって、今明かされた真実は嘘であって欲しかった。しかし、アキラの父親であるゴッドフリートは、何を隠そう腐った組織のトップ、地球軍総司令官なのである。息子の彼が、わざわざ父親の組織の汚い部分を、嘘で後輩に見せつけるであろうか。そんなことは当然考えがたい。

 そして、辰巳はふと、あの祭りの後、二人で見た月夜の晩を思い出した。アキラはあの時、彼自身の目標を語った。その真の意味を悟った辰巳は、窓辺へと歩いて行った相手を目で追った。

「先輩、貴方は自身の父親を……?」

 その言葉に、アキラはカーテンをそっと開き、外を横眼で見ながら鼻で笑った。

「是非もないことだ」

 そう言った直後だった。急にアキラは胸を押さえ、窓にもたれかかる様にずるずると姿勢を屈めた。かと思うと、酷い咳きこみを起こす。慌てて辰巳は駆けよると、困惑しながらも背中をさすってやった。

「すまない……そこの引き出しを……」

 訳の分らぬまま、言われた通り指差された棚に駆けよる。二段あった引き出しを全部引き出し、薬らしきカプセルの入った小瓶を見つけた。

「これですかっ?」

「そうだ……それを、ぐっ……!」

 一瞬息の詰まった声を出すと、一気に口から吐き出されたのは、凝固の少量混ざった血であった。あまりの光景に掛ける言葉を失いながらも、辰巳は小瓶の蓋を開けて手渡す。それを震える手で受取ると、アキラは粒の数も数えることなく、手の平に乗せたカプセルの小山を食らうように飲み下した。

 辰巳は再び相手の背に手を置きながら、なんとか質問を口にすることが出来た。

「先輩、まさか何か良くない病気にかかっているのですか?」

 だとしても、自分はもはやこの先輩の事を軽蔑などはしないと辰巳は誓った。彼の信念が本物である事は十分承知出来たのだ。今はただ、自分に一体何が出来るのか、それだけを必死に思った。

「病気……いや、違うな。これは……力を手に入れるがための代償……。父親が息子に手渡した……呪いの対価だ」

「呪い……?」

 辰巳は怪訝な顔つきをしながら、アキラの脇を支え、椅子まで誘導する。背もたれにゆっくりと体を預けた彼は、か細い息を吐いて、呼吸を整えた。

 もう大丈夫だと言うように、心配そうな辰巳に手をかざす。それに頷いた彼は、血だまりを拭こうと窓辺に向かうので、アキラはそれを禁止した。

「良い。そのまま放っておけ。後で使用人に片付けさせる……」

 アキラはハンカチで口元を拭きながら、辰巳に座る様に促した。なんとなく気持ちが落ち着かない辰巳を気遣うように、困ったような顔をしてみせる。

「辰巳……どうかそのまま、私のしょうもない生い立ちを聞いてくれるか?」

 その言葉に、脇に跪くようにして見上げながら、辰巳は強く頷く。そんな相手を見て、アキラは安堵したように、ぽつりぽつりと語り始めた。


 生まれつき白皮症として生まれて来た彼には、まったく同じ症状の双子の姉がいたそうだ。彼女は実に器量の良い優しい人物であったが、彼よりもさらに貧弱であった。

 彼らの父は、そんな自分の子供たちを常々情けないと思っていた。軍人の家庭に生まれながら、自分のためになんの役にも立ちそうにない幼き者たちを邪魔だとすら思っていた。

 だが、事態は父親にとって好転する。なんと、ナノマシンの研究対象に、自らの子供を投じることに成功したのだ。その研究が成功すれば、虚弱な体質も改善されるだろうとの、研究員からの説明であった。

 まだ十にも満たない幼い姉弟は、NSW社のモルモットとして、父親に売られ、得体の知れぬナノマシンと呼ばれる液体のようなものを、ベッドに寝かされ、腕に投与された。

 その結果、姉は激しい拒絶反応に襲われ、ショック死。弟は辛うじて緊急手術により命拾いしたが、肺に上がり残ったナノマシンが、時折活性化することにより生じる、結核のような症状に苦しむ障害が残った。


「姉は自身の父親と、NSW社に殺された。私もまた、昼をある程度歩ける体と、アンジェシステムの最適合性と引き換えに、寿命の半分を失った……」

 先ほど飲んだ薬は、ナノマシンの活性化を抑制する薬だという。放っておけば、そのまま生身の部分が浸食され、いずれ機能しなくなるという。

「ピーターがよく、私の事を失敗作だと罵っているのは知っているな?」

 実に答えづらかったが辰巳は微かに頷いた。

「奴はナノマシンを投与し、唯一拒否反応を起こさなかった被検体だ」

 辰巳にとって、ナノマシンの存在自体眉唾ものだった。それにも拘らず、実際にこうして人道に反する実験の被害にあった人物が目の前にいる。そのことに、彼は体の震えを覚えた。

 そうして、同時に思った。このような戦禮者を、誓鈴を、これ以上増やしてはいけないと。

「先輩、自分は貴方に何が出来ますか?」

 同情的だと捉えられるかもしれない。だが、その言葉は、辰巳の本心から出たものであった。

 アキラは肘かけに添えられた相手の手の甲に、自身の白い平を乗せた。

「共に、仇を討とう。そして、この世に誠の太平をもたらす。私に残された時間は少ない。頼む、私の背中を支えていてはくれまいか?」

 自分はこの男に見込まれたのだ。自らの一生を懸け、この世の諸悪を屠るために、その大義のために、辰巳は選ばれたのだ。

――自分にどこまで出来るかわからない。でも、このままじゃいけない。それは確かなんだ。……止めなければ。先輩と一緒に、間違ったものを変えるためにっ!

 自らの心に正義を見出し、辰巳はアキラの手を握った。

「承知いたしました」

 確かにそう答えた後輩の熱のこもった眼差しに、アキラは満足げに微笑んだ。



 早朝、まだ朝日が昇りかけている時間に、辰巳は帰宅した。すると、玄関には鬼の形相と化した伯父が、竹刀を持って仁王立ちしている。今までの辰巳であれば、約束を破り申し訳なかったと、自ら打ちすえられるための腕を前にだしていただろう。

 だが、今の彼は違った。

「辰巳、お前がどこに行っていたか見当は付いている。夜中に聞き慣れない物音がしたからな。どうして約束を守れなかった! あれほど白子となどつるむなと言い聞かせたではないか!」

 怒鳴りながら振り下ろされた竹刀は、ぴたりと空で止まる。

「なっ?」

 辰巳は竹刀の先端をぎりぎりと握りしめながら、伯父を睨み据えた。

「どうも、大変申し訳ありませんでした伯父上。しかし、二度と先輩を馬鹿にしたような発言は控えていただけませんか?」

 その眼光は、紛れもなく、生前の龍一と同じものを宿していた。その迫力に、伯父は言葉を失った。

「ああ、申し訳ついでに……」

 竹刀を振り払い、自室に向かう足を止め、辰巳は怯む伯父を振り返った。

「少々早いですが、今日中に出雲の宿舎へと戻ります。そのまま冬季になるまで帰宅はいたしませんので、どうぞそのおつもりで」

 辰巳は今まで伯父に見せた事のない妖艶な表情を浮かべ、そう言い捨てたのだった。

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