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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
35/83

第五章「其々の朱夏」 (5)

 Ⅴ

 じりじりと照りつける天候は、空港に着地したその時から窓辺に感じていた。空から見た砂漠は広大にして優雅で、時に目につくオアシスが幻想的であった。

 ここはアラブ地方ドバイ地区。ダナンの父が所有する広大な邸宅があり、なおかつ、友人の宿泊を許可している建物も存在する土地である。

 空港内で学校の友人たちと待ち合わせた竜也たちは、しっかりとバカンスモードになった女子たちとも上手く落ち合う事が出来た。

 サンドラは竜也の顔を発見するなり、なにやらそわそわとしていた。控えめなフリルのついたノースリーブのブラウスに、上品なネイビーカラーのミニスカート、さらには花飾りのついたヒールが高めのミュールと、誰がどうみてもばっちり決めて来ましたと主張している。

 竜也はいたって普通に挨拶したが、フィッツ、さらにアスカやヨハンまでもが彼を次々と肘で小突いた。

「おい、そこはなんか言うところだろうがよ!」

 ヨハンのアドバイスにも点で意味不明といった表情を返す竜也に、アスカも呆れて「あんなに可愛い格好してきてくれてるのに……」と嘆いた。フィッツは仕方なく、竜也の代わりに、髪型を褒めた。いつものアップの編み込みも手抜かりがない彼女だったが、いつもよりこったアレンジをしたそれはとても可憐であった。サンドラは当てが外れたが、フィッツの気遣いに悪い気はしなかった。彼はそこですかさず竜也にバトンパスする。

「ね、竜ちゃん、すっごい可愛いよね?」

 念を込めるように「ね?」と後づけしたフィッツに顔を顰めつつも、竜也は頭を掻きながら仕方なく同意する。

「ああ、まあ、良いんじゃないか?」

 ぱっとしない返事に周囲は愕然としたが、サンドラはとりあえずダメだしはされなかったとほっとした。それを見ていた丹花も、アオザイ風の美しい刺繍の入った衣装で、じっと貴翔を見つめていたが、相も変わらずそっぽを向かれてしまう。折角彼を理由に外泊を許可してもらったのに、これでは少し虚しくなっても仕方がない。だが、こんなことは今に始まった事ではないので、彼女はひたすら粘ろうと心に誓っていた。

「そういえば、ダナン先輩は?」

 相変わらずアイドルのような容姿で、これまた愛らしいピンクの花柄をあしらったチュニックを着たロニンが、きょろきょろと手でひさしを作って辺りを見渡す。それに対して、尻のラインぎりぎりまでカットされたショートパンツから、健康的な足を惜しげもなく出した、なかなか攻めたファッションセンスのキュリアが、携帯端末を見ながら答える。

「もう車でこっち向かってると思うんだけど」

「自分で運転してるの? セレブなんだし、こう、運転手とかつけてないのかな?」

 ボヘミアンなロングワンピースに身を包み、頭のヒッピーバンドを揺らしながら、シャイアンが想像に胸をときめかしている。

 こうして女子たちの華やかな衣装を並べて拝見していると、男子たちの胸になにかと込み上げてくるものがある。少なくとも、アスカとヨハンは一般基準の男子脳であったため、目の保養とばかりににんまりとしていた。

 艶やかな女子に比べて、バカンスに来た男どもなど、帰りの荷物を出来るだけ少なくしたいという思いの方が強く働くためか、軽装という共通点意外、けしておしゃれとまではいかないのが実情である。

「お前彼女いんのに良いのかよ、鼻の下のびてんぞ?」

「君こそさっきから目がいやらしいなあ、ずっとキュリア先輩の足ばっかり見てるじゃないか」

「うっせぇな、あんな格好してくる方が悪いんだろうがっ!」

 いっそ開き直ったヨハンに、アスカは「サイテー」と言って茶化す。

「女の子って良いなあ。色々な格好出来て」

 何気なく呟いたフィッツの一言は「したければ勝手にやってくれ。俺は離れて歩くけどな」と、竜也にブーメランのような返答をされ、慌ててそういう意味ではないと弁解するが、いじり甲斐のある話題に二年男子が食いつかないはずはなかった。

「わお、まさか仲間内にリアル男の娘が……」

「やっぱりそっち系だったか」

「先輩たち、僕だって怒りますよっ?」

 それぞれが賑やかに騒いでいる中、セシルは貴翔と共に空港の窓から下の駐車場を見ていた。

「そう言えば、セシルはよく許可が下りましたね?」

 貴翔が直球でそう尋ねると、セシルは困ったように笑う。

「ムラマツさんがOKくれたんです。とにかく楽しんで来いと言われたのですが、具体的にどうしたらいいのか分からなくって……」

 貴翔はそれに苦笑いしながら同意する。正直、彼もこういった場でどのように周囲に振舞えばいいのか慣れていないタイプの人間であった。だが、ダナンが皆を誘って夏休みを過ごそうという申し出は、今までになかったことではあったので、少なからず楽しみにはしているのだ。彼も三年という最後の年に、何かしら思い出に残る事がしたいのだろう。その気持ちは、貴翔とて同じであった。

「あ、あれがそうじゃないですか?」

 セシルが窓の外を指さす。そこには白いリムジンタイプの専用車が颯爽と空港の駐車場に止まる姿が見受けられた。

 後部席から気品ある立ち居振る舞いで、この土地独特のスカーフを頭に飾り付けたダナンが降り立った。セシルの声で窓辺に集まった一同はその姿を確認すると、さすがだと感嘆しながらも元気に腕を振って見せる。

「やっぱり運転手つきだ!」

 シャイアンが喜んでロニンと仲良く手を取り合い黄色い声を上げる。空港の出入り口まで足早に向かうと、ダナンはにこやかに「マルハバン」とあいさつをする。

「さあ、皆乗ってくれ。まずは父に顔を見せてやって欲しい」

 一同は少し緊張を覚えたが、宿泊のための建物を無料で貸し出してくれるのだ。ダナンの父には挨拶くらいしなければ無礼と言うものだろう。

 リムジン車両に乗るなど初めての者も多く、特にヨハンは中の設備を物珍しそうに見てはしゃいでいる。ダナンが小型冷蔵庫から飲み物を取り出し皆に回し、ガヤガヤとした車内で、竜也は車窓から頬杖をついて、絢爛豪華な街並みをぼんやりと見つめた。

 遥か古代、かつて此処はやはりセレブの集まる首長国の一つであった。核戦争後の天変地異で一度はただの廃墟と化したこの街も、英雄(メシア)の力によって太平となり、その後街の再建築が成されたとされる。

その第一人者がダナンの遠い先祖であり、彼の父はその血筋を誇り高く思っている。なによりも、この土地を牛耳っているのはダナンの家系であった。つまり、竜也の目の前に広がるこの景色は、殆どダナンの父の息がかかった建物であるのだ。

――アラブの王子様っていう冗談も、あながち嘘じゃないよな……。

 竜也は彼ら家族の総収入を計算すると、ほぼ国家予算と変わらない、或いはそれ以上なのではないかと半ば呆れる。しかしそう思えば思うほど、やんごとなき立場のダナンは、なぜ軍人になろうなどと考えたのだろうか。身近な金持ちと言えば、サンドラもそうであるが、彼女は父親への反発心という理由があった。だが、今の様子を見る限り、ダナンが父親と仲が悪いとは考えがたい。

 竜也がそんな事をなんとなしに頭に浮かべているうちに、車はダナンの本邸宅へとたどり着いた。

 敷地内には大きな噴水があり、よく手入れの行きとどいた花壇や植木がシンメトリーに並んでいる。その黄金宮を思わせるような佇まいの門前へ降り立つと、両側から自動で扉が開いた。

「やべ、俺今すげぇ緊張して来た」

 ヨハンが今更自身の胸倉を掴んでうろたえる。

「おお、誰かと思えばダナンじゃないか!」

「兄さん、帰って来ていたのか!」

 扉の向こうに居たのはダナンと同じ長身で、浅黒く焼けた肌をした白い服を纏った三十路ほどの男性だった。綺麗に整えた髭を蓄えている彼は、弟を見るなり嬉しそうに両手を広げハグする。ダナンもそれに答え、背中を二、三軽く叩き合い後退する。

「紹介しよう。一番目の兄、ナジブだ」

 ダナンは一番の親友である貴翔の背中を押し、兄ナジブと握手させる。白い長袖から覗いた腕には、僅かだが入れ墨のようなものがちらりと貴翔の目にとまった。

 ナジブは普段インテリアデザイナーの仕事をしており、なかなか忙しく家に居る事が少ないそうだ。他の七人の兄たちも同じく社会人なので、兄弟がそろうことは殆どないという。

 それにしてもあまり似ていない兄弟だと、一同は思った。それは決して髭があるからといった問題だけではない。聞くところによると、ダナンの兄たちは皆母が違うらしく、この土地では一夫多妻制の制度が適用されているのである。当然、兄だけではなく下にいると言う弟妹も同じくダナンとは母が違うそうだ。

 ダナンはナジブに丁寧に皆を紹介すると、兄は機嫌よく頷いた。

「なるほど、皆ダナンと同じ士官候補生なんだな。弟が珍しく人をいっぱい引きつれているので何事かと思ったよ」

 冗談めかして笑いおどけて見せると、ダナンは参ったなと頭を掻く。さすがの生徒会長も、兄の前ではただの弟に違いないのである。

「兄さん、父さんは今何をしている?」

「俺も久々に帰省したから顔を見せてきたところだ。のんびりとシーシャを吸っていたから、今行っても大丈夫だと思うぞ」

 軽く礼を述べると、兄は滞在中に一度くらい共に食事でもしようと弟に語りかけた。ダナンはそれに頷く。

「じゃあ、皆ダナンと仲良くしてやってくれな」

 ナジブは気さくにそう言い残し、滅多に帰って来ない我が家の自室へと向かって歩いて行った。

 ダナンを先頭に、一同は一流ホテルのロビーのような広間を抜け、エレベーターで三階まで上がる。誰しもが広間の目の前にあった大きな二つの階段は、果たして掃除意外で誰が使用するのかと素朴な疑問に思った。

 エレベーターを降りようとすると、目の前にセシルよりもさらに小柄な少年が横切る。

「お兄ちゃん、待って!」

 その後ろを幼い少女が追いかけてきた。そこでふと横を見ると、ダナンと視線が合う。

「あ、ダナンお兄ちゃん!」

「えっ?」

 少女の声を聞きつけ、少年がいそいそと戻ってくる。

「ムスタファ、元気なのは良いが、あんまり走りまわると危ないぞ?」

 ダナンの注意に、ムスタファと呼ばれた少年はむすりとして言い訳をする。

「だってラフィーカが父さんから貰った大事な僕の宝物を見せろっていうんだ。妹の癖に生意気だ!」

「ダナンお兄ちゃん、ムスタファお兄ちゃんったら酷いと思わない? ラフィーカね、別に何をもらったか気になっただけでなにもしないのに……」

 幼い兄妹たちは、はたとしてエレベーターから降りてくるダナン意外の人々に驚いた。

「ダナンお兄ちゃん、その人たちだあれ?」

 妹のラフィーカは少し怖がりながら、ピーコックグリーンのスカーフを握って口元を隠した。ダナンは弟妹の頭を両の手で撫でながら、学校の友人であると説明した。

 臆病な妹に対して、ムスタファはずけずけとヨハンとセシルに近づいて行った。

「ダナン兄さん、こいつら兄さんと近い年に見えないけど?」

「なっ!」

 セシルは苦笑いするに止まったが、ヨハンは自身が低身長な事を多少なりとも気にしていたので、かちんと頭に来たようだった。

「悪かったな! 俺はダナン先輩の一個下の二年だっつの! 文句あるかっ?」

「僕だって今年で小学二年生だぞ! お前なんかすぐに抜いてやる!」

「てめぇ、このっ!」

 白熱しそうになる不毛な喧嘩に、ダナンはムスタファの首根っこを掴み、アスカは「子供と同列になってどうすんの」と、悪友の頭に軽くチョップをお見舞いした。

「すまんな、ムスタファは今が一番生意気盛りなようでな」

 ダナンがそう言うと、女子たちはくすくすと笑いながら口々に「可愛いね」と漏らす。ダナンの弟ムスタファは、それに少し照れくさくなったようで「いーっ!」と歯を見せながら走ってどこかへ行ってしまった。

 逃走した兄の代わりに妹のラフィーカが頭を下げるので「気にしなくて良いって!」と、キュリアが手を振って見せる。

「ヨハンが大人気ないのがいけないんだからさ」

「先輩そりゃないっすよ」

「なによ、本当の事でしょ?」

「うっ……」

 もはやキュリアには何も言い返せないヨハンは、一歩たじろいだ。

「ところでラフィーカ、父さんは?」

 ダナンが妹の身長に合わせて屈むと、嬉しそうに兄の首へ纏わりつく。しっかり者のように見えて、まだまだ甘えたい年頃のようであった。

「お部屋でダナンお兄ちゃんのこと待ってるって言ってた。ねえねえ、後でラフィーカと遊んでくれる? ムスタファお兄ちゃん最近一緒に遊んでくれないんだよ?」

 それに対してロニンが後で自分たちと遊ぼうと提案する。ラフィーカは少し驚いていたが“年上のお姉さんたち”と遊ぶ機会など、男兄弟しかいない彼女にとって貴重な体験である。直ぐに喜々として首を大きく縦に振った。

「それじゃあお兄ちゃん、お姉ちゃん、また後でね! 絶対遊んでね、約束だよ?」

 一同もまた頷くと、ラフィーカはスキップをする様に去って行った。

「皆ありがとう。ムスタファとラフィーカは二人とも十番目の夫人から生まれた子供たちなのだが、どうにも最近兄妹で遊び方が違うのか、妹の方が寂しそうだったのだ。お守りをさせるようで申し訳ないのだが、少しでいいので付き合ってやってくれ」

 普段リーダーシップを取るダナンの意外な家庭内での姿を見て、皆何やら微笑ましい気持ちにさせられる。彼の真面目ながらにして柔和な優しさは、こういったところから培われているのであろう。

 木彫りで出来た象が端に置かれた扉を叩くと、内側から中年というよりも、もはや初老といった少し濁った声が返ってくる。

 ダナンが入室すると、一同もそれにならってお邪魔する。室内には白く立派な髭を蓄えた厳めしい老人が、水煙管をぷかぷかと吹かしていた。あまり目にすることのない青く半透明で装飾的なガラス管がエスニックな雰囲気を醸し出している。

 すっかり先ほどまで緊張感の抜けていた竜也たちは、そこで少し気持ちを入れ直した。

――あれだけ兄弟が要るんだから、まあ当たり前か……。

 白髭の男性がダナンの父である事は間違いないのだが、何となくイメージしていたものと違う。実に勝手で失礼な話だが、もう少し若い姿恰好を想像していたのだ。

 何にしろ、あまり似ていない父子であるところを見ると、ダナンはどうやら母親似であるようであった。

「ああ、君たちよく来たな」

 厳しそうに見えていた表情がこちらを確認するなり急に優しいものになる。こういう顔をしていると、確かにダナンの父親その人らしかった。

「息子が学校で偉ぶってられるのも君たちのお陰だ。さあさ、適当なところに座ってくれ」

 ダナンの父はそう言うなり、壁際のスイッチを押しながら、スピーカーの向こうにいる使用人にお茶の用意をするように命じた。

 部屋には水煙草のフレーバーであろう、ジャスミンの香りが漂っていた。そこは広い客間で、鰐皮で出来た椅子が円になるように配置されていた。

 中東の名前は自身の名前と父の名前が付くのがシンプルな作りであるが、ダナンの家庭は歴史があるので、それにさらに祖父の名前が付く。つまり彼のフルネームがダナン・アブドゥル・カスィームであるので、父の名前はアブドゥルと言う事になる。

 そのアブドゥルは、息子と友人たちが席に着くのを満足そうに見渡して、ふとサンドラの姿を確認すると、おおと声を上げる。

「これは、これは、ハカラ社長のお嬢さんじゃないか。社交界以来かな?」

 サンドラは思わずどきりとしたように顔を上げると、愛想笑いを作る。

「そうでしたわね。お久しぶりですわ、アブドゥル様」

「ふむ、ここに来るということは、息子とは上手くいっているようだな」

 その科白に周りがざわつく。ダナンも慌てて否定した。

「父さん、あの話は白紙にもどしただろう」

「ん? なんだ、てっきり思い直したのかと……」

 珍しく気まずそうなダナンを、貴翔は心なしか意地悪く睨みつけた。

「どう回避したのか、後で教えていただきたいものです」

「勘弁してくれ……」

 その二人のやり取りに、サンドラは溜息をついてから話し出す。

「この際ですからきっぱり申し上げますわ。アブドゥル様、ダナン様との婚約は父が勝手に持ち出したお話です。私は自分の夫くらい自分で探します。勘違いしないで欲しいのは、けしてダナン様が気に入らないとかそういうことではありませんわ。ただ、私はまだ結婚なんてしたくありませんの。自分の力で社会的に地に立って歩けるようになってから初めて考えますわ。殿方に頼って生きるような人生を私は送りたくありませんし、第一こんな生意気な私はダナン様には相応しくありません。どうぞ、あのお話はお忘れくださいませ」

 一気に吐き切ったとばかりに、サンドラは胸を張って見せた。そして、使用人が運んできた茶を品良く礼を言ってから、落ち着き払って飲みほした。

 周囲はひやひやとしている様子だったが、竜也はその光景を見て、サンドラはきっとダナンの父の発言に苛ついているのではなく、恐らく自身の父の身勝手な政略結婚紛いの約束を取り付けた事に対して怒りを覚えているのだろうと悟った。

 ITの一流企業と、油田王。娘と息子が婚約すれば、間違えなくとても大きな金のパイプが出来上がる。サンドラは父のそんな打算は分かり切っていた。彼女いわく“クズ”の思惑に乗ってたまるかという意地と、そんなことの駒に娘を使おうとする父親に情けなさすら覚えているのだろう。

 そして、結婚という文字はサンドラにとってのトラウマであり、さぞ鳥肌のたつ言葉であろう。何しろ、苦手な男と言う名の生物と、一緒に一つ屋根の下で暮らすのである。考えただけでもおぞましいことであろう。竜也は彼女の心中を察し、視線を向ける。すると、それに気づいたサンドラはその場を取り繕うように咳払いし、眉間に少々より気味だった眉を直しながら付けたした。

「ダナン様とはあくまで良きお友達ですのよ」

「ふむ、芯が一本通ったお嬢さんだとは思っていたが……まあ、あれだな。平たく言うと、ダナン、お前振られたのだな」

 苦笑する父に何も言い返す事の出来ないダナンは「そのようだ」と、父と同じ表情を作った。

「いや、なに、すまないな。これに懲りずに息子とは友人として仲良くしてやってくれ」

「はい、もちろんですわ」

 元々造形の美しい顔で、サンドラは極上の笑みを返して見せた。美人に生まれた女子はこういう時に得である。にこりとすれば大概のことは水に流れる。その証拠に、何事も問題は起こらず、その後はダナンの友人紹介が滞りなく行なわれたのだった。

 機嫌良くうんうんと頷いたアヴドゥルは一年二人に注目した。

「そうか……君らがあの二人の息子たちか」

 彼は竜也とフィッツを見比べ、何かに思いを馳せる様に目を細めた。

「電光石火の神風、鉄壁の白き衛星……連邦最強の剣と盾などと言って、当時はマスコミがはやし立てたものだ。君らが次世代のエースになれば、世も安泰だな」

 アブドゥルは水煙草の煙を燻らせながら続ける。

「家の息子は学校では優秀らしいが、恥ずかしながら我が家から軍人を出すのは初めての事だ。敵を倒すということに甘えが出るかもしれん。その時は、どうか息子を支えてやってくれ」

 まさか先輩の父親にそんなことを言われるとは思ってもいなかったので、二人はどう返事をしていいものかと、顔を見合わせてしまった。

「その時は、私も必ず彼の支えになりましょう」

 堂々とそう答えたのは、貴翔であった。それに少し目を丸くした様子であったが、ダナンの父は大きく頷く。

「そうだな、君が一番の親友であるようだ司馬瑛くん」

 貴翔としか名乗っていないはずの彼は、その返答に驚いた。

「年は離れていても、お兄さんと瓜二つだ。何があったか知らないが、たまにはご実家にも顔を見せてあげなさい。案外、親と言うのはそれだけでも喜ぶものだ」

 余裕綽々と微笑むアブドゥルに、貴翔は完全に一本取られてしまった。丹花もここぞとばかりにアブドゥルの言葉に頷いている。

 ダナンはそれに助け舟を出すように、父の肩を叩いた。

「父さん、悪いがそろそろ……」

「ああ、すまん、すまん。年寄りの長話で君らの折角の時間を取ってしまうところだった。さあ、これが専用ホテルのIDカードだ」

 アブドゥルはダナンに一人ずつ配るようにと、客人用に用意したホテルの鍵を預かった。

「どうか楽しんで行ってくれ。ドバイはとても良いところだ」

 初めの気難しそうな印象はもう感じはしない。人の良い笑顔の油田王は、気前よく息子の友人たちに言ってのけた。

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