第四章「聖ヴァルキリー女子士官学校」(8)
Ⅷ
フィッツが放ったライフルの閃光は、不意を突かれた敵機の片翼を穿つ。サンドラは錐揉み状態になりながらも、必死に構えたランスから誘導ミサイルを射出する。その弾道は落下するガブリエルへと向かう。
――手ぬかりましたわ。まさかエクスシアイ級がアズライールにくっついて隠れているなんて!
サンドラがアズライールの他に、レーダーで見たもう一つの赤い点は、自身が落ちる真上を颯爽と通り過ぎて行ったルシファーであったのだ。まさか三機、上空で待ち構えているとは思ってもみなかったのである。
サンドラはどうにか地面ぎりぎりのところで姿勢を立て直し、ブースターを巧みに操り着地した。それとほぼ同時に、アズライールから次々と尾を引くように、フレアとチャフが散布された。レーダーは何も映さなくなり、これによりレニーの電波障害波も二度目はなくなった。
「ミサイルは?」
目を凝らしてガブリエルの落下した方角を確認する。フレアのせいで、サンダルフォンの誘導ミサイルも、今やただの誘導機能のないただのミサイルである。フレアが散布される前に、果たして相手に着弾したかどうか確かめる必要があった。
彼女の目の前には湖が広がっている。
「まさか……ここに落ちてしまったのでは?」
サンドラはぎょっとした。もし被弾した状態で、湖になど浸かってしまったら、浮上できず危険極まりない。
彼女は戸惑った。今や電波はおろか、センサーもレーダーもない。まったく周囲との連絡手段や索敵能力を失ったのだ。それは相手も同様であったが、これは本当の戦争ではない、あくまで対校試合なのだ。死者が出ては目覚めが悪いというものである。
サンドラが迷いながらも、教官に異常事態を知らせる閃光弾を放とうとしたその時であった。
「はっ!」
湖の中心から実弾が飛び出し、サンドラのすぐ横の山肌を削った。
「ふん。そう、そういうこと。ステルス機能で隠れていたかと思えば、次は水中にかくれんぼですの? なかなかの卑劣漢ですわね」
そうつぶやくと、サンドラは外部のスピーカーをオンにして、機体の手を水面に浸す。
「貴方だって肉眼で確認しなくては、こちらに当てるのは容易ではないはず。そっちがその気なら、どちらが忍耐力があるか試してみまして?」
水中のフィッツにその声が伝わる。ようは先に頭を捉えた方が勝ちということである。サンドラはランスを水面に向かって構える。
「どうするつもりなのよフィッツ?」
ルナが急かすように、水中に潜ったまま待機してしまったフィッツの腕を小突く。
「どうするも何も、このまま何もしない」
「はあ?」
「サンドラ先輩も言ってたでしょ? こうなった以上根競べだよ」
本来ならば一発必中で脱落させなくてはいけない相手だったのだが、それは残念ながら敵わなかった。しかし、主天使級の翼を奪い、さらには誘導ミサイルの機能も奪ったのだ。作戦は完全な失敗ではなかったと言えよう。だが、今の状況はあまり芳しくない。顔を出してから相手を狙って撃たなくてはいけないフィッツに対し、サンドラは相手の頭が出た瞬間に撃てばいいのだ。最悪彼女の方が早ければフィッツが脱落。良くても相撃ちが関の山であろう。
「何よそれ。それまでずうっと潜ってるの?」
「三〇分たったら応援弾を撃つよ。でもそれまでは静かにしてよう」
ルナはつまらなそうにふてくされた。
サンドラとフィッツがそうしてお互いに牽制し合っているずっと奥の方では、アスカと貴翔のグループが、丹花とロニンに苦戦を強いられていた。
「くっ、あの二人は何をやっているんですかっ!」
貴翔は丹花の繰り出すトンファーの打撃を青龍刀でかわし、ロニンの追撃を掠りながら思わず愚痴る。
「もおっ! 能天使級の癖にこの人しつこいし強いよお!」
焦れているロニンに、誓鈴のレッサーパンダ、ヨジュンが主を応援する。
「が、頑張ってロニンちゃん。た、たぶんこの人が丹花先輩のフィアンセじゃないかな?」
「ええっ! その人って学年次席の副会長さんとかだよね? だったら丹花先輩の恋路のためにも、ここは踏ん張らなきゃだね!」
そんな交戦中の後方には、貴翔がラファエルの爆弾で作り上げた塹壕に、アスカのウリエルがこっそりと隠れていた。しかし、そんなことは前回の対戦からリベンジを誓った丹花によって、すでにばれている。
「卑怯者、瑛にばかり戦わせて出てこないなんて! そんなことを続けるのなら、こちらにだって考えがありますよっ!」
丹花の誓鈴は雌虎の柳葉である。彼女は戦闘前に必ず行う儀式がある。それは、いわゆる断食と呼ばれるものである。
虎は空腹時にこそ己の戦闘意欲を燃え上がらせる。その獲物を狩るという肉食獣特有のスキルは、アンジェクルスの機敏な攻撃運動にも関わるのだ。
「貴翔先輩もうちょっとがんばって!」
本来工作戦術を生業としている貴翔に無茶を押しつけながら、アスカは必死に狐火を飛ばし、索敵していた。狐火のユニット一つ一つが、アスカの目となる。直接画像がヘッドセットを通じて脳内に監視カメラのような無数のイメージとして投影される。
――竜也くんは無事、ヨハンは半壊で再起不能判定。敵機は二名沈黙。ダナン先輩とセシルくんは予定通り後詰攻略開始。フィッツくんは……たぶん水の中。敵のリーダーは飛行能力を失ったものの未だ健在。
そこまで状況判断の出来たアスカは切に竜也に早く応援に来てくれるように願う。動きの鈍い自分のウリエルと、本来格闘戦術向きではないラファエルの機体では、丹花の機体、力天使級ラグエルの打撃系の猛攻と、遠距離支援型のロニンの機体、能天使級マールートの相手は、どこまで持つか分からない。分からないが、耐えるしかない。アスカは一気に集中力を攻撃に移し、横一列に展開したユニットを、丹花とロニンの後方へと飛ばす。
「貴翔先輩さがって!」
アスカは叫ぶと、貴翔が塹壕へ飛び込むのを見計らって狐火を一斉総射する。
「――破っ!」
丹花は斜め後ろで援護していたマールートを押し倒しながら、彼女の機体特有の、長い鎖の両端にアンジェクルスの拳ほどの鉄球がついた、流星錘という武器に回転を与えて投げた。それは狐火の列半分を蹴散らし、放った主の手元へと戻ってくる。
「まずいっ!」
流星錘がこちらに来ると感じたアスカは、慌てて残りのユニットを集め、自分たちの頭上に傘のように展開した。ユニットが作り出した防御壁で一時を凌げたが、数を半分失った威力は高が知れている。いや、実際のところ全体量では半分どころではない。六割はすでにロニンによるビームボウガンの乱れ撃ちと、丹花の尋常ではない攻撃により、撃ち落とされていたのである。
「邪魔ですっ!」
トンファーを両腕に携えたラグエルが、薄い防御壁など諸共せず、塹壕を飛び越え突っ込んできた。バリバリと紙を破るように防御壁を突破すると、がら空きになったウリエルの懐へと飛び込む。その姿はまさしく飢えた虎の如く凶暴である。
「うわっ!」
トンファーで思い切り叩きつけられた機体は、地面へと突っ伏した。アスカの乗っている機内は赤く点灯し、警告音がけたたましく鳴り響く。
「先輩、竜也くんと合流してください!」
貴翔にスピーカーを大音量にして伝えながら、アスカは機体を起こしつつ腰部分についたバルカンで応戦する。
「アスカっ……すみません!」
貴翔は塹壕から飛び出すと、マールートに向かって手榴弾を投げつける。その爆発でロニンが怯んだ隙をついて、貴翔は竜也と合流すべく西側へと向かった。
現時点でユグドラシルの脱落者はヨハン、アスカの二名。ヴァルキリーもキュリア、シャイアンの二名。ここまでは両者ほぼ互角の戦いを繰り広げていた。
「見慣れない機体……、一年坊主だね」
ココットは乾いた唇を舐め、照準越しにセシルの機体、ルシフェルを射程内に収めた。トリガーにかかる人差指に、最高のタイミングだと思われる瞬間で力を込める。
放たれた弾丸は一直線にルシフェルの頭へ向かって空へ上る。しかし、その弾はあと僅か、ほんの数センチずれたことで、相手は無傷であった。慌ててココットは二射目に入ったが、誓鈴のスコープが羽毛を逆毛立てて警告する。
「危険! 攻撃ではなく回避を先行すべし!」
「なに?」
ココットは慌てて伏せた状態のまま、主天使級マスティマを反転させた。その直後、本体より先行して飛ばしてあった金星の鎖から放たれたレーザー光線が、矢のように降り注ぐ。
「やるねっ!」
ココットは反転したままマスティマの翼を広げ、空へと飛び立った。空中で逆さを向いた状態で、S級ロングレンジライフルから閃光が放たれる。その反動で態勢を戻し、さらにトリガーを引く。
通常スナイパー用の銃は弾込めに多少時間が掛るのだが、ココットのその技術は熟練の職業軍人そのものであった。その動きにセシルは多少驚いたが、表情はあまり変えずに、金星の鎖を本体に集めながら攻撃を次々と避けた。
「ちょこまかと! まるで弾の道筋が読めてるみたいじゃないか!」
ココットのその言葉は的中していた。セシルには分かるのだ。相手が自分のどこを狙い、どう攻撃に移るのか。だが、なぜかセシルの操縦桿を握る手は小刻みに震えていた。
「リリス、どうしよう。僕……」
先ほど放った金星の鎖での攻撃は、セシルに宇宙での戦闘を思い出させていた。心拍数が上がり、急に息苦しくなる。自然と引き金に乗せた指には力が入らなくなった。
「大丈夫よセシル。私がついているわ」
リリスは目を細めると、ふっとセシルにかかっていた精神的なストレスが軽減される。
「これは……いったい?」
「これが博士からプレゼントされたお守りの効果よ。貴方の戦いに対する負のイメージ連鎖を断ち切ったわ」
リリスは冗談めかして「アニマルセラピーの進化版ってところかしら」と、ウインクして見せる。
校内練習では追加装備の意味するところがいまいち分からなかったが、今回の実戦でやっとその存在価値がどのようなものなのかが分かった気がした。
「とにかく、これからは私が貴方を守るわ。だから目一杯あばれてやんなさい!」
「分かった。ありがとうリリス!」
セシルは加速用ブースターを一気に踏み込むと、マスティマに接近した。ココットは流石にこうなっては超遠距離攻撃型の武器では不利と察し、S級ロングレンジライフルを投げ捨て、脇に装備してあったサブマシンガンを素早く取り出した。撃ちざま低空飛行で地面を背に相手と交戦を繰り広げる。すると、ルシフェルの後ろに映ったのは、アズライールに追いかけられているレニーの機体、能天使級イスラフィルの姿であった。
イスラフィルはアズライールから繰り出される斬撃を懸命にかわしながら、音圧弾を無数に放っていたが、まるで相手に効き目はないようだった。その証拠に、アズライールの剣、ヒートシャムシールがイスラフィルの足を薙いだ。
「レニー先輩!」
ココットは歯ぎしりすると、もう片方サブマシンガンを取り出し、なりふり構わずアズライールに特攻を仕掛ける。まさかの行動にセシルは相手を慌てて追いかけた。
「敵の大将だけでも撃ちとってやる!」
サブマシンガンの銃口から火花が飛び散る。
「……マーレーシュ」
ダナンは静かにつぶやくと、振り向きざまシャムシールを地面に擦りつけるように天に向かって払い上げた。その動きが作り上げた熱風は周りに蒸気の煙幕を発生させ、一瞬ココットの目を紛らわした。そしてその隙から、ダナンの繰り出した一刀は、見事相手の首を切り裂く。
ココットの愛機、マスティマは、がっくりとその場に膝を屈する形となった。セシルはその光景を目の当たりにして、改めてダナンが学年主席であり、尚且つ生徒会会長の席に座れることを許された人物なのだと再認識した。
「すみません、取り逃がしてしまって。お手数かけました」
セシルは作戦通り事を運べなかったことを謝罪する。
「損傷は実に軽微なものだ。問題ない」
ダナンはアズライールの翼を広げて見せ、微かにサブマシンガンの爪痕が残った以外は異常ないことを主張する。
「他の連中は無事だろうか?」
「少し待ってください」
セシルは集中するように瞼を閉じると、各々の気持と自身の精神をリンクさせる。しかし、そこに違う森が嵐で揺れ、木々が擦れ合わさるようなざわつきの波が起こり、リンクを邪魔されてしまう。
――何が原因? 胸が妙にざわつく……これは……。
セシルが何かを感じ取ったその時、竜也は丁度東側と合流しようと、西の地点から中腹を超えて、湖の近くへ来ていた。
「くそっ、早く貴翔先輩たちと合流しないと!」
自分の役目を潤滑に遂行出来なかった歯痒さに、竜也は多少苛ついていた。ただ物事を進めるのが遅かっただけではない。貴重な戦力であるメタトロンを失ったのだ。本来ならば、機動力のあるミカエルでそのような事態は防げたはずであった。
「心を乱すことはない。初めての実戦だ。上手くいかないのが当たり前なのだから……」
「分かってる!」
雷神の励ましを、竜也は突っぱね歩を進める。すると、そこには純白に輝く片翼となったアンジェクルスが、水面にランスを構えながら立っていた。
――サンダルフォン! フィッツは攻撃を外したのか?
ならば自分が仕留めなくてはなるまいと、竜也は刀を振り上げ走り出した。
「はっ!」
惜しくもひらりと相手にかわされ、刀は空を切った。
「もう、なんですのっ! こそこそ隠れたり、背後から攻撃してきたり! 殿方は卑怯すぎますわ! 嫌な人たち!」
サンドラは激怒しながらも、あたかもスケートでも嗜むかのように、雪の上を細いサンダルフォンのつま先で滑る様に舞う。
ランスからはミサイルが炸裂し、竜也も必死にそれを避けながら、雪の上を滑り走る。そうして出来た間に、二人はお互いを睨みつけ、じりじりと距離を測る。
「空が飛べれば……こんな敵!」
悔しがりながらサンドラが少し後退するために操縦桿を倒そうとすると、なにやら遠くの方から地響きが伝わってくる。
「あれは!」
竜也は山の斜面を見上げた。その隙を狙い、サンドラはミサイルを発射する。それはミカエルの左肩に被弾したが、竜也はそんなことは気にも留めずにサンダルフォンに向かって走り寄る。そして大音量のスピーカーで伝えた。
「撃つな! 逃げろ!」
「なんですって?」
サンドラは今度こそ後退するために思い切り操縦桿を倒す。それとほぼ同時に、ミカエルの機体はサンダルフォンを抱え込んだ。
異変に気付いたフィッツは湖から脱出すると、目の前に壮絶な光景が迫りくるのを見た。度重なるなる戦闘行為による振動で、とうとう白銀の大山が牙をむいたのだ。
湖に溶けきらないほどの雪の波がフィッツを襲う。彼は慌ててラビットモードを発動し、まさしく脱兎のごとく自然の猛威から逃げだした。
なんとかそのまま雪崩の脅威から脱出したフィッツは、しばらく呆然と当たりを見渡していた。
「フィッツ!」
突っ立っているガブリエルに向かって、貴翔はスピーカーを通して呼びかける。
「あ……貴翔先輩。こ、これってどう対処すれば……」
「緊急事態です。すぐに学生の点呼を取ると教官に連絡します。異常がなければ試合を再開することになるでしょうけども、もし人数が足らなければ早急に捜索しなくてはなりません」
フィッツは改めて事態の重大さに驚愕しつつも、しっかりしろと己の頬を両手で叩いてから提案する。
「僕がラビットモードで教官に伝えます!」
「そうですね。その方が早いでしょう。私は煙弾で停戦指示と集合指示を出します」
二人は頷き合うと、それぞれの行動を急いだ。
――微かに、竜ちゃんの叫び声が聞こえたような気がしたけど……。
フィッツは教官のいる輸送艦に向かいながらも、どうか気のせいであって欲しいと願わずにはいられなかった。
※マーレーシュはアラビア語の「ماليش」です。意味は「すまんな(軽い謝罪)」とか「気にするな」などです。




