第四章「聖ヴァルキリー女子士官学校」(5)
Ⅴ
その日の夜。男子用宿舎は、まるで葬式のように静まり返っていた。大部屋に年頃の男子が七人も揃っていながら、一向に誰も修学旅行よろしくはしゃいだりする様子はない。明日の行動確認のため、皆一応部屋の中央に円になり集まっているものの、一様に疲れはてた様子で下を向いてしまっている。
「皆さんどうしました。顔に女難の相が出ていますよ……?」
「いや、それを言うならお前もだろう貴翔。みんなもいったいどうした?」
珍しく顔に覇気のない貴翔に突っ込みを入れつつ、周りも気遣うダナンは、フィッツと目が合った。彼は特に精神的ダメージは受けていない様子であったからだ。
「竜也は何があったんだ? フィッツ」
「え~と……」
普段から仏頂面のことのほうが多い竜也ではあったが、今日はそれに輪をかけていた。そんな様子で隣に胡坐をかいてだんまりを決め込む親友を気にしながらも、フィッツは首を可愛らしく傾げてみせる。
「な、なんかちょっとしたことで、サンドラ先輩とケンカ? みたいなことになっちゃったらしくって……。だからその、あんまり気にしないであげてください」
ダナンは一瞬驚いた顔を見せたが「ふむ」と顎を撫でる。
「まあ、あまり長引くのも良くないだろう。必要ならば、自分から先に折れることも視野に入れておけ」
竜也は心底面倒臭そうに短く適当に返事をした。
「本当にお前はあっちこっちケンカ売るんだな?」
呆れたように言うヨハンであったが、そういう彼の頬にはビンタの跡がくっきりと赤く残っている。
「そっちこそ、キュリア先輩に振られたんっすか?」
「ちっげぇよ! これは、その、なんだ……」
口ごもるヨハンの代わりに、アスカが力なく擦れた声で笑ってみせる。
「去年の密売スナップ写真の件、どうせばれたんでしょ?」
「ぬぐっ!」
アスカの言うとおり、ヨハンは去年の同日、母校に帰ってから荒稼ぎするために、女子のスナップ写真を無断で撮影し、ユグドラシルに帰還してから、校内の男子たちに一枚五〇〇ラインで取引していたのだ。どうやらそのことがヴァルキリーでも明らかになっており、食堂に入ってからものの数分で、怒りと恥辱に闘志を燃やしていた女子たちに取り囲まれたらしい。その間キュリアはけらけらと笑って様子を見ていたのだが、ヨハンの諸行がわかっていて食堂に引きずっていったのか、はたまたただ単に楽天的なのかは定かではない。
「そういうてめぇはメスゴリラの妹に手ぇ出して殺されかけたんだろうが。しっかり情報はキャッチしてんだぜ?」
「メスゴリラじゃなくってココットお義姉さんだよ! 次言ったら殴るよ?」
「けっ、あの女の妹じゃたかがしれてるぜ。趣味が悪いにもほどがあるだろ?」
「安心しなよ。君には絶対に彼女を紹介なんてしてやるもんか!」
その会話を聞いて興味を持ったフィッツが「どんな方なんですか?」と聞くと、アスカは恥ずかしそうに端末の写真をこっそりと見せてくれた。そこには栗毛色のミディアムボブで、素朴な雰囲気の女子が微笑んでいる。
アスカの話しによると、ボクシング部で行ったチャリティーイベントを手伝ってくれたファンの一人だったらしく、それがきっかけで知り合ったらしい。
彼女はココットと一緒の施設で育った戦争孤児であったという。実のところココットとは血の繋がりはないのだが、同じ家に預けられてからは、ココットが本当の妹のように大事に面倒をみていたらしい。現に、ココットの軍人志望理由は、その妹と家族に、少しでもより安全なところで楽をしてもらいたいからというものである。そのためなのか、時に異常なほどの警戒心を表立って出すのだという。
「お義姉さんは、ただ妹が心配なだけなんだよ。だから、僕が認めてもらうには、まだまだ時間が掛かりそうなんだ」
がっくりと項垂れるアスカを励ましつつ、フィッツはなにやら深く考え込んでいるセシルが目に入った。
「どうしたの? セシルも何か悩み事?」
話しかけられ、はっとしたセシルは、おどおどと貴翔の顔を確認しつつ、フィッツに問うた。
「あの、その……縁談ってなんですか?」
こそこそと耳に入ってきた単語に、フィッツは驚きのあまり「ふぇ?」と奇声を発する。
「セシル」
そこに貴翔が困ったような口調で割り込む。
「貴方、人の話を立ち聞きしていたでしょう? あまり良い趣味ではありませんね」
「えっ、あ、わざとじゃないんです。ただ、耳に入ってきた声が気になってしまって……。その、ご、ごめんなさい……」
反省するセシルに溜息をつくと、ダナンが貴翔の肩を叩く。
「いい加減話しても良いんじゃ無いか? 俺たちは仲間だろ? この際、お互いの悩み事は隠し事なしで行きたいじゃないか」
どうやらダナンは多少なりとも貴翔の家庭事情を承知しているようだった。その会長の一言で皆貴翔に注目したものだから、本人はまったく参ったといった様子で額を押さえた。そのまま彼は沈黙でやり過ごそうとしたのかもしれなかったが、ヨハンがにやにやとしながら、余計な口を開く。
「なんだなんだ? まさか貴翔先輩まで女がらみでやらかしたんじゃねぇっすよね?」
その一言に、貴翔は「ふう」と一息つくと、自身の履いていた内履きをヨハンの顔面めがけて投げつけた。
「あがっ!」
丁度腫れた頬に直撃したヨハンは、両手で押さえながらごろごろと痛みにのた打ち回る。
「ヨハン、今のはお前が悪いぞ」
珍しくダナンにも非難され、ヨハンは深々と陳謝した。
「まったく、仕方がないですね。このままあらぬ疑いをかけられても面白くありませんし……」
諦めたように貴翔は頭を振ると、自身の端末をいじり、その画面を皆に提示した。
「これが私の兄です」
「え! この人って……」
フィッツが驚くのも無理はない。そこに映されたのは、軍人だけではなく、この地球共同連邦に住む者なら大概はニュースで見たことのある顔であったのだ。
「国家総参謀議会第一書記。それが兄、司馬養の肩書です」
それはこの国のトップ、国家総参謀議会会議長、または副会議長の右腕を示す役職である。アジア全土を束ねる役も担っており、地球共同連邦の重要ポストで、大概議会の結論や世論などで会議長の代わりで矢面に立ってインタビューを受けている姿が、国民には慣れ親しんだ光景であった。
また、弱冠三十路で政界の表舞台に上がったことと、父親の後を継いだ形でのポスト入りもあったことで、世間的に話題になった。
さらに、真偽は定かでないが、噂によると、あの太古の昔も昔に栄えた、中国の歴史上に登場する、晋王朝の末裔だと言われている。つまり、大変話題性に富んだ人物なのだ。
「わおっ、まさかのロイヤルファミリー! って、あれ、じゃあ貴翔って名前は……?」
アスカが興味津々に身を乗り出すと、貴翔は徐にメモ帳とペンを取り出し、さらさらと漢字を書いて見せた。
「本名は司馬瑛と申します。貴翔は二十歳になった時につけてもらう予定だった字で、まあ、貴方に分かりやすく言うなら、中国式のミドルネームといったところです」
司馬家では代々、晋王朝の末裔という話から色々と仕来たりがあり、この字をつけるという今ではあまり馴染みのない風習もしっかりと残っているのだという。
「へえ、面白い! でも、なんでその字しか教えてくれてなかったんですか?」
アスカが問うと、貴翔は素直に「司馬なんて苗字、一発で兄の血縁だってばれるじゃないですか……」と、眉間に皺を寄せる。その答えに少なからず竜也は、自分もそのようにして天野の苗字を隠していれば、サンドラと喧嘩することもなかったのではないかと、ふと思う。そこで今度は竜也がぽつりと質問する。
「どうして隠してなきゃいけなかったんっすか?」
それに対して、貴翔は少し気恥ずかしそうに答えた。
「実は、兄が勝手に父や母と一緒になって私の婚約者を決めてしまいまして……。その他にも色々と面倒な決まりごとのある家だったので、耐えられずに出てきてしまったのです」
そのなんとも本人の醸し出す雰囲気とは大凡合わない家出という事実に、一同は目を丸くした。
「そ、そんな先輩が逃げ出すほど嫌な相手だったんですか?」
余計なことかなと思いつつ、フィッツは恐る恐る聞く。
「嫌というか、相手は今日皆さんも会った張丹花です」
その事実はさらに一同を驚かせる。特にヨハンは「ええっ!」と大声を上げる。
「めちゃめちゃ美人だぜ? あの人!」
「ヨハン、貴方は顔が良ければ親から渡された婚姻届に易々と判が押せるんですか? 特に昔から知っているわけでもない、ただ親が選んできた相手ですよ?」
それを聞いてヨハンは贅沢な悩みだとも思ったが、金持ちには金持ちなりの気疲れがあるのだろうと、貧乏人の自分には遠い世界の事のように思った。
「第一それだけではなく、家族は私にも政界につけと言って聞かないのです。私は嘘で世の中を騙しながら国を動かす仕事より、自分の力でこの国に貢献したい! そう言ったのですが、理解はしてもらえませんでした……」
そこまで話して何かがふっきれたのか、貴翔は話を続ける。
「それに、丹花ときたら、私を追って自分まで軍人になると言いだしてこのヴァルキリーに入学してしまったのです。どうやら私を試合で負かせば、考え直して家に帰るだろうと思っているようですが、去年負けたのにまだその考えが変わらない様子なのです。いい加減執拗なので、今日はそれに対して注意したのですが、どうにも理解してくれません」
まるでダムが決壊したように、今まで溜まっていた文句を吐きだす副会長に、皆意外な物を見る目で固まっていた。だが、ダナンは「そのへんで十分だろう」と、冷静に貴翔の背中を叩いた。
「はっ、すみません。私とした事が、少々しゃべりすぎたかもしれません……」
「いや、それだけ悩んでいたのだから仕方あるまい。ただ、俺はずっと気になっていたのだが、丹花もいきなり婚約者だと言われたのはお前と同じだったはずだ。それなのに、どうしてそうまでしてお前を連れ戻したいのだろうな?」
貴翔は少し首をひねる。
「さあ……? 彼女自身は私の母と仲が良いみたいなので、とにかく連れ戻して来いと仰せつかったのではないでしょうか? まあ、大方家の財産目当てでしょう。ただ残念ながら、私は一切家徳を捨てて、全部家長である兄に任せてしまおうと心に決めているのですが」
竜也は自分の境遇と重ねて考えてみる。家に戻れと強制するのと、家に戻るなと拒絶するのは、果たしてどちらがより罪作りなのだろうか。家族に口汚く罵られるより、帰ってこいと腕引かれることの方が、よほど幸せなのではないか。と、そこまで思って、竜也はずいぶん自分に対してネガティブになっていることに気がつく。
――他人を羨ましがるなんて、俺らしくないな。
竜也が人知れず自嘲していると、今まで黙っていたセシルが口を開く。
「あの、すみません。また疑問が増えてしまったのですが……」
セシルは黙々と検索を繰り返していた自身の端末に映された辞書の項目を、フィッツに見せながら困惑した表情をみせる。
「縁談と検索したら結婚話と出て、結婚と検索したら男女が夫婦になることとでてきたんですが……具体的に夫婦になったら何をしなくてはいけないんですか? それって、とても大変なことなんですか?」
少年の純朴な質問に、今度は一同がそれぞれに、どう答えたものかと困惑する。
「う~ん、大変っちゃ大変かなあ。僕の家なんかしょっちゅう喧嘩してたし……」
「おいおいアスカ、あんまりマイナスのイメージつけちゃだめだろ。俺んちは貧乏してっけど、親父もおふくろも仲良くやってるぜ。まあ仲良すぎて久々に家帰ると弟や妹増えてたりして、これ以上食い口増やすなって文句言ってやりたい気もすっけど……」
ヨハンの品のない冗談は、もちろんセシルには通じず、その他の生徒会メンバーにじろりと睨まれる結果となった。
「ああ? なんだなんだ、俺が悪いのか? 大体セシルの見た目年齢的には中一くらいだろ? その歳で結婚や夫婦がなんたるかが分かってないとか、そっちの方がむしろ不健全だぜ? ここは一丁先輩として男女とは何たるかを……っ!」
そこまで言いかけたヨハンは「いい加減にしろ」とアスカに頭を殴られ、強制的に黙らされた。
その様子を苦笑いして見ていたフィッツは、人差し指を立ててセシルにこう告げた。
「慌てて色々覚えようとしなくていいんだよ。そのうち分かる事だしね。僕から教えられるのは、夫婦っていうのは家族になることなんだ。一緒の家に暮らして、ご飯を食べたり、お話したり、そんな当たり前のことが、心地よく思えるのが夫婦なんじゃないかな。きっとセシルにも将来、そんなふうな関係になりたいなって思う女の人が見つかるはずだよ?」
セシルはいまいち理解に苦しんでいたようだが、フィッツの穏やかな顔に、そんなものなのかと一応は腑に落ちたようであった。しかし、どうにも雰囲気がセンチメンタルな妙な空気になってしまった。どことなく恥ずかしくなったフィッツは、突然立ち上がる。
「そ、そうだ! みんなで大浴場行きましょう! 先輩も、竜ちゃんも、ちょっとは気分晴れるんじゃないかな?」
それに便乗するようにアスカも立ち上がる。
「そ、そうだね。うん、賛成! 悩み事なんて全部お湯に流しちゃおう!」
竜也はその科白に「それを言うなら水に流すじゃ……」と突っ込みを入れたかったが、それよりも皆の行動力の方が早く言いそびれてしまった。
ヴァルキリーには各部屋にあるシャワールームとは別に、北欧式のサウナも完備された大浴場施設があった。
ユグドラシルの学校敷地内にはこういった気の利いた施設がなく、広い湯に浸かりたかったら、わざわざ校門を出て門限を気にしながら都市内をうろつかなくてはいけないのだが、ヴァルキリーの大浴場は授業終了時間から最終就寝目安である二十三時まで校内で開放されている。
客人用の大浴場もその隣に併設されており、多少本浴場よりも狭いものの、七人で入るには十分な広さが確保されていた。
そもそも、大部屋にはシャワールームが一つしか付いておらず、一人ずつ入るには少々不便を感じる。そのため、このような施設が用意されているのは大変ありがたいことであった。
暗い暴露談議から一転、やっとユグドラシルの生徒会一同は、年相応の元気な顔立ちを取り戻した。
「うっひょ~! やっぱ修学旅行はこうじゃないとな!」
脱衣所からダッシュで湯船に向かうヨハンに、慌てて貴翔が注意する。
「こらっ、あんまりはしゃぐと転んで怪我しますよ! というか、修学旅行じゃありませんから!」
「ははは。まあ、似たような物だろ」
「ダナンまで何を言っているんですか……」
生徒会には一見学園の殆どの権限が与えられているようで、デメリットも存在する。その一つが、修学旅行が無いという点である。その理由は丁度、時期的にこの対校戦と被ってしまうからだった。
「物は考えようだよね。修学旅行ったって士官学校だし、あの鬼教官に叱られながらフル装備で野山駆けずりまわされてしごかれるのがオチだよ。そしたら楽しい夜の自由時間も、疲れ果ててすぐ寝ちゃうだろうし」
アスカはそうぼやきながらシャツを脱ぐと、軟弱な科白とは裏腹な、鍛え上げられた肉体が露わになる。ギリシャ彫刻のような立派な体躯に、どうがんばってもあのようにはならないと、フィッツは自分の白く平たい腹と見比べ、密かに切なくなった。彼はどうにも元来筋肉が付きにくい体質のようだった。
ふと隣を見ると、竜也が切々とセシルに向かって「まず掛け湯をしてから……」と、公衆浴場の入り方を伝授していた。その様子がまるで初めて息子を温泉に連れてきた父親のようだったので、思わず微笑する。
そこでフィッツは一つ提案を申し出た。
「セシル。僕が頭と背中洗ってあげるよ」
「え、そんな、いいです。さすがに一人でできますし……」
「いいから、いいから。修学旅行代わりなんだし、こんな時くらい楽しまなくっちゃ!」
困惑するセシルを、フィッツはずいずいと背中を押し、シャワー前まで連れて行ってしまった。
「竜ちゃんも後で洗ってあげるからねぇ!」
フィッツは浴場の方から脱衣室に呼びかける。
「それよりもお前、ちゃんと湯船に入る前に髪の毛上げとけよ」
「は~い」
そう適当に竜也は親友をあしらうと、掛け湯をし、何気に楽しみにしていたサウナに直行しようとする。すると、背後からアスカとヨハンが勝負を挑む。
「先に耐えられず外に出た奴が自販機のジュースおごりってのはどうだ?」
「僕はレモンの炭酸がいいなあ」
折角最初は一人でゆっくりサウナを楽しむつもりだった竜也は、あからさまにげんなりした表情を浮かべたが、勝負を売られて買わない男ではなかったので、当然のように「じゃあ、俺はスポドリで」と答えて見せた。
「お前ら絶対俺が負けるって思ってやがるな?」
「だって君出身南米地方でしょ? サウナなんて無かったんじゃない?」
「バカ、灼熱地獄の親父の機械工場手伝ってた俺を舐めんな!」
竜也はそんな二人を尻目に、板の段に敷かれたタオルに腰を下ろし、腕を組んで不動の姿勢をとる。
「お、竜也くんが割と本気モードだ……」
「ったりまえだ。ジュース二本自販機で買えばスーパーより割高だからバカみてぇじゃねぇか!」
「それは君の発想でしょ?」
一通りやり取りを終えると、二人も竜也に習い、沈黙する。だが、普段から軽口を叩きあう二人には、竜也のようにただひたすらじっとりと汗をかくというのは無理な話であったらしく、お互いに何か口を開こうとしたその瞬間であった。
「ひゃあ、いよいよ明後日本番だねぇ!」
扉が開く音が小さく聞こえたかと思うと、壁の向こう側から、なんとキュリアの声が響いて来た。
男子三人はぎょっとして顔を見合わせる。
「ま、まさかサウナは壁一枚ってことか?」
ヨハンがこそこそと話すので、竜也とアスカは必死に黙る様にジェスチャーする。
「キュリアさん、そんな大声だすと、隣に聞こえますわよ?」
咎めるようにサンドラの声が入って来て、竜也は思わずびくりと身構える。
「え~、だって結構時間ギリギリだし、誰もいないって。それより聞いたよ? 例の一年の男子とやっちゃったんだって?」
――……一年? 男子? やっちゃった?
竜也は先輩二人に疑惑の眼差しで見られ、変な意味に取るなと必死に首を振る。
「だってもう本当に最低なんですもの。こっちが折角話しかけて差し上げているのに、むっつりとしたままで……。挙句の果てに嫌みまで仰いますのよ? まさかあそこまで意地の悪い方だとはおもいませんでしたわ」
サンドラのその言い分だけ聞くと本当に竜也がどうしようもない悪者のようである。自然とアスカとヨハンから冷ややかな視線を送られる。こっちにも当然言い分があるのだが、それを弁明するには場所が悪すぎる。
一回出ようとジェスチャーするが、その竜也に対して二人は戦闘続行の手信号を示した。要するに、出たら負けと見なし奢りだぞ。ということである。ほとほと面倒くさいノリの先輩らに呆れながらも、竜也は諦めて再びゆっくりと腰を下ろした。
「きっと初めてだから緊張してたんだって」
「その割にはふてぶてしい態度でしたのよ?」
「だからって普通踏みつぶす?」
そのキュリアの声を聞いて、さっとヨハンとアスカの顔が、サウナ内にも関わらず青ざめ、竜也のタオル越しの股間を心配そうに見つめた。
「――ちょっ、どこ見て! ってか変な誤解するんじゃ……っ!」
耐えられず叫び、二人の先輩の顔が引きつったのを見て、竜也がしまったと思った時には、すでに事態は遅かった。
「……まあまあ、これはこれは」
「ありゃあ、まいったね。聞かれてたか~」
「キュリアさん、柄杓を……」
「はい、どうぞ!」
すると、隣からざあざあと滝のようにお湯を焼け石に掛ける音がする。そうかと思うと一気に室温が上昇し、もうもうとこちらに向かって蒸気が侵入してくる。
「汗が噴き出る良い温度でございましょう? それではみなさんごきげんよう。あ、そうそう、殿方なら最低十分は入っててくださいませ。でないと私、ぽろっと口が滑って、学長に覗き魔のご報告に上がってしまうかもしれませんことよ。よくって? ちゃあんと、外でタイムキーパーしといてさしあげますわ」
おほほほと、大層愉快そうな笑い声とともに、ドアが乱暴に閉まる音が響く。
「ちょ、マジかよ! 俺らとばっちり?」
「え~、竜也くんだけでしょ? 僕もうジュースおごりでいいから出るよお?」
「ちょっと待て……」
竜也がゆらりと立ち上がり、サウナの出口を仁王立ちで塞いだ。
「誤解が解けないうちにここから出すわけにはいかない」
言いながら、竜也は戦闘続行の手信号を出す。心なしか、竜也の瞳は血走り殺気立っていた。
「え、いやいや竜也くんなんか怖いよ? っていうか、ほら、思春期だし? 年上のお姉さんだし? 色々あるよね。うんうん」
「つーか、アソコにダメージあるなら温めるより冷やした方がいいんじゃね?」
その瞬間、完全に竜也の中の何かかがぶつりと音を立てて切れた。
「だから、それが誤解だって言ってるんだっ! ええいっ、あんたらそこに座れっ!」
その怒鳴り声はのんびりと湯船に浸かるフィッツ達には届かず、とうとう待ちくたびれた残り四人は、ちゃっちゃと着替えて浴場を後にした。
「竜ちゃんたちいつまでサウナに入ってるんだろ? 僕あれ暑くて苦手なんだよね」
そんなことを話しながら宿舎へ帰ろうと扉を開くと、目の前にはサンドラとキュリアが立っていた。
「あら皆さん、お湯加減いかがでした?」
「ああ、普段こんなにゆっくりと風呂に入れないからとても良かった」
ダナンが素直にそう答えると、サンドラはにっこりとして「そう、それはよかったですわ」と答えた。
「ところで……」
キュリアが自身の端末で時間を見てから、一同の顔を見渡す。
「あと三人はどうしたの、かな?」
さすがに少し不安になったのか、安否を確認するように問う。
「まだサウナに入っていましたが……あっ」
貴翔も時間を確認して焦る。
「あと五分で入浴時間が終わって清掃が入りますね」
「ええっ! 大変っ!」
フィッツが慌てて駆けもどり、サウナの扉を開くと、むわっと火事かと見紛うほどの湯気が上がる。顔の前をぱたぱたと手で扇ぎながら、中を確認すると、そこには……。
「……えーと?」
そこには熱気がむんむんと漂う中で、三人が無心に腕立て伏せをしていた。
「……なに、してんの?」
そのなんとも異様な光景に、ある種の恐怖を覚えるフィッツに気づき、竜也が手を止めると、先輩二人は事切れたようにばたばたと倒れた。
「二人に邪念を払わせていた」
「はい?」
「心頭を滅却すれば火もまた涼しい、だ」
「いや、全然意味分からないから……」
しばらく無言で二人は見つめ合う。
「とにかく、俺は勝った」
「そ、そう。よかった、ね?」
かくして、熱々のふらふらに蒸し上がった三人を見て、サンドラたちは、ひょっとしたらやりすぎたかもしれないと、少し後悔したという。




