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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
24/83

第四章「聖ヴァルキリー女子士官学校」(4)

 Ⅳ

「いよいよ来ましてよ、この時が!」

 年に一度開催される聖ユグドラシル男子士官学校との試合を目前に、サンドラは対戦相手をヴァルキリーの空港で待ち構えていた。

「私が入学して苦節三年目。過去二回、我が校は他校に連敗。しかし、今年こそは、今年こそは卒業前の有終の美を飾るべく、二校とも勝利を上げて見せますわ!」

 会長の燃える闘志を見せつけられた生徒会の面々は、高笑いする会長に慣れた様子で適当に相槌を打つ。

「っていうかあ、ロニンはまだ一年だしい……、自信ないなあ」

 ツインテールをピンクのリボンでくくったアイドルのような少女、パク・ロニンは、隣に立つ友人に声をかけた。

「最初は逃げ回ってりゃいいよ。先輩らが数減らしてくれたら、うちらで挟みうちにすればいいっしょ?」

 長い髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、シャイアン・ナイト・クーバーはぽってりとした肉厚の唇で答えた。

「違う。あんたら一年はあたいらの囮。しっかり敵引き寄せんだよ?」

 そう話に訂正を加えたのは、二年のココット・アドリヤードだった。十七歳の女学生とは思えぬほどの恵まれた体格で、髪はベリーショートに切りそろえ、男前でストイックな性格は、なぜか同じクラスの学生から厚い支持を受けている。

「貴女達、私たちの足手まといにだけはならないで頂戴」

 同じく二年の張丹花(チャン タンファ)は、愛らしく結い上げたお団子頭に似つかわしくない、きつい眼差しで、どうにも真面目さの足りない一年を睨みつけた。

 空港に降り立ったユグドラシルの超高速飛行機に視線をうつし、彼女は細長く美しい指先をぐっと握りしめた。

「私たちには、倒さなきゃいけない相手がいるのよ」

「ああ、去年の恨みは今年晴らさなきゃな」

 闘志というより殺気すら漂わせる一個下の後輩たちにたじろぎつつ、気の弱そうな眼鏡の三年生、レニー・ホーリンズが、書記として予定を皆に伝える。

「ほ、本日一日目は交流会、及び学校案内。二日目は最終メンテナンスと作戦会議。三日目が試合本番です。大丈夫ですか、みなさん?」

 そんな彼女に同情したのか、はたまた単に楽観的なのか、副会長キュリアがレニーの背中を優しく二度叩いた。

「大丈夫だよ! なんとかなるって!」

「は、はい、だと良いのですが……」

「はっ、皆さん宿敵がっ! いえ、殿方たちがお出でになられましてよ?」

 サンドラの掛け声で、皆一斉に一列に整列し、出口が開いた瞬間、丁寧、かつ上品に、深々とお辞儀をし、男子たちを迎え入れた。

「ようこそいらっしゃいました。我が母校、聖ヴァルキリー女子士官学校へ」



 竜也たちは生徒会の面々と軽い自己紹介を終えると、宿舎に案内され、誓鈴たちをゲージで留守番させ、荷物を置くと、早々に校内見学へと誘導された。講堂、座学校舎、実技演習場と回り、体育館に行くと、誓鈴の基礎練習をしている学生たちに、華やかな笑顔で手を振られた。

「うふふ、見てみて。女の子みたいな子がいるよ」

「本当だ。ちっちゃい子も可愛い~」

 フィッツとセシルは顔を見合わせ、肩をすくめていると、丁度昼休みのチャイムが鳴った。

「それでは今から一時間ほど休憩時間にいたします。時間になりましたら、講堂に集合してください」

 レニーが伝え終えるやいなや、やっと解放されたとロニンとシャイアンは足早に食堂へと向かい、キュリアは二年男子二人組の背中を勢いよく押した。

「よっ! 不良少年たち! 元気してた?」

「痛ってて……、よく言うぜ。先輩だって二年の時ピアスホールめっちゃ開けてたくせに」

 ヨハンが背中を大げさに擦りながら反論すると「あれは付き合ってた男の趣味が悪かった」と、恥じらいもなく堂々と言い訳する。

「と、言うわけで。今私絶賛フリー彼氏募集中なんだけど、アスカくんあたりどう?」

「いやあ……、僕は遠慮しときますよ」

 さっとスマートに距離を置き、軽く前方にヨハンを差し出した。

「ふ~ん、チャラいくせに意外と硬派ね? さては先約がいるなあ? んじゃ、ヨハンでいっか。ランチつきあってよ」

「ええっ!」

 そのままヨハンは腕をぐいぐいと引っ張られ、女子しかいない食堂(完全アウェーの中)へと連れて行かれた。

「恨むなよ、ヨハン」

 アスカは食堂に向かって合掌すると「じゃあ皆またあとでね」と言い残し、逃げるようにさっさとどこかへ行ってしまった。なぜかココットがその後を「逃がさん」と呟きながら、殺気立った表情で追って行ったが、誰もそのことには気づかない。

「さ、私たちはお庭でお茶にしましょうレニーさん」

 レニーは迷ったようにこちらを何度か見返して、サンドラに耳打ちする。

「あの、会長副会長だけでもお誘いになった方が……。一応交流会なのですし」

 一瞬眉根を顰めたサンドラであったが、レニーの進言はもっともなので、くるりと踵を返してにっこりと笑顔をつくる。彼女のこういったところは女優並みである。

「失礼しましたわ。ダナン様、貴翔様。是非私たちもランチをご一緒いたしましょう?」

「それは……」

 礼を言いかけて、ダナンは所在なさげにしている一年生たちを気にとめた。

「すまんが、一年はここが初めてなので、出来れば昼休みを通して話をしてやって欲しい。貴翔、俺たちはどこか適当なところで昼飯をすませよう」

「了解しました。フィッツやセシルはいいとして、竜也、貴方は粗相のないように」

 そう言われた竜也は、一瞬むっとした顔をしたが、反論せずに頷いた。

 ダナンと貴翔は実技演習場を再び少し見学したいと言うので「私が付いて行きます」と丹花が二人を先導した。その様子を見て、サンドラは口角を上げたまま内心で鼻白む。

――私の誘いを断って一年のお守りをさせるなんて、ダナン様ったらあんな失礼な方だったかしら。

 彼女はレモン色の前髪を軽く耳へと流しながら、鼻で軽く息をふく。

「レニーさん」

「はい、会長」

「ランチボックスを人数分ご用意してくださいますこと?」

「あ、はい、ただいま」

 その様子を見てフィッツは慌てて手を上げる。

「あ、レニー先輩。僕手伝います」

 レニーはその申し出に嬉しそうに丸眼鏡の下の目を和らげ、二人で購買まで良い雰囲気で歩いて行ってしまった。こういうところは非常に紳士的なので、竜也は薄らぼんやりとだが感心した。

「あの、竜也さん」

 セシルが遠慮がちに袖を引っ張る。

「どうした?」

 竜也が耳を貸すと、セシルはこそこそと、昼に服用しなくてはいけない物があり、宿舎に置いて来てしまったと相談する。すると竜也は少し思案すると、庭に向かおうとするサンドラを引きとめた。

「こいつが部屋に忘れ物をしたらしい。少し待っててもらえないか?」

 サンドラは敬語を使い忘れた竜也に対し、ぴくりと片眉を上げる。しかし作り笑顔は絶やさず、あくまで優しい声音で「ええ、かまいませんわ」と答えた。

 結局、座学校舎と食堂を繋ぐ渡り廊下で、サンドラと竜也、二人きりになってしまった。竜也は白いロココ調の柵を背に、両肘を置くとそのまま居眠りでもするように目を瞑る。

 正直、女性との会話能力など皆無な竜也にとって、話題の提供なども望まれるはずもなく、沈黙がただただ続くと思われた。

――無愛想な方……。あまり軟派な方でも困りますが、これはこれで妙に気を使ってしまいますわね。

 サンドラは仕方なく、思い切ってずっと気になっていたことを直球で聞いてみる事にした。

「天野竜也、貴方はあの天野提督のご子息で間違えないですわよね?」

「ん? ああ、まあ、一応……」

 なんとも歯切れの悪い回答に、サンドラは少し焦れた。

「一応ということもないでしょうに。お強くて立派なお父様だったのでしょう?」

 竜也は先日の兄との一件以来、天野の名に少なからず苛立ちを覚えていた。そのため、年上の女性であろうが、ついつい対応が粗野になってしまう。荒い溜息を吐いたかと思うと、サンドラをちらりと睨みつける。

「だからなんだって言うんだ? 本当に強い奴は勝手に死んだりしない」

――そうだ、ちっとも立派なもんか。面倒臭くて嫌なことばっかりだ。天野の名なんて、俺はこれっぽちも欲しくはないのに。周りの奴らはそうやって勝手に……っ!

 竜也は気持ちのやり場に困窮していた。当り散らすこともできず、腹の内にただ溜め込むことしか出来ず、いつしかそれは実態がこの世にない父に投げつけるしかなくなっていた。

「貴方、お父様のことがお嫌いなの?」

 そこにサンドラの言葉が、ちくりと痛む心に刺さる。「違う!」と叫びたかった。本当は尊敬し、大好きだった父に、こんなふうにしか振舞えない自分が歯がゆかった。

 真実の気持ちと、現在の自分の立ち居地が、あまりにもちぐはぐである現状に、まだ十六になったばかりの少年が、冷静に対処できるわけはなかった。

「どうだっていいだろう。もう、黙ってくれないか?」

 先ほどからのあまりに無礼な反応に、サンドラは黙ってなどいられなかった。

「じゃあ、それでなかったら、貴方は相当な甘えん坊さんですのね?」

「……なんだと?」

 竜也は今度こそ、彼女の目を真っ直ぐに鋭く睨みつけた。彼女も負けじと、腕を組み対立する。

「お父様は立派に国のために殉職されたというのに、それが気に食わないのなら、軍人になるのなんてお止めなさい。誇り高きアンジェクルスの戦禮者たる者が、父親の死も乗り越えられないなんて、脆弱すぎますわっ!」

「――っ! あんたに何が解るって言うんだ!」

 ついに声を張り上げてしまった竜也を、通りすがりの女子たちが、はらはらとしながら注目しだす。竜也は忌々しげに奥歯を噛み締めると、これ以上苛立ちを露にしないためにも、相手から顔を背けた。

「その話し方、どこのお嬢様かしらないが、あんたこそ戦場を甘く見たら死ぬぞ」

「な、なんですって?」

「アンジェクルスはあんたみたいなやつの玩具じゃないって言ってるんだ。間違っても、女英雄(ジャンヌダルク)になりたいなんていう幻想は抱くな」

 明らかに自分を馬鹿にした物言いに、サンドラは憤慨した。

「ふ、ふふふ」

 そのあまりか、思わず笑みがこぼれる。

「私を挑発したこと、試合で絶対に後悔させて差し上げますわ。所詮、貴方みたいな口をきく殿方は、大したことのない小物と相場が決まってますことよ?」

 彼女の科白に、間違いなく竜也の闘争心には、轟々と荒れ狂う火が灯った。

「……そちらこそ、舐めたこと言ってると痛い目に会いますよ。お嬢様?」

 わざとらしく丁寧な言葉掛けをする竜也に、サンドラも負けじとにっこりとした笑顔を返した。

「あれ、二人ともどうしたの? 先に庭に行ってたんじゃ……。それに、セシルは?」

 そこにフィッツとレニーが、ランチボックスを持って帰ってきた。その途端、サンドラはレニーにつかつかと歩み寄り、わざと隣にいたフィッツのランチボックスを一つ突き落とした。

「あら、ごめんあそばせ? つい手が滑ってしまいましたわ。竜也様は何か別のものを食べてくださいませ。それでは、失礼いたしますわ!」

 サンドラはわざとらしく散らばったサンドイッチを踏み潰すと、仰天しているレニーの腕を引っ張ってどこかへ行ってしまった。

 フィッツは無残な姿になったサンドイッチを拾い片付けながら、舌打ちする竜也をじとりと上目使いに見つめた。

「竜ちゃん」

「あ?」

「また何か喧嘩ふっかけたでしょ?」

 丸い綺麗なエメラルドアイに見つめられ、何となく居た堪れない気分になった。

「俺からじゃない」

 些か言い訳がましい竜也に、深い溜息をつきながらも、なんの原因もなく女性と喧嘩する友ではあるまいと、フィッツは苦笑いしてみせた。

「何があったか、ランチでもしながら聞かせてよ。僕のランチボックス、二人で分けて食べればいいし。ね?」

「……ん、なんか、悪い」

 急になにやら苛立ちとは別の、辛そうな表情を垣間見せた竜也に、フィッツは少し心配になった。



「僕としたことが、ピルケースは常に持ち歩いてなきゃいけないのに……」

 珍しくうっかりとミスした自分を叱りながら、宿舎から竜也たちの待っている渡り廊下に向かう途中、実技演習場の出入り口側で、なにやら揉めている様な声を耳にする。

「話があるって言ってるでしょ! 待ちなさいエイ!」

 その声の主は、お団子頭の張丹花であった。セシルはなぜか気になるものを感じ、壁に隠れながら、彼女に引き止められた相手を確認した。

――えっ、貴翔先輩?

 いつもダナンと共に行動しているはずの貴翔が、なぜか丹花と二人きりでその場に立っていた。彼の腕は、丹花の美しい両の手に包まれている。それを、貴翔はさも鬱陶しげに払った。

「しつこい人ですね。私は家には帰りません」

「瑛、貴方は司馬家の次男なのよ? 家長であるお義兄さんの言うことを聞かなきゃダメでしょう?」

「何度も言っているはずですが、私が帰れば貴女との縁談を了承したことになります。貴女はそんな、親兄弟が勝手に決めた相手などで本望なのですか?」

 なぜか先ほどから瑛と呼ばれている貴翔は、いつもよりもより深く眉間に皺を寄せながら俯く。

「……私は、そんなのはごめんです」

 あまりに緊迫した雰囲気に、セシルは退散したほうが良さそうだと判断し、その場をこそこそと逃げ出した。

――瑛? 司馬家? 貴翔先輩は名前を偽って入学していた?

 セシルの頭の中には次々と疑問が浮かんで止まない。

「……縁談ってなんだろう?」

 フィッツか竜也に聞けば解るかもしれない。そう思いながら、小走りに渡り廊下を目指していると、なにやら見覚えのある人物が、全速力でこちらへ向かって走ってくる。

「アスカ先輩?」

「あっ! セシルくんっ? ごめん、今取り込み中! また後でね!」

 言いながら走り去っていくアスカに目をしばたかせていると、その後を追うように、怒鳴り声が迫ってきた。

「まちなっ! よくも家の妹をたぶらかしたな! この変態ドスケベ野郎っ!」

 アスカを追っているのは、ガタイの良い女子、ココット・アドリヤードであった。

「ちょっとあんた!」

「へ? 僕ですか?」

 思わずびくつくセシルに向かって、ココットは銃の練習で出来たマメの手を、彼の肩へ置いた。

「あの赤毛野郎、どっち行った?」

 セシルは大いに迷った。アスカが逃げていった道は、彼から見て右後方である。問題は、保身のために本当のことを彼女に言うか、それとも、アスカを救う為嘘をつくかである。セシルにそんなことで悩ませるほど、彼女の迫力は凄まじいものであった。

「え、えっと……」

 セシルは震える指先で、どうにか左後方を指差すことが出来た。

「本当かい? 誤魔化すとためにならないよ?」

「ほ、本当です、たぶん。あまりに急だったので、自信はありませんが……」

「そうかい、なら仕方ないね!」

 そう言って彼女は、左後方へと走っていった。セシルはほっと胸を撫で下ろすと、端末にメールの受信がくる。

『サンキュー、助かったよ!』

 その文面を見て、セシルは困惑しながらも、一つの結論を導き出した。

――先輩たちの様子を見て推測すると、恐らく女の人と関わるのって、とっても難しいことなんだ、きっと。

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