第四章「聖ヴァルキリー女子士官学校」(1)
Ⅰ
かつて北欧神話のヴァルハラにて、大神オーディンに仕えていたという戦乙女の名を戴いた学園は、その名に違わず中学を卒業した女子を三年間掛けて立派な軍人とする教育が成されていた。
アイスランド地方とノルウェー地方の間に浮かぶ空中学園都市は、ユグドラシルよりも一回り小さい物の、それと同等の要塞としての役割も果たしていた。
周りの厳しい寒さの環境も、全体を覆う六角形の透明板を三層に重ね展開させた気候調節フィルターのお陰で、快適な空間を作り出している。
ヴァルキリーの女子たちは、ユグドラシルの制服よりも濃い色の制服で、スカートの裾に入ったラインを得意げに翻しながら、学園内を闊歩していた。
男子ばかりのユグドラシルに比べ、内装はどこかロココ調を思わせるデザイン性に富み、機能的且つ優美な雰囲気を漂わせている。厳粛さと女性らしい強さをスローガンに掲げたこの士官学校は、女子学生たちの若々しい芳香で溢れているようである。
特に明確に差があるのは学生寮だ。一年から三年の全寮、すべてにガーデニングを施された庭があり、そこは乙女達の社交場となっていた。
日ごろからそうなのであろう、ゆったりとリラックスした様子で、すらりとした足を優雅に揃え、真紅の大輪を散りばめた薔薇園の中央に、白い椅子に腰掛けた一人の北欧美女がいる。
椅子と同じデザインの机には、ジンジャークッキーとジャム、それに香り高いアールグレイティーが、花柄のカップで湯気を躍らせていた。
彼女は桜貝のような爪で本を捲り、プライベートな時間を過ごしていた。その双眸はサファイアのように煌き、それを覆う髪と同じレモン色の睫毛が王族の装飾品のように華麗である。一見派手な毛色も、きっちりと編みこまれたヘアスタイルで、上品に見え、手足は細長く、白鳥の首のようにしなやかだ。このように、何を例に挙げても、すべてがお嬢様というイメージそのものを具現化したような人物である。
「サンドラちゃ~ん!」
薔薇園に繋がる廊下から、活発な声が美女に掛かる。
「あら、どうかなさいましたの? キュリアさん?」
カップに近づけようとしていた周りに咲く花と同じ色の唇を離しながら、落ち着いたメゾ・ソプラノの声音で対応する。
彼女の名はサンドラ・ハカラ。世界の富豪番付にも登場する大企業IT社長の令嬢である。どうしてそのような身分の彼女が、わざわざ軍人になろうと思ったのか、そのあたりの事情は定かではない。だが、ただ可憐なだけではなく、凛とした気高さと強さを持った彼女は、戦乙女として申し分のない資質を兼ね備えていた。
「廊下は緊急時以外、走ってはいけませんのよ? もう少しおしとやかに振る舞いなさい。仮にも貴女、わたくしの補佐、ですのよ?」
「すみませんでした会長! ああん、でもでも、これを早く見せたくってぇ~!」
キュリア・ロバーツ・ヘッセン。彼女はサンドラの学友にして生徒会副会長の任を賜っている。
中世ヨーロッパの王侯貴族のような生徒会会長とは打って変わって、癖の強い黒髪をポニーテールにした、ブロンズの肌が実に肉感的で快活な女子だ。
サンドラが王宮のお嬢様ならば、キュリアは下町の踊り子といったところであろうか。性格のタイプも正反対な彼女たちだが、なぜか気は良くあった。
「ユグドラシルとの対戦日決まったじゃない? でねでね、あっちの生徒会のメンバー決まったから、その情報が回ってきたの! ほらほら見てよ。今年の一年、めちゃくちゃ可愛いの!」
少し釣り目で色気のある瞳を、真鍮色に輝かせ、キュリアは友人にノート型端末を押し付ける。
「貴女は殿方なら誰でも良いのですか? 男好きも大概になさい」
サンドラは男という生き物に興味すらないようで、友人の言動に呆れ果てる。そもそも、普段から彼女は芸能人の男性ですらどうでもいいといった態度を崩しておらず、そんな色情話はいいから、さっさと男をも凌駕する実力で、戦場を駆けたいとすら思っていた。
そんな彼女たちは、今年で三年生である。十七、八の乙女が、多少の色恋沙汰もなくてどうすると、キュリアなどは彼女を後押しするのだが、尽くサンドラは男という男は弾き返してきてしまった。
社長の令嬢ならば引く手数多。社交界デビューも果たしているのだが、まったく彼女の頑な気持ちを崩すことは出来なかった。
「もう、そんなことばっかり言って。人生に潤いがないと、すぐに枯れておばさんになっちゃうんだから!」
「余計なお世話ですわ。わたくし、男性という生き物は大嫌いですの。女性の背後ばかり気にして、ご自分の出世ばかりに目がくらみ、当のお相手のことなんて、これっぽっちも考えていらっしゃらないのですわ。そういう方々ばかり見ていると、全身に虫唾が走りますの。大体、男なんて汗臭いし、むさ苦しいし、居ても邪魔なだけですわっ!」
カップが割れてしまうのではないかというほど思い切り振り下ろした手は、ぷるぷると震えていた。それほどまでに、彼女の男嫌いは筋金入りであった。
「まあまあ、そういわずに、世の中そんな男ばっかりじゃないって、ね?」
「そうは言いますが、貴女今年に入ってまた振られたのではありませんでしたか?」
核心をつかれたのか、キュリアは一瞬怯んでめげそうになったが、さっと立ち直って話を続ける。
「ユグドラシルの男子は狙い目なんだってば! 一般のつまらない男はもうこりごり! やっぱり同職に限るって思ったの!」
「そうかしら? 男なんてみんな一緒ですわ」
「いいからこれ見てよ!」
キュリアは端末を指先で操作し、ユグドラシルの生徒会メンバーを三年から見せていく。
「ダナン・アブドゥル・カスィーム。彼今年やっぱり生徒会長になったのね。当然よね、いい男だもん」
ブロンズ色の頬を赤くして、キュリアが溜息をつく。それに対して相変わらず冷めた表情で、サンドラが毒を吐く。
「彼は確かアラブ地方の油田王の息子……、だったわね。社交界で一度お会いしましたけど、気弱そうなお坊ちゃんでしてよ? 確か八人の異母兄弟が上にいて、すべてお兄様でしたわ。皆企業を立ち上げていましたから、彼だけが取り残されて、軍人にでもなるしかなかった。というところではなくって?」
「ん~、そんな理由で軍人になろうって思うかな? 気弱ならなおさらないんじゃない?」
「どうかしら、やけでも起したのではなくて?」
まったく興味のない様子で、サンドラは紅茶を一口飲んだ。ならばと、キュリアは二年生のプロフィールにスライドさせたが、その瞬間「却下」と首を振られてしまった。
「え~、なんで?」
「しつこいと嫌われましてよ、キュリアさん。いい加減になさい」
「じゃあ、これで最後にするから! 一年生だけ目通してみてよ!」
半ば無理やり画面をサンドラの目の前に突き出すと、其処には竜也、フィッツ、セシルの顔が映し出されていた。
「あら?」
サンドラが珍しく反応を示したので、キュリアはぱっと表情を明るくして、ぐいぐいと押しに出る。
「ほら! フィッツって子なんか、特に男臭くなくてサンドラちゃん好みじゃないかな?」
「いえ、そうではなく。こちらの殿方、まさかあの提督のご子息では?」
サンドラは天野竜也のプロフィールを見て、目を丸くする。元来、これほどまでに純血性の高い日系人は珍しい。天野の苗字ともなれば、なおさら誰もが気づいてもおかしくはない。さらにその横のアルバートの息子、フィッツが、より証明性を高めていた。
「あ、やっぱりそう思う?」
「間違いないですわ。うふふ、これは面白い。英雄の息子が、親の七光りかそうでないか、見ものですわね」
妖しげに笑うサンドラの目には殺気めいたものがちらついていた。キュリアは思わずその友人の目に恐怖を覚えた。
「決めましたわ、キュリアさん」
「え?」
すっくと立ち上がったサンドラから、つい二、三歩キュリアは後退る。
「わたくし、天野竜也を完膚無きまでに叩きつぶして差し上げますわ。お父様の名を傘に着て出生しようだなんて、言語道断! わたくしが一番許せないタイプの人間でしてよ!」
「そ、そうなのかなぁ?」
ただ父親が誰か分かっただけで、ここまで妄想で嫌悪するとは、さすがに極端なのではないかと、キュリアは困惑する。しかし、そんな友人の危惧は諸共せず、自ら作った偏見を、声高々に決定付ける。
「そうに決まっていますわ! 大体、この人を睨み付けたような野蛮な目つき、気に入りませんことよ!」
――サンドラちゃんだって、今の目つき十分野性的だけど……。
もちろんそのようなことは口には出来ず、キュリアはがっくりと肩を落とした。
ユグドラシルの実機訓練用の土地は広大であった。あたり一面アスファルトが西日を照り返し、オレンジ色に輝いている。普段、校舎側とは有刺鉄線で仕切られており、本格的な実機訓練は安全のためアンジェクルスよりも背の高い防護壁が地面からせり上がってくるシステムである。
竜也、フィッツ、セシルの三人は、ドッグから出ると、上空で風を切る音を聞く。肉眼で確認すると、其処にはプルシアンブルーの双翼を広げ、アスファルトへゆっくりと着陸する主天使級のアンジェクルスがあった。鳥尾型のジェットエンジンをふかし、鋭い鍵爪のついた足で、地上へ舞い降りた鳳凰のような出で立ちは、まさしく王者の風格だ。
「これから生徒会内の実機演習を始める。その中で、他校との試合内容を確認していこう。初期不良などが見受けられる場合は速やかに報告しろ」
美しくも堂々たる主天使級の戦禮者はダナンであった。戦禮名はたしかアズライールであったと、竜也は思い出す。イスラム圏の告死天使の名に恥じぬ風貌に、思わず感嘆の溜息を漏らす。
「問題ありません」
竜也がモニターのダナンに返事を返すと、相手は頷く。
「学園敷地内の実機訓練は基本的に演習弾を使用するが、他校試合は実弾だ。故意にコックピットを狙うのは反則だが、念のためにハッチには特殊強化アーマーを取り付けて行う」
実際の戦では特殊強化アーマーを部分的に付けていたのでは、どうぞ狙い撃ちしてくださいと言わんばかりだが、他校試合はあくまで競技に近い。わざと目立たせて、其処を狙わないようにする意図もある。
説明する声と共に、竜也の視界には、ダナンが送信した試合ルール画面が映し出されている。ハッチをすっぽりと覆うようにできた真っ赤な部分装甲は、少し格好が悪い気もするが、最低限の安全性を保障してくれる重要な処置だ。
「しかし、もちろん強力な攻撃を直に喰らえばただではすまない。そこで、普段からきっちりとこの場で訓練を行うことが義務だ。戦闘不能判定はメインカメラである頭部、または特殊強化アーマーの破損、さらには動力源停止だが、この場の訓練では、実演弾のペイントがついた部分で判定する。ここまでで質問は?」
教室ではなかなか手を上げようとしない竜也が、珍しくもフィッツより先に問いかける。
「接近専用武器の場合、判定はどうするんですか? あと、コックピットのアーマー破損でも戦闘不能判定なら、故意に狙う場合もあるのでは?」
ダナンは「いい質問だ」と頷く。
「接近専用武器も遠距離型の武器と変わらず、試合は本物を使うが、学園内では武器を模した、触れるとペイントの付くものを使用する」
言いながらダナンは自身の演習用の刀を手にする。本来刃ある部分には、複数空いた穴から蛍光ピンクの塗料が出る仕組みになっている。本体の素材も少し弾力のある樹脂性で、当たっても明確なダメージは与えられない。
「それと、コックピットを故意に狙うことへの質問だが、サッカーのルールと同じで、狙ったのではないかと疑われる行動にはイエロー信号が送られ、明らかに狙ったという場合にはレッド信号が送られる。レッドは一発退場。イエローは二度目で退場だ。いずれも戦闘不能者扱いになる。ちなみに、相手の故意でもあっても、偶然であっても、コックピットのハッチ破損は戦死に直結するので、戦闘不能判定となる。解ったか?」
「なるほど、了解です」
素直にルールを理解した竜也であったが、その横でフィッツがぽつりとつぶやく。
「つまり、相打ち覚悟でアーマーを破損させる作戦も成り立つ。と、いうことだよね?」
ルールの裏とも取れる部分を悟ったフィッツに、竜也は仰天する。
「お前、それはさすがにせこくないか?」
「いや、いいところをついている。実際の試合でも何度かあったことだ。珍しくはない。全貌が気になるのなら、今度前の試合を録画したものが図書室に補完されているから、見てみるといい」
「……マジっすか」
ダナンの淡々とした口調に、意表をつかれた竜也は、あんぐりと口を開けた。
「試合といっても限りなく実戦に近い競技だ。常に危険と隣り合わせであり、多少の手違いが死を招くことは覚悟しておけ」
その言葉に、一年生三人は表情を引き締めた。そう、これは本気の軍事訓練の序章にすぎないのだ。
「さて、とりあえずまずは動かしてみた方が解りやすいだろう。竜也の相手はそうだな……、まずは手始めにヨハン。お前が相手をしてやれ」
「了解!」
待っていましたと言わんばかりに、入学式のパフォーマンスで見た機体が、ホバー移動で竜也の前まで近づいてくる。
「フィッツは貴翔に任せよう。セシル、お前は俺とアスカで面倒を見る」
ダナンがそのように指示を出すと、自然とメンバーは三グループに分かれた。
「さぁて、まずは一戦やっとこうぜ」
ダナンとフィッツのモニターとは入れ替わりで、ヨハンの不敵なにやけ顔が映る。
「え、ルール説明とかなしっすか?」
「んなもん、とりあえず動かしてからの方が分かりやすいだろう?」
会長はひょっとすると知能指数レベルが同じ人間でグループを構成したのではなかろうかとつい疑うほど、ヨハンの言い草に竜也は妙に納得してしまった。
「んじゃ、いくぜ!」
言うがいなや、猛スピードでバックしたヨハンの機体から、複数の演習弾が射出される。
「ちょっ!」
まだ自分が何の武器を所持しているのかも全て把握していないというのに、速攻とは卑怯ではないかと叫びたかったが、竜也はぐっと歯を食いしばって横っ跳びに攻撃を回避した。演習弾はアスファルトをどぎついピンク色に染めながら、連続ではじけ飛ぶ。
「ははっ、良い逃げっぷりじゃねぇか!」
その言葉は見事に竜也の琴線に触れ、戦闘モードと書かれた脳内スイッチがカチンと音を立てた。
「……吠え面かかせてやる」
ダークメタリックの本体から生えた漆黒のアームが、ゆっくりと、且つ確実に刀の柄を掴んだ。
「次、逃げるの先輩の番な?」
ドスの利いた声がヨハンのインカムに伝わる。後輩とは思えない凄味のある声音に、背筋にざっと悪寒が走る。横にいるアポロも、ぞわりと鬣を逆立て、身構えた。
「ヨハン、来る!」
「分かってら!」
アポロの少年のような声音が伝えるのと同時にヨハンは動いた。操縦桿を思い切り引いた直後、眼前に黒い影が一気に迫る。
「げっ!」
「遅いっ!」
竜也は横薙ぎに刀を振る。辛うじて片足を軸に反転することにより、ヨハンは電光石火の一撃を避けたが、刃先から出たペイントが僅かに機体の脇腹に散布される。あと数秒、いや、零点何秒遅れていれば、確実にコックピットのハッチにピンクの真一文が刻まれたであろう。
「おい、こらっ! てめぇ殺る気満々じゃねぇか! 会長がコックピット狙うな、つってただろうが!」
「あー? そうでしたっけー」
棒読みの台詞に、ヨハンはわなわなと肩を震わせる。モニターに映る耳をわざとらしくほじる動作も気に食わない。
「後輩だと思って手ぇ抜いててやったけど、その必要はねぇようだな……」
「先に喧嘩売ったのそっちっすよ」
戦禮者たちの醜く幼い対抗意識に、誓鈴たちは溜息をついた。
「……波長が同じ過ぎるのも考えものだねぇ」
「同感する。面目ない」
こっそりと会話したアポロと雷神を、ぎろりと主たちは睨んだ。
「敵と慣れ合うんじゃねぇ、アポロ!」
「雷神、黙れ」
完全に火が付いてしまった二人に呆れつつも、誓鈴二匹は思わず気迫に背筋を伸ばす。
「死ねや、ごらぁあああっ!」
ヨハンはそう叫ぶと、後退しつつも装備をフルオープンし、連続で相手に向かって弾幕を浴びせた。機体の肩、腕、足と、ありとあらゆる場所から、弾が雨あられのように放出される。真っ直ぐにさがっても、先ほどのように一気に迫られては敵わないので、アスファルト上を横滑りしながら攻撃を展開する。
全身が火薬庫のような攻撃に、竜也は舌打ちしつつも、引くことはなく、逆に相手を捕捉し、一気に操縦桿を前に倒した。
――ミカエルの盾がどのくらい役に立つのか試せるな。
新品のアンジェクルスの盾は、無残にも蛍光ピンクに染まる。だが、確実に相手の傍にまで走り寄る事が出来た。それと同時に、全方面モニターの左が赤く点滅する。そこには、盾の耐久限界数値が表されていた。ガンシールドと記された下の盾を模したバーアイコンが、見る見るうちに短くなっていく。
――さすがに相手の火力が勝るか。
そう悟ると、竜也は盾を屋根のように構え、姿勢を可能な限り低くして、相手の足もとへ滑り込んだ。
――小回りの効く武器は……これかっ!
瞬時に見抜き展開させた武器はビーム兵器欄の“暗器”というざっくりした名称で示されていたが、とりあえず使ってみなければわかるまいと、迷いはなかった。
実際、それは日本の忍者が使う、棒手裏剣のような形をした小型兵器で、ぱっくりと開いた手首の隙間から勢いよく飛び出した。当然演習用となっているため、実際はビームではなく、蛍光ピンクの塗料が、ヨハンの機体、メタトロンの内腿にべったりと付着する。
「ぎゃっ! ヨハン、変なとこに被弾した!」
「わぁってる!」
ヨハンの機内は危険信号が点滅し、ダメージ再現システムが起動することにより、片足の稼働が不可能になる。
「ちっ、外したか」
本当は股の下を直に、つまりコックピットの真下を狙ったつもりの竜也であったが、発射速度が微妙に自分の感覚とあっていなかった。
「ふむ、コンマ数秒のタイムラグがあるようだな」
「足回りの反応は良い。けど、武器の出し入れに難ありだ。雷神、次やる時は少し早めに射出するぞ」
「御意」
熱くなっているようでも、こういったところには冷静に気を配り、分析するのが竜也の軍人として持って生まれた資質なのかもしれない。
そして、そう思考しながらも、ヨハンが苦し紛れに打ち込んだ演習ガトリングガンを、難なく宙返りで避けると、そのまま敵の背後に回れた竜也は、もはや指先一本分しか防御力の残っていない盾を、片足でふらつく相手に構えた。
あまりの素早さに、ただでさえ重い機体のメタトロンは、片足の使えない状態で振り向くのがやっとであった。
「ついでだからこっちも試してやるよ先輩」
「ぬぐっ!」
「ヨハン!」
アポロがすかさず咆哮を上げる。呼応するようにメタトロンの腕が背中に回る。そこから取り出されたのは、巨大な斧であった。
「盾代わりにするっきゃねぇかっ! ハルバート・オープン!」
柄の長い斧は、刃先が左右に開き、さらに巨大化した。それを腹の前に添えた直後、竜也の射出した演習弾が着弾する。
放水車のホースから飛び出るような勢いで、はじけた演習弾から塗料が撒き散らされる。だが、その直後、ガンシールドの出力が瞬時に尽きた。
「危険、盾を着脱する」
暴発し、腕が破損しかねないと想定した雷神は、自己判断でガンシールドを放棄した。彼の予想通り、ガンシールドのアイコンは、けたたましい警戒音が鳴り響き、発光が止まり、黒く消沈した。
「結構威力のでかい武器だったんだな。ただの小銃というよりライフルとキャノンの間ってところか。ダメージが半分以上になると危険で武器としては使えないな」
竜也は一呼吸置いて、武器の特徴を整理する。
「それに、エネルギーの充填から放出までの“溜め“が結構長い。ちょっと使いどころに困るかもしれないな……」
「そうだな、素早さ重視の戦闘姿勢には不向きかもしれん」
竜也と雷神が悩んでいると、ゆらりとしゃがんでいた巨体が立ち上がる。片足だけを軸に、なんとか立ち上がった機体は、胴周りから下と、背中以外は、ピンク色のスパッタリングを施されていた。
「くっそぉ、あいつの機体との相性最悪じゃねぇかっ!」
「そうだねぇ。こっちが超重戦車なら、あっちは軽戦車並みの足捌きだから、近づかれたらそこでアウトだよ」
項垂れるアポロをみて、苦虫を噛み潰したような表情で、ヨハンは悔しさに操縦席を思い切り殴った。
「なんちゅう無茶な操縦しやがるんだあいつは! あんな機動力ありえねぇだろ。動力部がバーストするぜ」
姿勢を低く保ったまま駆け足で距離を縮める様を思い出し、ヨハンはふと、前にアスカと一緒に見た忍者映画が脳裏によぎった。
アスカが「ジャパニーズアサシン、クール、グレイト、エキサイティング!」と、興奮していた場面は、ばったばったと刀で敵を切り倒し、山場では敵の主君の首を冷徹に切り落とすというもので、血糊と分かっていても、酷くグロテスクな内容だったのを覚えている。
音もなく、静かに、だが素早く近づいて来て周りを瞬時に朱に染めてしまう全身黒づくめの暗殺者は、ヨハンの中で、今日確実にお化けやモンスターの類と同列に置かれた。
「……日本人怖ぇ」
頭がすっかり冷え切ったところで、手前の装置からキーボードを引き出し、訓練終了のコードを入力すると、戦闘不能状態で真っ暗だった目の前の視界が開ける。
周りは見渡す限り、映画の血糊さながら、ペイントがべったりと辺り一面に広がっていた。
「勝ったのか?」
竜也がぽつりとつぶやいた一言に、するどい口調で横槍が入る。
「お馬鹿さんたち、どっちも勝ってないですよ」
モニターに映されたのは、フィッツの指導に当たっていたはずの貴翔であった。




