第三章「編入生」(7)
Ⅶ
放課後、今回の中間テストで戦禮コース入りが約束された一年のアンジェ学科の学生たちは、皆戦禮式と呼ばれる戦禮名を戴く儀式に参列していた。中間テストでの総合成績、上位八〇名がこれに当てはまる学生だ。(これはアンジェ学科のおよそ半分の人数に相当する)今後コース入りした学生と、コースから外れてしまった学生とでは、学ぶ教科が少しずつ変わっていくこととなる。
戦禮コースに進めた学生は、軍から払い下げられた旧型機での実機演習がある。対して残念ながらコースに進めなかった学生は、戦艦内部のオペレーティングなど、違う専門知識を普通科と共に学ぶ事となるのだ。ただし、今まで通りの授業も共に学び、いざ戦禮者の人員が足りなくなったときの予備戦力としても、彼らの存在意義はある。つまりまったくの仲間はずれ、ということにはならないのだが、今日戦禮名を戴けず、仲間の死が自分の出番かと思うと、どうしても気分が消沈してしまう。
幸いメルレインとリューベックは無事に戦禮コース入りしたこととなり、一先ず生徒会入りした竜也たちと肩を並べられると安堵していた。相変わらずライオネルは当然の結果だと鼻持ちならない態度を示していたが、フィッツだけはその様子を少し微笑ましくも思っていた。事実、ライオネルは人知れず胸を撫で下ろしていたのである。
他の学生たちはそういったことで皆チャペルに集まっていたが、竜也とフィッツはすでに生徒会に儀礼式を執り行ってもらっていたので、この儀式には参加せず、変わりにドッグへと向かった。
なんとか体調が回復したセシルも、二人に同行し、先に到着していた先輩たちの前へと歩み出る。
「セシル、お前本当に大丈夫なのか?」
竜也は小声で心配したが、相手は真顔で「問題ありません」と回答した。
「何かあったらすぐ言ってね? 無理しちゃ駄目だよ?」
フィッツのその言葉にも、セシルは感情を押し殺した声音で「はい」とだけ答えた。なにやら素っ気無いその態度に、二人は眉を顰める。まるで初対面の時の彼に戻ってしまったかのようだった。
「よし、全員揃ったな」
ダナンが声を張ると、皆一斉に整列する。その横には、なにやら白衣を着た学者風の男が二人並んでいた。
一人は少し乱れた髪に、眠そうな目をしたアジア系の男で、もう一人はきりっとした口元に白髪交じりの頭を撫で付けた西洋人だった。
セシルはアジア系の男を見てはっとした表情を作る。それに気づいた相手は、眠そうな目をさらに細めて、ひらひらと手を振る。彼は間違いなく、ヴァレンチナの助手をしているムラマツであった。
「こちらはSW社から来てくださったモーリス博士だ」
ダナンは西洋人の男をまず紹介した。生真面目そうな中年の男は、一つ頷くと、竜也とフィッツの前に歩み寄った。
「はじめまして。私が君たちのテスト機を作った責任者のモーリスだ。分からないことがあれば何でも聞いて欲しい。あと、これは君たちの機体のデータとマニュアルだ。大切に扱ってくれ。軍事機密だからな」
モーリスは二人にスティック型の記憶媒体を配った。
「そして、こちらがNSW社から来てくださったムラマツ研究員だ」
ダナンの紹介で、ムラマツがわざとらしい咳払いをする。
「こんにちは。本当はヴァレンチナ博士が来る予定だったんだけど、彼女も忙しい身でね。変わりに私が来たというわけ。助手の身ながらがんばってセシル君をサポートするからよろしくね」
人のいい顔でそう告げながら、セシルに歩み寄ると、彼の手の平に先ほど竜也達がもらった記憶媒体と同様の代物を置いた。
「ちょっと色々いじってきたから、確認してみて」
そう耳打ちすると、ムラマツはダナンの後ろへと下がった。その様子を胡散臭そうにモーリスは睨んでいたが、ムラマツは鼻歌交じりに上機嫌だ。
「では、そのテスト機を紹介する」
ダナンの合図で、待機していた整備班の学生たちが一斉にビニールシートを引き剥がす。新品で表面の輝く三体のアンジェクルスに、一年だけならず二年も思わず感嘆の声を上げる。
「いつ見ても、この瞬間はたまんねぇぜ」
ヨハンが瞳を輝かせ、アスカがそれに同意する。竜也とフィッツは思わず口を閉じることを忘れて、一体目に歩み寄った。
全体がダークメタリックに塗装され、隆々とした肉体を思わせるフォルムのアンジェクルスは、日本刀のような武器を携え、大きな砲身のついた盾を有していた。敵を睨み据えたような面構えは、どこか竜也本人に似ている。
「天野竜也」
「はい」
モーリスに呼ばれ、竜也は彼を振り返った。
「これが君の機体だ。接近戦に特化して作らせた。そのせいでヴァーチュズ級の割には操作性が敏感な仕上がりになったが、君の操縦成績ならどうということはないだろう。何かもっとこうして欲しいといった要望があれば、遠慮なく言ってくれたまえ。すぐに改良しよう」
竜也は頷きながら、機体のある一点に注目した。
「あれは……尻尾、ですか?」
仰向けに寝かせてある機体の足元をみると、なにやら半透明の繊維質が、幾重にも重なりはみ出ていた。その付け根は、どうやらそれこそ尻尾のように臀部にあるように見受けられる。
「ああ、それは後でデータを見てくれれば分かるのだが、静電気を大量に発生させる特殊ファイバーだ。エネルギーとして蓄電も出来れば、放出して攻撃にも使える。この機体の最大の武器はずばり電気だ。機体を動かしている間、発生している静電気を取り込んで使用できる。そのため、今までにないほどのエネルギーの持続を実現出来た」
「ようは、電気ウナギみたいなものですか?」
竜也の独特の例えに、モーリスは目を丸くし、思わず苦笑した。
「面白い例えだが、そうだな、的を得ているかもしれん。一応電源を落としていれば危険はないが、ファイバーに触れる時は念のためにゴム手袋をすることをお勧めしておこう」
なるほどと頷きながら、竜也は早速試運転をしてみたく、うずうずとしている様子だったが、フィッツに袖を引かれ、二機目のアンジェクルスの前へ連れて行かれる。
アイボリーカラーの機体は、丸々とした造形で、異様に太腿に厚みのあるつくりであった。さらに、仰向けに寝かされている隣には、その背中を全部包み隠せてしまうほどの大きな円盤もセットで置いてあった。また、メインウエポンと見られる大型のライフルの後ろには、ストックの変わりに中世のメイスのような武器が取り付けられている。
「フィッツ・オブ・キャテリー・グローリアス。君のはエクスシアイ級で、逃走能力に特化させた。撃ちながら逃げる戦法がスタンダードと言えるだろう」
「あの円盤は?」
「あれは背中に背負う盾だ。敵に後ろを取られても、これがあればすぐにはやられまい。そうそう、水陸両用の機体だから、魚雷も内側に内蔵されている。適材適所、うまく使ってくれ」
水陸両用とは珍しいと、先輩たち一同もなにやら関心を向けていた。だが、そこに竜也は率直な感想を述べる。
「これ背負ったら亀っぽいな」
その言葉に思わず二年の二人組みは噴出した。確かに、言われてみれば亀の甲羅のようである。その不恰好な立ち姿を想像し、フィッツも思わず、モーリスには悪いと思いながらも笑いを必死に堪えた。
「とろい貴方にはぴったりねフィッツ」
自分たちが乗り込む機体に不満があるのか、ルナが悔し紛れに毒を吐く。
「ふふ、そうだね。逃げ足が速い亀さんなんて、ちょっと強そうかも」
機体の顔を見る限りでは、むしろ兎の鼻っ面に似ているのだが、それはあえてフィッツも竜也も伏せておいた。
そして最後の三機目は、ニュースで見た、あの機体であった。遠目であったから詳しい形までは分からなかったが、こうして近くで見ると、機体単体のシルエットは細くシャープである。今は取り外されている円盤のような形のユニットが、翼のように複数背中につく事であの圧倒的な存在感が演出されるのであろう。
モーリスが不審そうに見守る中、ムラマツはセシルに「ざっと見てみて質問は?」と問うた。
「特にないですが、あの後頭部の二本ついている帯は?」
急なカーブを描いた後頭部と首との継ぎ目から伸びたそれは、確かにセシルが宇宙に行ったときにはまだついていなかった。ムラマツはにっこりと笑うと「博士の愛情だよ」と冗談めかして言った。
「君が苦しまないためのお守りだと思ってくれればいい。ね、リリス」
「そ、あそこは私の担当らしいわよ」
すでに打ち合わせが成されていたのか、リリスは得意げに答えた。どうやら精神ダメージを、誓鈴と分担することにより、直撃を防ぐシステムらしい。セシルは直感でそう理解した。
――博士に、これ以上心配は掛けられない……。がんばろう。僕は、成功作でなくちゃ駄目なんだ。
少年は小さな手に人知れず力を込める。己の存在意義を確立するためにも、何としてでもこの機体を乗りこなさなくてはいけない。
「それでは早速試運転だ。竜也、フィッツ、セシルはそれぞれ自分の機体に乗り、起動した後指示があるまで待機」
「了解」
ダナンは三人に指示した後、貴翔、アスカ、ヨハンの三人にもなにやら打ち合わせをし、各自所定の場所へと散っていった。
竜也はいよいよ新品のテスト機に乗り込むとあって、表情に喜びが隠し切れない。それは単純にご褒美をもらった子供のような心境であった。
雷神は主のその様子に少し呆れながらも、かつての彼の父親を思い出す。龍一の性格もかなり好戦的であったし、また、新しい兵器には飛びついて好奇心を抱いていた。それに比べると、竜也の方がまだ大手を振ってはしゃがないだけ落ち着きがあるかもしれない。
――本当に良く似た親子だ。
雷神が懐かしく思う隣で、竜也は心を躍らせながら右手をハッチに添え、入学式にアスカがやって見せたように、自信の戦禮名を声に出す。
「ミカエル」
すると、手の平の形通りに青白い光が走り、プシュッと空気が抜け、コックピットが露になる。相変わらず狭いながらも最新の機材が設置してある真新しい空間に、竜也と雷神は体を滑り込ませる。シミュレーターとは違う重量感のある操縦桿に、乾きたての接着剤の香りが、竜也の逸る気持ちを先導するかのようだ。
竜也は深呼吸すると、雷神の誓鈴の証を引っ張る。そこからするするとコードが伸び、先端を機材に差し込んだ。自身もインカムを装着し、起動スイッチをパチンパチンと小気味良く下ろしていく。それに呼応してコックピット内全体に外の様子が浮き上がってくる。開けた視界はまるで宙に浮いているかのような錯覚すら起きるほどクリアであった。
竜也がそのまま機体を立ち上げようとした瞬間、ピンという電子音が通信を告げ、手の平サイズのモニターが写される。
「やっほ~」
フィッツが早速通信を飛ばしたらしい。満面の笑顔がモニターに映し出された。
「そっちはどんな感じだ?」
「うん、シミュレーターと違ってすごく見晴らしがいいよ。ふわふわ浮いてるみたいで面白いね」
「こっちもだ」
なんだかお互いににやにやとしてしまう。フィッツも実のところわくわくして仕方がないのである。その様子を客観的に見たルナが、座った目つきで「貴方たちちょっと気持ち悪いわよ」と冷静に言い放った。
「無事起動出来たようだな。そしたら三人ともドッグの外へ出てきてくれ」
今度はフィッツの顔の横にダナンも映し出される。インカムを付けているので、様子からしてどうやら彼も自身のアンジェクルスに乗り込んだようである。
竜也は操縦桿を握り、自身の機体が横たわっている専用トレーラーから立ち上がる動作をとる。
その様子を見ていたムラマツが、ヒューッと短く口笛を吹いた。
「相変わらずお前さんの作るアンジェは強固そうでいいね」
モーリスはそれに対し鼻息荒く答えた。
「お前のとこの女上司が作った貧弱な機体とは違うのだよ」
本当のところ、ルシファーの機体自体は本社のメカニック担当が作ったのであって、ヴァレンチナ博士が作ったわけではなく、あくまで改造しただけなのだが、それを言うと説明がややこしくなりそうだったので、ムラマツはへらへらと笑うだけに留めて置いた。
モーリスとムラマツは、実のところ同じ大学を出た同級生である。どう見てもモーリスの方が老けて見えるが、彼らは同じ三十六歳という年齢であった。
「てっきりお前のことだから、大学の助教授でものらりくらりとやっているかと思ったんだがな。まさかこんなところで再会するとは思わなかった」
「ちょっと色々あって、俺好みの熟女にヘッドハンティングされちゃって……」
鼻の下を伸ばしながらでれでれと答える同輩に、モーリスはいかにも嫌そうな顔を作ってみせる。
「ふん、ヴァレンチナか。あのロシアの女狐、どうも私は好かん」
「わかってないなあ、そのちょっと危険な香りがいいんじゃないか」
その言葉にモーリスの身の毛がよだつ。
「ちょっとだと? はんっ、今に取って食われても知らんからな」
「ご忠告どうも。でもまぁ、美女に食われるなら本望さ」
ムラマツはドッグの手すりに肘を掻けながら、白衣のポケットに入っていたくしゃくしゃの煙草を取り出す。
「なにが美女なものか。魔女か、あるいはサタンの伴侶の間違いだろう。あの女の仕出かした事、まったく知らないで入社したわけでもあるまい」
その言葉にも何処吹く風で、煙草を一本口に咥える。ライターを探してあちこち手探りで服の中を探すが見当たらないらしく、モーリスに目で訴える。
「残念だったな私は禁煙中だ。大体、学園のドック内では基本的に火の元は厳禁だぞ」
「ちぇっ、つれないねぇ。まあ、いいさ。吸ってるつもりで我慢しとくわ」
肺に煙を吸い込むふりをして、ムラマツは外へと出て行くアンジェクルスたちを見送る。
「なあ、ムラマツ。あの少年のことを聞いたら、私はお前に消されるだろうか?」
とんでもない質問に、問いかけられた方は不意をつかれて、思わず咥えていた煙草を吹き飛ばしてしまった。
「冗談。試験管は振ってもチャカは振り回せない。俺はあの坊ちゃんたちとは違って、軍人でもプロの殺し屋でもないからな」
「ならば単刀直入に聞こう。あのセシルという少年。女狐の作った傀儡か?」
ムラマツは心底面倒臭そうに溜息をつくと、肩を竦めて見せた。
「それを聞いて、お前さんどうするんだ?」
「もし本当ならば人道的に由々しき問題だ。然るべき協定を執り行うべきだ」
「相変わらずクソのつく真面目ちゃんだな、モーリス」
ムラマツは一つ伸びをすると、少し真剣な表情に切り替えた。
「じゃあ、聞くけど。そうなった場合、今居るあの子はどうなる?」
「無かった事には出来ないからな。親元を探して普通の子として育てるしかあるまい」
「へぇ、あんたが親になるのか? それは随分と大層な心がけだな。尊敬するよ」
皮肉の篭った返しに、モーリスはぐっと次の言葉を詰まらせた。ムラマツはその隙を逃すまいと、詰め寄った。
「今まで兵器として育てられて、中身が人間とは違うガキを、一般人が育てられるか? 出来るか? 出来ないだろう。少なくとも普通の、特にお前さんみたいな真っ当な人種って奴には土台無理な話だ。だが、彼女は彼を生み出したからには真っ当な人間ってやつに近づける気だ。彼女とお前さんとは兵器に掛ける情熱が違う。彼女は文字通り命がけだ。あの子は彼女の言わば半身。お互いになくてはならない存在同士なんだ。そんな彼らを切り離した時、一体誰が得するっていうんだ? だったら、変に深入りせずに、見守ってやるって方が、人情じゃないのか?」
そこまで言って、ムラマツは少し自身を落ち着ける意味も込めて、深呼吸した。
「まあ、覆水盆に返らずってな。それに、あの子は今後国を守る為にも重要な戦力だ。正直、今欠くには惜しい人材だろ? なんでも、一部の噂だと、敵さんは怪しげな動きを始めたって言うじゃないか」
普段気の抜けた会話しかしないムラマツのなんとも珍しい熱弁に、モーリスは圧倒されていた。違う話題に移った事で、彼ははっと我に返り、噂とやらの記憶を引っ張り出した。
「あ、ああ。あちらこちらの星から、鉱物を掻き集めているという話か?」
「そう、それ。実にきな臭いだろ?」
「しかし思えば今に始まったことではないのでは?」
「そりゃそうなんだが、それがわざわざ噂って形で流れてるってのが、どうも引っかかる」
ムラマツという男はどうも昔から人を煙に撒く様な話し方をする。現在考えている頭の中を、そのまま口に出しているだけなのかも知れないが、モーリスは大概この男も狐や狸の類なのではと勘繰ってしまう。それでも交流は少なからずあった同輩ではあったので、彼にはヴァレンチナよりは大いに信頼感を抱いていた。
「まあ、どの道もう少し様子を見るしか無さそうだな。その噂とやらも、あの少年についても、な」
仕方なさげに告げた言葉に、ムラマツは普段から眠そうな目をさらに細めて、大げさに安堵して見せる。
「ありがとさん。首の皮一枚繋がったわ。お前さんにチクられたんじゃ、俺は本気で美女に殺されかねないからな。下手したら、銃弾が俺の薄っぺらな脳天突き破ってお前さんの石頭に直撃しかねない」
「口の減らん男だ。分かっている。私はお前から何も聞いていない」
お互いに顔を見合わせ、にやっと笑ってみせる。身を置く場所は違えど、根底に持つ信念は、あまり変わらないのかもしれないと、ふと二人は気づくのだった。




