第二章「アンジェ学科戦禮コース」(7)
Ⅶ
その日、竜也たちが学校に登校すると、教室はざわついていた。何かと思いながら、人だかりが出来ている席の後ろにある掲示板に注目する。そこには普段なら、広報部が制作した新聞などが液晶画面に表示されているのだが、今日に限っては異様な風体を醸し出していた。
「またくだらないことを……」
いい加減うんざりした様子で、竜也はそこにべったりとテープで貼られていたコラージュ写真を引きちぎり、くしゃくしゃにしてゴミ箱に投げ捨てた。
「なぁ、竜也。あれって偽者の作り物だよな?」
リューベックがのんびりとした口調でたずねてくる。
「当たり前だろ。確かに良く出来た写真だけどな。AV女優とクラスメイトを変形合体させて遊んでるなんて、よっぽど今回のテストは余裕なんだろうなぁ、ライオネル?」
竜也はいきなり彼に宣戦布告するように名指しした。
「さぁ、なんのことだい竜也? 僕にはまったく検討がつかないな。疑うなら広報部を疑うべきだろ?」
特定の部活動を示唆するライオネルに驚いて、リューベックはまん丸の自身の鼻を指差しながらうろたえる。
「ええっ? 広報部は僕なんだけどなあ……」
「大丈夫だリューベック、誰もお前を疑ったりしてない」
「本当かい、竜也? ……はあ、酷いじゃないかライオネル。どうしてそんなことを言うんだい?」
「ふん、そこはお前らの管轄だろ? 大体竜也、昨日に引き続き、また僕に言いがかりをつけるのか? 酷いというならお前の方じゃないのか?」
「はっ、その減らず口にはまったく感心するよ」
そう言いながらも、竜也は大人しく自分の席に座った。昨日とは少し違う反応に、ライオネルは拍子抜けした。昨日の竜也ならば、間違いなくあの人をも殺しそうな目つきで、怒鳴り掴みかかって来たに違いない。
「今日は随分とお前の犬は大人しいじゃないか、躾し直したのか?」
ライオネルが後ろの席に座ったフィッツに向かって探りを入れるが、フィッツは至って普段通りの眩しい笑顔で答えてみせる。
「ふふ、ライオネルったら。僕が躾けてたら、こんな強くてこわ~いワンコにならないよ。ね、竜ちゃん?」
「誰がワンコだよ」
「骨ジャーキー食べる?」
「いるかっ!」
それを聞いていた周りのリューベックを初めとしたクラスメイトたちが、どっと笑い出した。つられて竜也たちも笑い始めたものだから、ライオネルは落胆した。
――な、何なんだよこの雰囲気……。
気づけばクラスで笑っていないのは自分だけだ。妙な気持ちになりつつ、ライオネルは無理やり口角を上げ苦笑し、なんとなく場の空気に乗って見せた。その直後、担当教官であるエルンストが入室する。
「貴様ら、もう予鈴はなったぞ、席に着け馬鹿者!」
辺りは一斉に静まり返り、各自素早く着席する。規則正しく日直の号令によって起立、礼がなされ、ホームルームの時間が始まった。
一時間目はアンジェシステムのシミュレーションの授業だった。竜也とフィッツは昨日出来なかった練習分を取り戻すかの如く、凄まじい熱の入れようだった。テスト勉強と題して、自主練習の時間となった今日の授業は、フィッツが真剣に竜也の戦闘に関するご高説を賜っていると、周りもそこに肖ろうとわらわらと寄って来た。
「竜也ってマジでつえーよな!」
「俺にも教えてくれ~、マジテストやばいっ!」
竜也の乗っているシミュレーターの周りには、いつの間にか人だかりが出来ていた。それを面白く思わなかったライオネルは、人だかりを押し退け、フィッツの肩を叩いた。
「お前は僕と練習しようじゃないか、フィッツ」
「え、いいの? よぉ~し、さっき竜ちゃんに教わったの試しちゃうからね!」
一瞬竜也の眼光が己を刺したような気がしたが、それはライオネルの杞憂であったらしく、竜也は少し煩わしそうではあったが、順番にクラスメイトたちに機動性のある操縦法を教えていた。
フィッツはいそいそと能天使級のシミュレーターに乗り込むと、起動スイッチを押す。箱型のそれはアンジェクルスの操縦席の中身を模しており、起動と同時に外装のアームが上がり、箱は地面から浮き上がる。連続的には一〇Gまでの遠心力が体感可能で、瞬間的には人間が耐えられる限界とされる四〇Gまでが再現できる。敵から攻撃を受けるとダメージとして激しい振動まで追加されるので、初めのうち、学生は高級アーケードゲームのような感覚で乗り込むのだが、想像を絶するGと振動で目を回したり気絶するものが例年続出する。フィッツはその例年の学生たち同様、最初のうちは気絶こそしないものの、完全な乗り物酔いで散々な気分を味わっていたが、今は9Gまでならなんとか耐えられるレベルにまで成長していた。これだけ耐えられれば、通常戦闘ではなんら問題はない。
ちなみに竜也はというと、皆があちらこちらで撃沈している中で、ただ一人けろりとしていたつわものである。彼のことを皆「三半規管がいかれてる……」と悔し紛れに皮肉った。
能天使級のシミュレーションボックスは黄色、力天使級は黒、主天使級は白と分かれている。ライオネルは白いボックスに迷わず乗った。
オールラウンダーという言葉に惹かれ、この機体タイプを選ぶ学生は少なくないが、大概その操縦性のじゃじゃ馬っぷりに振り回されるのがオチである。
操縦性が他の機体に比べ、感度が敏感すぎる故の難しさを初め、基本機体水準として、飛行能力がついたこの機体は、空中での旋回、静止、垂直移動などが完璧に出来なくては話にならない。さらに射撃技能、接近格闘技能など、操縦者そのものがオールラウンダーな能力を有していなければ、この機体を選ぶ意味がほぼ皆無である。
しかしライオネルには自信があった。確かに彼は今のところ成績の上ではバランス良くこなしている。竜也やフィッツのように特化した技能はないが、不得意な分野も特にないのだ。総合して彼の成績はなかなかに上々な出来であった。
「頭でっかちのお前は、肝心の戦禮者としての技能が劣ってるんだよ」
インカムを装着した直後に、ライオネルからそう通信が入る。フィッツはそれに対してくすりと笑い、操縦桿を握り締めた。
「やってみなきゃ分からないよ」
本来なら誓鈴を繋ぐハブの横に、誓鈴なしでも練習できるよう、CPUと記されたスイッチがある。これを押すと、コンピューターが自動で動物の脳波の代わりを務め、あらかじめプログラミングされているデータから算出したサポート運動を可能とする。これにより、例えば敵が後方や遠距離にいた際、操縦者に背筋を駆けるような違和感が、微弱な電流により伝達される。それを頼りに攻撃の回避運動に移行出来るというシステムである。ただし、平均的な反応速度のため、本来の誓鈴ほど正確でもなければ機敏性もないのが実情だ。そのため、一部の学生は、自分の感の方が頼りになるといって、スイッチを入れないものもいる。ごくごく少数、いや、極稀に一人であったが。
――さすがに竜ちゃんみたいには行かないから、僕は基本どおりにCPU使わせてもらおっと……。
フィッツは戦闘開始を告げるビーという機械音と共に、機体が射出された状況を把握する。ずしりと地面に着地した重力が全身にかかり、その直後全面モニターに映し出されたのは、森林地帯であった。
――ライオネルは……視覚レーダーに反応がない。恐らく開始と同時に上空に高く昇ったんだ。いきなり飛び掛ってくるかと思ったけど、彼は意外と冷静なのかもしれない。
能天使級の機体には飛行能力はない。そこでフィッツはステルス機能を展開しつつ、ダミーの空中機雷を設置し、その場から少し離れたところで伏せた。
ダミー戦略は能天使級が得意とする武器の一つで、本体がステルス機能で隠れている間、ダミーは敵に本体と同じ信号を送り続ける。レーダーを頼りに近づいた相手を捕捉し、追尾、撃破するというものだ。ただ、その追尾機能も、本来の誓鈴ではないCPUには限界がある。そのため、これは防御策であり、攻撃にはなりえない事を、フィッツは予測していた。彼は得意の射撃で二手目を打つため、茂みから銃口を構える。
――たぶんこれくらいじゃ見破られるだろうな。操縦技能は竜ちゃんが異常なら、ライオネルは通常の上だ。主天使級じゃ僕より機動性だって高い。そこをどう裏をかくか……。
そう考えている間に、CPUが上空から急速に降下してくる敵機を察知し、フィッツの背中に微量の電流が流れる。ぞくりとする背筋にぎゅっと力を入れて、上空の敵をライフルのスコープ越しに確認する。
――あれ、まっすぐダミーに近づいてきた?
ダミーから空中機雷が発射される。が、その刹那。
「こそこそ隠れてるのは分かってるんだよ!」
インカムに爆音とともにライオネルの咆哮が響く。空中機雷は尽くライオネルの銃撃により撃破され、彼の機体は真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
「……くっ!」
フィッツはライフルを撃ちながら感心した。
――素早く自分の方へ向かってくる機雷に、わざわざ特攻してくるなんてっ!
万が一、銃撃が外れれば、そのまま機雷と頭突きすることになりかねない大胆な操縦に、やはり冷静というよりは攻撃先行型の性格が見て取れた。
フィッツの銃弾は、エネルギーを装甲に集中し展開させ特攻してくるライオネルの機体にかすり傷をつけただけであった。通常ビーム兵器に使うエネルギーを、こうして機体に纏うことで、防護壁として使用することが可能なのだ。
練習機を模したライオネルの白い人型の機体が、フィッツの画面に大きく映し出される。
「うわっ!」
フィッツは慌てながらも咄嗟にライフルのグリップを離し、反転させ応戦する。ライオネルは瞬時に接近戦用の武器に持ち替えており、ジャックナイフのような短剣が、ストック部分に刺さっていた。
「お前相手に遠距離戦は不利だからな、とっとと接近戦に持ち込ませてもらったよ」
「あはは……参ったなぁ」
予想以上の早業に、こめかみから顎にかけて、冷や汗が滴り落ちる。
――こういう時にさっきのを……うまく出来るかな?
フィッツは操縦桿の右レバーを思い切り引きながら、左を大きく捻りこむように旋回させた。機体はがくりと体制を低くしたかと思うと、斜めに地面を蹴り上げ横への回避運動を行った。
「甘い、その程度っ!」
ライオネルの機体が短剣を振り上げる。
――今だっ!
フィッツは思い切り加速用のフットペダルを踏み込んだ。
「ぐあっ!」
フィッツの機体から放出したジェットにライオネルは視界を奪われた。しかし、このままでは足から吹き上げた加速力で、フィッツも地面に頭から着地してしまい、メインカメラの破損は免れない。そこで、先ほど竜也に教えてもらったばかりの操作を繰り出す。
――受身っ!
両手を突き出し、前転をするように地面に転がる。その際に生じる振動と遠心力はなかなかに厳しい物であったが、無事に出来たことへの喜びの方が勝り、気分はむしろ高揚した。そのまま素早くライフルを構え直し、相手に連発で銃弾を浴びせるべく、トリガーを引く。
「……ふえっ?」
思わずフィッツは情けない声を上げた。トリガーをいくら引いても、弾が出ないのだ。虚しくカチカチという音がスピーカーから再現される。
――う、うそでしょ……?
よくよく見ると、先ほど応戦したときの傷が原因で、ライフル自体が一部破損していた。
――うわぁ……良くできてるなぁ、このシミュレーター……。
己の間抜け具合に、もはやぐうの音も出ない。仕舞いには機械の賞賛をすることで、脳が現実逃避し始めた。そうこうしている間に、ライオネルの機体は再び上空へと飛び上がっていく。今度こそ一気にけりをつける気であろう。フィッツの状況を悟ったライオネルの高笑いが、インカムからけたたましく鳴り響く。フィッツはきゅっと唇を結び、ライフルをかなぐり捨てて右腕を上空へ構え、ビーム兵器であるアームガンがエネルギーを充填し始める。ビーム兵器は実弾よりも撃つまでに、タイムラグがあるのがネックであるが、威力は絶大である。
――ただでやられたら、竜ちゃんに後でこっぴどく怒られるんだろうなあ……。
その竜也はというと、ドッグに設置してある大型画面を見つめ、クラスメイトと一緒に、フィッツ対ライオネルを観戦していた。
「え、え? これフィッツだよね? 動きすごくない? でんぐり返しだよね、さっきの!」
リューベックが目を丸くして画面を見上げている。メルレインもその横で夢中になって二人の戦闘を観察していた。
「ああ、ちょっと竜也っぽい動きだったな」
「あれはさっき教えたばかりの付け焼刃だ。それよりあいつジャムったな。あの馬鹿、あんなところで受け止めたら当たり前だ」
感動すらしているメルレインとリューベックの後ろで、腕組みをしながら、フィッツに教鞭を振るった本人は、イライラとしていた。
――このままやられるんじゃないぞ、フィッツ……。
一方、ライオネルは意気揚々としていた。上空からメインウエポンを失った相手を見下ろし、悠然と背に装備した槍型の武器を手にする。その先端からぶわりとビームの刃が出現し、相手に狙いを定めて構える。
――相手にはまだアームガンがある。本当は出力最大のダメージをお見舞いしてやりたいが、防御壁を解くのはまだ危険だ。
ライオネルは槍と防御壁それぞれにエネルギーを割り振った。これで攻撃力と防御力は半々となったが、ビームをかする程度ならまったくダメージにはならない。攻撃も頭部のメインカメラか、コックピットを突いてしまえば一発で相手のロストが狙える。
――僕の勝ちだ、フィッツ!
ライオネルはにたりと笑うと、一気に加速降下を開始する。それに応戦するフィッツのアームガンのビームは尽く肩口で弾かれ、ダメージを与えられない。その間にも超音速で生じたソニックブームが轟き、降り注ぐ矢のように、一直線にフィッツの機体の頭部目掛けて槍が迫る。
「終わりだ!」
ライオネルがそう叫んだ瞬間のことだ。相手の頭部を槍で貫いたと感じるのとそれはほぼ同時だった。両脇から凄まじい爆破音と共に、がくがくと激しく全身を揺さぶられる。
くらくらとする頭を振って、何とか顔を上げると、全面モニターは真っ暗に染まり、LOSTの文字が白く浮き上がる。
ライオネルは何が起こったのかさっぱりと検討がつかない。しばらく瞬きを繰り返し、ざわつく外にやっとのこと気がついた。
「おい、フィッツ!」
シミュレーターから飛び降りたライオネルは、一足早く皆のいる大型画面で、先ほどの対戦リプレイを見直していたフィッツの肩を叩いた。
「なんださっきのは、説明しろ!」
「僕も今確認しに来たところだよ」
そう言ってフィッツが指差した画面には、己が繰り出した攻撃と同時に、両脇から打ち込まれた空中機雷が映し出されていた。両手を挙げながらの攻撃の最中だ、機雷は見事にコックピットを両サイドから押し潰すように命中し爆ぜた。これが現実であったらライオネルは即死していたことだろう。
「ドローってやつだな。フィッツはメインカメラ損傷で戦闘不能。ライオネルはコックピット大破。こりゃ酷い、間違いなく戦死だな」
メルレインが腰に両手を置きながら、にやにやとライオネルとフィッツを見比べた。
「なっ……」
自分の方にダメージが大きかったことにショックを隠せないライオネルは、口をぱくぱくとさせ言葉を詰まらせる。
「ねぇねぇ、この機雷、フィッツはいつ仕掛けたんだい?」
リューベックはフィッツと同じ能天使級が馴染んでいるらしく、目をきらきらとさせながら問うた。
「一つは最初、もう一つはジャムった直後、だろ?」
竜也が相変わらず腕組みしながらフィッツに確認する。それに頷きながら、フィッツは恥ずかしそうに頭を掻いて見せた。
「うん、最初機雷を二個仕掛けたんだ。一つはダミーとして目立つように信号を発して、もう一つは予備にあえて信号は切って、割と遠くに飛ばしておいた。で、ダミーはとっとと壊されちゃったけど、ジャム後に咄嗟に反対側にも信号を発しない機雷を放って置いたんだ。両方とも当たるかどうかはちょっと分からなかったけど、どっちかが当たればいいなって……。機雷が反応するまで、悟られないようにぎりぎりまで引き寄せて、それから回避するつもりだったんだけど、やっぱり教えてもらったばっかりじゃうまく行かなかったよ」
それを聞いて竜也は額を押さえて呆れ顔を作った。
「明らかに一回目の受身が成功したから、お前調子に乗ってアレも試そうとしたんだろう?」
「えへへ、バレた?」
クラスメイトたちが「え、なになに?」とざわついたので、フィッツはぽつりと遠慮がちに白状した。
「ば……バック転」
それを聞いたクラスメイト達はどよめいた。
「前転だけでも俺なんかやったら頭シェイクされちまうって」
「よくやろうと思ったね!」
メルレインとリューベックも、そろって尊敬の眼差しを向ける。それにフィッツは恐れ多いとばかりに両手をぶんぶんと振って答えた。
「僕も初めてだったからくらくらしたよ。前転後に体制立て直せたのはまぐれだってば。バック転だって結局入力ミスして行動遅れちゃったし……っ!」
「いやいや、それでも教わったばかりで大したもんだ」
「そうだよ、フィッツすごいねって皆で観戦してたんだよ!」
謙遜するフィッツに、メルレインとリューベックは同意を求めるためにクラスメイトたちを振り返ると、皆一同に「うんうん」と頷き合っていた。
「それに、あれだけライオネルの猛攻を耐えたの、多分竜也以外でフィッツが初めてじゃないか?」
誰かが発したその言葉に、ライオネルはぴくりと肩を震わせた。
「そうだね、そういえばそうかも。機雷って信号切ると索敵範囲狭くなるから、誓鈴のサポートなしで使うには向いてないと思ってたよ」
リューベックがそう思うのも尤もだった。空中機雷は信号を発していれば、例えCPUでも自己範囲の上空を飛んでいる敵機は捕捉できる。しかし、一度信号を切ってしまうと、周囲の熱探知でしか反応しなくなるので、その状態で当てようと思うと、相手を狙った位置に誘き寄せる必要があるのだ。そのため、あまり一対一の戦闘では使わない手法であった。
「案外、フィッツはギャンブラーだな」
メルレインが冗談めかして言うと、周囲から笑いが漏れる。その様子に、ライオネルは居た堪れなくなり、対戦用ボックス周辺から早足に去り、さっさと自主練習ボックスの中に篭ってしまった。
「お前ら、人のことはそれくらいにして、自習にもどれ!」
その様子を今まで黙って見守っていた教官は、腕時計で時間確認し、手で払う仕草をしながら言い放った。学生たちは少し残念そうにそれぞれの練習場所へと戻っていった。
「フィッツ、お前次は俺と対戦」
「うん?」
竜也に半ば引っ張られていく形で、フィッツは再び能天使級の対戦シミュレーターに乗せられた。通信の繋がったインカムから、力天使級に乗り込んだ竜也の声が響いた。
「お前、わざと攻撃受けただろ」
いきなりの詰問に、フィッツはぎくりと身震いする。
「え、どうしてそう思うの?」
「とぼけるな。バック転の初動自体は間に合ってた。だから脳天からコックピットまで串刺しにならずに頭だけの損傷だったんだ。お前は逃げ切ることを躊躇った。俺が分からないとでも思ったか?」
バック転をするために、微妙な機体の前方への傾きを、竜也は見逃さなかった。観戦していたクラスメイトで、ただ一人竜也だけがそれに気づいていた。そのため、彼はフィッツが勝てると踏んだ。しかし結果は引き分けである。教えた側として、なぜ最後までやり切らなかったのか疑問が残るのは、至極当然であろう。
フィッツは長い溜息をつくと、観念したようにつぶやいた。
「竜ちゃんには本当、敵わないよ……」
その言葉に、今度は竜也が溜息をついた。
「やっぱりな。なんであんな奴に遠慮する必要がある?」
会話しつつ、シミュレーターを起動せずにいると、教官にさぼっていると思われてしまうため、竜也は自然な動作でスイッチを押した。
「あそこでもし僕が勝っていたら、彼は僕に説明しろなんて言って来なかったと思うんだ。引き分けだったからこそ、彼からのコミュニケーションを引き出せた。僕が一方的に負けても、勝っても、彼が傲慢に振舞うだけだったと思うよ」
フィッツも竜也に倣って起動スイッチを押しながら、自身の考えを述べた。
「フィッツ、お前……」
竜也が驚きと呆れがない交ぜになったような声を発す。全面モニターには、フィッツの白い機体が現れた。「彼はきっと寂しいんだと思うんだ」
白い機体がジェット噴射を利用して高々とジャンプし、竜也の機体をロックオンする。
「大丈夫、きっと彼の心は徐々にだけど、動いてくれるよ」
ライフルから放たれた実弾を横っ飛びに避けながら、竜也はエネルギーの出力最大に割り振ったビームソードで、フィッツの機体目掛けて飛び掛った。前方にエネルギーを集中し、防御壁を構築しながら、フィッツは竜也の攻撃をどうにか防ぐ。
「はっ、お前は本当にお人好しだな。でもまぁ……」
防御壁に弾かれた反動を生かし、竜也の機体は前方に回転しながら、フィッツの機体の背後を取った。
「あいつの機体を大破させたのは、正直気持ちよかった、なっ!」
竜也の機体の腕から実弾が飛び出す。肩口に当たり空中でよろめきながら、フィッツは着陸に成功した。
「それは……っ!」
フィッツの声に喜々としたものが含まれる。
「僕もかなっ!」
さっと横跳びで追撃を回避しつつ、振り返り様銃弾を放つ。竜也はそれをソードで薙ぎ払いながら、人の悪い笑みを作る。
「お前本当〝イイ〟性格してるなっ」
「それは、お互い様でしょ!」
「ははは、違いない!」
テストはいよいよ日曜を挟んで明後日である。皆それぞれに鍛錬を重ね、来る日に万全を期した。
「ところで竜ちゃん」
放課後、テスト前最後の授業を、そのまま居残り状態で練習する二人の姿があった。
「……んだよ」
親友であるはずの相手の声掛けに、なぜか戦々恐々としながら返事をする。
「戦術、もう応用は諦めよう。至って初歩的な基礎だけとにかく叩き込んで」
竜也が残した散々な結果の戦術シミュレートを見つめながら、フィッツは真顔でそう答えた。
「ぐっ……くそ、そんな目で見るなっ!」
竜也はシミュレーターの画面に突っ伏すと、ぷるぷると震え、己の不甲斐なさに打ちひしがれるのであった。