113.戻らないけど進まない
ニールさんには、おでこにキスされたっぽいということは追求できずにいた。
シリルさんちではシリルさんやルルさんとお話をしていたし、
ニールさんもコールさんと話したりしてて、2人きりにならなかったから。
あと赤ちゃんが可愛くて、可愛くて。正直それどころじゃなかったのもある。
「赤ちゃん、かわいいなぁ…」
と言って眺めていたら、
「10年もすれば、リリアちゃんも立派なお母さんになってると思うん。」
とルルさんにさらりと言われたが、私はきっと微妙な顔していたに違いない。
このままでは10年は生きられないのだ。元の世界に戻らない限り。
そう考えると戻った方が幸せなんだろうか?幸せって?好きな人と一緒になる事?
ふっと昨日の出来事が頭をよぎる。忘れる方が無理がある。ずっと見ないふりしてた感情。
昨日のことで思い知らされた。
私はきっと…ニールさんのことが好き。兄なんかでなく。
明日には大陸に戻る。昨日のことを聞くチャンスはなくなる。
その晩、コールさん夫妻がゆっくり過ごせるようにと
仕事を代わっていたニールさんの帰りを浜辺で待った。
「あ、リリア。こんなとこで寒いやろ?早う家に入ろ?」
帰ってきたニールさんが、家に入るように促すが、私は黙っていた。
いざ、聞こうとするとなんて言い出せばいいのやらわからなくなってしまったから。
ニールさんは服を着たら、横に並んで座った。
寒いからなのか、距離を詰めてぴったりとくっついて座っていた。
「なぁ、最初の時もこんな時あったん、覚えてる?」
「…うん。」
「本当に巫女になったなぁ。」
「うん。」
「………探し物、見つかったんか…?」
「………うん。」
本当に探し物は見つかった。でも、本当にそれは正解なのか。わからない。
戻ったところで向こうの私は…私ではないんだから。私は一度死んでいる。
でも、ここにいるわけにもいかないから、どうしたらいいのかわからない。
「…さよか…巫女の仕事は楽しいか?」
「うん!」
本当に巫女の仕事は楽しい。大変だけど、好きな歌を歌って…みんなが笑ってくれて。
「そういうと思っとった!」
ニールさんが優しい笑顔で笑いかける。相変わらず、反則な笑顔だ。
聞かなくちゃいけない。今を逃したらもう聞けないだろう。
「あのね、ニールさん…」
「リリア、それ以上はアカン。忘れてって言うたやろ?」
何かを察したのか、ニールさんが私の言葉を遮った。
「でも…」
「巫女を続ける以上、俺はリリアの護衛や。兄やないと…アカンのや。
護衛やないと一緒に居れなくなる。守れなくなる。それは困る。
それ以上聞かれてしまうと俺は…兄に戻れる自信はあらへん。
最近になってようやっとイグニスの言った意味が分かったんや。」
ニールさんが言った言葉は遠回しの告白だった。そしてそれは同時に断りの言葉でもあった。
巫女をやめればという言葉も浮かぶが…今すぐに巫女をやめるなんて考えられない。
そして巫女を辞めずに今の思いを口にしてしまえば、きっと離れ離れのまま、
私が向こうに帰る…。帰らない決断をしたらいいだろうけど、今すぐ決められない。
ならば…
「分かった。巫女を続けてる間、私はニールさんの妹。」
私は笑う。精一杯の笑顔を作って。
私は妹のままでもいいからニールさんと一緒にいたい。
どちらでもどうせ期限付きなのだから。
「ごめんな…リリア…。俺のエゴで振り回してしもて。」
ニールさんは悲しそうな顔をした。
「じゃあ、ニールさんも今のことは忘れてね。」
そう耳元で囁くとニールさんの頬にキスする。
「はわっ!リリア!アカンって! 」
「自分だって昨日したじゃん。おでこに。」
「スイマセンデシタ。あれは…ちょっと…色々と…溜…
何言わせてんねん!あれは忘れる言うたやろ!」
「何も言わせてないけどー?だから今のことも忘れてって言ったよ。」
「…俺が保たんの!」
そういうと真顔になったニールさんは下を向いてる私の顔を下から覗き込み、
キスしようとした…が。
「ニール?戻ってるんか?」
シリルさんの声で私達は我に帰った。
「おぉおおぅ。戻ってるでぇー!」
ニールさん、めっちゃ動揺した声が出てますよ?
「リリアちゃんも寒いから話すなら家の中にし?」
あ、私がいることも分かってたのか。だとしたら、ものすごいタイミングで…。
ん、むしろこのタイミングで?オカン、おそるべし。
「リリア、中入ろ。(あー、一気に頭冷えたわ。)」
「うん。」
ニールさんは私の手を取って、2人で家へと戻っていった。
翌日午後にシリルさんちを出発した。
出発する直前、シリルさんが
「ニール!リリアちゃん泣かしたらアカンよ?」
と言っていた。…昨日のことは偶然じゃなさそうな気がする。オカン…エスパー?
ニールさんは
「おぉう…わかっとる。」
と動揺していた。
てっきりシリルさんは大陸まではお見送りするのかと思ったら、来なかった。
なんでだろ?
なので、帰りは2人でのんびり泳いで帰った。きっと2人きりになんてしばらくない。
もしかしたらもうないかもしれない。2人で話が出来るのも今だけだ。
「ねぇ、ニールさん。過度の接触禁止って言ってもさ、
過度じゃなければいいんじゃない?適度に接触しないとまた暴走するよ?」
「リリア、それは忘れる言うたやろ…?」
ジト目でニールさんが見て来る。
「妹としてだから…リンレン程度の接触ならいいんじゃない?」
「…あそこまでくっついたりしたら暴走せんとはもう約束でけへん…。」
私はジト目で見返す。
「巫女でいる間は兄でいるんでしょ?お兄ちゃん?」
「せやけど…あの反則技されたら正直戻れへん。やから言うたのに…。」
そう言ってニールさんは頰のあたりを撫でる。
「自分だって忘れてないじゃん。」
「お互いさまやな!じゃあ、今お互いに忘れよか!」
「それとも忘れる前にちゃんと一回しておく?」
「え、あ、おぅ…やない!アカン!」
結構本気で言ったんだけどな。やっぱりだめだよね。
「じゃあ陸についたら、忘れよう?」
「せやな。」
「手繋いでいい?」
「ええで?」
「妹としてはOK?」
「イグニスおらん時なら。手ぐらいは…。」
「じゃあおんぶ。」
「あれはアカン…。」
「プリシラはOKなのに?」
「あの時は理由が理由やろ?それに…ん…ヤキモチか…?」
「ち…違うもん。」
あ、久しぶりにデレた。デレてる時はちゃんと妹でいられる気がする。
だからきっと期限の間ならちゃんと妹でいられる。
少し寂しいけど、残り期間を悔いなく過ごそうと決めたんだから。
「そうやってデレるとこも好きだよ?」
そう言って笑ったら、ニールさんは真っ赤になって
「(アカン!!耐えろ、俺!)」
と悶えてた。アレ?なんか間違えたかな?
読んでくださってありがとうございます!
曖昧な関係性はまだ続きます。