第九話 互角の戦い
話を聞く限り、フェールはただの悪党というイメージではなさそうである。
だからと言って、彼のやっていることを許すわけにはいかなかった。
そして、フェールは花凛に問いかける。
「なぁ、人は未だに戦争を続けている。それは、いったい何のためにだ?」
「そ、それは……」
花凛は答えられずに、口ごもってしまう。
その問いに対しての答えなど千差万別であるからだ。
正しい答えのない質問。それは時として、人の心に影を宿す。
「答えらんねぇよな。それが、人だからだ。誰しもが心の中で争いを求めている。もう、人間達だけで戦争を止めるのは不可能だ。必ず、滅びの道を辿る。神が人を導かないなら、俺が導く。それが、あいつとの約束だからだ」
己の中の正義を貫く為なのか、フェールの目には強い信念が宿っていた。
それは、花凛達と同じくらい、いやそれ以上の信念である。
「それが、お前の目的か。その為に、力を求めるのか? その為の犠牲は致し方ないと、そう言うか!」
そのフェールの言葉に、神田は怒りを滲ませていた。
長年刑事をやっているからなのだろうか。正義の定義というものが、人によって異なり、それが時として暴走し凶悪犯を生み出す時もある。
今、目の前にいる龍がまさにそれであった。
「ふん、既に貴様等と俺との間には敵対関係しかない。認めないと言うなら、止めると言うなら。今、止めてみろよ」
「こいつ……!」
それでも、神田は我慢をしている。相手に戦意がない為、こちらから仕掛けるには分が悪すぎるのである。
神田が感情を抑えているならと、花凛も怒りを抑えていた。
だが、偃月刀を持つ手には力が入っている。持ち手がへし折れる様な、そんな音が聞こえてくる様である。
「意外と冷静なものだな。確かに、俺は最初に戦う気は無いと言ったがな。それは、俺と戦いが出来るレベルになればの話なんだ。これが一方的になると戦いではない。処刑だ。俺がこれからやるのは。そう、処刑だ」
その瞬間。神田も花凛も、咄嗟にその場を離れる。
花凛はその時、後ろに居た家族3人も抱えて飛び退いた。
そして、その次の瞬間。フェールの辺り一帯の地面が、激しく吹き飛ぶ。
地面は抉られ、墓石は粉々に砕けていく。
その力は、圧倒的な負の力。
花凛の中の闇とは、比べものにならないほどの闇の瘴気。
花凛達は、何とか直撃は避けたが衝撃波によって、墓地の外に吹き飛ばされていた。
「い、たたた……何あいつ、一瞬で雰囲気変わったけど? それよりも皆、大丈夫?!」
花凛は、うつぶせになり3人を覆うようにしていた。
もちろん、その格好で飛んでくる瓦礫を防いでいた為に、花凛の背中にはいくつか出血が見られる。
「花凛! 大丈夫か?!」
その横に居た神田が、花凛の身を案じて声をかける。
神田は、何とか体勢を立て直して構えをとると、フェールの居た方角を向いている。神田のその切り替えの速さはさすがである。
「大丈夫だよ、賢治さん! 皆、早く遠くに逃げて」
花凛は、神田に返事をすると3人の家族に向かい、避難をするように言う。
「花凛、大丈夫なの?」
衝撃により、髪がボサボサになった美沙が、不安そうな顔を花凛に向ける。
怪我は無さそうで、花凛は一安心している。そして、美沙に向かって笑顔を向ける。
「大丈夫、何とかしてみせるから」
その花凛の言葉を信じて、美沙は亮の両親を連れてその場から離れていく。
前を向き直した花凛の背中を、不安そうに見つめながら。
そして、先程の場所からは土煙が立ち上りフェールの姿は見えない。
神田は、こんな突然の事にも難なく対応をしている。周りに人が居ないことを確認し、可能ならばこの場から逃げるつもりでいた。
神田の暴走した花凛から受けた傷は、もちろん治っている。それも龍の治癒力の成せる技である。逃げるには問題はない。
後は、目の前の龍が逃がしてくれるかどうかである。
「花凛、良いか。今回は逃げる事を考えろ」
だが、神田の言葉に花凛は反応しなかった。
「花凛!」
「えっ? あっ、ごめんなさい」
神田は、咄嗟に声を張り上げてしまう。
しかし、花凛に緊張した面持ちはなかった。
「どうした? 花凛」
「何だろう。勝てないのは、分かるよ。でも、死ぬ事にはならないなって、そう思っちゃってるの」
花凛の言葉に、もちろん神田は呆然としている。
花凛のその姿に、自信があるようには見えないが、どこか落ち着き払っている。
「くっくっく。それは、相手との力量を見極める事が出来る様になったと言うことだ」
すると、土煙からフェールの声が聞こえてくる。
そして、フェールはゆっくりとその中から姿を現す。そしてその身に、黒いオーラを身に纏っている。
その姿を見た花凛は、ゆっくりと偃月刀を構える。
勝つことは不可能でも、この状況を打開する事は出来るかも知れない。
そう、感じた花凛はゆっくりと深呼吸をする。だが、花凛が息を吐ききったその瞬間。フェールが目の前に現れた。
いや、余りにも急だった為に瞬間移動でもして、花凛の前に現れた様に錯覚していた。
それくらいのスピードで、一瞬で花凛との間を詰めたのだ。
そして、黒いオーラから取り出したドクロや目玉の目立つ、趣味の悪い禍々しい剣を手にし、花凛に斬りかかる。
「くっ!」
咄嗟に、偃月刀を横にしガードをしようとする花凛だが、到底遅かった。
斜めに斬りつけられると同時に、激しく負のオーラの様なもので、花凛の体を激しく突き飛ばす。
つまり、斬りつけた後にも攻撃が入る二段構えになっていたのだ。
「ぐぅっ!! あっ……!」
花凛は、墓地を囲う壁に激突しそのまま座り込んでしまう。
しかし、そこに再びフェールが瞬時に移動でもして来て、花凛に追撃を与えようとする。
だが、そこに花凛を助ける為にと、神田が走り出す。
そして、そのままフェールの背中目がけて殴りかかる。
しかし、フェールは振り向く事すらせずに、その攻撃を片手で受け止めると、そのまま腕を前に戻すようにして、神田を前方に振り投げる。
もちろんその先には花凛がいる。
そして、花凛と神田は激しく衝突してしまい、神田は倒れ込んでしまう。
「こんなものか?」
フェールは、そう言うと剣を頭上に掲げ、そのまま真っ直ぐに花凛達に振り下ろす。
その瞬間。黒いオーラが、剣先から伸びて気の刃となり花凛と神田を巻き込みながら、地面を斬り裂いていく。
「ふん、少し期待し過ぎていたか?」
だが、フェールのその言葉の直後。目の前の土煙から、花凛が偃月刀を真っ直ぐフェールに向け、炎を纏った刃を突き刺そうとする。
しかし、その攻撃をフェールは剣で楽に受け止める。
フェールの言う通りに、それは戦闘にはなっていなかった。
ただ、フェールが力を見せつけている。その様にしか見えなかったのである。
だが、そんな中。花凛の口元がにやける。
「賢治さん!!」
花凛のその声の後、何と後ろから神田が現れ、再びフェールの背中に向けて殴りかかったのだ。
「うぉぉおおお!!」
しかし、これでもフェールに攻撃は届かなかった。
神田の攻撃は、再び片手で受け止められた。
「ふん、こんな奇襲が通じるものか」
「じゃぁ、これなら?」
花凛はそう言うと、フェールに足払いをかける。
油断していたのかは分からないが、見事に綺麗に技にかかったフェールは、そのままバランスを崩して倒れみそうになる。
すると、そこに花凛は偃月刀の柄の部分を上に跳ね上げる様にして、フェールのあごに打ち当てる。
そして、神田は透かさずそれに合わせて後頭部に肘打ちを、頚椎に向けて放った。
「がっ……!」
そして、その時神田は龍の力を使って攻撃をしたらしく、激しい衝撃と共にフェールは地面に叩き込まれた。
「どう? これでも戦いにならないと思ってる?」
うつぶせに倒れ込んだフェールに向け、花凛はそう言った。
見下されていた分仕返しとばかりに、倒れ込んだフェールを見下している。




