第六話 闇との対話
亮の家族は、大人しくなった邪悪な亮の様子を見ている。
その亮はと言うと、じっと神田に抱かれている花凛を、女になってしまった自分を見ていた。
【……んでだよ。なんで、そうなるんだ? あぁ?】
信じたくない。そんな思いが、亮の口から飛び出している。
亮にしてみれば、あり得ない事であった。今まで、自分が経験したことをひっくり返す様な、そんな出来事が目の前で起きているからだ。
「お兄ちゃん。誰かの期待に答え無ければ、信じてもらえないし、助けてくれないよ。女になってからの、お兄ちゃんは。そんな自分を変えようと、人の期待に応える努力をしたんだよ。その結果が、あれだよ」
美沙は、呆然として浮かんでいる亮に近づき、花凛の方を指さした。
そして、闇のオーラを纏った花凛は、その闇が徐々に消えていく。
代わりに赤い炎が現れ、それが花凛の体を包み込み、炎を模したコルセットに変化する。
「はぁ、はぁ。け、賢治さん……」
まるで寝起きの様な声を出し、花凛は神田の名を呼んだ。
ネーヴァからもらった水晶が効いたのだろうか。花凛は、正気を取り戻していた。
「花凛、良かった……」
神田は、気づくと花凛を力強く抱きしめていた。
いつからなのだろうか。神田がここまで強く想いだしたのは。
夏休み、逃亡している花凛をひたすら追っていた頃?
養子として引き取り、一緒に住みだしてから?
花凛が、NECの部長宗次朗に半殺しにされてから?
名前を呼ばれてキスをされてから?
恐らく、その全てが神田の心を動かしたのだろう。
自分の中に、大切な家族を殺された復讐心のあった神田であるが、今はただ、この少女を失いたくない。
そしてその為に戦う。
それと、力を手に入れ花凛と一緒に戦える事に喜んでいる自分もいた。
それなのに、闇に染まり戦う意義を失った花凛を見て、また大切な者を失う恐怖を味わう。
また、繰り返すのかと。そんな事は、二度とごめんだと感じた神田は、ただ必死に花凛を元に戻そうとした。
そしてその甲斐あってか、花凛は見事に元に戻ったのだ。
だが、まだ邪悪な心は花凛を睨んでいる。また闇に染めて溜まるかと言わんばかりに、神田は強く抱きしめ続ける。
「ふぇぇぇ? け、賢治さん。ちょっと、苦し……」
「花凛……」
少し力を緩めた神田は、なんと再び花凛に口づけをした。
「んぅ?! んっ、んぅぅ!!」
さすがに想像にもしなかった事をされ、花凛は頭がパニックになり、再び神田の胸を拳を作って強く打ち、必死に抵抗していた。
だが、大人なキスを熟練の技でされている花凛は、徐々にその腕に力が入らなくなっていく。
「うっ、くぅ……」
そして、花凛が観念した所でようやく神田は口を離す。
そして、花凛の顔をジッと見つめている。
「はぁ、はぁ。ご、ごめんなさい。わ、私。賢治さんに酷いことを」
「ん? あぁ。腹の事か? これくらい直ぐ治るんだろ?」
確かに神田のお腹の傷は、既に血が止まっており、傷がふさがりかけていた。
「あのぉ。イチャイチャする前に、この人をなんとかしてあげてよ?」
美沙の言葉に我に返った花凛は、慌ててその場から飛び上がる。
「わぁ?! み、美沙! い、居たんだ」
「ずっと、居てます~」
微笑ましい物を見るような目で、美沙や亮の家族達も見ていた。
もちろん、それに花凛は顔を真っ赤にしていたが。
すぐに気持ちを切り替え、過去の自分である、邪悪な思念体となった亮に近づき、向かい合う様にする。
「ちょ、花凛」
慌てて美沙が止めようとする。また、自分自身による闇に、染まってしまうかも知れないと思ったからだ。
「大丈夫だよ、美沙。なんだか、体の中に暖かい物がある感じがする。賢治さんに飲まされた物のせいかな? だから、もう私は闇に染まらないから」
しかし、それを不機嫌そうに前で宙を浮く亮が見ている。
やはり、まだ納得している様子ではなかった。
【ふん、過去を忘れて切り捨てて、おまえはそれで満足か。結局同じ事を繰り返すさ。またそいつに裏切られて、心に大きな傷を負うんだよ】
「その人の期待に、想いに応えなかったら、そうなるよね? 人は、自分に見返りがないと何もしないよね? だからって、何かしてもらおうと待っているだけじゃ、誰も何もしてくれないってば」
その花凛の言葉に、亮は不愉快な顔をとるが、図星の様なのか何も言ってこない。
「でも、私は過去を切り捨てるつもりは無いよ。その経験があったからこそ、私は2度目の人生を、同じ過ちをしないようにできるんだから」
【だったら……】
邪悪な亮が何か言う前に、たたみかけるように花凛は話を続ける。
そうしなければ、また言いくるめられる可能性があったのだ。
「だからって、闇を受け入れるのは違うよ。その想いを忘れないだけ!」
花凛はそう言うと、偃月刀を出現させて、自分自身であった亮にその刃を向ける。
「苦しかった頃、逃げ出したかったあの日。無駄と思わず、全て私の糧にする。闇に染めることはしない。でも受け入れてやる! あなたも私なんだから!」
【ク、ククク。開き直りやがって、そんな綺麗事がいつまでも続くわけね~だろうが】
目の前の亮は、額に手をやり非常に愉快そうにしている。
それこそ思惑通りと言わんばかりに、含み笑いをする。
「私はもう皆を裏切らない、裏切りたくない。だから、自分の闇になんか負けない。そして、人を闇に陥れようとする人を許さない」
【だから、それが綺麗事だっての。それでも全員を守る事は不可能だろうが。そのうち、犠牲者が出て自分の甘さを痛感するのさ】
まるでそれが確定しているかのように、亮は不気味な笑みを浮かべている。
【そして人は挫折する。その時が、楽しみだぜ!】
そして、邪悪な黒いオーラを纏った亮は、その姿を崩し煙の様になると、花凛の中に吸い込まれる様にして消えていく。
「っ……全員を守る何て、おこがましいわよ。仲間がいる、助けてくれる人がいる、期待に応えた私を助けようと、私の期待に応えようとしてくれる人達が沢山いるのよ。私は目の前の大切な人を、その人も目の前の大切な人を。そうすれば全員を守れる」
そして、花凛はゆっくりと家族と神田の姿を見る。
皆、驚いているようで目を丸くしていた。
当然ではあった、何と闇を受け入れたのだから。
そして、花凛はゆっくりと元の服装に戻そうとする。
しかし、今回は龍化したわけでは無く破れているのだから、制服には戻らずにあられも無い姿を晒してしまう。
「えっ? あっ、きゃあぁぁぁ!! な、なんで裸なの?!」
「花凛、何やってんだ?!」
もちろん、花凛は慌てて隠さなければならない要所を手で隠している。
そこに神田が、自分のスーツの上着を脱ぎ花凛に羽織らせてくる。
そして亮の家族は、不安そうに花凛の元にやってくる。
実は最近花凛は忙しく、ここ数週間程この家族とは顔を合わせていなかったのである。
「花凛、大丈夫? 久しぶりに会うのにあんな姿を見せて、更になんて格好をしているの?」
美沙は、まるで嗜める様に座り込んだ花凛を見ると、自分もしゃがんで花凛の頭を撫でてくる。
「ちょ、ちょっと。もう大丈夫だってば」
あまりの事に花凛は顔を赤くして俯いている。
「花凛。あなた、暴走したときの事覚えてるの?」
「う、うん」
花凛は、知られたく無いことを知られてしまった事で、少し気まずそうにしている。
洗いざらい何もかも、吐き出してしまっているのだからしょうがないことではある。
神田も亮の家族も、皆が花凛を見て、大丈夫だと言わんばかりの顔をしていても、花凛は浮かない顔をしてなかなか言葉を発しなかった。




