第四話 河川での戦い
花凛の住む所には、海まで縦に縦断するように河川が流れている。そして、この繁華街からも少し行けばその川に出られる。
そこは川幅が広い為、この3人いや3体と十分戦えそうな広さがあった。
そして人混みをかき分けながら、すれ違う人々の驚愕や悲鳴などを聞き、花凛はひたすらに走った。走りながら後ろを確認すると、奴らは他の人等に危害は加えていない。あくまで花凛を襲う、その事しか頭にないようだ。
理性も罪の意識も無い、人間で無くなり鬼化した彼等を救う術は、既に無かった。
そして、花凛は再び前を向き走りだす。
すると、ようやく目の前に目的の川が見えてきた。花凛は対岸に架かる大きな橋まで行くと、そこから河原に飛び降りる。
「はぁ、はぁ。ふぅ……」
しかし、全力で逃げていた為に息が切れている様だ。
花凛はゆっくりと深呼吸をし、目を閉じる。精神を落ち着かせる花凛は、少し緊張していた。
何せ、まだ1体としか戦っていないのに、いきなり次は3体ときたものだ。さすがの花凛も勝てるのか不安になっていた。
ここの河原は横に芝生もある、対岸まて数十メートル距離がある。申し分ない広さではある。
後は、どれだけ野次馬が集まる前に早く倒せるか……それだけであった。
そして、けたたましい声と共に激しい震動が3回、花凛の足元を響かせる。
「鬼ごっこはもう終わりか~?」
「観念したようだな」
「はは……さぁ、俺達の相手してくれよ~」
そう、ついに鬼化した奴らがやってきたのだ。
そして、花凛はゆっくりと目を開け、右手に炎を纏わせあの偃月刀のような武器を出し、そいつらに向ける。
それを向けた瞬間、刃と柄のつなぎ目にくくってある鈴が、綺麗な音を辺りに響かせる。
「あ~? んだそれは?」
「やろうってのか?」
「お~もしれぇ」
だが、3体は怯える事無く花凛に詰め寄って来る。
「落ち着け、相手は理性が無い。こっちが冷静になればなんとかなる」
花凛は自分自身を落ち着かせる為にそう呟き、そして武器を構える。
だがその瞬間、3体の鬼は雄叫びと共に向かってきた。
やはり理性がないものらしい突撃の仕方で、横一直線にただ突進してきてるだけである。
しかし、花凛はそれを見た瞬間安心したのか油断したのか、鬼達の次の行動に対処出来なかった。
「えっ?!」
驚きの声を出した花凛を尻目に、3体の鬼達の1体が上へ飛び上がりながら、こっちに突進してきたのだ。
そして、残り2体は真っ直ぐ向かってきてる。
「っ?!」
花凛は一瞬対応に悩んだ為に、対処が遅れたが、何とか後ろに飛び退き回避をする。
そして、上空の鬼が花凛のいた場所に腕を振り下ろす。その瞬間、地面が大きく陥没し周りの地面がめくれ上がる。
「きゃっ?!」
そしてそれに足をとられてしまい、花凛は後ろに倒れてしまった。
『きゃっ、だって~か~わいい』
リエンがその様子を上から見ている。しかもこの状況で、面白そうにニヤニヤしている。
「ちょっと?! こっちはマジなんだし、真剣なんだよ!」
そんなリエンを睨みつける花凛だが、それよりも目の前の状況に驚き、直ぐさま体勢を立て直す。
そう、残り2体が左右から猛スピードで、迫っていたのだ。
「くっ?!」
花凛は一旦跳びあがり、2体を交わす。
しかし、交わしたのもつかの間、目の前にもう1体の影が見えた。
花凛に追い打ちを掛けるべく、交わした2体の内の1体がそのまま跳びあがり、追撃を浴びせようとしていたのだ。
「うそっ?!」
花凛はとっさに武器の柄で防御姿勢を取るが、その後に激しい震動と痛みが加わり、花凛は川に叩きこまれてしまった。
激しく水しぶきが辺りに飛び散る。気がつけばかなり野次馬が集まっている。映画の撮影かと思いきや、とんでもないことになっているようで、皆ざわめいていた。
「ひゃははは!! 楽しい~ねぇ! おい!」
「もっともっとだ、何故か気分がいい!」
「さぁ、気絶してるだろうし今のうちに犯っちまおうぜ~!」
そして3体が、川に入り花凛に近づく。しかし、その先から花凛は立ち上がり、びしょ濡れになりながらも3体を睨みつける。
背中を打ちつけ痛みだしてるが、その前に花凛の頭にはある1つの疑問が生じていた。
「ねぇ、リエン。こいつら、理性無くしてるって言ってたよね?」
フワフワと対岸から花凛に近づいて来たリエンに、花凛は問いかける。
「でも、さっきの行動どう考えても理性の無い奴らの動きじゃないよ」
『ん~』
そして、リエンは目を閉じ、その先の言葉を言おうどうか迷っていた。しかし、どちらにするか決めた様で、目を開けてゆっくりと話し始めた。
『まぁ、いつかは戦うことになると思ってたけど、こうも早いとは思わなかったよ』
そして、再び迫ってくる3体に、花凛は手に持っている偃月刀を横になぎ払い応対する。
しかし、3体は踏みとどまり円のように花凛を囲いだす。
「どういうこと? 明らかに普通の鬼じゃないよね?」
その3体の動きを逃さないように、全神経を集中させながら、花凛は会話を続ける。
『鬼化した人の中でも、たまに理性を保つ奴らがいるのよ。そいつらも人では無くなってるけど、なんと人の姿に戻ることも出来るみたいで、普通に人として生活しちゃってるから、厄介な存在なのよね』
「なっ?! そんな奴らがいるの?」
花凛は驚きのあまり声を荒げる。
『私もこいつらには苦戦したわ、一応私は「真鬼」と呼ばせてもらってるわ』
その言葉に花凛は唾を飲み、自分が引き受けた事が容易な事では無い事を感じていた。
しかし、そうこうしてる内にその鬼達が、舌なめずりをしてくる。いよいよ襲える、鬼達にはそんな嬉しさが顔に滲み出ていた。
『さすがに真鬼が3体は、私でも少し本気を出さないと勝てそうにないし、今回は練習がてらリミッター少し外してみるね~』
リエンの言葉に、花凛は何の事か分からず首を傾げていると。
『私の言うとおりに動いたらいいわ~力の調整は私がやるから、あなたはその力を引き出す事だけに集中して!』
「わ、わかった!」
そう言われ花凛は武器を構え直す。3体はもう間近に、今にも襲いかかりそうになっている。
『いくわよ~!』
リエンがそう言うと、花凛は体の奥から熱い何かが湧き上がって来るのを感じていた。
「くっ、何これ?」
抑えきれない怒りの様な、そんな渦巻くものが徐々に体中に行き渡る。
『いい! 今から私の言うとおりに動くのよ!』
リエンからの言葉にうなずく花凛。
『武器は長めに握って、左手で添える! そして、そのまま軸足で回転しながらなぎ払う! ちゃんと右手で振り抜くのよ!』
花凛は、言われた通りの動きを即座に実行する。
すると体の中の熱が、体外に放出される様な感覚が全身を駆けめぐる。
『はい! 技名叫ぶ!』
リエンの叫び声の後、花凛の頭の中に、何やら文字が浮かんできた。それをとっさに叫ぶ。
「火円刃!!」
すると、先程の切っ先に炎の刃のようなものが現れ、円のように花凛を囲む。
花凛は驚いたが、既に行動をしている為、それを確認した後、武器を横になぎ払うように振り抜く。
その瞬間、炎の刃は円を描いたまま瞬時に広がり、3体の鬼に襲いかかった。
「ぐぁっ!?」
「げぇ……」
「な、なん……だこれ」
円のように広がった炎の刃は、3体の鬼達の半身を綺麗に上下で焼き切った。そして、そのまま切り口から炎が吹き出し燃え上がる。それは、最初に倒した鬼の時よりも、数倍激しく燃え上がっていた。
「ちょっ、これは燃えすぎじゃ!」
慌てた花凛に対して、リエンは冷静に返す。
『しょうがないわよ、真鬼は浄化できないの。だから、完全に魂ごと燃やし尽くさないと』
「そんな……」
『それより、今のうちにあれ回収したら?』
そう言われリエンの指差す方を見ると、激しく燃える炎の近くに、鬼達の財布であろうか、それが川に落ちていた。
釈然としないが、リエンに言われたので、花凛は慌てて3つの財布を拾い上げる。
『お金がないと生活できないでしょ? あと服とかもね~』
「でも、盗難じゃ……」
悩む花凛に、リエンはピシャリと言い放つ。
『迷惑料よ!』
その言葉に花凛は口元をひくつかせる。しかし、現実問題もうお金が無かったのだ。
花凛は悪いとは思いつつも、財布から現金を抜き取り、ポケットにしまうその様子は、炎によってよく見えないはずだと、確認の為に橋の上に目をやると、いつの間にやらとんでもない数の野次馬と、警官達が集まっていた。
倒すのに時間がかかりすぎたようだ。慌てて花凛は跳び上がりその場を後にした。




