第三話 現世の異変
その日の夕方、谷本家に来ていた警察官達が確認を取り帰ろうとしていた。
「では、おそらく盗られたのはその亡くなった息子さんの財布、その中にあったであろう現金のみですね?」
「えぇ、財布の中が全く空っぽなわけないでしょうから、おそらく」
「ふむ、香典狙いではなかったというのが、すこし腑に落ちませんがね。なら、それだけの被害でしたら届出はどうされますか?」
警察官は、手帳にメモを取りながら淡々と作業を進める。
「あっ、結構です」
家族達には実害はなかったのだ、これは当然の反応であった。
「まぁ、住居不法侵入なのでそれで捜査はいたしますので、何かありましたら連絡します。でわ」
そう言うと、やって来た警察官は一礼をし、パトカーに乗り去って行った。
葬式に続き、謎の人物が家に侵入し、息子の財布から金を盗っていく。連続でショックな事が続き、さすがに亮の両親は心身共にヘトヘトに疲れ果てていた。
家に入りリビングのテーブルにつくと、しばらく無言が続き、もうこれ以上この家族に何か起きたら壊れてしまうであろう、そんな空気が流れていた。
「でもさ、なんで部屋を荒らさずに、的確におにぃの財布がカバンにあるって分かったんだろう?」
すると、妹の美沙が首を傾げてそう言ってくる。もうこれ以上この空気は嫌だと、無理して会話を作ろうとしている様でもある。
「そんな犯人の心理なんて知るか」
だが、そんな会話はしたくないとばかりに父親が続ける。
「私、非常識な事なんだけどさ。説明がつく事が一つ思い浮かんだの。それだと辻褄が合うんだ。でも、あり得ないよね」
美沙は首を横に振り、その非常識な考えを振り払おうとした。
「亮が生きてるって事?」
「!?」
だが、母親の意外な発言に美沙は目を見開いた。
母親の顔は、生気がなくうつ病一歩手前のような絶望的な顔をしており、頭の中では色々な思考が渦巻いていた様である。
「それこそあり得ないわよ。あなたが見たのは女の子でしょ? 亮は男性よ、それに死んだ人間が生き返るなんて、漫画みたいな展開あるわけないでしょ。あの子は死んだのよ」
すると、母親は顔を両手で覆い泣き出してしまう。そんな空気の中、ばつの悪い顔をし美沙はうつむいてしまった。余計な事を言ってしまったと、そう後悔をしていた。
花凛達のいた繁華街は、今パトカーが大量に行き交っている。
ビルの間の小さな路地で、人らしきものが燃えていたという通報があったのだ。
そして、その燃えていたと言う場所には今立ち入り禁止のテープが張られており、周りには野次馬が集まり、ごった返しになっている。
その小さな路地では、何かが燃えていた後が残っていたからだ。しかし、それが人だと認識するには限りなく難しいくらいに、炭の様な状態になっており、警察は判断に困っている様である。
そして、その規制の中に、一人のスーツを着た男性が入っていく。
その男性は、背が高くタッパがあり、髪はオールバックでまとめ上げ、目付きはつり目でキリッとしており整った顔をしている。
「刑事! お疲れ様です!」
すると、数人の警察官達が、やけにバカ丁寧にその男性に敬礼をしている。しかし、刑事にしてはそのオーラが違っており、普通の刑事では無い事が伺える。
「あぁ、ご苦労さん。で、例の残骸はどこだ?」
「はっ! こちらです」
その刑事の問いかけに、刑事よりも歳がいってそうな警察官が応対する。
そして、その場所につくと被せてあるブルーシートをめくり、それを確認をする。
「あ~いくら焼死体や色んな死体を見てきた俺でも、これが人間の焼死体とは断定できんなぁ~殆ど原型をとどめて無いじゃないか。まぁ、とりあえず鑑識に回しとけ」
そして、ブルーシートを元に戻し、刑事は続ける。
「で? 人が燃えてたって言ってたやつは?」
「はっ! こちらで事情を聞いてます」
「一応、俺も立ち会っておくか」
そう言いながら、彼は警察官の案内で、1台のパトカーへと向かって行った。
繁華街が騒然としている中、その様子を見るように花凛はコンビニで立ち読みをしていた。
「はぁ……あんな派手に燃えたら、いくら目立たない場所でも、誰か気付くよね」
あの後花凛は、激しく燃えるのを見て、慌ててその場を後にしていた。急いで移動したのが幸を成したのか、幸い目撃はされていなかった。
『ん~まだ火力の調整が上手くいかないや~』
そう言いながら、手を開いたり握ったりしてつぶやくリエンに、花凛は半目になり見つめている。
『そんな睨まないでよ~生身じゃなく、魂だけの状態って制限なく力が溢れちゃうんだもん~』
「じゃぁ、お……私も調整出来るようにしたほうがいいの?」
『おっ! 言葉使い頑張ってんじゃん~まだ詰まってるけど、良しとしましょう』
首を縦に振り、満足気にしてるリエンを見て、花凛はため息をついている。練習はしておかないといけない、そんな顔をしながら。
『ま、制御は私が頑張っておくから。あなたは戦いだけ考えてればいいよ~』
「わかった」
そう言うリエンに、少し不安を抱いたものの、今はそれよりも戦いの方に集中しようと、花凛は前をむき直す。
すると、その目の前を警察官が再び前を通り過ぎる。
これではなかなかここから動けない。何せ、目立つ髪色をしているから職質されやすいと、花凛は考えていた。
『なかなか考えてるじゃない。今動いても、目撃者いたら不味いものね』
「そういうこと」
そして花凛は、再び雑誌に目を落とす。
すると、立ち読みしている花凛の後ろを、見た目が如何にもチャラそうな3人の男達が、彼女を品定めする様にしながら眺めていた。
「なかなか良いんじゃね?」
「だなぁ~そそる格好してやがる」
「なら、いくか?」
だが、そのヒソヒソ声は花凛にも聞こえている。
また、ナンパかと花凛は眉をひそめる。実は、花凛はここに来るまでに何回かナンパをされていたのだ。
確かに普通の人から見たら、髪色も何も不思議では無く、単にヤンチャしている女の子と言う印象になるだろう。
「なぁなぁ、君ちょっといい?」
そして、3人の内で一番背が高い男が花凛に話しかけてきた。
「暇してるならさ~俺らと遊ばないか?」
そして、そのまま残り2人が花凛の左右につき、逃がさない様に腕で通せんぼをしている。
だが、そんな男達に対して、花凛はため息をつきぶっきらぼうに答える。
「悪いけど、あなた達みたいな人達はタイプじゃないから」
そして、花凛は気にせず再び週刊誌に目を落とす。
だが、勿論それで退く男達では無かった。
「お~お~言ってくれるねぇ~落としがいがあるじゃねぇか~」
そして、ニヤニヤしながら、3人は一向に花凛の周りから離れようとしない。
そんな男達の反応に面倒くさくなってきた花凛は、週刊誌を閉じ男達を睨み返す。
「あのねぇ、コンビニで何て事してん……してるの? 他の人の迷惑だし出てったら?」
しかし、そう言った直後花凛は目を疑った。
何と男達から、鬼になってしまった人と同じような禍々しいオーラが出ていたのだ。
「まっ、まさか……」
こんな簡単に起こることなのだろうか? 花凛の頭にはそんなことが頭に浮かんだが、状況は待ってはくれない。
少しずつ後退る花凛に、男達が迫ってくる。
「へへ、もう我慢できね~よ」
「あぁ、こんな上玉ほかにいね~よ」
「犯っちまうか!」
そしてそう言いながら、男達はみるみる変貌していく。
頭からは多数の角を生やし、体は厳つく膨れ上がる。
これは、花凛にとっては計算外だった。一日でこんなに鬼化した人達に会うとは思わなかったのである。
だが、花凛はこの状況を打開すべく、男達が変貌してる隙に囲いを強引に突破すると、コンビニから飛び出した。
「ちっ! 待ちやがれえぇぇ!!」
「ぐぉぉおお!」
「犯す! おかあぁぁぁす!」
そしてその後、それぞれが野獣の様なうなり声と共に、花凛を追いかけて行く。
勿論、その後ろのコンビニの中からは、お客や店員の悲鳴が響いていた。
「あ~もう! 何でこんなに~!! 繁華街だから?!」
そう叫び、そして走りながらリエンに尋ねる花凛だが、その顔は少しうんざりした表情である。
『いや、それにしても多すぎだよ~私が生身でやってた時でも、多くて一日2体くらいだったよ』
そう言いながら、リエンはアゴに手を置き考え込んでいる。
『やっぱり異常だよこれは、3人いっぺんにはさすがにおかしいよ』
「そんなことより、この状況を何とかしないと~!!」
そう、このままここで戦っては目立ってしまう。
そう考えた花凛は、ひたすら人気の少ない所を目指していた。




