第二話 研究所襲撃
ここは、花凛達の住む街からバスで5駅進んだ所にある、雑居ビルが立ち並ぶ場所である。
割と近場にあったのは驚きであったが、花凛達の近くで事件が起きているのを考えれば、考えつく事でもあった。
「よっしゃ、ここやねん。頼みますよ、ネブラさん」
紫電とアシエが物陰から、自分達が見つけた研究所らしき四角い建物を見ている。
なんの装飾も模様もない、ほんとに地味な造りになっている。
「ほんとに、ここだろうな?」
紫電達の後ろで、眠そうな目をしながら大あくびをしているネブラが、相変わらず面倒くさそうにしている。
「ほんまですって。敵にとっては、ここは重要な場所かも知れないんすよ? だから、ネブラさんが行ってくれってなったんでしょ?」
「ネーヴァの奴、自分がやりたくないからって俺に押し付けやがって」
ネブラは、頭を掻きながら建物の様子を見ている。
しかし、そこにやる気があるかと言われると微妙であった。
「ネーヴァさんは、花凛さんと一緒に神龍の巫女の護衛ですから仕方ないです」
「と言うか、アシエ。お前はネーヴァの配下だろうが。俺の配下の紫電がいるだけで、十分なんだよ」
ネブラはほんとに不機嫌そうに、指摘してくるアシエに文句を言っている。
しかし、それもそのはず。配下である紫電ならば、サボった所でバレはしない。だが、ネーヴァの配下のアシエが居たら、サボるとネーヴァにバラされるからである。
「ふぇぇ……でも、ネーヴァさんが行ってくれって。あの面倒くさがりを見張ってくれって言われたのです」
ネーヴァはネブラの性格をよく知っていたために、配下のアシエを監視役として送り、サボらない様に手をうっていた。
「ちっ、あの野郎。しょうがねぇ、手早く済ませるぞ」
ネブラはそう言うと、自分の指から小さな霧を発生させゆっくりと建物へと流れていく。
「ネブラさん? 何してはるんですか?」
「あぁ、そう言えば俺の配下とは言え、俺の力は見たこと無かったな。俺は、毒霧を発生させられるんだよ。だから、こうやって催眠効果のある霧を発生させて、建物に充満させているんだ」
そして、数十分後。
全体に行き渡った事を察知したネブラに続き、紫電とアシエも正面玄関から建物に入っていく。
すると、中ではNECの一般社員達が廊下で大きな寝息を立て、眠りこけている。
「ネブラさん、掟が無ければこれは一発終了やったんちゃいますか?」
紫電が、倒れて寝ているNECの社員を踏みつけながら、先を進むネブラの後に続く。
「紫電さん、起きたらどうするんですか?」
その様子を、アシエが寝ている社員の隙間を縫うように進みながら、紫電に言ってくる。
「あっ? だから、こうやっても起きてこおへんかの確認やろうが」
「大丈夫だ、一生起きないからな」
ネブラのその言葉に、紫電とアシエが足を止める。
いくら殺していないとはいえ、それではほぼ殺しているのと同じである。
だが、それに気づいたネブラが面倒くさそうに、頭を掻きながら訂正する。
「ったく、冗談の一つも通じないのか?」
紫電とアシエはお互いに顔を引きつらせ、苦笑いしていた。
こんな時に冗談を言うとは、何とも強靱な精神力を持った龍であった。
それは、自分の能力の強さからくる自信なのかは分からなかった。
その後、1階の部屋を片っ端から調べていく。
紫電達は様々な書類や成分表らしき物を見つけ、ここが『アビリティルギー』の研究をしていることは間違いないことを確信していた。
「ふん、ここをぶっ壊せば相手に大打撃を与えられるわけか」
ネブラが、そう言った次の瞬間。
ビームの様なものが、ネブラの顔をかすめる。
そして、調べていた机に穴を空ける。下の地面するも貫通するほどのものであり、中々の威力である。
「そんな事はさせませんよ」
紫電とアシエが後ろを振り向く。
そこには、手に埋め込んだ制御装置から発したであろう長髪の女性と、後ろに数名の人物が控えていた。
皆、所々に制御装置を埋め込まれているのが見える。
「ちっ、『ブーンドック セインツ』かい。厄介やな」
「おい、なんで俺の睡眠ガスが効いてないか聞け」
ネブラが机を探りながら紫電にそう指示をする。しかし、紫電は納得いかないような顔で言い返す。
「そんなんは自分で聞いて下さいよ!」
「面倒くさいだろう」
紫電の言い返しに全く動じずに、何の悪気もなくほんとにそれを聞くことすら、面倒くさいんだといった感じで紫電に返していた。
その様子に、紫電は足を広げ頭を掻きむしり、このあり得ない上司の様な存在の龍に苛立ちを隠せないでいた。
「残念ながら、こんな時に攻め込むなんて運が悪かったわね。沢村博士が居るから。沢村博士なら、こんな毒霧ぐらいあっという間に浄化されるのよ。私達は上階に居たために、毒霧に気づき対処出来たの。それだけの事、バカな人達ね」
「それはわざわざ、ご丁寧にどうも」
ようやく、机を探り終えたネブラが振り向きながら『ブーンドック セインツ』に礼を言った。ただそれは、単に面倒くさい事をわざわざ解消してくれた、という意味での礼であった。
しかし、それは逆に相手を逆なでする行為になってしまう。
「舐めてくれるわね。私のこの光線で、全員蜂の巣にしてあげるわ!」
そう言うと、女性は両手を前に広げて手のひらの制御装置から、大量のレーザー光線を紫電達に向け放つ。
しかし、その光線は急に現れた鉄の壁に遮られる。
アシエが腕に付けている鉄の腕輪を変形させ、強固な鉄の壁を作り上げていた。
「ふっふ~ん。そんな攻撃はアシエちゃには効かないで~す」
だが次の瞬間。アシエの作った鉄の壁が、まるで豆腐の様に切り刻まれていく。
「ふえぇ!! 何事ですか?! 他の人の能力?」
アシエが後ろに飛び退くと、アシエの壁の向こうにナイフを持った中年の男性が立っている。
「そうだ。俺は物体を柔らかく能力なのでな」
額に取り付けられた制御装置を指さしながら、男性はアシエに説明する。
「むむむ、厄介な人が居る者です」
そしてアシエが鉄の壁をハンマーに変えた瞬間。
後ろから、霧の様なものが前方の『ブーンドック セインツ』に襲いかかる。
霧は相手の口や鼻の辺りを覆う様に漂い、呼吸したら霧を吸い込んでしまう状態になっている。
もちろん咄嗟の事なので、襲われた人々は対処のしようもなく霧を吸い込んでしまう。
「うっ……ぐ、そ、そんな。何、こいつ……」
長髪の女性がそう言いながら、倒れ込む。もちろん、周りの人々も次々と倒れ込み眠りこけていく。
「さて行くぞ。上階にその薬を作った張本人が居るようだな」
そう言いながら、入り口で倒れ込んでいる人々を横目に、さっさと上階への階段を探しに廊下に出る。
「こ、この人。無敵ちゃうやろか?」
紫電が生唾を飲みながら、そんな事を口にする。
「う~ん、そうでもないですよ。霧は火に弱い、これは定番なのです」
「おい、敵の拠点で味方の弱点をペラペラ喋るな」
アシエの指摘に、ネブラは若干苛立ちながら注意をする。
さすがに、言ってはいけない事を言われたので、面倒くさがりなネブラでもこれは注意をせざるを得ないレベルであった。
「はぅあ! ごめんなさいです」
ネブラのその言葉に、アシエはおびえた子猫の様に縮こまってしまう。
実は一番若いアシエは、戦闘経験がそんなに多くなかったのである。
戦いの訓練はしているために、動けるのは動けるがどこか遊んでるようなその戦い方は、まだまだ幼いものがあった。
「ちっ、のんびり野郎のネーヴァめ、こんな甘々な奴を寄こしてきてどうしろと」
「ネーヴァさんを、悪く言わないで欲しいです」
「戦場は、そんな甘い考えで生き残れる場所じゃね~んだよ」
さすがにネブラの方が正論だったために、アシエはそれ以上反論出来なかった。
「アシエ。ネーヴァさんはどちらかというと、情報収集が主やったのと、まだ若い龍ばかりを配下に集めとったからしゃ~ないわ。こっちは、完全に実働部隊やさかいに、危険な場所にも平気で派遣されとったからな」
なぜ、そんな人達の元に自分が送られたのか、アシエはどうにも不思議でならないようであった。
しかし、そんな考えはすぐに出来なくなる。
普通の会社の様な、デスクの並んだ部屋が沢山ある建物内の廊下には、まだ『ブーンドック セインツ』が居たのだ。
「くくく、この人数の中たった3人で何が……で、き」
しかし、またしてもネブラが催眠効果のある霧を発生させ、前方の敵を次々と眠らせていく。
その力の前では何もかも無力。もはや、紫電達など要らないように思えるくらいであった。
「俺ら、何しに来たんや?」
「この人を、監視するため。じゃないですか?」
紫電の疑問に、目が据わり不機嫌そうなアシエが答えた。
自分がここに送られたのがそのためならば、よっぽど甘やかされているのだろうと、そう感じていた。




