第二話 鬼の出現
亮が住んでいる閑静な住宅街から、商店街の通りを遠目で見てみると、一台のパトカーが通り過ぎて行く。
「あ~さっき見つかっちゃったし、警察呼ばれたか~さすがにこんな別人になってたら、俺だって気付か無いよな」
そうやってガッカリしながらも、腕を広げて自分の体を眺める花凛に、リエンがまじまじと見つめている。
『女の子の仕草、慣れてない?』
「はっ?! おまっ、そんなことね~わ!」
リエンの突然の言葉に、花凛は驚き声を荒げる。
『はい、言葉使い~』
だが、それをリエンがきつめに注意した。
『仕草はほんと何とかなってんのよね~がに股でもないしさ。まさか、ほんとは女性だったとか?!』
「ちがう!! そんなわけね~だろ!」
またまた声を荒げてしまう花凛。
『ま、そんな怒鳴らなくても分かってるわよ。昨日のお葬式で、あなたの前の体の時の死体を見てるし』
「なっ、ぐっ……」
腕を頭の後ろにし、またニヤニヤしながら花凛を見つめるリエンに、彼、いや彼女はやり場のない怒りを感じていた。
『言葉使いは、咄嗟でも出来るようにしておいてよね~すぐに怪しまれるわよ』
「わかったよ……」
とにかく、もうこれからは女として生きていかないといけないならば、頑張って何とかしないといけない。花凛は、頭を抱え女らしい言葉を捻り出していく。そして、それをブツブツと呟いていたが、どうも男の概念から見た、女らしい言葉と言う感じであった。
『で、とりあえずどこに行くの?』
すると、唐突にリエンが聞いてきた。
「あ、そうだったわ。とりあえず、あまりここに長居してたら危ないと思うの。だからね、地下鉄で4つ行った所の繁華街に行こうかなって思うんだ。そこで、これからの事を考えながら今日の宿を探すのよ」
『無理しないで良いから……』
何か不自然だったらしく、リエンがそう言ってくる。そしてその後、リエンは鼻をヒクヒクさせながら花凛の周りを回っている。
「ん? 何?」
『それにしても、あなた臭い』
「魂だけなのに分かるのかよ」
痛い所を突いてくるリエンに、言葉使いが戻ってしまった花凛が、冷静に突っ込んでいる。しかし、これまた冷静にリエンが返す。
『龍は鼻がいいから分かるんです~』
そして、これ以上は突っ込み疲れるだけだと感じた花凛は、首を横に振り呆れた様にする。
『ちょっと!! 何よその態度~! お風呂入りなさいって言ってんの~あと言葉使い! また戻ってる!』
「そんな急に色々出来るか~!」
そんな蝉の鳴き声を掻き消す程の声が、住宅街の中に響いた。
花凛の住んでいた町から地下鉄で4駅。
ここの繁華街は、両サイドの歩道に屋根が付いており、おかげで雨の日でも気にせず来られるので、毎日人でごった返ししていた。
その中をリエンは目をキラキラさせながら、辺りを見渡していた。
『ほえ~ここが繁華街? すっご~人いっぱい~!』
「あれ? 現世で鬼を浄化してたんでしょ? だったらこういう所も来なかったの?」
花凛の何気ないその疑問に対し、リエンはとんでもないことを口にする。
『あ~こういう所は鬼が大量に出るから、面倒くさくて来てなかったんだ』
そして、いきなりの事で急に足が止まる花凛。
「ちょっ、まさか……こういう所って、来ない方がよかった……?」
『え~? さっそくやる気満々なのかな~と思ったんだけど? 違うの~?』
リエンはいつも通りの顔で、ニヤニヤと笑いながら花凛をからかって来る。
「ちがっ、知ってたら来なかったわ!」
『はい、言葉使い~! あと気をつけてよね、私の姿は周りの人には見えないから、あなたさっきから独り言をぶつぶつ言ってる、危ない娘になってるわよ?』
花凛はリエンの言葉で気付いた、何やら変な視線が集まってる事を。
「早く言ってよ……」
花凛は、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら、リエンに小声で言う。しかし、時既に遅しと言ったところであった。
その後、昼食を繁華街で食べ終え、宿をどうしようかと考えながら花凛はウロウロしていた。
「やっぱり、安上がりになるしネカフェかな?」
『あ~良いね~私も生身で現世に行ってた時に、良く使ってたよ~』
その提案を、リエンが首を縦に振り肯定してくる。
「え? その姿で?」
『失礼ね! このままじゃ誰だってびっくりするでしょうが~ちゃんと角も羽根も尻尾も、引っ込めてましたよ~』
花凛の反応に、リエンは舌を出しながら否定をしてくる。
しかし丁度その時、花凛達の前の人混みから一人の男性が現れ、花凛達に近づいて来た。
その男性はスーツ姿に眼鏡をしており、七三分けの髪型から相当な坊ちゃんである事が見て取れるが、本当に金持ちかどうかは分からない。
「失礼、美しいお嬢さん。今お暇ですか?」
すると、その男性が花凛達にいきなり話しかけてくるが、礼儀正しいその姿勢に、ナンパのようには見えない。それは、良いように見れば芸能人のスカウト、悪く見れば風俗の仕事の勧誘に見える。
そして、この繁華街にもそう言う大量にある為、どちらかと言うと、その手の勧誘の方が多そうに見える。
「あっ、いえ。暇ではないです」
だが花凛は、こういう事をしてくる人間にまともな奴はいない、見た目で騙されるなと、自分の心にそう言い聞かせながら丁寧に断った。
「そうですか、来てくれますか」
しかし、男性は花凛の言葉を聞いていないのか、そう言いながら彼女の腕をしっかりと掴んで来る。
そのいきなりの男性の態度に驚くものの、花凛はあまりの強引さに腹も立っていた。
「ちょっ、離してください!!!」
そして、大声で周りに助けを求めるが、誰も気付かなかった。 いや、気付いてはいるが、厄介事はごめんだとばかりに全員素通りである。
「まぁまぁ、すぐに済みますから……」
男性はそう言いながら、繁華街の脇にある、ビルとビルの間の細い通路へと花凛を引きずっていく。
いくら女の体とはいえ、こうも引きずられるとは思わなかったが、それでも必死に抵抗をしている。
「ふふ、駄目ですよ抵抗しちゃぁ。苦しいだけですよ?」
「なっ、何を……?」
『あ~さっそくか~ほら、よく見てみなさい。変なオーラのようなものが男から出てるでしょ?』
リエンにそう言われ、花凛は目を凝らす。すると、男性の体から湯気の様なものが湧き、揺らめいていた。
『鬼よ』
「な、なんだって! こんな普通の人が?」
花凛は、リエンの言葉に対して信じられない顔をし、聞き返した。
『まぁ、そのうち変化するわよ、見てなさい』
リエンがそう言った直後、男性の雰囲気が唐突に変化していく。
目は普通だったのに、徐々にあらぬ方向を向き始め、片方ずつバラバラになっている。
「あぁ、女は偏見だらけで困りますね~誰が鬼ですって? こんな優しそうな私に対してねぇ。ちょっと叩いただけで、やれDVだなんだとのたうちまわる。非常に邪魔な存在ですよねぇ。消えてもらわないとぉぉぉ……おおおぉ!」
そう言いながら、男性はどんどん変貌していく。
頭にはたくさんの角を生やし、体は筋肉が盛り上がり、厳つくなっていく。
そきて目は完全に獣の目をしており、人間の要素がほとんど無くなり、鬼と呼ばれるにふさわしい風貌へと変わっていく。
「死 ね」
そして花凛に向かってそう言うと、腕を振り上げ、勢いよく地面に叩きつけた。
「わぁぁ~~!!」
それを咄嗟に回避し、相手に向き直す花凛。
『お~初めてにしては上手く避けたじゃん~』
「そんな感想はいらないから! どうしたらいいの?!」
そんな中、花凛は必死になってリエンに聞いている。こんな事態は初めてな為、パニックになっており、煉獄での事が全てすっぽ抜けていた。
『落ち着きなさいよ~教えたはずよ?』
「あっ……」
リエンの言葉に、ようやく肝心な事を思い出した花凛は、咄嗟に手を横に広げて集中する。
すると、花凛の掌にどこからともなく炎が集まり始め、形を成していく。
そして花凛は、煉獄で出し方を教えてもらったあの偃月刀を出現させ、その手にしっかりと収める。
『さぁ~て、どうかな~?』
リエンは、その様子を少し上から眺めるように見ている。彼女は実体が無いからなのか、それとも試練を与えているつもりなのか、手助けをする気配が全く無い。
「ぐぁあぉおおお!!」
そんな中、理性を失い、ただ女性にのみ殺意をむき出しにするこの鬼は、今はただ、花凛に向かって突進をしていた。
「うん、頭の中に動きは流れて来るけど、上手くいくのかな?」
花凛は、目の前まで迫る鬼を見つめタイミングを計る。そこに恐怖と言うものは、何故か無かった。
それは、花凛自身が龍の魂と融合しているからなのか、それとも戦い方が分かっているからなのかは分からないでいたが、少なくとも足が竦んで動けないと言う心配は、杞憂であった様である。
そして、鬼は花凛に向かい、太い腕を振り下ろし、物凄い威力があるであろう高速の拳を、まっすぐ花凛に向けて放つ。
しかし、放った拳はそのまま空を切る。
「???」
何と突然花凛の姿が消えたのだ。その様子に鬼は驚き、辺りをキョロキョロと見回している。
「こっちこっち」
すると、いきなり後方の上から声がする。それに反応し、鬼は咄嗟に振り向いた。その刹那、鬼の視界が真っ二つに割れる。
「ぐっ、がぁ」
そう、花凛は鬼の攻撃を飛び上がって回避し、体を捻りながら回転すると、そのまま鬼の背後をとったのだ。そして、着地の前に偃月刀を振り下ろし、その鬼の体を真っ二つにした。
「ふぅ、意外と動けた。この体凄い! ははは」
花凛は、自分の意外な強さに、すこし満足気に笑う。
『まぁ、これはまだ鬼になったばっかの雑魚だしね? あまり有頂天にはならないようにね~それより見なさい』
リエンにそう言われ、せっかくの気分を台無しにされた花凛は、渋々彼女の指差す方を見る。
すると、さっき切った鬼の体の切り口が発火し、紅色の炎が鬼の体を焼き尽くしていく。
『これで、鬼になってしまったこの人の魂は浄化されたわ。あんな風に鬼になってしまったら、人間じゃなくなるから、こうするしか方法が無いのよ』
そのリエンの言葉に、ようやく現実味を帯びてきた花凛は、これからのことを思い、ため息をついた。




