第三話 神楽家の事情
神楽家の門をくぐると、玄関まで石畳が続いており左右には大きな庭があり、大きな池もあり高そうな錦鯉が泳いでいる。
まさに絵に書いたような、お屋敷というものであった。
「賢治さん、もう逃げないから肩離してくれる?」
「ん? そうか」
すると、神田は肩は離してくれたが次は手を握ってきて、やはりそう簡単に逃がしてはくれなかった。
「う~」
「何か不満か? なら、俺から目を逸らさずに逃げようとはするな」
花凛が、神田の対応に不満げな表情を見せる中、一行は玄関にたどり着いた。
そして、夏穂が玄関を開け花凛達を招き入れる。
「さっ、どうぞ。広くて落ち着かないだろうけれどもゆっくりしていってね。さすがに今回は心細かったから助かるよ花凛」
3人の表情が、学校で見せるものとは違っていたため、花凛は緊張した面持ちで神田と一緒に家に入っていく
この3人にとって、実家は落ち着く場所では無いのだろうか。
広い廊下を3人に案内されながら、花凛はそんな事を考えていた。
そして、よく見ると3人とも出向かえてくれた時はいつも通りの振る舞いをして見せていたが、今は疲れきった表情で口数も少なかった。
その様子に花凛は心配をしていたが、何と声をかけたらいいのかわからないでいた。
「この部屋で待っていてくれる? 私達のお父様を呼んでくるから」
美穂にそう言われて、廊下の突き当たりに近い左手の部屋に通される。
畳の和室であり、かなりの広さの部屋である。
真ん中にテーブルが置かれ座布団も敷かれている。
そして、上座に当たる所にだけ背もたれのある和風のイスが置いてある。
『確かに、広過ぎて落ち着かないわね』
リエンが、そわそわと辺りを見渡しながら言ってくる。
それを見た花凛は、小さな妹を持つ姉の様な心境になり苦笑いをしている。
しばらくして、部1人の壮年の男性が出入り口の襖を開き部屋へと入ってくる。そして、その後ろに夏穂、美穂、志穂が続けて入ってきた。
着物姿のその男性は、肩まである白髪の髪を後ろに流し、顔つきもいかにも厳しい性格を現しているかのように険しい表情である。
そして、上座のイスに座ると花凛達を眺め挨拶をしてくる。
「お待たせしました、私が3人の父親の神楽亮蔵と申します。本来なら、龍であるあなたを招く事はあり得ないのですが。不本意ながら、娘達が友達だと言うので特例として家に上げましたが、あまり調子に乗らないようにして頂きたい」
かなり鋭い目つきで花凛を睨んでいる。リエンは、状況を把握しているのか今は姿を見えない様にしている。
「してそちらの方は?」
「私は花凛の保護者です。花凛は未成年なので、保護者同伴の方が何かと宜しいかと思いまして」
神田は、バカ丁寧に亮蔵にそう返した。
その受け答えに満足したのだろか、腕を組み納得した様な表情で再び花凛に視線を移す。
「さて、3人からそちらの事は聞いている。物腰からして、他の龍とは違う様だが所詮龍は龍だ、必要以上に娘達に接触しないように。今回もそのせいで娘達に危険が及んでいるのですからね」
若干怒りが籠もっていそうな話し方に、花凛は体が強ばっていた。
その様子に神田が気づき、花凛の肩に手を置いてくる。
「そんなに、花凛ばかりを責めていてもしょうがないと思いますが? いったい何があったのですか?」
神田の受け答えを見て、連れてきて正解だったと花凛は感じた。
そして、何故か安心している自分がいることにも驚いている。
こんな姿を3人に見られていると思うと、またからかわれるかなと父親の後ろにいる3人をチラッと見ると、3人ともまるで人形の様に表情も変えずに座っている。
すると亮蔵が口に手を当てわざとらしく咳をし、今起こっている出来事を説明し始めた。
「ここ2~3日前から、この屋敷内に侵入者が出るのだよ。どうやら娘達を狙っているらしくてな、SPの者達に娘達を守らせることにしたが、昨日そのSPが殺されたのだ。あのSPがだぞ。私はただ事ではないと感じ、警察にも連絡したがまともに取り合わん。そこで、娘達からあなたの話が出たので、娘達の護衛を頼むことにしたのだ」
「まさか、NECが……」
亮蔵のその言葉に花凛がポツリと呟いた。
「なっ?! 犯人が分かっているのか?」
さすがにその言葉に亮蔵は驚き立ち上がっている。
「恐らくですけれど」
花凛の冷静な言葉に、亮蔵は再びどっかと座り直した。
そして一際難しい顔をするとうなり始めた。
「NECだと、あそこは私が大株主になっているのだぞ。恩を仇で返すか」
そして、何か再び花凛に目を向けると花凛をじろじろと眺めてくる。
「あなたは、普通の龍ではなさそうだな。普通の龍なら、神龍の巫女を守ろうなどしないのでな。私の妻達の様に見殺しにしてきた。宜しい、どちらにせよ娘達を守ってくれる者がいない今、あなたをこき使わせて貰う」
「はい、分かりました。私にとっても3人は大切な友人です。絶対に守って見せます」
花凛は、精一杯の笑顔で答えた。その言葉に後ろの3人は泣きそうな顔になっていた。
3人が疲れた様子なのは、狙われている恐怖により心安まる時間が無かったのであろう。恐らく、睡眠もろくに取れていないはずである。
「ふん。その言葉に嘘偽りがないかは、そちらの行動次第だ。犯人が捕まるまでの間こちらに寝泊まりしてもらう。よろしいな?」
亮蔵が、保護者である神田に確認を取っている。
「分かりました。ですが、先程言った通りに花凛はまだ未成年ですので、朝から夜までは私もこちらに来て護衛させてもらいます。一応、私は刑事ですので」
神田がそう答えると警察手帳を亮蔵に見せた。
「なるほど、それなら願ってもいないことだ。だが、他の警察官は何故こない?」
「それは……秘匿事項なので言えません」
亮蔵の質問に神田が頭を下げている。
その姿に亮蔵は何か感づいたらしい。大きなため息をつき、神田に頭を上げる様に言った。
「とにかく、今夜も侵入者は現れるだろう。警備システムなど全く役に立たなくてな。頼むぞ。おいお前達、部屋に案内してやれ」
「分かりました。お父様」
3人が同時に答える。
そして、花凛達の元に来るとついてくるように促してくる。
花凛は、それに応え立ち上がると部屋を後にした。
「ありがとう、花凛。私達の事をそんな風に思っていてくれたんだね」
あてがわれた部屋は二階らしく、階段を上っている。
その途中で夏穂が話しかけてくる。
「え? だって、いつも一緒に居たんだからそう思うのは当然じゃない?」
花凛が、夏穂の言葉に不思議そうに首を傾げて返す。
「そうね。花凛さん、あなたは純粋ね。怖いくらいに純粋なのよ」
「うん、普通の人達は私達を怖がり逃げる」
花凛の返事に、美穂と志穂が返してくる。
その表情から今までどんな扱いを受けてきたのか、だいたい予想できた。
しかし、3人を見る限り学校ではクラスの人達と仲がいいはずである。
「そっか、花凛は気づいていなんだね。私達といつも一緒にいるから、あなたもクラスの人達から避けられている事に」
「えっ……」
夏穂の言葉に、花凛は目を丸くした。しかし、よくよく思い出してみると、確かに必要以上の絡みをされていなかったのである。
「ごめんな、花凛。巻き込んじゃって」
「あなたは、私達を巻き込んだと思っているでしょうけれど」
「逆だよ。私達があなたを巻き込んだ」
夏穂、美穂、志穂の言葉に花凛は少し愕然とした。
「でも、何で? 何で皆はあなた達を怖がるの?」
花凛の言葉に、3人は何か迷っている様な顔をしたが、すぐに意を決したような表情をし花凛に話し始めた。
「花凛さん、私達は神龍の加護により少しばかり占いが出来るのです。そんなに先の未来ではないですが」
その言葉に花凛は耳を疑った。その話が本当であれば、普通は人気者になるはずである。
「それなら、メディアにも引っ張りだこになるんじゃ?」
花凛の言葉に3人が苦笑いしている。
言ってはいけない事を言ってしまったのかと、花凛は少し顔を俯かす。
「あぁ、ごめん。花凛。でも、普通の占いならメディアも食いつくけど、私達のはちょっと違うんだ」
「えっ? ちょっと違うって?」
花凛が驚いて顔を上げ聞き返す。
「その方の不吉な出来事を占うのです。占いというより、的中率100%だから予言ですわね」
花凛は、暗い顔で話す美穂達3人を見てこれ以上は聞かないでおこうと考え、黙って3人の後をついていく。
「さっ、ここよ。今日からしばらくここで寝泊まりして貰うわね」
美穂がそう言って部屋の扉を開けると、そこはかなり広めの部屋であり3つの勉強机が並んでいる。
「まさか、ここって」
その部屋の様子から、花凛はだいたいの予想はついていたのだが、一応のためにと確認をとる。
「そっ、私達の部屋だよ~私達を守ってくれるなら一緒の部屋じゃ無いとね」
夏穂がそう答えるが、その声はどこか楽しそうでもあった。
花凛はゆっくりと他の2人を診ると、2人共ニコニコと嬉しそうであった。
状況が状況なだけに断れない花凛は、文句を言わずに部屋へと入っていく。
部屋の中は、女の子の部屋特有の様子ではなかった。和室なのでしょうが無いのだろうが、女の子らしい装飾品も無く、ほんとにただ住むだけの部屋といった感じである。
そして、3人共きっきりと色違いの着物を着こなしており、厳しく育てられたのが見てとれた。
「まぁ、ゆっくりしなよ。この家には父とお手伝いさんくらいしか居ないからさ」
夏穂が軽くそう言ったが、10部屋以上ありそうな大きな屋敷に、たったそれだけの人しか住んでいない事に驚いた。
「あっ、そう言えばあなた達のお父さんってあの人1人なの? 確かお母さんは3人共違ったよね?」
花凛は、適当な所に座ると疑問に思っていた事を3人に聞いた。
「あぁ、今はあの人だけだよ。私のお父さんだよ」
その花凛の問いに夏穂が答える。
そして、それに続くように美穂が話し始める。
「私達のほんとのお父さんは、あの人の兄弟なのよ。皆、神楽家に婿養子として入ったの。その財力を狙ってだけどね」
お金持ちの家系ではありえそうな事である。
この3人は、あまり良い環境で育っているわけでは無さそうであった。
だからこそ、花凛の様な純粋な人は初めてであり、あんなに優しくされたのも初めてであったのだろう。
「えっと、じゃぁ他にも2人はお父さんがいるんだね」
「事故で亡くなったよ」
その言葉に、花凛の心臓がはねあがる。
まさしくドラマの様な展開が、現実にあるとは思わなかった様な反応で花凛は胸を抑えた。
「まさか、それって……」
「うん、多分殺されたんだと思う。あの人に」
「そして私達は、あの人の養子になったの。繋がりは従姉妹だけれど、戸籍上は姉妹かな」
美穂に続き志穂が詳しく教えてくれた。
だいぶ複雑な事情に、花凛は眉をひそめる。
「2人は恨まないの? 今のお父さんを」
花凛は、聞いてはいけないと思っていながらも、3人の事をもっと知りたいという思いからそんな質問をなげかける。
すると、美穂が答えにくそうにしながらも答えてくれた。
「恨んでいないと言えば、嘘になるかもしれないわね。でも、私達には身寄りがなかったし、夏穂とギクシャクしたくなかったのよ。私達はほんとの姉妹以上に仲がいいもの。家の事情で恨んだりして、孤独になりたくなかったのよ」
美穂のその言葉に、志穂も同意するように頷く。
この3人には、強い絆があるのだと花凛は確信することが出来た。そして、3人にはそうであってほしかった。
「やっぱり、花凛は優しいよね。私達に、こんなに親身になってくれたのは花凛が初めてだよ。今までの人達は、この特殊な家柄のせいで脅えてしまって、親密になろうとする人達はいなかったよ。ありがとう」
夏穂の感謝の言葉に、花凛は顔が赤くなっていた。
3人が特殊だからとかは関係ない、花凛はただこの3人だからこそ仲良くなりたいと思っていたのだ。
すると、下から神田が上がってくる音が聞こえる。
神田は、亮蔵と個人で話をするためにあの部屋に残っていた。
そして、今話が終わったようである。
「花凛、俺は調べ物をしに今日は帰るが何かあったらすぐに電話しろよ」
扉を開けると同時に神田がそう言ってくる。
「うん、分かった。大丈夫、ちゃんと頼るから」
神田は、花凛のその返事に納得した様子で微笑むと夏穂達の部屋を後にした。
そして花凛はふと思った。神田の顔を普通に見られたことを。
ドキドキはしていたものの、何故か心地よい感じの様で頬をほんのりと赤らめていた。
「あらら~花凛。学校が休校の間に何かあったの?」
「そうね、今日は時間もたっぷりとあるからね」
「そこの所、じっくりと聞かせて貰うよ」
そう言いながら花凛の前に座っていた夏穂、美穂、志穂がじりじりと詰め寄りながら話しかけてくる。
「えっ、いや。何でもないよ。何でも無いってば~!」
それでも、いつも通りの3人に花凛はどこか安心していた。
花凛は、あの父親と居るときの別人の様な3人を見て不安にかられていたのである。




