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煉獄の焔  作者: yukke
第二章 放浪
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第一話 受け止めきれない現実

 谷本家では、今悲しみに包まれていた。それは、ここの家の長男の谷本亮が亡くなったからだ。


 朝になっても中々起きてこない亮を起こしに、半ばイライラしながら亮の母親は起こしに行ったのだが、そこで見たのは冷たくなっていた亮の姿であった。

 勿論、急いで救急車を呼んだが既に遅かった。死因は脳卒中。それに気づくことが出来なかった事に、亮の母親は後悔し、やるせない気持ちになっていた。


 父親も妹の美沙も、この事態にショックを隠せずにいる。

 しかし、妹の美沙はショックを受ける両親を見て、自分だけはしっかりしないといけないと気丈に振る舞いながら、せっせと受付をしている。

 いや、体を動かしていないと次々に後悔の念が押し寄せて来るのだろう、彼女の動き方は正にそうならないようにと、必死に動いているだけにも見える。


 そしてリビングは今、白と黒の布で覆われ、お葬式ムード一色に様変わりしていた。もちろん中央には遺影と、亮の死体の入った棺桶が置かれている。

 その前には焼香があり、お坊さんがお経を唱え亮の魂を天に送ろうとしている。


 そんなお葬式特有の匂いが漂うその部屋には、ぽつぽつと人が来ては焼香をしていたが、その顔ぶれは同じ町内の人だけだった。

 亮には友達が居なかった為に、友達のような素振りをする人達は誰も居ない。その為、お葬式事態もかなり質素なものになっていた。


 そしてその反対側、こじんまりした3階建てのマンションの屋上から、一人の少女がその様子を眺めていた。

 黒髪に紅色のメッシュがかかった、腰までのロングツイテールをなびかせ、顔には絶望からか信じられないと言ったような表情を見せている。


「嘘だろ。俺、マジで死んだのか……」


 ポツリとつぶやく少女。それは、谷本亮本人であった。だが、外見は今は可愛い女の子。誰もそれが亮と気付く者は居ない。

 そして自分自信の葬儀を見て、愕然としている亮の横では、フワフワとリエンが浮いており、絶望している亮に追い打ちをかける。


『やっと分かった? あなたは死んだのよ』


「じゃぁ、この俺の体は別人なのか?」


 絶望に両手を震わせながら亮が続ける。


『まぁ、魂は私と融合したと言っても、あなた本人のものよ。体は確かに別の体になってるけどね~』


 リエンは腕を組みながら悩む。ようやく現実を理解した亮に慰みの言葉でもかけようかどうしようかと。しかし、言った所で彼の耳に入りそうではないと、そう感じていた。


 すると、亮の家の前に黒塗りの霊柩車がやって来る。どうやら気づけばもう出棺のようだ、あまりのショックで亮は気づいていなかったが、辺りを見れば既に夕焼けに染まっていた。


 そして家から担ぎ出される棺、最後にということで一部だけ窓の様なものが付いている部分を、葬式の進行役らしき方が開く。そして、それを亮も確認するようにしながら、マンションの屋上から背伸びをして、少し首を伸ばした。


 そこには、真っ青になり生気のなくなった顔をした、自分自身がいた。紛れもなく、この女の体になる前の亮の体だった。

 それに近寄って来ているのは、両親のみ。当然であるが他の人達は、町内ということで来ているのだろう。誰も涙は流していなかった


 亮はその様子をみて、前の自分の人生がどれだけ空っぽだったのかを、心底思い知らされた。


「はっ、こんなもんか……」


 そして亮は、棺が霊柩車に収まり出発する様子を眺めながらつぶやいた。


『あなた、どれだけ人望なかったのよ?』


「うるさい……」


 呆れた様子で聞いてきたリエンに、亮は適当に答え、その場を後にする。彼は何だかやるせないような気持ちになり、一刻も早くこの場から移動したかったのだ。


 しかし翌日の朝、亮は再び家の前のマンションの屋上にやって来ていた。


 新しいその体は、どうやら身体能力がかなり高いようで、この位の高さならば楽々ジャンプで跳び上がれる様だ。


「俺としたことが……昨日は公園で野宿したけれど、お金無かったし、昨日から何も食ってない。腹減った……」


 亮はそう言いながら、自分のお腹をさすっている。


『あ~もうバカじゃないの~まぁ、私は別に魂だけの存在だし、お腹減らないけどね~』


 そう言ってくるリエンを恨めしそう睨む亮だが、それに対してリエンはしたり顔をしているだけであった。


「とりあえず、自分の部屋にあるサイフを持って行こう」


 そう言いながら亮は、自分の部屋の窓に飛び移る。そして扉に手をかけると、予想通り窓には鍵がかかっていなかった。

 今は夏なので、頻繁に扉を開け閉めしていた亮は、鍵をかけないでいたのだ。


「え~と、あったあった」


 部屋の中で、床に放りっぱなしになっている自分のカバンから、サイフを取り出してそのまま持っていこうとしたが、ふとあることに気づく。


「あっ、そういや俺は死んだのだから、クレジットも使えないし、銀行からお金も引き出せない」


 そう思った亮は、仕方なくサイフから数千円と小銭だけを取って、ポケットにしまう。

 亮は普段からお金をあまり持ち歩かない主義なので、必要な時以外は常に5千円以下にしてあった。そんな自分の考えに、亮は少々不満を覚えたものの、今はとにかくたった数千円でも助かると考え、その場を後にしようとする。


「タバコは、いいかな。この体になってから吸いたいとは思わなくなったし」


『それにしても……あんたの部屋汚いわね~掃除してるの?』


 そんな時に隣のリエンが茶々を入れる。それを亮は軽くあしらい、そして退散しようと窓枠に足を掛けた……その時。


 妹美沙の声と同時に部屋の扉が開く。


「はぁ……オトンもオカンも沈み過ぎ。とりあえず、ちょっとでもこの部屋を片付けとかないと」


「やべっ!!」


 突然の妹の登場に焦った亮は、ついつい声を出してしまう。


「えっ?! 誰!!!」


 そして美沙の叫び声と同時に、亮は急いで窓から飛び出し、軽やかに隣のマンションの屋上に飛び移ると、颯爽と商店街の先の住宅街へと姿を消した。


 慌てて窓に駆け寄り、その姿を確認しようとする美沙。しかし、見えたのは髪の長い女性であるという事だけであった。


「誰あれ? 香典狙いの泥棒? いや、でもおにぃの部屋には置いて無いのに、すでに逃げようとしていた様な……おにぃの部屋から何か盗ったのかな? あっ! そんなことより警察だってば! オカ~ン!」


 美沙はそう言いながら、部屋を出て階段を降りていった。



 この商店街のすぐ近くには住宅街が広がり、その中にはこじんまりとした公園がある。

 その公園に亮は居た。そして、先程商店街の近くにあるコンビニで買ってきたおにぎりを頬張りながら、今後のことを考えていた。


「ん~これからどうしよう。お金が無いことには生活も出来ないんだよな~」


 朝とは言うものの、この炎天下の中ではたまったものでは無い。これは職を探している時となんら変わらないなと、亮はそう感じていた。


『それよりもさ~もっと大事なことあるじゃん!』


「な、何?」


 すると、突然横のリエンが大きな声を出してきたので、亮はびっくりしながら聞き返えす。


『煉獄では魂だったから触れなかったけど、今は生身の女の子の体だよ~今の内に触って触りまくって、その体に慣れときなさいよ~』


 亮は、両手をカニの様にして動かしてお決まりの動作をするリエンに、冷ややかな視線を送る。


『もぅ、ノリ悪いなぁ~』


 そんな亮と様子にリエンは腕を組み、ほっぺを膨らまして不機嫌さを出すが、あまりにもわざとらしいのが見て取れる。


『まぁ、冗談はさておき。今は自分が死んだことを受け止めきれないでいるようだし、体は後々慣れて貰うとして~とりあえず名前よ名前!』


 リエンは人差し指を亮に突き出し、真剣な表情で見つめている。そしてその言葉に、亮は今気付いたという顔でリエンを見つめ返す。


 当たり前の事だが、【谷本亮】は死んだのだ。戸籍ではすでに死亡扱いになっているはず。それなのに、死んだはずの人間の名前を使うのは非常に不味かったのだ。


「しまった。どうしよう……」


 口を手で覆いながらうつむく亮に、リエンがしょうがないなという顔つきで提案をしてくる。


『じゃ、私が決めてあげるわよ』


「えっ?!」


『何? 不満でもあるの?』


「いや、俺では思いつかないから。お願いするよ」


 しかし、亮は少し不安を抱いていた。本当にまともな名前が付けられるのだろうかと。


『ん~名字は無くても今は困ら無いだろうし~そうね【花凛(かりん)】何てどうかしら?』


 そしてわざわざご丁寧にも、地面に炎を使ってその漢字まで書いてくれた。


「まぁ、俺はもう龍だし。寧ろそれくらいの名前のほうがいいのかもな~」


『気に入ってくれた?』


「うん、良いんじゃないかな」


 そう言うと、リエンは嬉しそうに微笑む。そういえば、リエンのこういう笑顔は初めて見たかも。それを見た亮は、そう思っていた。


『後は~言葉使いね!』


「あうっ」


 前途多難な難題を与えられ、しかめ面をしながら項垂れる亮を見て、リエンはまたしても小悪魔のような笑み浮かべる。この笑みは何度目だろう、横目で見ながら亮はそう感じていた。

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