第四話 帰還
山のような玉座から、これまた山のような大きさのドラゴンが立ち上がる。
『まぁ、そう固くなるな。君は既にリエンの魂と融合し、娘と一心同体となっておる。娘のリエンは、君の魂に宿る形となってる為、体が戻るのは難しい。しかしちゃんと存在し、君の力の制御をしてくれるだろう。君は肉体を持って現世に舞い戻り、煉獄龍としてその力を振るえば良い』
難しい顔をして唸る亮に、リエンが横からのぞき込む。そして一つ懸念があった亮は、リエンに聞いてみた。
「君がやられる程でしょ、その現世に出て来てる鬼ってのはさ。自信ないぞ、俺も速攻やられるんじゃないのか?」
不安そうに尋ねる亮に、リエンは少し戸惑う。それは、リエンがやられた鬼が、他のに比べて数倍強かったからだ。
『えっと、それは……』
リエンが何て言おうか悩んでいたら、リエンの父親が安心しろと言わんばかりに腕を組み、二人を見下ろす。
『大丈夫だ。リエンと融合したのが普通の人間なら、その魂を即座に分離させ、リエンの魂だけを修復し、君の魂は天国に送っていた。普通の人間なら……な』
父親のその言葉に、リエンは戸惑いながら聞き返す。
『パパ、どういうこと?』
その隣で、盛大に頭にハテナマークを展開している亮も、首を傾げ理解に苦しんでいる。
しかし、リエンの父親はそんなことはそのうち分かると言わんばかりに、リエンに目配せをして話題を変えてきた。
『まだ不安もあるだろうが、事態は少し深刻でな。少々忙せてもらうぞ』
「そう言えば、さっきもそんなことを」
亮が聞き返してくると、リエンの父親は腕を組んだまま首を縦に振る。
『その通りだ。現世では、今鬼となる人物が急増しておってな。我々はこれを鬼化と呼んでおる』
必死に聞いている亮を尻目に、リエンはチャンス到来とばかりに女性化した亮の体を観察している。
『まぁ、君はリエンと協力してもらい、その鬼化したものを浄化し、その魂を天国へと送って貰いたい』
驚きのあまり亮は聞き返そうとしたが、リエンが観察しているのに気づき、慌てて体を丸めてしゃがみ込でいる。
その様子に、リエンは再び舌打ちをするが、諦めずに亮の体を観察しようと近づいている。
「そ、その鬼化した人達って、そうしないとダメなんですか?」
亮は顔を真っ赤にしながらもなんとか、質問をする。
『そうだ。鬼化すると一口に言っても、細胞レベルで変異してしまっているからだ。全く別の生き物になってしまうのだよ。そして理性を失い、己の欲望のまま暴れまくる。人間では手におえんのだよ』
リエンを片手で追い払いながら、亮はそんなことが起こっているという実感が湧かなかった。
何故なら、自分が死んでいるという証拠すら、まだ見ていないのだから、今ここに居るのも、全てが明晰夢なのでは無いかと、頭のどこかに残っていた。
『実感が沸いてないって顔だね~』
亮の追い払い攻撃を華麗に交わしながら、リエンが聞いてきた。
「そりゃ、まだ自分が死んだなんて実感ね~のに、次々とこんな事起こっても、信じられね~だろ」
怪訝そうに眉をひそめ、当たり前の事を口にする。そんな亮の姿をみて、実際に現世に戻らないと分からないだろうと考え、リエンとその父親は目配せをし頷く。
『よし、あの方の許可も貰ったことだし。肉体を復活させ、現世に戻って貰うぞ』
そう言いながら、リエンの父親は手のひらを上に広げる。すると、そこから丸い球体が現れた。
それは炎のように揺らめいており、熱を帯びてそうに見える。
しかし、その前に亮はもう一つ気になっているものを聞く。
「ちょっと待て、さっきからあの方あの方っていったい誰?」
『あの方は、世界の全てを作った方よ。この場所も何もかもね』
「それって神って事か?」
そのリエンの答えに、亮は驚きを隠せずに聞いた。
『まぁ、神様って宗教によって違うからね~あなたの言う神ってのが何かは知らないよ。でも、全てのモノを作り、それに存在を与えた方は、確かにいるのよ』
リエンが偉そうに腕を広げて、仰々しく答えた。
『さて、良いかな? そろそろ準備が出来たから、現世に復活してもらうぞ』
リエンの父親は、会話が終わった頃を見計らい、手のひらに出現させていた炎のような球体を亮達に向け放つ。
そして、その球体に亮達は包まれるように入り入り込み、同時に亮は体が熱を帯びていくのを感じていた。
『今度は失敗しないからね~!! 行ってきま~す!』
リエンは手を振り、父親に向かって元気よく出かけるあいさつをする。
「ちょっ、ちょっと! これ大丈夫か? 燃えてない?!」
それに対し、亮は突然のことに慌てふためいている。そして、亮達を入れた球体はゆっくりと消えていった。
そしてそれを見届けた後、リエンの父親は玉座に座り直す。
『さて、さすがに俺も予想外だったな。娘と融合したあの人物……この出会いは奇跡としか言えんな』
そしてゆっくりと目を閉、じ何やら考え込むように唸る。
『しかし、娘をあんな状態にまで追い込むとは。現世では何が起きているのだ』
しかし、それは今考えても意味の無い事。その後、再び目を開けると天を仰ぐ。
『あのお方は何を考えておられるのやら……』
普段から人気の少ないその商店街は、夜になると更に静かになっていた。しかし、今夜は更に重苦しい空気まで流れている。
そこから歩いて10分程のところに、海まで伸びている一級河川があった。上流の方とは言え、一級河川と呼ぶに相応しい川幅をしており、土手には桜並木がならんでいる。春にはさぞ綺麗な桜を咲かせることだろう。
その橋のたもとに、突然炎のような球体が現れる。
その球体は、しばくすると弾けるように消え去り、中から一人の少女が現れた。
腰まで伸びる黒髪に、紅色のアッシュのかかったツイテールの可愛い女の子、そう女性となった亮であった。
「ここは? 家の近くの川か?」
『あ~ここ、私が逃げ回ってた所じゃん~』
そしてその横には、リエンの姿もあった。恐らく、リエンはずっとこの状態のままなのだろう。
「夢から醒めた……わけじゃないよな」
自分の体を確認し、夢では無かったことを再確認することとなる。
「まぁ、服はちゃんと着せられてるからよかったよ……」
そして、自分の体を確認するのと同時に、着せられてる服も確認する。
上はタンクトップを着ており、下はホットパンツ、そしてハイソックスをはき靴は一般的な動きやすそうな靴を履いている。
しかし、ポットパンツは何ともピチピチした物である為、亮は顔を赤らめながら、モジモジし出している。
「……っ、そんな事より、何日たったかは分からないけど、急いで家に帰らないと!」
しかし、亮は恥ずかしさを振り払う様にしてそう言うと、急いで家に向かい走りだす。
『あっ、待ってよ~』
そして、その後をふわふわとリエンが続く。
同時刻。
商店街のある家では、普段とは違う装いをしていた。
その家は白と黒の布が掛けられ、入口には何やら受け付けらしきものが設置されており、大きな看板も立っている。
そして、そこには【谷本亮 告別式】と書かれていたのだ。そう、ここは亮の実家。そして亮の告別式をやっていたのだ。
自分の家にたどり着いた亮は、これを見て愕然とした。
ようやく、自分が死んだという事を認識せざるを得ない、そんな確実な情報が目の前にあった。




