第三話 煉獄の監視者
煉獄の業火の中、長い長い、まるで永遠かとも思われそうな道のりを、ひたすらに歩いていく亮。その斜め前をふわふわとリエンが案内するかの様にして進んでいる。
『どう? 少しは慣れてきた?』
いきなり後ろを振り向き、亮に語りかけてきたリエンに、いったいどっちのことなのかと不思議に思い聞き返えす。
「それは女の体のほう? それともこの武器の扱いのほう?」
そう言うと、亮は右手に持っている偃月刀のような長い柄の武器を、くるくると器用に回し始める。
『両方だよ~まぁ、武器の方は何とかなってきたね~』
ここまでは順調だと言わんばかりに腕を組み、首を縦に振り満足そうにしているリエンに対し、亮は何か納得いかない気分でいた。
「武器の出し方はともかくとして、戦い方まで、頭の中に最初から知っていたかの様に流れ込んでくるなんて。それならそうと最初から言ってくれ」
不満そうにつぶやく亮に、頭をポリポリとかきながらリエンは謝る。
『ごめんごめん~戦い方なんて一朝一夕で身につくものじゃないんだし。私と融合したことによるボーナスって、そう思ってくれたら良いかな~』
あれからリエンによって、色々な情報が頭の中に流されたらしく、亮はこめかみを押さえながら歩いていた。
「でも、これで本当に実践で動けるのかなぁ?」
不安を抱いた亮が、リエンに再度確認をする。
しかしそれも当たり前の事であった。亮は、生まれてから一度も戦いなどやった事が無い。だが、平和な日本で暮らしていたら当然の事である。
『何回も言ってるでしょ~現世に戻ってから、実際にやってみないと分かんないよ』
このやりとりも既に何回目だろうか。それだけ亮は不安を抱えていると言う事だろう。
なんとかこの不安を少しでも取り除きたい。そう思って質問するも、返ってくるのはいつも同じ答えで、亮は余計に不安になっていた。
『で、女の子の体の方はどうなの? 少しは慣れた?』
何回も同じ事を聞かされていたリエンはうんざりしているようで、たまにはこっちから聞いてやろうと、からかい気味に続けた。
『せっかくの美少女なんだしさ~男の時には味わえなかった事でも試してみたら?』
ニヤニヤしながら聞いてくるリエンに、未だに不安を隠せない亮は、なんのことだか分からずに聞き返す。
「どういうこと? 女の体にはなかなか慣れないし、見ないように、触らないようにしてるけど」
これも仕方の無いことだった。亮は生まれてから一度も彼女が出来た事がなく、女性の裸など見たことがなかった。なので、今自分の体がその女性になってしまっている事に、なかなか慣れないでいる。
『もったいないなぁ~慣れるためにも、触ったりしてみなさいよ~』
リエンはわざとらしく肩を竦め、そして呆れたような顔で亮に言った。
「そんなこと言われても無理だっての! じ、女性の体なんか触ったこともないんだし。余計に緊張するわ!」
自分をからかってるようにも見えるリエンに、少しばかりの怒りを混ぜて反論するも、次のリエンの言葉で肩すかしを食らってしまう。
『まぁ、そもそも今は魂だけの存在で、実体がないし触れないけどね~』
亮は、それなら言うなよと言いたくなったものの、リエンのしたり顔に心底腹が立ち、このまま思い通りにはさせるかと怒りをグッと抑えていた。
『ちぇっ、つまんないの~』
リエンのそんな言葉に、これからこいつには弱味を握らせない様にしないとと、決意を新たにした亮であった。
しばらくそんな調子で二人はやりとりをしていたが、急に目の前に開けた場所が見えてくる。
『あ、やっと着いた~ちょっと距離あったかな~』
すると、リエンが明るい表情で前に進んでいく。
「あ、おいっ。待てよ」
慌てて亮は追いかけ、開けた場所へと進んで行く。そこは今までと同じく、何もない場所に思えた。
『パパ~心配かけてごめ~ん』
その言葉に亮は反応し、リエンの話しかけている方に目を向けるが、その先に居た者に驚愕してしまう。
「ひぇっ?!」
なんとそこには、大きくて禍々しい山のような玉座に、これまた山のように大きくて、厳つく筋骨隆々な肉体を持った凶暴そうなドラゴンが、腕を組み玉座に鎮座していた。
「うわわわわ~~!!」
その姿を見た亮は、慌ててその場から逃げようとした。しかし、完全に腰が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまうだけとなった。
『パパ、ただいま~ごめんね、失敗しちゃった』
そんな亮を無視して、リエンは申し訳なさそうに父と呼ぶそのドラゴンに話しかける。
「パ、パパパ……パパ? ちちち父親? そそそのドラゴンが?」
亮は恐怖のあまり、上手く言葉が発せられないものの、なんとか声を絞り出し、リエンに問いただす。
『そうだよ? なに~? こわいの?』
亮の滑稽な姿におかしくなり、手を口に当てケラケラと笑いだしたリエンは、龍というより小悪魔のようだった。
『大丈夫だよ~うちのパパは優しいから~』
この見た目でそれはあり得ないぞ、というように首をぶんぶんと横に振り後ずさる亮。
そのやりとりをある程度見届けた後、リエンから父と呼ばれたそのドラゴンが、ゆっくりと口を開ける。
『心配したぞ、リエン。無事で何よりだ』
「体と声が合ってな~~い!!」
亮は失礼ながらも、速攻で突っ込んでしまった。
何故なら、そのドラゴンから発せられた声は、似ても似つかぬ優しい声だったからだ。
それはまるで、神父さんが懺悔の時にかけてくれるような、そんな柔らかな声である。
「あっ、す……すいません」
亮は失礼な事を言ってしまい、慌てて口を押さえ謝る。
『ふっ、なに気にするな。娘の命の恩人だ』
なんて寛大なのだろう……そう思いながら、見た目とのギャップが凄いなと亮は思った。
『ただ、やはりこの声は体と合ってないか。俺はこの声がコンプレックスでな、なんとかならんものかな』
そう言いながら、そのドラゴンは亮に視線を落とす。
そして、やはりその体躯では、見下ろされると物凄い迫力があり、亮は口を塞いだままガタガタと体が震えだした。
『も~パパ、せっかくの私の後継者なんだからさ~からかってあげないでよね~』
そう言いながら、リエンが腰に手を当てほっぺたを膨らませている。
『はっはっはっ! いや、すまんすまん。しかしこいつは、中々からかいがいがあるな』
豪快に笑い出すそのドラゴンを見て、流石はリエンの父親だと、亮がそう感じたのは言うまでもなかった。口元をひくつかせ、怒りを堪える亮を見て、リエンは面白そうに微笑んでいた。
その後、今までの事をリエンが説明し終わり、父親のドラゴンは難しそうな顔をしている。しかし、亮はそれよりも気になった事を聞いてみた。
「でも、なんでこんな所にドラゴンが?」
しかしその質問に対して、答えたのはリエンであった。
『あ~それはね~煉獄については説明したでしょ? 天国にも地獄にも行けない人の浄化の場所、それは覚えてるよね?』
亮は、リエンの言葉に頷く。すると、よろしいと言ったような表情で、彼女は続ける。
『それで、そうは言っても放っていたら良い、なんてわけないからね~監視者として私達がいてるのよ。そうでもしないと、いつまで経っても煉獄から脱せない人達も居るからね、ここは地獄じゃないし、何とかしてあげないといけないのよ』
「じゃぁ、なんで君は現世で鬼を浄化していたの?」
亮は、続けてリエンに質問をぶつける。
『それも、たまたまかな~暇してたのが私だけだったしね。ちゃちゃっと終わらせようと思ってたら、こんな事になっちゃって……』
すると、リエンは情けなくなり項垂れる。
せっかく任されたのに、むざむざとやられ死にかけ、この人物と魂を融合させなければ消滅していたであろう。そんな自分にやるせなくなり、拳を作り震えながら握り締めていた。
その姿を見て、父親のドラゴンはこう言った。
『大丈夫だリエン。お前が消滅しなくて良かったよ。お前の魂はこいつと一緒になってしまったが、娘が増えたようなものだ気にするな』
娘のリエンに、その柔らかな声で優しく語りかける。そして、父親のドラゴンは更に続ける。
『今、あの方に連絡を取ってな。どうやら地上がとんでもない事になってしまってるらしい、亮君といったかな? 改めて協力してくれるか?』
真剣なその表情に、怖さも吹き飛び、今まで腰が抜けていた体をようやく持ち上げると、亮は立ち上がってる。おそらくこれから言われるのは、リエンも言っていたことだ。
〈鬼退治〉
亮はその言葉に、どこかワクワクしている自分に驚いていた。




