第二話 煉獄にて
どこを見渡してもひたすらに業火が広がる謎の世界。その業火の間を細い道が続いている。
そしてその道を、今一人の少女とふわふわと浮かぶ龍の少女が歩いていた。
「で? 瀕死のあんたは俺の魂を見つけて、名案が浮かんだと?」
歩きながら腕を頭の後ろで組み、未だに理解に苦しむ顔をしながら亮は聞いた。
『そうそう~いや~グッドタイミングだったね。あの時に死んでくれて~』
リエンと名乗る龍の少女は、あっけらかんと答えている。
「おい……タイミング悪く、俺は捕まっちまったわけか」
ふてくされるようにつぶやくが、今の亮は可愛い女の子になっている為、可愛いさが増すだけであるが、そんな事本人は気付く訳も無かった。
『まぁそんなことで、私の魂はかなりボロボロだったからね~しょうがないから君の魂をメインにして、融合させてもらったんだよ』
腕を組み得意気に話すリエンを、亮はまじまじと見つめながら歩いていく。
『ただ、その時にちょっと君の性別情報壊しちゃってね……違う種の魂同士だったし、無理があったのかな~? それで、慌てて私と同じ性別情報を付け足したんだ』
リエンは、あごに手を当てまさに推理しているかのような仕草をするものの、少女の様な彼女がそれを行っても、あまり賢そうには見えない。
『とにかくあなたを巻き込んだのは悪く思ってる。ごめんね』
今まで明るかった彼女がしょんぼりとしていたのに驚き、亮は慌てフォローする。
「いや、そんなことはないよ。あんたが助かったんなら、それで良いよ。でも、女性の情報を性別のないものに付けるなんて、簡単に出来るものなのか?」
『それがね、割と簡単に出来たんだよ~』
そう言った後、リエンは亮をじ~っと見つめてくる。
「な、何? 後、今更何だけど裸なのはなんで?」
『いや、あなたもしかして女性としての素質あったのかな~って思って』
「そ、そんなわけないだろ!!」
あまりに突拍子な事を言われ、両手を前に振り赤面していく亮を見るリエンは、「やっぱり」見たいな顔をしている。しかし、その顔は少し楽しんでいる様にも見える。
『それと裸なのは、魂が服を着てたらおかしいでしょう?』
さも当たり前の様に答えるリエンに対して、亮は当たり前の様に突っ込んでくる。
「いや、あんたはなんか付けて隠してるじゃんか」
そう、リエンは隠すべき部分を隠す様にして、鱗で出来た鎧の様なものを着ていたのだ。
『ん~今の私はあなたの補助的な役割で、あなたの内に宿っている状態になってるしね~これも思念体みたいなものに近いかな? だから、こういうイメージでちゃんと隠してるんだよ~』
そう言うと、リエンはくるくると亮の周りを回っては、自分の体を披露する。そんな中、自分だけが裸なのが恥ずかしくなってきた亮であった。
「で、ここはどこで俺達はいったいどこに向かってるんだ?」
恥ずかしいのは一旦置いておき、現状把握をしようとする亮に対して、リエンは亮の女性になってしまった体をじっくりと眺め、鑑定していた。
『我ながら良いできだね~胸が私よりあるのがちょっと気にくわないけどなぁ……』
リエンはそう言いながら自分の胸に手を置いている。
そんな彼女の様子に、亮は「小学生の妹がいたらこんな感じなんだろうな」と、そう考えていたがすぐに考えを改め注意をする。
「こ~ら、いつまで見てんだよ。それに、いい加減この場所を説明してくれ」
腕で胸を隠し、サービスタイムは終了と言わんばかりにリエンを見つめる。
『もうちょっと観察させてくれてもいいのに~』
おもちゃを取り上げられた子供の様にふてくされるリエンに対し、やっぱり小学生の妹みたいだなと亮は感じていた。
『まぁ、いいや~後でまたじっくり見よ~ここはね煉獄と呼ばれてる場所だよ』
不吉な言葉があったが一旦聞き流し、亮は首をかしげて聞き慣れない単語について回答を求める。
『煉獄って言うのはね~なんて言うんだろ、天国と現世の狭間にあるって言えばいいのかな~天国に行けなかったけれど、地獄にも落ちない。そんな人達が苦罰を受け、罪を清めこの炎によって浄化される場所よ』
そんなリエンこ言葉に、亮は驚きを隠せなかった。そんな場所が存在していたとは、そしてそのような所にに自分が居るという事は……そんな嫌な考えが亮の頭をよぎる。
『あ、安心してね~私と魂が融合したからここに来たんだよ~あなたは宗派が違うからね~』
的確に心を見抜いた様な発言に、亮は正直ほっとしたものの、新たな恐怖を覚え彼の体は震えた。
リエンはそれを見て。何やら嬉しく感じたのかニヤニヤしている。
「じゃぁ、いったいこれはどこに向かってるの?」
そして亮が、続けてリエンに質問をする。
すると、リエンは頭を抱え、この人物に頼るしかないが断られたらどうしよう、と言うような複雑な思いで答える。
『とにかく、あの人に頼んで現世に帰らないと……私はまだやらないといけないことがあるの』
果たしてこの人はどう答えるのか。リエンは、そんな感じで彼の顔を横目で見る。
「現世に、戻るのか……」
がっくりしているのか喜んでるのか、良く分からない表情をする亮に、リエンは不思議に思い尋ねる。
『何? 嬉しくないの? 人生をその姿でやり直せるんだよ?』
すると、亮は突然表情が明るくなり、そうだったと言わんばかりに手を打っている。どうやら、彼の頭からはその事が抜けていた様である。
「そうだった!! 男の俺はもう死んでるんだよな? 多分この体15歳くらいかな? って事はまたそっからやり直せるのか! あの地獄のような社会から、毎日から抜け出せたんだ~」
いきなり降って湧いてきた考えに、亮は舞い上がっていたが、その姿にリエンは少し苛立っていた。
この人は地獄のことをよく知らずに、現世を地獄と言うのかと。だったら遠慮することはない。これはこの人の罪なのだから。
今まで何も考えず、人のせいにして生きてきたこの人には、丁度良い罰だ。
『じゃぁ、今はあなたが煉獄龍となっているのだから、現世に戻って私がやっていたことをやってね~この状態じゃ、私は力を貸す以外何も出来ないからね~』
リエンはそう言うと、不敵な笑みを浮かべ亮を見つめる。亮はその視線に幾ばくかの恐怖を感じていた。
「ちょっ、なんだそれ? 現世でやってた事って何?」
いきなりの事にさすがに動揺を隠せずに、亮は聞き返した。
『鬼・退・治♪』
そのかなり不吉な言葉に、訳が分からないといった顔をした亮に対し、リエンは悪魔のような笑みを浮かべ続けた。
『大丈夫~鬼と言っても地獄の鬼じゃないから。現世で起こってる不可思議な変貌をした人を、一旦そう呼んでるだけ』
リエンは更に続ける。
『数ヶ月前から、負の感情を抑えきれず、罪の意識をなくした人々が、異形の姿に変貌するという事が起こってるの』
腕を組み、悪魔のような笑みから真剣な顔に変わったリエンに、亮も少し真剣な顔になる。
『なんでそうなったのか、その原因も何も分かってないの。ただ、鬼になった人はもう人間には戻れないから、私はこの武器でそんな人を浄化していたのよ』
そう言うと、リエンは腕を横に伸ばし手を広げる。
その瞬間、広げた手に炎が纏わり付くように集まり、固まっていき形を成していく。
それはまさに、偃月刀のような刃の広い刃に、長い柄の付いた武器だった。そして刃には、綺麗な装飾が施され威厳も放っており、刃と柄の間に鈴が付いている。
リエンはそれを鳴らし、得意気に見せつけてくる。そして、亮を見るとその武器を彼に向ける。
『良い? あなたもこれを出せるようにね。そして、戦い方も教えてあげる。パパの元にたどり着くまでに、少なくとも普通の鬼一体くらいは倒せるようにして』
急に厳しい目つきになり、今までとは違うオーラを放つリエンに、亮は戸惑い気味になっていた。
「な、なんで俺がそんなことを?」
これが、亮の精一杯の反論だった。
『確かに、こうなっちゃったのは私のせいだし、巻き込んでしまったのは悪く思うわ。普通頼んだりしないよ。でもね、あなたを見てたらこのままで良いとは思わなかったわ。100年は生きてた私ですら、こんな人は初めてだったわ。ホントの地獄を知らない人は……』
最後の語尾だけかなり怖い言い方だったのと、あんな形で100年も生きてると言うリエンの年齢に、亮は震え上がった。
「ひゃ、100年?!」
亮のその言葉に、リエンは少しふてくされるようにして反論する。
『あら? たった100年よ~私なんてまだまだガキよ~だいたい龍の寿命なんて1000年くらいだって』
あまりの長さにびっくりしてしまったが、一つ気づいたことがあり亮は聞き返す。
「じゃ、まさか俺まで……1000年近くも?」
亮のその言葉に、リエンは初めてその事に気づいた。
しかしリエンが考えを巡らせても、正当な方法で生まれたのではない為、どうなるかは分からなかった。
『う~ん、分かんないや……』
首をかしげて答えるリエンに亮は不安を覚え、頭を抱えて項垂れる。
『とにかく、あなたは何も知らなさ過ぎて自分勝手過ぎるわ。他人と関わろうとしないあなたにとって、これは罰なのよ』
リエンの言葉に頭をあげる亮。その目には不安の色が隠せないでいた。
『ふふ、大丈夫よ。私がフォローしてあげるから~せめて、その体で歩む次の人生は、実り多い人生にしなさいよね』
良い事を言った、と誇らしげに腕を組みウンウンと満足そうにするリエンに対して、亮はこれからの事で不安に押しつぶされそうになっている。
「その前に、まず女性の体に慣れないと……」
ため息をつき、今更ながらな事を呟き、亮はトボトボと歩く。
その先に、希望があるはずだと微かに信じて。