第三話 任命
翌日、谷本家は全員神田刑事のいる警察署に呼び出されていた。
「どうも、すいません。いきなり呼び出してしまい」
「いえ、別に大丈夫です」
入り口で出迎えていた神田刑事に挨拶をし、花凛に続き谷本家の家族が警察署に入っていく。
今日の花凛は、半袖ティシャツにプリーツスカートを着て、ツインテールもシュシュで可愛らしく纏められていた。
言うまでもなく、この格好は妹美沙の手によるものだ。
「今日はまた可愛らしい格好をしていますね」
神田刑事がにこやかに花凛の服装を褒めてきた。
花凛は、顔を真っ赤にして顔を俯かせた。
「こ、これは美沙に無理やり着せられて……」
『その割にはまんざらでもない様子で着ていたよね』
「う、うるさいなぁ」
弁明しようにもリエンが余計な事を言ったせいで、口ごもってしまった。
「おや、今日はリエンさんは姿を見せてないのですか?」
神田刑事が花凛の辺りをキョロキョロと見回していた。
「そんなしょっちゅう姿見せてたら疲れるってさ」
花凛が補足するように説明をした。
そんなやり取りを微笑ましく、美沙が眺めていた。
警察署に入り、右手に進んだ先に2階に上がる階段が見えてきた。
神田刑事は階段に向かう。恐らく、2階の部屋で何か話があるのだろうと考え、花凛は後に続いた。
そして、その先の廊下を進むと神田刑事はある部屋の前に立ち止まった。
その部屋の扉は他とは違い、ずっしりとした重厚感に溢れ、扉に使われている木材がいかに高級な物を使っているかを物語っていた。
そして、その扉にはこう書かれていた。
【署長室】
「ほえ?」
花凛は、素っ頓狂な声を発しその文字を何度も読み返した。
すると、神田刑事がその扉をノックし中の人に確認をとった。
「署長、お連れしました」
「あぁ、入ってもらえ」
中から、声が帰ってくる。
それを確認し、神田刑事は扉を開ける。
「失礼します」
開けた直後にピシッと敬礼をする神田刑事を見て、やはりここでは上下関係というのはかなり重要なのだなと、花凛は再認識した。
「どうぞ」
その後、中から片手で扉を開けた状態にし、残る手で花凛達を中へどうぞというように部屋の奥に向けた。
緊張しながら花凛達は中に入った。
中は、広々としており入った直後に応接室の間の様になっており、高級なソファーと真ん中にこれまた高級そうな長テーブルが置いてある。
入って左手に、コの字型の机が置いてあり、そこに偉い人が座る立派な椅子に座った署長の姿があった。
警察官の正装をしているが、その体型は太っており正にメタボ体型をしていた。
頭はサイドだけが残っており、後は全てハゲていた。
メガネをかけたその奥の目は厳しい目つきをしていたが、花凛達の姿を見て急ににこやかになった。
「どうも、本日はご足労頂いて申し訳ない。私、署長の江本と申すます。さ、そちらにおかけになってください」
立ち上がって、自身も席に向かい手で案内をしてきた。
それに従い、花凛達はソファーに向かい座った。
お金をかけてるだけあって、座り心地はこれまでにないもののようだった。
真っ正面に署長と神田刑事が座る。
「後で飲み物を用意させますね」
「あ、お気遣いなく。それで本日はどういったご用件で?」
花凛の隣に座った母親が真っ先に尋ねた。
「ふむ、そうですね。単刀直入に言いますと、花凛さんあなたに警察への協力をお願いしたいのです」
「えっ?!」
花凛を含む家族全員が口を揃えて驚いた。
「えっと、どういう意味ですか?」
母親が続けて質問をした。
「この神田から色々話は聞きました。正直我々の手に負えるものではない、私もそういう判断をしましてね。それで、唯一対処できる花凛さんあなたに協力をお願いしたいのです」
署長は、真剣な顔で花凛を見つめた。
『あら、いい提案じゃない。化け物が出たって情報は、この警察署に真っ先に来るんでしょ? 警察の協力があれば、退治も素早く出来るじゃない』
リエンが、花凛の上から皆の様子を眺めながら言ってきた。
「う~ん、そうだけど」
「因みに、この案は神田から出されたものです」
その言葉に反応し、花凛は神田刑事に目を向けた。
しかし、神田刑事は目を閉じまだ何か考え事をしている様子だった。
「問題は全国各地で、この人が化け物になる現象が起きているのです。花凛さんの力なら、全国でも跳びまわれるのではないでしょうか? これは花凛さんにしか出来ない事なのです。協力していただけないでしょうか」
『まぁ、そこは気にしなくてもいいわ。龍はあなた1人じゃないから』
花凛は、目を見開きリエンを見上げた。
「ちょっと、初耳なんだけど?!」
『だって、聞かれなかったもん』
しれっと答えたリエンに、花凛は少しイラッとしてリエンを睨んだ。
「あの? いったい何が初耳なんですか」
うっかり声を出してしまった花凛に、皆の視線が集まった。
「リエンさんから、何か言われたのですか?」
神田刑事も目を開けてこっちも見ていた。
「あ、いえ。この事件全国で起こってるみたいだけれど、しばらくしたら何者かに倒されてませんか?」
花凛は誤魔化すように署長に質問をした。
「そう言われると、一瞬の間に倒されたという報告を受けてますね。まさか」
署長が目を見開きま、花凛の言葉に耳を疑っていた。
「他にも花凛さんのような龍がいると」
横にいた神田刑事が署長の代わりに言葉を発した。
「えっと、多分そうだと思います」
リエンから詳しく聞かないとはっきり答えられないので、花凛は曖昧に答えてしまった。
「なるほど、でしたら全国の警察署に通達しその旨を伝えねばいけませんね」
署長が、そう言うと神田に目配せをした。
「後で通達しておくよう部下に言っておきます」
神田刑事が、手帳にメモを取り返事をした。
「さて、花凛さん協力の方はすぐにお返事をとは言いません。じっくり考えてください」
署長はそう言いながら席を立つ。それに合わせ花凛達も席を立った。
「そうそう、神田刑事からも何かあるそうですから聞いてあげてください」
話はここまでらしく、神田刑事に促され署長室から出た。
「でわ、失礼いたしました」
神田刑事が再び敬礼をし、扉を閉めた。
警察署の出入り口に向かう途中、母親が神田刑事に話しかけた。
「あの、何かお話があるのでは?」
「そうです」
出入り口にたどり着き、神田刑事が迷うように口にしたのは意外なものだった。
「花凛さん、もし宜しければですが。私の養子になりませんか?」
「ほえ?」
神田刑事のその言葉に、花凛は再び素っ頓狂な声を上げた。




