第十六話 迫る包囲網 ④
次の日の朝、リエンから誰か帰って来たと言われ慌てて飛び起きる花凛は、よだれも垂らし気持ちよく熟睡していたことを物語っていた。
久々に布団で寝ていたので仕方の無いことではあったが、逃亡中であることをもう少し自覚しないさいとリエンにたしなめられた。
音を立てないように布団を片付け荷物を持ち、ゆっくりと2階の窓から外に飛び出た。
『さて、今日はどうするの?』
「とりあえず、人気の無い所に行って、出来るだけ情報収集しないと」
そう言いながら、都会と違って車がほとんど来ない道路の歩道を、てくてくとあるく。
この辺りは夏とはいえ、都会の排ガスがほぼないのかいくらか涼しく感じられていた。
『あと、ここに着いてから思ったけどこの辺り鬼化する人いないね』
リエンの言葉に、始めて気づいたような表情をした花凛が、辺りを見回して言った。
「そりゃ、これだけ人が少ないとね」
『それだけじゃないわよ、ここの人達の心が穏やか何でしょう?』
これでは、戦闘の練習が出来ないと思い考えこむリエンを尻目に、花凛は両腕を上に伸ばし思いっきりノビをしていた。
「まぁ、何日かはのんびりさせて~」
『しょうがないわね~』
しかし、その時遠くから赤いランプが回っている車が見えて、徐々にこちらに近づいているのを確認した花凛は、猛ダッシュでその道路の横の田んぼのあぜ道に向かい、そこを真っ直ぐに走っていった。
トンボや、虫の鳴き声が聞こえてくるがそんなものには目にも耳にもくれず、サイレンの音が聞こえてこないか必死に耳をかたむけていた。
だが、見えてきた車体は真っ赤だった。
「はぁ、はぁ。なんだ消防車か」
『焦りすぎよ~』
あまりにも花凛は警戒しすぎているようだった。
胸の鼓動を落ち着かせるため、胸に手を置き息を整える。
「あんれ? お前さんどこかでみたような……」
突然の声に驚き、声のする方を振り向くと。農作業をしている、おじいさんが花凛をジロジロと見ていた。
「あ~! お前さんニュースで……」
「人違いで~~す!!」
花凛は慌てて、もと来た道を戻り全力疾走した。
その日の夕方、花凛がこっそりお邪魔していた谷本家の母親の実家では、スーツ姿でオールバックのあの刑事が来ていた。
「なるほど、2階の窓が開いており布団も使われた形跡があると。夜に誰かが寝泊まりしていたのではと言うことですか……」
刑事はメモをとりながら、髪の毛が全て真っ白で腰の曲がったおばあちゃんの話に耳をかたむけていた。
なんと花凛は、とんでもないミスをしていた。ここから出る時に窓を閉め忘れていたのだ。
昼頃に、たまには掃除をと上がってきたおばあちゃんが、この異変に気づいた。
しかし、ボケてるのか騒動にしたくないのか、真っ先に娘である谷本家の亮の母親に電話をしたのだ。
北の実家辺りにはあの黒と赤のメッシュ髪の、もしかしたら息子ではないかと疑っている子が居るとニュースで見ていたので、慌てて亮の妹である美沙が、その子を追ってる刑事に電話をしたのだった。
そして、夕方頃地元の警察署で捜査の指揮をしていた刑事は、その連絡を受けこの家に事情を聞きに来ていたのだ。
「では、夜また来るかもしれないので、夜だけでもこちらに巡回してもよろしいでしょうか?」
「ええ、分かりました。怖いですからね、お願いします」
妹の美沙はおばあちゃんに、ニュースの子が亮ではないかというのは伏せていた。刑事にも言わないようにとお願いしていたのだ。そうなると、このおばあちゃんの反応は普通であった。
刑事は、地元の警察にこの事を伝えると、次は妹の美沙に電話をし始めた。
「あぁ、美沙さんでしょうか? えぇ、あなたの言うとおりおばあさんには詳しい事情は話してません。それで、私的にはあなたがこの前仰っていた事がどうも引っかかるのです」
刑事は、メモを探り以前美沙に行った聞き取りの情報を見つけ、口にした。
「確か、今逃げているこの子が死んだお兄さん、亮さんではないかと言うことですが、えぇ、そうです。あなたのお母さんの実家の場所を知っているのは、身内だけですしね。それに、2階の窓の鍵が壊れている事を、知っているのは? この家に住んでいるおばあさんと、お母さん。美沙さんもご存じで、お兄さんも知っていた。なるほど、信じたくはないですがこの状況では、その線で探るしか無さそうですね。すいません、お兄さんの事について少し聞かせてもらってよろしいですか?」
刑事は携帯片手に、もう片方にはメモ帳を持ちながらパトカー乗り込んだ。その時、パトカーのドアの上部で頭を打ったが気にせず乗り込んだ。それだけ必死だと言うことなのだろう、部下の1人が苦笑いしていた。
この刑事は、集中すると周りが見えなくなるようだった。
それから数日後、花凛はひたすら住宅街の屋根を飛び回っていた。
「なんでこうなってんの~~!!」
下には多数の警察官が花凛を追っていた。
その中には、あの刑事もいた。
あの後花凛は、夜に再びおばちゃんの家で寝ようとしたら、警察官が巡回していて驚いた。
何かミスをしたのかと、そう思いながら立ち去り、寝床を探そうとするも日が暮れ始めた頃から、徐々に警察官が増え夜になる頃にはこの田舎ではあり得ないくらいの警察官が、たくさん集まっていた。
それだけ居たなら、花凛の姿を見つける事も容易かった。
何故なら、都会と違い隠れる路地が少ないからだ。これも花凛のミスであった。家と家の隙間の路地で、様子を見ていた花凛を警察官が発見したのだ。
おかげでその後の数日間、花凛は何度も見つかっては逃げ、見つかっては逃げを繰り返していた。
「何で逃げるんだ! 手荒な事はしない! 事情を聞きたいだけだ!」
あのオールバックの刑事が、メガフォンを片手に花凛に叫んでくる。
「こんな、大勢で追われてたら信用出来ません!!」
花凛はそう言いながら次の住宅の屋根に飛び移るが、その先が無かった。
田んぼが広がるだけであり、万事休すであった。
「あ~もう! これだから田舎は~!」
そう言うと、花凛は踵を返し戻っていく。
警察官達も登れるとこらから、屋根に登ろうとしていたが、花凛の軽やかな身のこなしについて行けていなかった。
「これも、半分龍の体だから出来るんだよね。この時ばかりは、この体で良かったって思うよ」
『それはそうと、何時までも逃げられるわけでもないでしょう? どうするのよ?』
「どうしよう……」
困った顔でリエンを見つめる花凛に、リエンは呆れた顔でため息をついた。




