第十話 ~ 小さなヒーロー ~ ④
静かな雑居ビルの中、子供達が学ぶ学舎の中では、本来聞こえてくるはずのない音が響いていた。
「邪魔をしないでいただきたいですねぇ。あなたは、関係ないでしょう」
人ではなくなった鬼が、鋭利な爪を振るい花凛に襲いかかっている。
「くっ! 関係なくはないわ。私は、あんたみたいな奴を退治する為に、やってきたのよ!」
その鬼の攻撃を華麗に交わしながら、花凛は手に持っている、綺麗な装飾の施された偃月刀を、横に縦に、時には突きながら攻撃するも、鬼はその攻撃を爪で防ぎ、返す勢いで反撃してきていたので、花凛はだいぶ苦戦を強いられていた。
その隙に、隆と健斗は綺羅々のもとに辿り着いていた。
「綺羅々! 大丈夫か?! 今これ取ってやるから!」
そう言いながら、隆はさるぐつわを取り、健斗が足の紐を取ろうとした。
「待って!! 足は自分でやるから!」
さるぐつわを外され、ようやく声が出せるようになった彼女から出た第一声は、叫び声だった。
健斗は驚き手を離したが、ほのかにアンモニア臭が漂う。そして、足元には何やら水たまりができていた。
それに気付いた隆が、気まずそうに確認をとる。
「お前、まさか……」
「うっ、うぅ……」
知られたくなかった事を知られ、綺羅々は恥ずかしさと、そして恐怖から解放された安堵感も重なり、大粒の涙を流しながら泣きじゃくった。
「お、俺は何も見てないぞ!」
「ぼ、僕も!」
泣きじゃくる綺羅々に2人が交互になだめようとしたが、この状況では意味を成さなかった。
「いいから、早く腕ほどいて!」
慌てている2人に綺羅々は叫びながら催促する。
だが、2人が綺羅々を助けようとしているところに、再び鬼が背後から近づいてくる。
「切角の獲物を、逃がすわけ無いでしょう……」
そして、鬼が腕を振り上げる。それを鬼の背後で、壁に叩きつけられ体勢を立て直してる花凛が、何とか防ごうと走り出す。
『この部屋じゃぁ、ちょっときついね。リーチのある武器では、狭い部屋の中では不利よ』
すると、横からリエンがアドバイスをしてきた。言われた通り、さっきりから花凛の攻撃は、部屋の狭さ故、大ぶりが出来ずに決定打にかけていた。
「だったら……!」
そう言うと花凛は、持ってる武器を鬼の背後から、鬼に目掛けてなぎ払う。
「おっと、危ないですね……っ?!」
そして、鬼が避けるのを予想していた花凛は、隆達に当たらないようにし、軸足とは反対の足で、屈んで避けた鬼の顔面に蹴りを入れる。
「はぁっ!!」
そのまま、力強く押し出すように鬼を蹴り出した。
「ぐあっ?!」
鬼の飛んだその先には窓がある。そう、花凛は戦う場所を外にしようとしたのだ。そのまま窓に激突した鬼は、激しく窓ガラスを割り、外に落ちていく。
「相変わらずこの体、すごいなぁ」
『そりゃぁ、龍の力を使えるようになってんだから、それくらいは出来ないとね』
改めて自分の体をマジマジと見る花凛に、リエンが誇らしげに言ってくる。
「おっと、こうしている場合じゃないや。早く追って、人気の無い所に連れて行かないと」
そう言いながら、花凛は窓枠に足をかける。
「良い? あなた達は今のうちに逃げるのよ」
そう言うと、花凛は窓にかかっているカーテンを取って綺羅々に投げてあげ、その後窓から飛び降りると、鬼の後を追った。
しかし、これが花凛の大誤算となってしまった。花凛は、子供達を助けようとするがあまり、周りの状況が見えていなかったのである。
雑居ビルの前で、鬼は仰向けに倒れていた。
そして、今し方自分が飛び出してきた窓から、高校生くらいの女の子が飛び出してくる。その手には長い武器を手にしている。
こいつは自分を消し去ろうとしている。半年ぶりくらいの上物である、あの女子を食うのを邪魔してくる。鬼の中に怒りがふフツフツと湧いてきていた。そして、ゆっくりと体を起こし立ち上がる。
慎重に、ゆっくりと鬼に近づく花凛だが、周りの人の多さに驚いている。いつの間にか辺りには、仕事帰りのサラリーマンやカップル等で、さっきより人が増えていた。
「しまった、この多さじゃ人気の無い所へ誘導できない」
『やれやれ、こういうとこは読みが甘くて、まだまだ素人よね』
考え込む花凛に、リエンがあきれた顔で言ってきた。
「しょうが無いでしょ、まだ戦いには慣れてないし、正直怖いよ!」
そう言いながら、花凛は恐怖で震える拳を握りしめる。
子供達の手前、強がっていたものの、戦う事への恐怖は、なかなか払拭できていなかった。決意はしたが、それとこれとは別のようだ。
それでも、花凛は必死に対策を考えていたが、それも素人ならではのミスだった。
『そんなこと考えてる間に、来るわよ!!』
リエンの言葉に我に返り、前をむき直すが。既に鬼の姿は無い。
『後ろよ!!!』
そのリエンの叫びに反応し、後ろを向くも、強い衝撃と痛みが花凛の背中を襲う。
「ぐぅっ!!」
悲痛なうめき声をあげ、前に吹き飛ぶ花凛。
なんと、鬼は一瞬のうちに花凛の背後を取り、爪で引き裂いてきたのだ。
「なんと丈夫な体ですねぇ、普通の方ならもっと抉れているのに」
花凛は激痛に耐えながら、立ち上がろうとする。
『どうやら、向こうは本気を出してきたわね。しょうがないわね、こっちもちょっとリミッター外すわよ』
そして、リエンがそう言うと同時に、花凛は自分の体の内側から、熱のようなエネルギーが湧いてくるのを感じていた。
そのまま武器を握り直し、立ち上がる花凛。だが、そんな花凛の耳に、周りの人々から聞こえるざわめき声の中で、嫌なものを聞いてしまった。
「おい、なんだなんだ映画の撮影? にしちゃリアルだな」
「とりあえず写メ写メ」
「いや、警官呼べよ。あの女の方殺人事件の容疑者として手配されてる奴だぞ」
「え? あっ、ほんとだあの髪の色!」
「じゃぁ、あの化け物はなんだよ。あの動画は作り物じゃなく本物かよ?」
「いや、知るかよ。とにかく警察に連絡だ」
その声に、花凛は嫌な予感がし、そのまま頭に手をやると……そこには、あるはずの帽子が無かった。
さっき切りつけられたときに、衝撃で帽子が頭から落ちていたのだ。
「あっ、しまっ……」
『だから、前!』
リエンが叫んだ直後、鬼が瞬間移動したかの様にして花凛の前に現れ、切りつけてきた。
「くっ!!」
花凛は、今度は咄嗟に武器を横に構え、攻撃をギリギリ防いでいた。
『今は戦いに集中して!!』
そんな様子を見たリエンが、花凛に活を入れて来る。
の言葉を聞き、花凛は首を横に振り、戦いに集中するために頭を切り替えた。
そして、そのまま押し出す様に鬼をはじき飛ばす。
「ほぉ、さっきと力も動きも違いますねぇ。面倒ですねぇ……」
そんな中、鬼は苛立っているのか、その様子が見て取れた。
すると突然、鬼の近くにいたカップルであろうホスト風の20代の男と、ギャルメイクをした高校生に見える女が近寄って行く。その様子に興味が出たのか、恐怖が無いのか、ふざけた様子である。
「すっげぇ、何これ? 映画の撮影なわけ?」
「ちょっとやめなよタク~邪魔になるよ~」
目の前のことを撮影だと思っている男は、容赦なく鬼に近づいて行く。その後ろに隠れるようにして、ギャルが嗜めるも、本気で止める気は無いようだった。
「いやいや、寧ろ俺みたいなイケメンが、エキストラで出りゃ逆に良くね?」
「きゃはは、いいね~それ~タク芸能界デビュー? やっべ、私芸能人の彼氏持てるんだ~どうしよう~嫉妬の嵐来そう~」
花凛はあまりのバカップルぶりに唖然としていたが、慌ててそのカップルに注意をする。
「ちょ、だめ! 離れて!!」
しかし、花凛の言葉には一切耳を向けず、バカップルの行動はエスカレートしていく。
「ねぇねぇ?! カメラどこ? カメラ」
そう言いながら、男はキョロキョロと辺りを見回す。
流石にに周りの人も、あまりの行動に呆気に取られ、誰も止めていなかった。
「このメイクもすげぇ~リアル~」
そして、男は鬼の角や顔をペチペチ触り出す。
しかし、流石にに危ないので、花凛は止めようとカップルに近づこうとした時……男の背中から鬼の鋭い爪が生えた。
「あっ、え……?」
そう、鬼は男の腹に爪を突き立て貫通させていた。
「教育のなってないガキですねぇ。成人男性なんて、不味くて好みじゃないのですが……」
そう言うと、鬼は口を大きく広げる。それは、大人の人1人くらいなら、楽に丸呑みできるくらいだった。
そして、更に鬼は爪を突き立てら男に苦痛を与えていき、そのまま持ち上げていく。
「あっ、あぁぁぁああ!! いてぇぇ! やめ!! たすけっ……! なにこれえぇぇぇ!」
「あ、あぁ。あぁぁぁ……」
目の前で起こる展開にパニックになり、ギャルはへたり込み言葉が出なくなっていた。
花凛は走った。頭によぎる最悪の展開。それだけはさせまいと。
しかし次の瞬間、男は半身を鬼の口に押し込まれ、咀嚼され飲み込まれていく。
その様子に、辺りには悲鳴が飛び交った。




