第九話 ~ 小さなヒーロー ~ ③
塾の中は異様な空気に包まれていた。
それはまるで、猛獣の檻の中に居るような。そんな恐ろしい空気が漂っている。
「た、隆、絶対におかしいよ。自習室の明かりだけ点いているなんて……」
「う、うん……そうだな。何で、先生達の居る部屋以外の明かりが点いているんだろう?」
子供達が指摘した通り、薄暗い廊下の中、自習室だけがうっすらと明かりが漏れている。
足が震えながらも花凛の後に続く2人。
それでも、やはりあの女の子のことは心配なのだろう、決意したその表情には男らしさが芽生えていた。
「ここね、いい? 何が起こっても、君達はただ女の子を助ける事だけを考えてね」
自習室の前にたどり着き、花凛の言葉に頷く2人。
そして、花凛は扉に手をかけ開けようとしたが、鍵がかかってるらしく開かなかった。
ますます怪しくなり、これは確実に何かが起こってるのは間違いない。
「ど、どうしよう……綺羅々の奴もう殺されてたら」
「バカっ! そんなこと言うな」
2人とも、考え無いようにしていた最悪の状況を考えてしまっている。最早、一刻の猶予もなかった。
その様子を見て、花凛はドアから少し離れて深呼吸をする。
「ちょっと、そこ退いてて」
花凛は隆達にそう言うと、ドアを睨みつけた。
そして隆達は、花凛が何をするのかだいたい予想出来たらしく、慌ててドアから離れた。その次の瞬間。
「はあっ!!」
雄叫びと共に花凛はドアを蹴り破った。大きな音と共に、ドアが吹き飛び、自習室の部屋は開け放たれる。
花凛はそれだけのパワー手に入れており、これくらいの事は造作も無く、戦いの中でそれを感じていた。
そして扉を開けた先には、信じられない光景があった。
自習室の端に机はずらされ、中央にはパイプ椅子らしきものがあった。そしてそこに、裸にさせられた女の子が縛りつけられていた。
手は後ろに縛られ、足も縛られているらしく、体を隠せずに女の子は泣いていたが、さるぐつわもされていたので声が出せていない。
「ん~! ん~!」
それでも、女の子は助かるという思いからか、必死に花凛達に助けを求めている。
「綺羅々!!」
その姿を見た隆と健斗は一斉に叫び、綺羅々に向かっていこうとするが、急に立ち止まる。
理由は、教壇のホワイトボードの所から、獣のような視線が放たれていたからだ。
「いけませんね~君達。塾はもう閉めているんですよ……探検するにしても、他所でやって欲しいですねぇ」
そこには、センター分けで眼鏡をかけピシッとしたスーツ姿の、塾の先生がいた。
それは3人対し、この女の子にだけ妙な視線を送っていたと、そうリエンが注意していた先生でもあった。
「先生! 綺羅々に何してやがる!」
そしてこの光景を見た隆が怒り、先生を睨みながら怒鳴りつける。
「何って、少し勉強で分からないとこがある。そう言っていたので教えていたのですよ。保健の授業をねぇ……」
この状況でも、その先生は悪びれる様子もなく淡々と続ける。あくまでもこの子が自ら、こういう事を望んできたのだと言わんばかりに。
だが、その先生の態度にさすがの健斗も声を荒げる。
「う、嘘つけ! 綺羅々は、俺達と別れる前に先生に呼ばれたって言ってたぞ!」
「そりゃぁ、友達には隠したいでしょ。こんな、はしたないことねぇ」
そう言いながら、先生は綺羅々に近づきあごに手を置き、綺羅々を睨んでいる。
その目に優しさ等どこにもなく、歪な欲望に染まり、獲物を物色する様な目をしている。
そして、その目に綺羅々は恐怖を感じ、更にガタガタと震えだす。
「先生!! 綺羅々に触るな!」
「その前に。あなた達は勝手にここに侵入したあげく、部外者まで引き連れ、ドアを壊すなんて。後で、親御さんに賠償請求しなくてはねぇ」
綺羅々のあごに触れてる手が、徐々に下に下がっていく。目は隆達を睨みつけながら。大人とはいえその異常な目つきに、隆と健斗も恐怖している。
すると、その様子を見た花凛が、隆と健斗に近づき肩に手を置き耳打ちをした。
「言ったでしょ? 何があっても、あなた達はあの子を助ける事だけを考えて」
その花凛の言葉に、2人は自分達の目的を思い出す。そして、力強く頷いた。綺羅々の様子からして、明らかに自ら望んだとは到底思えなかったのである。
その子を見て、先生の視線は隆達から花凛に移された。
「あなたは不法侵入ですよ。警察を呼びましょうか」
あまりの言葉に花凛は耳を疑い、そして反論する。
「ええ、どうぞ。但し、捕まるのはどっちでしょうね~児童監禁どころのレベルじゃないですよね?」
その言葉に、先生は眉をひくつかせたがすぐに続ける。
「全く無関係のあなたが、何故その子等の味方をしているのです?」
「塾の前で、友達の帰りが遅いとオロオロしていたから、“大人”として助けてあげてるんですよ」
だが、花凛の“大人”という言葉に、その場の全員が首をかしげる。花凛は今どう見ても、隆達と5歳位しか変わらない、女の子だったからだ。
『あなた、今素で言ったわよね? 自分の今の姿忘れたの?』
その台詞に、リエンがため息をつき嗜めるように言ってくる。
あまりにも集中していた為、すっぽ抜けていた花凛は慌てて口に手を当て、素知らぬ顔をしているが、隠しきれていない。
「とっとにかく! 年上として、困ってる子の力になってあげるのは当然でしょ!」
それでも急いで誤魔化し、相手に指をつけつける花凛に、後ろからリエンが手を横に広げ、「やれやれ」と言っている様な気がした。
「あぁ、めんどくさいですねぇ。こうなったら」
そして、その先生項垂れる様にしては頭を下げ呟く。
「全員、食べてしまいましょうかねぇ……」
その言葉と同時に視線だけが、射貫くようにして花凛達に向けられる。
それは、獲物を狩る時の野獣の睨めつけるような視線。体から出るオーラは、鬼の顔が浮かび上がる程に湧き出ている。
この迫力に隆と健斗は後ずさり、足が震えていた。
それを見た花凛は、隆達を見つめると、大丈夫と言わんばかりに微笑む。
そして手を広げると、どこからともなく炎が纏わり付く様に集まり、形を成し偃月刀になっていく。
隆達には何が起こってるのか訳が分からなかった。
目の前の高校生くらいのお姉さんが、いきなりとんでもなく長い武器を出したからだ。
その出し方もおかしな現象であり、まるでゲームのキャラクターのような出し方だったから、目を丸くして驚くのは無理も無い。
驚く隆達を横目に、壮麗な鈴の音を響かせ、花凛は手にした武器を手で回転させ、そして構える。
「ほぉ、あなた。普通の人間じゃないのですか?」
その言葉と同時に、花凛は跳び上がり鬼のオーラを出し始めた先生に斬りかかる。だが、刃は途中で止まった。
「危ないですねぇ。いきなり斬りかかるなんて、なんて凶暴な人でしょう」
その先生、いやその鬼は、ついに正体を現したかの様にして、徐々に変貌していく。
だが、いつもの鬼とは明らかに違っていた。
髪が白くなり、2本の角が生え、そして目は眼球が赤くなり目玉は黒く染まっていく。体つきはあまり変化はないが、爪が異様に発達し鉄の様に硬化していた。
そして、その爪で花凛の攻撃を防いでいたのだ。
「ふんっ!」
そのまま、返す勢いで花凛を吹き飛ばす。
「くっ!!」
机や椅子が並べられているところに、激しく突っ込んだ花凛は、咄嗟に体勢を立て直す。
その様子を唖然と、何が起こっているのか、頭で状況を把握できない状態の隆達に、花凛は叫ぶ。
「早くその子のロープを解いて、ここから脱出して!!」
その声に我に帰った隆達は、咄嗟に綺羅々に駆け寄る。
しかし、それを見逃す鬼では無かった。
「させませんよぉ……」
隆達に猛スピードで迫る鬼に、花凛が慌てて間に入り偃月刀を横に構え、鬼の突進を防ぐ。
「この雑魚敵は私がやるから。君達はその子を助けなさい!」
そう言いながら、偃月刀を押し出し鬼を突き放すと、腹に蹴りを入れる。今度は鬼が盛大に机や椅子に突っ込んだ。
『かっこつけちゃって、あの様子からしてあれは確実に“真鬼”よ。果たして、雑魚敵かしらね~』
そしてリエンが、横から腕を頭の後ろに組みながら言ってくる。
「さぁね~でも、言ったからにはやらないといけないでしょ! 小さなヒーロー達の為にもね!」
そう言いながら、決意を新たに鬼にむき直した花凛の目は、闘志に溢れていた。




