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煉獄の焔  作者: yukke
プロローグ
1/122

この世の地獄

 真夏の炎天下の中、閑静な住宅街の公園に、一人の男がベンチに座りうなだれていた。

 男の名は谷本亮たにもとりょう。31歳の働き盛りだが、この不況により職にあぶれていた。


「はぁ……また、ダメだったか」


 亮はため息をつき頭を抱え、絶望的な表情で呟いた。

 スーツ姿で居るところを見ると、今も面接に行った帰りというわけだろう。しかし、その1週間前に行った面接の結果がメールで届き、不採用の文字に落胆していた、。


「さっき行った所も、手応えがなかったしなぁ。これで今年になってから受けた数50件、面接行けたのはたった10件。書類で落ち過ぎだ……くそ」


 亮は頭を乱暴に掻きむしる。

 就活中の為、頭はもちろん短髪にしてサイドをすっきり整えているが、掻きむしった為に少しボサボサになっている。


 顔も、お世辞にもイケメンとは言えない。ニキビ後が未だに消えない顔をしかめ、この暑い日差しの中で、心に『絶望』の二文字を抱えながら亮はフラフラと立ち上がる。


「なんでだ、なんで……」


 そして亮は、公園で遊ぶ夏休み中の子供達を見つめ再びため息をついた。


「あ~あ……人生やり直せたらなぁ」


 そして、トボトボと公園を後にする。




 ここは閑静な住宅街。その近くに商店街があるのだが、そこは既に寂れており、シャッターを閉めた空き店舗ばかりが目立つ。

 何故なら、15年以上も前に、歩いて5分程の距離の所の駅前に、大きなショッピングモールが出来てしまったからである。


 そんな所に亮の実家はあった。

 父はサラリーマン、母はパートをしていたものの、数年前に乳がんが見つかり、職場から辞めて欲しいという旨を言われ、あまりの不平等差に怒ったのか、勢いで退職をしていた。して今は治療に専念している。


 5つ下の妹は、一度就職したものの自分のやりたいことをしたいと言いだし、今は実家から介護関係の専門学校に通っている。



「ただいま……」


 玄関を開け亮は力なく帰宅の言葉を発した。


「お帰り、どうだった?」


 玄関から入り右手に階段、左手にトイレ、その隣に風呂があり、声はその奥のリビングから聞こえてくる。


 亮はまっすぐリビングに向かい、テレビを見ながらスマホをいじる、白髪が少し目立ちはじめた母親に返事をした。


「この前のはダメだった……今日行った所も微妙な反応だったし、多分だめだ」


 母親はこちらを見ながら、「そう」とだけ答えた。

 そして、亮はいつも通りの会話を済ませ、二階の自室に向かう。その二階のつきあたりが亮の部屋だ。

 途中に妹の部屋があるが締め切ってある、妹は今実習中の為にピリピリしている。実習中の妹が居るときは静かにする、そんな暗黙の了解がこの家族にはあった。


 亮は部屋に入るなりカバンを放り投げ、イライラがピークに達しているのに気づき、つい叫んでしまった。


「あぁぁぁ!! なんで、こうもうまくいかないんだ!!」


 すると、隣から激しく壁を叩く音がした後、怒鳴り声が響く。


「おにぃ、うるさい!!」


 亮と妹の部屋は、実は壁一枚隔てるだけの、防音なんか全く無い色々と筒抜けになってしまう部屋であった。


「ちっ……」


 亮は、更にイライラしてしまい、他の方法でストレス解消をする事にした。




 そしてその夜、リビングには亮の家族4人が揃い夕食をとっている。

 狭いリビングにはダイニングテーブルが占領し、ただでさえ狭い空間を更に圧迫している。


 テレビを見ながら、時折亮の母親と妹がテレビの内容の会話をし、父親も相槌を打つ。

 父は性格上物静かで、人見知りする為に、あまり会話が弾んだりする事はないが、それでも家族とはコミュニケーションをしないとと思っているのか、一生懸命だった。

 妹の美沙みさは兄の亮と同じく、お世辞にも美人とは言え無い。髪は茶色に染めて、肩まで伸ばしているものの、一重とつり目とその男勝りな性格の為、モテたりはしなかった。


「で、あんたはいつ出て行くの?」


 突然母親が亮に切り出した為、亮は面倒くさそうに食べていたものを飲み込み答える。


「さぁ……」


 さすがにやる気のなさが見られるその返事に、母親は語尾を強める。


「さぁって、あんたねぇ! 私達もいつまでこの生活を続けられるかわからないのよ! いい加減自立しないと、こっちも困るのよ!」


 亮はこれで何度目だ、と言わんばかりの顔をした。

 実は、彼は大学卒業後すぐに就職できていた。しかし、簡単に就職できた為に油断しきっていた。

 そこは大量の新卒をとり、使える数人だけを残し後は自主退社に追い込む、という当時流行っていた新卒切りを行っていたのだ。


 そして彼も、その対象にされてしまい、たった4ヶ月で心身共に追い込まれ自主退社にしてしまった。

 会社からその方が後々良いと言われたが、よく考えれば色々おかしな所が出てきて、騙されていた事に気がついた。そして、その時に亮は、社会というのはそんなものかと感じた。


 その後も、いろいろな情報を集め再就職しようとしたもののうまくいかず、自分が経験したのも社会の闇だが、それも氷山の一角に過ぎない事を思い知らされた。


「そうはいっても、たった4ヶ月で自主退社するような奴を誰が雇うよ?」


 何もかも諦めている、といった口調で答える亮に、母親も苛立ちを隠せない。


「だったら! 資格取ったりして自分磨きしな! なにかしてるの?!」


 正論を浴びせ続ける母親に嫌気がさしてきた亮は、無言のまま飯をかきこみ自室に向かう。

 その様子を、父親も妹も我関せずと言ったような感じで、夕飯を片づけていた。


 自室に向かう途中、ブツブツと母親に言い返せない苛立ちと不満をつぶやいていた。


「資格だけじゃね~んだよ……いくら資格を取ろうと、雇われない奴は雇われないよ。再就職しようにも、必ず興味のある事を探させるんだよ。自分が何をしたいかわからない、興味関心もわかなくなった奴にはこの世界は厳しいんだよ」


 自分のやりたいことも、何かに対しての興味すら失ってしまった亮にとって、ここはまさに地獄と化していた。そして、彼は自室のベッドに寝転がり、天井を見上げる。


「あ~人生やり直せたらなぁ……」


 このセリフもいったい何回、いや何十回言ったかもわからない。そんな自分に嫌気がさしたかの様にしかめ面をする。


「頭いたっ、なんだこれ?」


 すると、彼は急に頭痛に襲われ、そのしかめ面がさらに険しくなる。


「ちっ、ストレスたまってんなぁ……タバコタバコ」


 亮はベッドから立ち上がり、机のタバコを手に取り一本取り出すと、自室の窓に向かった。


「ふ~やっぱこれしかストレス解消できないな。今日は面接だからって置いてきてしまったが、やっぱ常に持っておいた方がいいな」


 火をつけ一服する亮の顔は、頭痛が収まり少しだけ落ち着きを取り戻したかのように見えた。


「ん? いった、また頭痛がする……なんなんだ?」


 だが、再び起こる頭痛に訳が分からなくなっている。

 彼はヘビースモーカーというわけでもない為、原因が分からず、次第に不安感が増していっていた。


「あ~もう……早く風呂入って寝よ」


 そう言うと、亮は自室を出て1階の風呂場へ向かった。



 その後、風呂から上がり自室に向かう亮は、頭の後ろを押さえていた。なんと、風呂に入ってる間も頭痛は激しさを増していた様で、次第に不安から恐怖へと変わっていた。


「いったたた、なんなんだこれは……しかも、家には頭痛薬なんかないし……くそ。なんで家族全員あんまり頭痛を起こさないんだよ」


 亮の家族は、母親が乳がんのホルモン治療の為閉経しており、更年期の症状が出ているものの、頭痛は無かった。

 更に父親も、数ヶ月前にメニエールとかいう耳の難病になったが、頭痛や激しい目まいまではいってなかった。

 妹も、頭痛は基本的にしない体質らしく、亮の家に頭痛薬は常備されていなかった。


 そして、亮自身も頭痛など生まれてから一度もしたことがなかった。その為、彼は恐怖をかき消すかのように、ただの頭痛と思い込む事にした。


「早めに休めば治るだろう。最近疲れてるし、クーラーのかかってる部屋や炎天下の中を、行ったり来たりしてりゃ頭痛もするわな」


 そして、亮は布団に潜り込み早々に寝ることにした。


 それが、ただの頭痛と気付かないまま……。

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