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五.

 カウンターの近くに設置されている複写機で契約書をコピーした茜は、一度寮の自室に帰ろうと、校舎を後にした。依頼をこなすには準備がいるし、門限以降の外出には外出届を提出する必要があった。うっかり忘れて罰当番を食らう羽目には、誰だってなりたくないものだ。

 傾きかけた日が長い影を落とす中、互い違いになるように敷かれたブロックタイルの小道をたどって寮へと戻る。学校施設と呼ぶには余りにも場違い過ぎる優美な前庭はコの字型の建物に囲まれ、中央の四角い池には睡蓮が浮かぶ。夏には白い花が咲き誇る池をぐるりと回ってエントランスへ。柔らかい間接照明で彩られたホールの天井は高く、足元は毛足の長い絨毯が敷かれている。そこここには華麗に咲いた花と青々とした観葉植物が配置され、不快にならない音量でヒーリングミュージックらしき音楽が流れていた。休日にはピアニストによる生演奏が披露されることすらある。右手側は天井から床まで大きく取られた窓により明るく開放感あふれるラウンジで、左手側は生徒全員が集まってもまだ余裕がある大規模なレストラン――もとい、学食だ。生徒たちの部屋は、それぞれ右手側、左手側の渡り廊下を渡った別棟にある。

 どこの高級ホテルかと言いたくなるような設備だが、これが青柴の寮だった。今でこそ茜も見慣れたけれど、入学した当初は開いた口がふさがらなかったものだ。おまけにこの寮、なんとコンシェルジュが常駐しているのである。

 学校の寮にコンシェルジュ。意味がわからない。

 庶民の茜には豪華な施設だけでも恐れ多いというのに、コンシェルジュなどといわれても反応に困る。どう対応するのが正解なのかいまだにわからないし、できる限り、お近づきにはなりたくない。

 ……残念ながら、お願い事をする機会は少なくないのだけれども。

「お帰りなさいませ、会沢様。」

 遠慮がちにフロントに近寄った茜に、びしっとプレスの利いた制服を着こなしたコンシェルジュが一礼する。いかにも大ベテランといった雰囲気の初老の紳士は、まさに物語に出てくる執事のようだった。

「すみません、外出届を提出したいのですが。」

「かしこまりました。ではこちらにご記入ください。」

 即座に白紙の外出届が差し出される。「ありがとうございます。」と受け取った茜は、ペンスタンドのボールペンを手にとった。慣れた手つきでさらさらと空欄を埋める。学籍番号、氏名、提出日、外出日、外出目的。必要事項をすべて記載し、契約書のコピーを添えて提出すればミッションクリア……の、はずだった。

 外出届を受け取ったコンシェルジュは、「申し訳ございません、会沢様。」と再び頭を下げる。

「お急ぎでしょうが、六条は教職員会議のため、現在席を外しております。」

「え……?」

 通常なら、外出届は寮監に提出して承認をもらう。その寮監が不在となると……。

 頭を悩ませる茜に救いの手を差し伸べたのは、やはり気遣い細やかなコンシェルジュだった。

「よろしければこちらはお預かりして、六条が戻り次第、優先的にご確認させていただきますが。」

 書類ボックスに外出届を積み上げる通常の業務に比べ、それでは余計な手間をかけさせることになる。申し訳ないとは思ったが、彼の親切に甘える以外の妙案も浮かばなかった。

「すみません。よろしくお願いします。」

「はい。確かに承りました。」

 穏やかに微笑むコンシェルジュに、茜は深々と頭を下げた。


 外出届を提出するだけ提出した茜は、渡り廊下を渡って女子寮に向かう。廊下から見える庭も美しく整えられており、四季折々の美観を披露してくれるのだが、今は観賞している暇はない。早足で通り抜け、ガラス張りのドアの手前で銀色のプレートに手のひらをかざした。ぷしゅっと軽い音とともにドアが開けば、そこはエレベーターホールだ。設置されている三基のうち一階に降りていたエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。

 青柴側が何を考えて女子寮を作ったのか、茜にははわからないし想像もできない。青柴の女生徒の人数は、全学年足し合わせても五十名に満たない。それだけしかいないし、今後爆発的に増えるとも思えないのに、なぜエレベーターが必要なほど大きな寮を建てる必要があったのか。一人一部屋割り当ててもまだ大量に余るって、どう考えても無駄だろう。聞くところによると、女子寮ほど酷くはないものの、男子寮の方も空室が多いらしい。

(お金持ちの考えることって、ホントわかんない……。)

 入学直後はともかく、ルームメイトと相談して自分たちで対応するなら部屋替えも可って、自由すぎるにもほどがある。まあ、ルームメイトとの共同生活も訓練の一環である以上、一人暮らしはさすがに許されないのだけれども。

 何度考えても答えのわからない謎に再び首をひねっていたら、いつの間にかエレベーターは最上階に到着していた。微妙な時間のせいか、誰もいない廊下を通って部屋に戻る。魔法によるロックと物理的な鍵の両方を開けて中に入ると、中は薄暗かった。

「ただいまー。」

 念のため声をかけてみるが、反応はない。愛里歌はまだ戻っていないのだ。図書館に寄って調べ物をすると言っていたから、もう少しかかるのだろう。できれば一言声をかけておきたかったけど……仕方がない。メモを残すとしよう。

 文具をまとめて突っ込んだ引き出しから、ご当地ゆるキャラをかたどった微妙に可愛くないメモ用紙を取り出す。採集依頼に出かけるから帰りは夜になる旨をしたためて、コルクボードにピンで留める。一歩下がってできばえを確かめて――茜は一つうなずいた。これで愛里歌は大丈夫、と。

 次は自分の準備だ。狭いながらもお茶くらい沸かせるキッチン付きの共用スペースから、寝室のドアを開ける。ちなみにこの寝室、恐ろしいことに個室である。プライベートは確保できるし、ありがたいことに違いはないのだが……二人部屋の意味があるのだろうか? 本当、お金持ちの考えることってよくわからない。

 クローゼットをあけて、制服から動きやすくて汚れてもいい格好――ショートパンツに厚手のタイツ、長袖のカットソーに着替えた。愛用のウェストバッグを取り出して、中身を点検する。

 地図、よし。コンパス、よし。呼子、よし。魔石に照明弾に緊急時の応急セット、全部よし。採集した『妖精の喇叭』を入れるための袋も持ったし、水と飴玉も少し入っている。大丈夫、全部揃っている。

 問題ないことを確認し、ナイフが下がったホルスターと一緒にウェストバッグを腰に巻く。防水機能つきのショートジャケットを羽織り、頑丈なブーツの紐をしっかりと締めれば、準備は完了だ。

 採集に出かける前に確認すべきことは、後一つだけ。

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