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三.

 中途半端に余ってしまった時間をどうしようか? お茶でもしながら反省会? そういえばカフェのケーキ、新作が出たってよ。

 女の子同士でそんな相談しながら歩いていたら、廊下の角で二人連れの男子生徒にばったり出くわした。

 会沢葵と小元千歳。華やかな容姿と確かな実力で、数少ない青柴女子の人気を二分する四年次の双璧だ。同級生はおろか、先輩後輩まで熱を上げているというのだから、恐れ入る。

 そんな葵と、茜はがっつり見つめ合った――もとい、にらみ合った。

「……。」

「……。」

 向こうも友人連れの二人、こちらも愛里歌と茜の二人。向こうは男子、こちらは女子。向こうがエリート街道まっしぐらの一組トップなら、こちらは授業についていくのが精一杯の五組の落ちこぼれ。そして向こうは血を分け合った双子の弟で、こちらはその姉だ。

「やあ、会沢さんに久世さん。ここにいるってことは自主練かな? 精が出るね、お疲れ様。……ほら、葵も。挨拶くらいしろよ、常識考えろ。」

 黙ったまましゃべろうともしない姉弟に業を煮やしたのか、優しげに微笑んで口火を切った千歳は、いつまでもにらみつける葵を肘で小突く。

 葵は、それでもやはりぶすっとしたまま、不機嫌極まりないといった風情でそっぽを向いた。

 失礼な態度だ。むかつくことこの上ないが、葵にとってはこれが普通だ。気にしても仕方がないことは、茜もわかっている。そして茜の親友の愛里歌も。

「そーゆー小元氏も、目的地はシミュレーションルームと見たが?」

「そう。奇遇だね、僕たちはこれからなんだ。」

「奇遇もなにも、ここじゃ放課後の過ごし方は限られるだろう。」

 愛里歌は腰に手を当てて呆れたように鼻を鳴らし、千歳は少し困ったように曖昧に笑う。

 自主的な訓練を積むもよし、勉学に励むもよし。図書館で本を読んでも、カフェでお茶にしても、自室で昼寝してもよいが……世俗からほぼ完璧に切り離されたこの青柴では、自由時間にできることは多くない。

 授業に集中できるようにとか、生徒の脱走防止のためとか、理由は諸説あるけれど、この学校が人里離れた名頭の樹海のほとりにぽつんと設立されていることに変わりはない。そう、『東都』幼年学校を名乗りながら、この学校は東都に存在しないのである。都どころか、最寄の街に行くのですら、日に数本しかないバスで一時間以上揺られる必要があった。放課後ちょっと街まで買い物に、などという選択肢は青柴の生徒には端から存在しない。おまけに私物の持ち込みにも厳しい制限がある。自由時間の使い方は、誰もが似たり寄ったりにならざるを得ない。

 そんな少ない選択肢の中で、一番人気なのがシミュレーション訓練だ。目的地が同じことに不思議はまったくなかった。

「訓練、ね。」

 そっぽを向いていたはずの葵が完全に馬鹿にした表情で茜を見下ろし、せせら笑う。

「あんたがいくら特訓したところで意味なんかないし、完璧無駄だって、まだわかんないの? それとも何? 無意味なことに血道を上げて悦ぶタイプ? マゾいね、姉さん。そんな――」

 葵の長い指先が茜の頭上の蝶を指した。腹立たしくも、厭味たっぷりに。

「チョウチョなんか飛ばしちゃってさ。ついでにお花も飛ばしたら? おめでたい姉さんにはぴったりだと思うよ。」

「葵っ、あんたねぇっ!」

「吠えるなよ、弱いくせに。」

「~~~~っ!!」

「そこまでだ、葵!」

「茜も少しは落ち着け。」

 今にもにらみ合いから掴み合いに発展しそうな姉弟の間に、友人たちが割って入る。

 茜は愛里歌の手によって、暴れないように押さえつけられた。「どうどう」って暴れ馬じゃあるまいし失礼な! 茜は振りほどこうともがくが、背の高い愛里歌にがっちりホールドされて身動きが取れない。

 葵は葵で、呆れたように眉尻を下げた千歳によって右手を引き下げられている。

「イライラするのはわかるけど、今のは会沢さんに失礼だよ、葵。」

 やんわりと諭された葵は、それこそ苛立ったように千歳の手を振り払う。

「みんな口に出さないだけで、そう思ってるだろ。満足に戦えない弱いヤツは邪魔なだけじゃない、チーム全体を危険に晒す。仲間面されても迷惑なだけだって。」

「確かに戦えない人間は守備隊員には向かないけどね、それを決めるのはお前じゃないぞ? 会沢さんの魔力値が低いのは事実だけど、本人が望み、青柴が入学を認めたんだ。いくら弟だからって、お前が文句をつける筋合いはないよ。」

「はっ。冗談だろ。こいつなんか、魔力容量も出力も足りなくて入試以前に足切りされる寸前だったんだぜ?」

 度重なる葵の暴言に、茜は感情的に反駁しかけた……が、愛里歌に口までふさがれてしまい、続く言葉をうぐっと飲み込む羽目になる。

 魔力を体内に溜め込める最大容量と、一回に放出できる最大出力。そのどちらの魔力値も最低ランクであることも、そのため入試の際に願書をはねられかけたことも純然たる事実だ。弟の――葵の目の前で盛大に愚痴った覚えもある。だからといって、なにを言っても許されるわけじゃない!

「それでも、だよ。ギフトボーナスだってあるし、こうして彼女は青柴の生徒になったんだ。やっぱりお前がとやかく言えることじゃない。」

「珍しいってだけで、役に立たないギフトだけどな!」

 はっと鼻で笑う葵に、茜はぎりぎりと奥歯を噛み締めるしかなかった。実際のところ、茜自身も「せめてもう少し使えるギフトだったらよかったのに」と何回嘆いたかわからないギフトではあるのだが。

「だからそんな言い方は失礼だって。どんな能力だって使い方次第だよ。……それよりほら、」

 同年代の男子の中では群を抜いて気配りの上手い千歳でも、茜のギフトの微妙さはフォローしきれないらしい。代わりにほらほらと腕時計の針を指し示し、葵を促す。

「予約時間になるよ、そろそろ行かないと。そういうわけだから失礼するね、会沢さん、久世さん。またね。」

 笑顔の千歳が葵の背中を押してシミュレーションルームに向かう。振り向きざまに茜たちにひらひらと手を振りながら。

 二人がシミュレーションルームに入るまでがっつり捕まっていた茜は、突き刺さりそうなほど苛烈な視線を送るしかなかった。彼らの姿が扉の向こうに消え、ようやく開放されると、ありったけの不満を爆発させる。

「なによ、なによ、なによ、葵のバカーーッ!! ちょっと魔力が強いからって人のことバカにしてぇっ!」

「――いや、会沢氏の魔力は『ちょっと強い』どころじゃないだろう。」

 思いっきり叫んだ茜だったが、冷静な愛里歌に冷酷に指摘されてがっくりとへこんだ。

 そんなことは言われなくてもわかってる。わかってるから……少しくらい同情してくれたっていいじゃないか、親友なんだから。

「魔力値は最低でも平均の二倍以上。青柴入学時にはもう、一般に市販されている測定器じゃあメーター振り切って計れなかったというのに、今なお伸び続けているという話は本当か?」

「……まぁね。」

「おお、噂は本当だったか。」

 さすが会沢氏。しきりに感心する愛里歌に、どこがどうさすがなんだと突っ込む気力もなく、茜ははあっとため息をついた。

 茜たちが最初に魔力を測ったのは小学校に入学したころだった。思えばあのころは平和だった。その時点で葵の魔力は圧倒的だったが、茜にはギフト――通常魔力とはまったく系統を別にする先天性の特殊能力――があることがわかったから。一方の葵は通常魔力のみでギフトを持たない。だから「すごいね、あおいちゃん」「あかねちゃんもギフトすごいよ」と笑い合えた。それが今では……

「せめてもう少し使えるギフトならよかったのに。」

 成長に応じて、あるいは訓練によって、体力のように魔力も増える。増えるけれど――魔力は生まれ持った資質の影響が大きい。どれだけ努力したところで、おそらく茜の魔力は平均値に届かないだろう。これではせっかく授かった珍しいギフトも宝の持ち腐れだ。茜の魔力が強ければさぞかし有効活用できただろうに。

「空間中の魔法素子を一定割合支配できるギフト、か。魔力切れを心配せずにすむんだから、充分便利だと思うけどな。」

「いいよ、無理に慰めてくれなくても。」

 茜が授かったギフトは、字面だけ見ると実に壮大だ。空間中の魔法素子を一定割合支配できる。百年に一人とも言われる発生頻度もあって、いかにも凄い魔法が使えそうだ。ラベルだけ見れば。実態を知らなければ。

 実際のところ、空間中の魔力を一定割合常に確保し体内に取り込めるから、魔力切れを起こさないですむという、それだけのギフトである。いや、愛里歌の言うとおり、魔力切れが起きないのは便利なことだ。ただ、恩恵を受ける茜の通常魔力があまりにもへっぽこだというだけで。

 空間中の魔法素子をどれだけ確保できようと、肝心の茜が扱えなければ意味がないのである。

 訓練結果は散々で、弟にはぐうの音も出ないほど罵られて。

 がっくり落ち込む茜を、親友は「まあまあ」と慰める。

「そんなことより、週末は街に出ないか? ちょっと見たい映画があるし、買い物もしたい。付き合ってくれるか?」

「愛里歌……。」

「たまには気晴らしも必要だろう?」

「うん!」

 目を細める親友に、茜は満面の笑顔でうなずいた。


 その後はイヤなことは忘れよう、とばかりにカフェに向かった。当初の予定通り、季節のフルーツをたっぷり使った新作スイーツに舌鼓を打ちつつ、訓練の反省会をする。

 やっぱりナイフの数はきちんと押さえておかないとダメだよね。あと地図も。出口の方角もわからず、闇雲に走り回っちゃダメだよね。そもそも、野犬に見つかる前に先手を打てるよう、常に警戒を怠らないようにしないと。いつでも結界を展開できるような準備も忘れないように。いくら浅瀬だって樹海は樹海。危険なことに変わりはないんだから。

 ひとしきり反省点を洗い出すと、あの悲惨なシミュレーション結果も無駄ではなかったような気がする。次はもっと上手くやれる気がする。

 お腹も心も満たされてご満悦の茜だったが、会計時に再びどん底に突き落とされることになった。

「あーっ!!」

 レジ打ちの店員に差し出されたプレートに右手をかざして、ふと思い当たったのだ。世間で――青柴の外でちょっとしたお楽しみを享受するには、先立つものが必要だという事実に。

「え、愛里歌……。」

「ん?」

 恐る恐る確認すると、思ったとおり、財布は悲しいほど軽くて。

「……どうしよう。」

「……頑張れ。」

 笑顔で親指を立てる親友に、茜はがっくり肩を落とすのであった。

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