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十八.

 試合場に戻ると、順調に試合は進んでいた。茜たちを見つけて、水城がよっと右手を上げる。

「逃げずに戻ったな。えらいえらい。」

「いや逃げはしないでしょ、普通。」

「相手は会沢葵だぜ? 全力でお相手する宣言もされたんだろ?」

 水城はにやにや笑って意味深に眉毛を持ち上げ、傍らの黒部はうんうんとうなずく。

「相手が葵だからって、関係ないもん。それより黒部くん、試合残念だったね。」

「仕方がない。やれることはやったから悔いはない。」

 二回戦も突破した黒部だったが、快進撃はそこまでだった。ただ、全力を出し尽くせたのか、すっきりした顔をしている。

「会沢も思い残すことがないようにな。」

「ありがとう。がんばる。」

「そーだぜ、負けちまった俺たちの分も頑張ってくれよ!」

「そこで余計なプレッシャーかけないでよっ!」

 五組で勝ち残っているのは、茜一人だけだ。水城の言いたいこともわかるが、普通に応援してほしいというのは、わがままだろうか?

「俺はみんなの代弁しただけだぜ? 見てみろよ。」

 水城に促されて客席を見上げると、そこには試合を終えたクラスメイトが揃っていた。茜の視線に気づくと、「頑張れ、会沢姉!」「頼んだぞ!」「一組連中の鼻を明かしてやれ!」と声援を送ってくれる。みんなコーラとポップコーンを装備して、準備は完璧だ。

「……いや、あれどう見ても面白がってるでしょ。」

「応援してくれてんだから、素直に受け取っとけよ。」

 気の抜けるような雑談をしている間に、集合の声がかかる。受付に向かおうと踵を返すと――

「茜。」

 いつになく真剣な顔の愛里歌に呼び止められた。

「しっかりな。」

「うん。」

 愛里歌とうなずき合い、今度こそ茜は受付に走った。


 事前の宣告通り、試合が始まったとたんに葵は強力な魔法を放った。予想通りの火球魔法――それも大量の。

 すくみそうになる足を叱咤し、茜は冷静に火球の弾道を読む。幸いなことに、葵は大量の火球を同時に放つことはできるが(あるいは大量だからこそ?)、一つ一つのコントロールは結構甘い。火球は茜に向かっては来るが、まっすぐに飛んで来るだけだし、すべてがすべて絶対に危険かといえばそうでもない。

(これでジグザグに飛んで来たり、コントロールの精度がちょっとでも高かったりしたらやばかったけど……。)

 降り注ぐような火の玉一つ一つの弾道を読み、芯を捉え、そこに向かって正確に爆発ボールを叩き込む。きっちり中心を捉えなければ、火球の弾道は期待通りにそれてくれない。何度もひやりとしながら、茜は火球を退け続けた。自分の位置と火球の着弾ポイントが重ならないように細心の注意を払いながら。

 隙を見てナイフも投げる。一本、二本。葵には当たらず、白線のそばに突き刺さる。

「……へたくそ。」

「うるさいっ!」

 呆れたようにつぶやく葵はともかく――当たらないのは当然だ。葵なんか、最初から狙っていないのだから。

 狙いは白線の内側ぎりぎりだ。ちょっとした思い付きだったけれど、ナイフに糸をつけて正解だった。白線に沿って試合場全体にちりばめた目印は、火球の弾道を把握するにも爆発ボールをコントロールするにも具合がいい。

 火球を打ち返すことにも慣れてきて、最初のころに比べれば、確実に打ち返せるようになってきた。

(大丈夫、これならいける!)


 緩急をつけながらも魔法を放ち続ける葵と、返し続ける茜。葵の魔力が尽きるのが先か、茜の集中力が切れるのが先か。それとも爆発ボールが先に足りなくなるか。

 大方の予想を裏切り、試合は持久戦の様相を呈していた。


 ふと、降り注いでいた葵の攻撃が止んだ。何かと思って様子をうかがうと、とんでもなくマズイ物でも食べたような顔で、葵が眉間にしわを寄せている。

「姉さんがここまでやるとは正直思ってなかった。」

「あんたはどこまで人をバカにすれば気が済むのよっ!?」

「本心なんだけどな。でも――」

 短い呪文とともに、葵の周りに巻き上がる炎の力。信じられない思いで、茜は目を見開いた。周囲を赤く染め上げながら、葵の頭上に巨大な火の玉が結晶する。

「これで最後だ。」

 無慈悲に放たれる巨大な火球が、まっすぐに茜を目指す。

(ここまできて、まだそんなの作れるのっ!?)

 内心戦慄するが、もちろんおびえるだけではなく、瞬時に対策を練る。一個や二個の爆発ボールじゃとても防ぎきれないのは火を見るよりも明らかだから、茜はありったけの爆発ボールを巨大火球へと叩き込んだ。同時にバックステップで逃げる。

「っ!!」

 なんとか直撃は免れた。だが火球は大きすぎた。

 至近距離で着弾したため威力が殺しきれず、茜は爆風に吹き飛ばされる。とっさに両腕でガードしたが、体勢が悪い。このまま場外に落ちる。対戦する姉弟も、観客も、誰もがそう思ったとき――

「ひゃっ!」

 茜の体がふわりと浮かんで白線の内側に押し戻される。空気のクッションにでも押し返されたように。

「え、」

 呆然と膝をつく茜の周りを、きらきらした水色のかけらが舞っていた。砕けた魔石のかけら。水色に光るかけら。

 見覚えのある輝きに恐る恐る右手を上げると、手首に揺れるのは緑のクローバーだけ。愛里歌から借りたはずの、スペードの形のチャームがない。

「うそ……。」

「……場外負け対策とはね。準備がいいことで。」

 もう茜に反撃手段がないことがわかっているのだろう。葵は厭味ったらしくゆっくりと近づいてくる。

「おとなしく場外に落ちてくれればよかったのに。」

 一歩一歩近づく葵に、茜はごくりと唾をのみこんだ。

(どうすればっ……、)

 弾は尽きた。ギフトがあるから魔力切れにこそなっていないが、茜の通常魔力で反撃したところで、葵には痛くもかゆくもないだろう。

 ……でも、いいんじゃないか? 誰だって、茜がこんなに戦えるとは思わなかっただろう。ここまで葵を追いつめられただけで、充分じゃないか?

 うつむいた茜は、きゅっと唇を引き結ぶ。

(まあ、いいか……)

「なんて、思う、はず、ないっ!!」

 ぎりっと奥歯をかみしめて、茜は最後のナイフを投げた。

 茜の手を離れたナイフが自分にかすりもせずに飛んでいくのを、葵はわざわざ足を止めて眺めていた。白線そばに突き刺さるのを確認してから振り返る。

「残念だったね。実戦で使うなら、もっと訓練しなよ。」

「いいえ。これでいいの。」

 ナイフには、自分の魔力を込めた糸。自分のものだという、目印。目印がちりばめられた試合場は、すなわち自分のフィールドだ。そしてフィールドには、あふれんばかりの魔法、魔法、魔法――

(大丈夫、いける!)

「点いて!」

 茜の号令に合わせ、試合場に光が走る。光は線となり、円を結ぶ。描かれるのはフィールドいっぱいの魔法陣。現れるのは四方から延びる魔法の蔦。それが葵の四肢に絡みつく。

「なっ!?」

 葵の表情が、初めて焦りの色を見せた。蔦でがんじがらめにされて、身動きが取れなくなっていることに気づいたのだろう。術が成功したのなら、完全に動きを封じたはずなのだ、それも魔法ごと。

 息を切らせた茜が、ふらふらと葵に近寄った。

 まぶしい光を直視したときのように、視界が白っぽいし、体が重く力が入らない。話に聞いた、魔力切れのときの症状に似ている気がする。でもおかしい、自分は魔力切れとは無縁なのに……。

「降参しない?」

 葵の懐に入り込み、上着から取り出した懐剣を首筋に押し当てる。

 葵がいくら引っ張ろうと、蔦はちぎれない。魔法も使えない。だってこれはそういう魔術なのだから。

「降参、して?」

 ぐらぐらする上体を何とか支えて、茜は繰り返す。

 頭痛までしてきたから、できればさっさと諦めてほしかった。いくら粘ったって、葵に術が破れるはずはない。だってこれは、茜の術だけど茜だけの力じゃない。使われずに空間中に漏れた葵の魔力を、茜が操って魔法陣に形成して発動させたのだから。

「……参った。」

 ようやく手も足も出ない状態であることを納得したのか、葵が小さな声でつぶやいた。小さくため息をついて。少し目を細めて。少し口角を上げて。

「勝者、白、会沢茜!」

 審判役の教官が高らかに茜の勝利を宣言するのを聞いて、ゆっくりと白刃を引く。術を解除し、葵に絡みつく蔦と魔法陣が光へと還るのを眺めて、その場に崩れ落ちた。

「おいっ!?」

 蔦に捕まったときよりもさらに慌てたような葵の声が聞こえたはずなのに――茜の意識は白い闇に飲まれていった。

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