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十七.

(いつもなら、視線を合わせてもすぐにそらすのに。)

 下馬評通り、順調に予選トーナメントを勝ち進んでいる葵が、茜をにらんでいる。それは茜が試合場を下りても変わらない。変わらないどころか、つかつかと近寄ってきた。

「……なに。」

 初っ端から喧嘩腰だが、どうせ葵にしたって、おめでとうとかなんとか言ってくるような殊勝さはないのだ。茜は気にせずにらみ返した。

「投降する気はないか?」

「あるわけないでしょっ!!」

 よりによって、わざわざそんなことを言いに来たのか。バカバカしい。誰がそんなことするものか。

「あんたじゃ俺に勝てない。わかってるだろ。」

「そんなの、やってみないとわかんないじゃない! だいたい、なんで葵にそんなこと言われなくちゃならないわけ!?」

「どう考えてもあんたに勝ち目なんかないからだよ、姉さん。今までの試合は運よく勝てたけど、あんな小手先のごまかしで俺に勝てるとか、本気で思ってるの?」

「小手先のごまかしで悪かったわねっ! なによ、そんな減らず口を叩けるのも今だけなんだからねっ!!」

 肺の空気をすべて押し出す勢いで叫ぶ。肩で息をする茜に呆れたような眼差しを向ける葵は、眉間のしわをさらに深くする。

「ああ、そういえば姉さんは俺をぎゃふんと言わせたいんだっけ。」

「ちょっと待って、あんた、なに言うつもり」

「そんなに聞きたいなら言ってあげるよ、」

「止めなさい、このバカっ、」

 絶対にろくなことを言わない弟の口をふさごうと手を延ばすが、逆に葵に捕まえられた。目を見開く茜を真正面から見下ろして、葵は思いっきり鼻で笑う。

「ぎゃふん。」

 瞬間、空気が凍った。時間も凍った。茜の視界は真っ白に凍り付き、もがいていた手足もピタリと止まる……あまりに腹が立ちすぎて。

 葵は茜の腕を放し、滴るような笑みを浮かべた。

「……姉さんがそのつもりなら、全力で相手してあげるよ。楽しみにしててね。」

 葵がその場から立ち去って、後ろ姿も見えなくなって、ようやく茜の時間が流れ始める。

 ――あいつのあの態度はなんだ? どれだけ人をコケにすれば気が済むんだ?

 茜の頬にみるみる血が上る。周りではらはらと見守っていた友人たちは、茜の絶叫に備えてとっさに耳をふさいだ。

「なによ、なによ、なによ、葵のバカーーッ!! しんっじらんないっ! こうなったら、何が何でもけちょんけちょんにしてやるんだから、覚悟しなさいよーー!!」


「しんっじらんない、信じらんない、信じらんない!」

「茜。言いたいことはわかるが、少し落ち着け。」

「落ち着くとか無理! なんなの、アレ!? なんなの、葵のあの態度っ!! どこまで人を馬鹿にすれば気が済むの!?」

 次の試合は午後からだ。茜は、愛里歌に引きずられるようにして一旦寮に戻る。葵への文句を叫びながら。

 自室に戻ったところで、葵への怒りが収まるわけがない。激情のまま、乱暴に和紙を広げ、マジックマーカーを握りしめて魔法陣を引こうとし――当然ながら失敗する。

「……。」

「頭を冷やせ。それじゃ準備もままならないだろう?」

 愛里歌が茜の肩をポンと叩く。茜を促して魔道具一式を広げた床から立ち上がらせ、ソファに座らせる。失敗した魔法陣でぐじゃぐじゃの和紙は丸めてゴミ箱に放り込み、キッチンで温かい緑茶を淹れる。「ほら」と差し出された湯呑を受け取った茜は、軽く吹いてから口を付けた。

 ――あたたかい。

「落ち着いたか?」

「……少しは。」

 怒り狂っても仕方がない。言いたいことは山ほどあるが、今は葵との対戦に向けて万全の準備を整えるべきだ。理性ではちゃんとわかっているのだが。

「だってむかつくんだもん。」

「わからんでもないがな。今の茜がいくら言っても、負け犬の遠吠えにしかならないぞ。」

「……まだ負けてない。」

 まだ、というか……もちろん、勝つつもりではいるのだ。いるのだが、あいまいに言葉を濁してしまうのは、対葵戦で勝利するイメージがわかないせいかもしれない。

「芹沢教官も、まさか予選で会沢氏に当たるとは思っていなかったのだろうな。」

「うう……。」

 ちなみに予選のグループ分けは、クジを引く順番すらクジ引きで決めるという厳選なる抽選の結果である。

「勝てるかどうかは別として、」

「いや、そこは気休めでも勝てるって言っておこうよ!」

「試合内容次第では、ペナルティの雑用期間の減免もあるかもだぞ?」

「だからなんで負ける前提なのっ!?」

 とりあえず、まだ勝負は決まっていないはずだ、うん。

 負けたくない。だが勝利する――どころか、まともな勝負に持ち込む方法すら思い浮かばない。茜は肺にたまった空気をすべて押し出すように、深いため息をついた。

「……いいアイデアとか、ある?」

 ソファの上で両膝を抱え、湯呑を両手で包み込みながら、上目づかいで親友を見やる。自分でも他力本願だなー、とは思うが、セコンドを自称するのだからアイデアの一つくらい出してくれても、とも思うのだ。

「今更新しいことをしてもしょうがないだろう? 防御結界のボールを駆使して攻撃を防ぎつつ、逆転の機会をうかがう。それしかないんじゃないか?」

「それはそうなんだけどさぁ。結界の強度的に葵の魔法を防げると思えないんだよね。」

 浅田の鞭にすら割り砕けるのだ。葵の強力な術に対抗できるとは思えない。

「……会沢氏の得意技は、火の魔法――火球による飽和攻撃だったな?」

「うん。本気出すと火山弾の雨みたいになる。」

 想像して、茜はぶるりと身を震わせた。

 火球は定番中の定番とも呼べる火魔法だ。構成が単純で、それだけに反応も早く、威力もサイズも自由自在と使い勝手がいい。攻撃パターンが単調になりがちという欠点はあるが、葵はその問題を数の力で補っていた。葵が本気を出すと、文字通り火の雨が降るのだ。

「あの魔法には、火球の中核となる芯があるはずだ。芯を狙ってボールをぶつけられれば、防ぐことはできなくても弾道はそらせるんじゃないか?」

「弾道をそらす?」

「上手く行けばビリヤードみたいになるんじゃないか? 反発係数が低ければ完全にはじき返すことはできないが、そこまでいかなくても、火の玉の着弾地点から逃げられればいいんだから。あとは茜の逃げ足に期待するとして。」

「……雨あられと飛んでくる火の玉全部を芯でとらえて確実に打ち返せって? それも打ち返した玉同士が接触しないように気を付けながら。……それ、一個でも外せばアウトだよね?」

 恐る恐る尋ねると、愛里歌は真顔で重々しくうなずいた。

 無茶だ! どれだけ精密なコントロールを要求しているのか、愛里歌にわからないはずはないのに! 考えるだけで頭が沸騰しそうだ。

「ほかに妙案があるか?」

 あったら最初から聞いていないのも事実で。

「とすると、準備しないといけないのは爆発するボールの方かあ。」

「それも大量にな。」

 はふっと息をついた茜は、ソファから下りて床に膝をついた。赤のマジックマーカーを持ち、広げた和紙を前に深呼吸をひとつ。できる限り失敗はしたくない。時間も限られているし、今までの試合以上に弾数が必要になるのは目に見えているのだから。

(……よし。)

 なんとか心を落ち着けて、茜は筆先を滑らせた。ひたすら魔法陣を描いてはゴムボールに転写する。愛用のウェストバッグどころか、追加したサブバッグもいっぱいになって、ようやく手を止める。

「こんなところかな。」

「お疲れ。……なにをしているんだ?」

 試合までもう少しだけ時間があるから――裁縫箱から糸を取り出してひたすら三つ編みしていたら、愛里歌がいぶかしんで首をかしげた。ある程度の長さまで編んだら、糸を切ってナイフのグリップに括り付ける。

「魔力を通した糸?」

「ちょっとしたおまじない。少しでもコントロール精度上げられるかなって。」

 糸を付けたナイフを試合場にばらまけば、目印になる。目印があれば、ゴムボールもコントロールしやすくなる……はずだ。

 所詮は魔力を通しただけの糸だ。魔道具と呼べるほどの機能はないが、気休め程度にはなるだろう。気休めでも何でも、時間がある限り、やれることは何でもやっておきたかった。

「茜。そろそろ戻らないと。」

「うん。」

 愛里歌に促されて立ち上がる。茜にとって、次の試合こそが正念場だった。

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