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【94】誓約と惹かれ合う運命と

「同士オウガの弟よ。太陽に祝福されし甘露オレンジジュース麦より生じた液体つめたいむぎちゃどっちが好みだ……? それとも処女の血トマトジュースがお好みか?」

「処、処女の血……!? 魔族でもないのに、この世界ではそんなモノを飲むのか!?」

 林太郎に飲み物を聞かれたイクシスは戸惑い気味だ。


「オレとイクシスは麦茶で頼む」

「くくっ、了解した」

 しかしオウガの方は慣れたもので、林太郎の言ってることがわかるようだ。

 伊達に主人と使い魔をやってないといったところだろうか。


「私はオレンジジュース」

「あいわかった」

「……この世界ではこれが普通の会話なのか?」

 当たり前のように林太郎とやりとりする私やオウガに、イクシスが難しい顔をしている。


 後でフォローしておかないとなぁと思う。

 そうしないと、林太郎との会話がこの世界の普通だとイクシスが思いかねない。

 変な所で真面目なイクシスは、さっきの単語がそれぞれ何を差すのかオウガに聞いていた。


 真剣な顔つきで聞いてるイクシスは、もしかして私の世界だからと必死で覚えようとしてくれてるんだろうか。

 そう思うと微笑ましくて、それ全く役に立たない知識だよとツッコミ損ねた。


「この世界にはな、転生というものがあるんだ」

 ソファーに腰を下ろしたところで、目の前に座ったオウガが重い語り口でそんな事を言い出す。

 てっきり義兄が事情を知っている理由について教えてくれるんじゃないかと思っていただけに、少し拍子抜けする。


「大抵の魂は死ぬと消えて、どこかへ行く。ただ外傷のショックで飛び出した魂や、未練がある魂、体は生きている生霊の場合は……消えずに世界を彷徨う場合があるんだ」

 オウガの説明によれば魂は時に空間を飛び越えて、別の世界へ行ってしまうことがあるらしい。

 

「大抵の彷徨う魂は時がくれば自分の世界のことわりに従って、生まれ変わりの輪に入ると信じられている。死んで後に自分の世界の輪に組み込まれて、全てを忘れてまた新しく生まれ変わるんだ」

「はぁ」

 オウガが何を言いたいのかよくわからず、曖昧な返事をする。


「それで、メイコが死にかけたあの場所な。空間の歪みが発生しやすい場所であるのと同時に、事故多発地帯でもあるんだ。メイコが生まれる少し前にも、あそこで中学生の男の子が事故にあってる。本来すぐにでも生まれ変われる魂がメイコのように俺たちの異世界へ行って、今戻ってきたらどうなると思う?」

 急に話が飛んで、具体的な例題をオウガが出してくる。

 そんなことを言われてもパッと想像できるはずもなく、首を傾げる。


「生まれ変わっちゃう……とか?」

「その通りだ。本来生まれ変わるべきだった魂が異世界に無理やり引きとめられていた場合、本来生まれ変わるべき時間まで魂が遡るらしくてな。二十年以上前にあの事故で死んだ男の子が、今から二年半くらい前にこの世界に戻ってきて。その魂の生まれ変わりが大地なんだよ」

 適当に答えれば、オウガが正解だというように頷いた。

 しかし、あの事故と言われても困る。

 そんな生まれる前の事故のことを、私は知らなかった。


「つまり、大地は向こうの……オレやイクシスの住む世界での記憶があるんだ。これはかなり珍しいことなんだがな。幽霊のままずっとオレたちの世界を彷徨って、この世界に帰ってきて。転生の輪に組み込まれた人間なんだよ」

 いい辛そうにオウガは口にする。

 オウガは私と同学年で。

 同じ高校に通っていたので、義兄の大地とも顔見知りだった。


「そんな偶然って……」

 わけがわからない。

 義兄が転生者だといきなり言われても、理解できるはずがなかった。


「同僚が竜で、幼馴染が精霊のゲンガーで、弟が使い魔で。ただでさえいっぱいいっぱいなのに。義兄が転生者だなんてそんな偶然おかしいよ」

 さすがにそれはないと思って呟けば。

 オウガではなくイクシスの方が口を開いた。


「偶然な部分もあるが、そいつがメイコの義兄になったのはおそらく偶然じゃなくて必然だ。アレはメイコに……というか、この世界のヒルダに会うためにメイコの義兄になった。魂が誓約によって惹かれあったんだ」

 これだけじゃわからないか?

 そう問いかけるように、イクシスが私を見てくる。

 重要な何かを見逃していると、教えてくるように。


「竜族は特に転生を信じてる。誓約……竜と竜の花嫁の繋がりもそうだが、メイコが父さんと交わした誓約も、イクシスがヒルダと交わした誓約でさえも。一度誓約を交わせば、例え記憶がなくても魂に約束が刻まれて、来世も引かれあうと言われている」

 その誓約の種類が、良いものでも悪いものでも関係なく、そうなんだとオウガが口にする。

 こういう誓約関係の事に、黒竜であるオウガは詳しかった。


「メイコの世界はできたばかりの異世界だ。魔力回路が自然発生せず、魔力はあっても魔法が認知されてない。そんな世界はまだここしかなくて、メイコがこの間まで迷い込んでいた世界のように分岐もまだしてないんだ。この世界は、まだここだけしか存在していない」

 何かを伝えようとするように、オウガが強調して言う。

 けれどやっぱりピンとこなくて、首を傾げた。


「同じこの世界、ニホンで生きてきた幽霊に――メイコは出会ったことがあるんじゃないか? ヒルダと誓約を結んで、強く求めてて。俺たちと途中で別れた幽霊がいるだろ」

 イクシスがヒントだというように、口にする。

 その言葉に――思い浮かんだ顔があった。

 

「えっ? えっ?」

 いやでもまさか。

 私の知っている彼は、とても影が薄くて地味で。

 礼儀正しさと控えめすぎるところは、確かに義兄とそっくりではあるけれど。


 そんなはずはないと思う。

 確かに私の知っている幽霊は、ニホンから来たと言っていた。

 一人称もぼくで、誰に対しても敬語なところは義兄と一緒だ。

 

 けどそれだけだ。

 まさか、いやまさか。


 思い浮かぶのは、ヒルダのお気に入りの少年ジミー。

 美少年だらけのハーレムの中で、唯一の地味顔。

 実はその体は魔法人形で、本人は実態をもたない幽霊だった。


 ヒルダを探すため魔法人形の体を捨てて旅立ったジミーが、私の生まれ育った世界にたどり着いて。

 転生して私の義兄になっているなんてこと――ありえるはずがない。


「そ、そんなことあるわけないじゃないの。それにジミーが義兄さんなら、オウガの事に気付かなかったのは変だし」

「オレは大地が幽霊の時に、顔を合わせたことはないぞ」

 混乱して口にすれば、オウガがツッコミを入れる。

 確かにその通りだ。

 義兄が本当にジミーだったとしても、オウガとはこの世界で初対面ということになる。


「ジミーは異次元世界の記憶を忘却し、義兄の体を得た上で、この世界に生れ落ちた。しかし魂の伴侶を見つけ、その愛によって覚醒したのだ……イクシスさん粗茶ですがどうぞ」

 私達に飲み物とお茶菓子を出しながら、くくっと意味深に林太郎が笑う。

 ちゃんとお客さんにおもてなしができるようになって、姉としては嬉しい限りだけれど――丁寧な言葉遣いに戻るギャップが激しすぎる。


「つまりジミーとしての記憶は最初なくて、私の体にヒルダが入って後に思い出したってこと?」

「そういう事だ。まぁ色々大地とヒルダの間であったらしくてな……結構アレなことになってる」

 林太郎の言葉を噛み砕いて、オウガに確認すれば。

 オウガは苦い顔で麦茶を飲んだ。


「ねぇさっきからオウガは、何を言いづらそうにしてるの?」

「見てもらった方が早いと思うんだが……言ったほうがいいか?」

 気になって問いかければ、オウガは気が進まないというような顔をする。


「教えて」

「なら言うがな、この世界のメイコの体というかヒルダと大地は」

 詰め寄れば、観念したようにオウガが言葉を紡ぐ。

 瞬間、林太郎のポケットから気の抜ける音が鳴った。


「同士オウガよ、ヒルダ様と我が義兄が到着した。おそらく門の前でいつもの儀式を人目を憚らず行なっているはずだ。遠方画像転送装置インターホンを使えば、姉もおのずと理解することだろう」

 林太郎の言葉にそうだなとオウガが立ち上がる。

 着いて来いといわれて、インターホンの前に立って。

 そのスイッチをオウガが押せば。


 ――濃厚なキスをかましている私の体と、義兄の姿が映った。

 脳内で処理ができず、固まる。


『駄目だよヒルダ……待たせてるんだから』

『ふふっそんな事言って、期待しているくせに。ワタクシにはわかるわよ?』

 困った顔をする義兄のネクタイを下から引っ張り、その唇に人差し指を当てて。

 私の顔で誰かが艶っぽく笑う。


 全く私の趣味じゃない、フリル過多な少女趣味の服。

 甘めの服はお姫様のようなのに、その表情や仕草は挑発的で小悪魔然としている。

 慣れ親しんだ自分の顔のはずなのに、これは誰だと思うほどに色気を放っていて。


 次の瞬間には、私の体が強引に義兄に口付けていた。

 義兄も義兄で嫌がる素振りだけで、これは全く嫌がっていない。


「……」

 ピッと無言で私がインターホンのボタンを押すと。

 画面が黒くなって――消えた。


「まぁなんだ、自分の体が嫌いな大地といちゃついてるっていうのは、ショックだとは思うんだが……その、お前もヒルダの体でイクシスと仲良くしてただろ?」

 オウガが物凄くいい辛そうに口にする。

 なんで言いたがらなかったのかは、察した。


「悪いメイコ、引き合いに出されると……止めることができなかったんだ」

 イクシスが同様にこれを止めなかった理由もだ。

 自分もヒルダの体の私といちゃいちゃしてたから、彼らを止めることができなかったんだろう。


「……林太郎。あの二人は、いつもあんな調子なの?」

 私の口から出た低く震える声に、林太郎がビクッと体をすくめる。

「うっ、右目が疼く……この時空を揺さぶる黒き化身の訪れに、俺の魂が反応しているッ! このままでは暴走が……危険だ離」

 右目を抑えて後ずさり始めた林太郎の首根っこを、最後まで言わさずに捕まえる。


「姉さんの質問に答えなさい?」

「義兄さんが記憶を取り戻して仲直りして後は、ずっとあんな感じです」

 冷ややかな声で問いただせば、林太郎はあっさり口を割った。


「父さんと母さんは、あれを知ってるの?」

 血はつながってないとはいえ兄妹。

 百歩譲って義兄がジミーだったとして、慎みくらいはあるはずだ。

 苛立ちを抑えるように、半ば八つ当たり気味に胸倉を掴んで睨みつければ、林太郎は露骨に目を逸らす。


「まぁまぁ仲がいいのねー、ははっ大地も形無しだな……って感じです姉上」

 林太郎が母さんと父さんの真似をしてみせる。

 うちの両親はどうにも天然というか、細かいことを気にしなさすぎる。

 今まで喧嘩というか一方的に私が義兄を避けまくっていた分、二人が仲良くしはじめたことを祝福しているとのことだった。


「記憶喪失前のあの態度は意識しすぎていたからなのねと、母さんは解釈してます。後物凄く言い辛いんだけど……」

 私の体に入ったヒルダは記憶喪失扱いになっているのかと思っていたら、林太郎がもう一度インターホンの電源をつける。


 あの二人ときたら、まだいちゃいちゃしている。

 ものすごく目に悪い。

 心臓に悪い。

 今すぐに飛び出して二人を引き剥がしたい。


「指見たらわかると思うんですが、こ……婚約済みです」

 うちのインターホンは解像度が無駄に高い。

 義兄の頬に手を添えるヒルダの薬指にはキラリと輝く指輪。


 つまりは親公認……らしい。

 ぐるぐると頭の中が回る。

 クラリと眩暈を起こした私の体を、イクシスが支えた。


「落ち着けメイコ。ヒルダからしたら、俺たちも似たようなことしてたからな?」

 確かにイクシスの言う通りだ。

 ヒルダと無理やり守護竜にされたイクシスの仲は悪かった。

 それなのに、ヒルダの体に入った私とイクシスは恋仲になって、わりとキスはしていた気がする。


 いやでも、これとそれとは別というか。

 精神的ショックが……でかすぎる。


 というか、あのヒルダのことだ。

 私の体でもうその……色々R18的なことやっちゃったりしてないよね?

 それはさすがにと思っていたら、先回りするようにイクシスがそれだけはジミーが留まってくれてるからと教えてくれた。


「あの様子だと……本当かどうか怪しくない?」

「年下の少年達に手を出してない分……まだマシだと思った方がいいと思うぞメイコ」

 尋ねた私に、イクシスがすっと目を逸らす。

 イクシスも本当かどうか怪しいなと思っているんだろう。

 それくらい二人の仲の良さは目に余る。


 自分と義兄のラブシーンなんて見たくなかったよ!

 まさかの展開に思いっきり現実逃避したくなった。

ようやくヒルダとジミーが登場となります。

7/5 林太郎が出した飲み物を熱いお茶から冷たい麦茶に訂正しました。

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★6/24 「彼女が『乙女ゲームの悪役』になる前に+オウガIFルート」本日17時完結なので、よければどうぞ。
 ほかにも同時刻に、ニコルくんの短編も投下予定です。  気が向いたら感想等、残していってくれると励みになります。
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