【92】選んだ未来と、選ばれなかった未来
目の前ではオウガとニコルが、異世界へ行くための魔法を組んでいる。
今現在、ヒルダの体には別の魂が入っていて、元の私の体にはヒルダの魂が入っているらしい。
私がいない二年の間にヒルダに交渉し、体を返すことを納得させ、イクシスの誓約もすでに解いてもらったようだ。
どんな話し合いが行われたのか気になるところだったけれど、それは向こうについたら詳しく説明すると言われた。
異世界へ行くための魔法は、呪文の詠唱にかなりの時間を要するみたいだ。
ニコルとオウガは、先ほどからそれにかかりっきりだった。
オウガは一旦私達を連れて、ニホンへ。
ニコルはヒルダの体を回収してから、ニホンで合流しようという話になっているようだ。
気持ち的にはすぐにでも屋敷に帰って皆に会いたかったのだけれど、よく考えてみれば今の私はヤヨイの体のまま。
ヒルダの体には他の誰かが入っていて、一旦それぞれを正しい位置に戻そうというのはわかるし、望むところなのだけれど。
元の体に戻る。
そう思うと……なんだか不思議な気分になった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
それにしてもと、ニコルのしてくれた話を思い出す。
六属性持ちに隠された真実。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』では、主人公の養父である魔法使いにもルートがあった。
そこで明かされるのが、主人公が魔法使い達の実験の結果生まれた、人工的な子供だという事だ。
実を言うと六属性持ちは……例え魔力回路が体に作られたとしても、結局短命だったりする。
六属性を持つことで安定した魔力は、固まろうとする性質があるらしい。
例え魔力を吸い出したり、魔力回路を作って魔力を外へ放出したとしてもそれは延命の処置でしかない。
使い魔を持って属性をあげることも、結局は根底で繋がっているので意味をなさないのだ。
主人公の養父は高名な魔法使いで、名の知れた研究者だった。
研究者仲間が自分の子供で実験をして、六属性持ちの子が生まれて。
彼らが不慮の事故で死んでしまったため、主人公を引き取ることになってしまったらしい。
育てるうちに主人公が可愛くてしかたなくなってきた養父は、彼女を救うために研究を始める。
そして主人公を長生きさせるために、後天的な花寄り人にするのだ。
花寄り人の香りを抑える術をかけて、養父は主人公を学園に通わせる。
――自分を守ってくれるたった一人の運命の人を捜しなさい。
そんな事を言って。
相手の魔力を高める花寄り人。
魔の力を持つ者をひきつける、厄介な能力の持ち主で人身売買の標的となったりする彼らなのだけれど。
たった一人の愛する人のために開花――おそらくは初めてを好きな人に捧げれば、花寄り人はその人だけのための花寄り人になれる。
十五歳以上推奨で一応全年齢対象のゲームという事になっているため、そういう表現でかなり誤魔化されているけれど、たぶん間違いない。
ベストエンド後、エンディングの映像が流れ、その後エピローグがあるのだけど。
エンドとエピローグの間に、何かあったよねと思わせる雰囲気が漂っているのだ。
花寄り人には、魔を持つものを引きつけたり、相手の魔力を高める以外にも実は特別な力がある。
それは心から愛した相手と、魔力の器と属性を共有する能力だ。
二人分の器があれば、六属性の魔力があっても結晶化する事はない――それが養父の狙いだったと彼のルートでは明かされるのだ。
わざわざ魔法学校に通わせたのは、学園なら魔力の器が大きい者が多いからという理由が存在していた。
そこで一つ疑問に思う。
ヒルダもまた――魔法の六属性を持っていた。
けれど私がヒルダだった時、ヤヨイの体のように体の奥で結晶が固まるようなそんな感覚は一切なかった。
器の大きさが違うとか、そういう理由なんだろうか。
六属性持ちは、自然には発生しないとニコルくんは言っていたけれど。
ヒルダはエルフの王族と、花寄り人の間に生まれてきた子だ。
その経緯からして、意図せず生まれてきた子だというのは明らかだった。
つまりヒルダが、人工的に作られた子という可能性はない。
……ヒルダは当てはまらないってことなのかな。
考えてもヒルダは色々規格外すぎてよくわからない。
空間を越えられて、誓約も自由に結べて、本来侵入できないはずの他人の異空間にさえ無断で入ることができる。
魔法の才能は桁違いで、基本の六属性全てを扱える。
最強に近い存在である竜をもしのぐ力。
まるでズルをしているかのような、全てを超越した存在。
そんなの、世界を探してもヒルダくらいなんじゃないだろうかと考えて。
――ふと思い浮かんだのは、白竜のこと。
竜族の中でも特別な黒竜よりも上で、全ての頂点に立つ存在。
誓約も思いのままで、異世界に行くのも自由にできる。
その上白竜は、魔法の基本六属性に加え、第七の属性である無属性まで使えるらしい。
ヒルダに対抗するなら、白竜くらいしかいない気がしてきた。
ヒルダを封じて私の世界へ飛ばしたティリアは、かなりの策士でうまいことやったんだなぁと、敵ながら少し感心してしまう。
しかし、やっぱりヒルダを参考にしちゃ駄目だと、頭を切り替えることにした。
ともかく、このままヤヨイとして暮らしていくなら。
いつかは主人公の養父に接触して、花寄り人にしてもらわなくてはいけない。
そんな考えも、一応私の頭の中にはあった。
ただ、花寄り人は魔の力をあるものをひきつける。
好きな人に開花させてもらえなければ……その後は相手を見境なく甘い蜜で呼び寄せてしまうのだ。
イクシスを好きなまま、ヤヨイとして生きることを決めて花寄り人になっていたら。
きっと私は、一生開花することなんてできなかったんじゃないだろうか。
その先には……どんな未来があったんだろう。
花寄り人としてイクシス以外の人と……なんて事を考えて、ちょっと怖くなって。
自然とイクシスと繋がる手に力がこもる。
「どうかしたか?」
不思議そうにイクシスが尋ねてくる。
イクシスは、もうヒルダでない私の感情を読めるわけじゃなかった。
当たり前のように、このもやもやが伝わってると思い込んでいたことに気付く。
「……やっぱり初めてはイクシスがいいなって」
「なっ!?」
考え事をしている時に話しかけられたせいで、思わずポロリと口にすれば。
イクシスが動揺してパクパクと口を開く。
その顔の赤さをみて、自分がとんでもないことを口走ったことに気付き、我に返った。
「えっと、いやその……そういう意味じゃなくってね!?」
「じゃあ今のはどういう意味だ?」
慌てふためけば、思いのほか真剣な顔で問われる。
「……女の子から誘うなんて、兄は感心しないよ?」
ポンと両肩に手を置かれ、振り向けばにっこりと笑うユヅルがいた。
しかしその目が一切笑っていない。
「イクシス、オレが頑張ってるのにいちゃつくとはいい度胸だな?」
「いやそういうのじゃなくてだなオーガスト」
いつの間にか異世界への道を開き終わったオウガに睨まれ、イクシスが怯む。
「あれは……いちゃいちゃだった」
「証人がそう言ってる」
エリオットがぼそりと呟き、オウガほら見ろとイクシスに言う。
「兄は婚前交渉は認めないよ? 許しても手を繋ぐまでだ」
そしてユヅルはユヅルで好き勝手言ってくれて。
「だからただ確認しただけだろ。それにメイコとは恋人同士なんだから、いちゃつくくらい……問題はないはずだ」
「ほう? オレにメイコを探す協力をしてもらって、よく言えたな?」
主張するイクシスだったけれど、オウガの言葉にうっと息を飲む。
「それは……確かにそうなんだが」
「僕も協力した。メイコといちゃつく権利、僕にもある」
言いよどむイクシスをよそに、エリオットが幼くも懐かしい八歳の姿になる。
「メイコ、ぎゅってして?」
愛らしいその姿で、潤む黒目を向けられれば、抗えるわけがなかった。
「エリオット可愛いっ!」
反射的に頭を胸に抱きこむように抱きしめる。久々の慣れ親しんだエリオットに、もふもふを我慢できるわけがなかった。
頭を抱きかかえれば、ぴょこぴょこと小さな白い馬の耳が、嬉しそうに動く。
「メイコ、僕馬の姿にもなれるようになった。あっちに戻ったら乗せるから、二人っきりでおでかけしよ?」
「本当!? 凄いじゃないのエリオット!」
少し体を離して見上げてくるエリオットを褒めれば、幸せそうに微笑む。
その顔を見て、こっちまで嬉しくなってくるから不思議だった。
「ずるい。兄もメイコとデートしたい。兄も色々頑張ったと思うんだ」
「確かに兄さんには世話になったけど、その分苦労もかけられたような」
背後から抱きしめてくる兄に、つい素直なツッコミを入れれば、しゅんとうなだれた気配がした。
「メイコは昔の友人が大切で、兄はとはもうデートの一つもしてくれないんだね。本当の体のメイコとデートをしてみたいという、兄のささやかな願いもももう叶えてくれないのかな……」
「ちょっと兄さん、また何か漏れ出してる! わかった、わかったから!」
黒いオーラの端っこがチロチロとユヅルから漏れ出し、慌ててそう言えば近くにいたイクシスがむっとした顔になる。
「おいメイコ。俺がいるのに他の男とデートする気なのか」
「イクシス頼むから、事を余計にややこしくしないで!」
「何だよその言い草……やっぱり、メイコは俺よりも」
「イクシス体に兄さんの蔦が巻き付いちゃってるよ! しっかりして! 兄さんもそのオーラをどうにかしてよ!」
イクシスの体にユヅルのオーラが巻きつき始め、場がいよいよ混沌としてくる。
「それは、デートしてくれるってこと?」
「うん。するから!」
背に腹は変えられない。
こうやってすぐに頷いちゃうから、ユヅルのオーラを出す癖が直らないとわかってはいるんだけど。
毎回この事態を目の当たりにして、冷静でいるのは難しかった。
ユヅルに答えれば、くいくいとエリオットが服の裾を引いてきた。
どうしたのとそちらに顔を向ければ。
「メイコ、僕とは……デートしてくれないの?」
エリオットが潤んだ瞳でこっちを見つめて、首を傾げる。
儚げで断った瞬間にショックで倒れてしまいそうなエリオットに、いいえなんて非道なこと人として言えるわけがなかった。
「もちろん行くよ!」
「……嬉しい」
勢いで答えれば、エリオットがはにかんだ笑顔を見せてくれる。
「三股……いや五股か……」
ぼそりとそんな呟きが聞こえて。
そちらを見れば、ユヅルの闇のオーラに飲まれてズンと沈んだイクシスがしゃがみこんでいた。
イクシス、ユヅル、エリオットはわかったけど、後二人は誰を含めてくれてるんだろうか。
オウガとメアあたりだったりするのかもしれない。
「イクシスそこ、変なこと言わないで! ただ遊びに行くだけだから。私が一番好きなのはイクシスだから!」
不謹慎な事をいうイクシスに言えば、目を見開く。
その瞬間、さらさらとユヅルの蔦がイクシスの体から消えた。
どうやらイクシスはユヅルのオーラを跳ね除けたみたいだ。
「……その言葉、本当だな?」
「当たり前でしょ?」
疑うようなイクシスの側にしゃがみこめば、手を引かれた。
顔が近づいて、鼻と鼻が触れ合う。
吐息さえ感じる距離に、ドキドキと心臓が高鳴った。
「なら、俺だけが一番で特別だっていう……証拠が欲しい」
拗ねたような声には、睦言のような響き。
キスされるような距離に熱くなる体温を感じていたら、イクシスと二人オウガに首根っこを掴まれた。
「この間まで静かだったのに、メイコが帰ってくるとやっぱりにぎやかだな……異世界に繋がったんだから、さっさと行くぞ」
オウガがまるで引率の先生のように、そう言って。
「……わかった」
「それもそうだね。ありがとうオウガ」
イクシスと私でそれぞれ反省して答える。
「全く世話が焼けるな、お前達は」
オウガはそう言って、溜息交じりの笑みをこぼした。
6/29 微修正しました。




