【8】竜の宝玉は売り払った宝石によく似ていたようです
鷹の獣人、フェザーから向けられる殺気が尋常じゃありません。
原因は過去にヒルダが、フェザーの友人で犬の獣人ギルバートを捨てた事。
獣人は一旦子供のままで成長が止まり、恋をすると大人に変身できるようになる。
それでいて好きな人と体を繋げると、完全な大人として姿が固定するのだけど。
花街出身のギルバートは、自分を店から救い出してくれたヒルダに恋心を抱いてしまって、半年ほど前に大人へ変身できるようになった。
けどヒルダが筋金入りのショタコンと知っていたため、大人になったら嫌われると姿を少年のまま保っていたらしい。
でもそこをヒルダに求められ、好きな人で主人のヒルダをギルバートは拒めず、完全な大人になってしまった。
そしたらヒルダはギルバートをあっさりと屋敷から放りだしたのだと言う。
これにフェザーは激怒して、ヒルダに反抗的な態度を取り、当時かなり厳しいお仕置きをされたのだとクロードは言っていた。
……これ、完全にヒルダが悪い。
攻略対象であるアベルが、ゲーム内でヒルダをトラウマにして女性不信気味なのもわかるわ。
ホントもう、どんな育ち方したらこんな屈折した悪女ができあがるんだ。
人間とエルフのハーフって珍しいらしいから、その辺が関係あるんだろうか。
それはまぁ置いておくとして、このままじゃ私の身が危険です。
例え今の私であるヒルダさんが悪いとしても、みすみす殺されるわけには行きません。
なので曲がりなりにも私を助けてくれた、守護竜のヒースと仲良くして助けて貰おうと姑息な事を考え付きました。
守護竜って、ドラゴンですよ。
本当、ファンタジーの世界に来たんだなって感じがするなぁ。
……折角好きな乙女ゲームの世界にきたんだから、そういうのを楽しんだりする心の余裕が欲しかったよ。
ヒースは竜の宝玉がないと、竜の姿になれず天空にある里へ帰れない。
ヒルダが死ぬと自分も死んじゃう契約が結ばれているから、ヒルダを守るしかないというのはわかった。
まずは竜の宝玉を捜してみようかなと、そんなことを思う。
命が危ない今、ヒースにこれを容易く渡すかどうかは別問題として、モノがどこにあるのかは把握しておきたい。
それに交渉の材料になるかもしれなかった。
「ヒース、どこにいるの!」
「……呼んだか?」
声を張り上げれば目の前の空間が揺らぎ、そこからヒースが現れた。
「今そこにいなかったのに、どうやって?」
「別の空間に待機してただけだ。これくらい竜族なら当たり前にできる。それができるから幻の一族って言われてるし……あんたもできるだろ」
驚く私に、投げやりな態度でヒースが答えた。
「今のあれ、私もできるの!?」
「そういや記憶ないんだっけか。そもそも空間に隠れて寝てた俺を、幼いあんたが見つけて無理やり契約結んだんだよ」
ヒースは悔しそうに口にする。
話を聞けば、本来空間を移動したり異空間を作り出す能力は、竜族と限られた一部の、主に幻と言われている種族だけが使える特殊技能らしい。
ヒルダの一族であるエルフに本来そんな能力はなく、人間にも当然ない。
どうやらヒルダは異端の力を使えたようだ。
「契約ってそんなに簡単に結べるものなの?」
「同意ならまだしも、強制的な契約がそうそう簡単に結べるわけないだろ。相手よりも圧倒的に上位の存在で、しかも真名を握ってないとできないことだ」
くだらない質問をしてくるなと言うように、ヒースがチッと舌打ちする。
これはどうやら、一般的な常識らしい。
ヒルダのような幼くしかも混血の子が、自分を上位にして魔法契約を誰かに結ばせる事自体がありえない。
しかもそれが、元々位の高い存在である竜なら尚更だと、ヒースが口にした。
ヒルダは何かと規格外の存在だったようだ。
「それで、用ってなんだ」
「宝玉ってどんなものだったのか教えて欲しくて。記憶がないから、どんなものだったかもわからないし、どこに置いたかもわからないの」
素直に言えば、大きくヒースは溜息を吐く。
「まぁどうせ場所を覚えていたところで、返す気もないんだろうけどな。人の大切なものをぞんざいに扱っていたなら……契約が切れた時点で殺してやる」
竜であるヒースの瞳はどこか猫に似てる。
睨み付けられて、心臓がキュッと縮まった。
そして、宝玉をぞんざいに扱ってようがなかろうが、契約切れた時点で殺す気満々じゃないかなと思った。
「宝玉はこれくらいの小さな丸い青の球だ。空を映し出したような色の中に、星がちりばめられている」
ヒースは一応宝玉の情報を教えてくれた。
竜の宝玉は、どうやら直径五センチくらいの青い宝石のようだ。
なんかそれ、ヒルダの宝石箱の底に隠されてた宝石に似てるなぁ。
綺麗だから取って置こうと思ったんだけど、家に来た宝石商のおじさんが是非売って下さいってありえない高値をつけてくれたんだよね。
やったラッキーって、さらにふっかけてみたらその値段でいいとか言い出して。
交渉成立ってテンションが上がったなぁ!
……えっと。
もしかして、私売っちゃった!?
「動揺が伝わってくるんだが……宝玉がどうかしたのか」
「い、いや何でもない。何でもないでございますことよ!?」
思わず声が裏返る。
ヒースが不審な態度をとる私を眉をひそめて見てるけど、それどころじゃない。
急いで買い戻さなければ……!
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「あの宝石ならすでに売れましたよ」
ヒースと別れてから、宝石商のおじさんをクロードに呼び出してもらえばそんな事を言われた。
本当もう、よかれと思ってやった行動がことごとく裏目に出ている。
そんな大切なものだとは知らなかったんだよね……。
どよーんと落ち込んだ気分で、執務室の机にうつ伏せになる。
一応私には、宝石を売るときの基準みたいなものはあった。
宝石に魔力が込められると知っていたので、手にとって魔力がどれくらい入りそうかと考えながら振り分けていた。
宝石の宝石としての価値は私によくわからない。
けどなんとなく、これは魔力がたくさん入りそうだとか、そういうのが勘でわかった。
当たってるかどうかという根拠は全くないけど、おそらくは正しいと思う。
それは宝石の価値とも比例している気がして、美しい宝石ほど魔力は溜められるようだった。
そして、ヒースの宝玉かもしれないあの宝石。
あれは、綺麗だからという理由で取っていた。
でも、魔力的な意味では無価値だったから、売ってもいいかなと判断したのだけれど……。
本当にあの宝石が竜の宝玉だったんだろうか。
悩んでもしかたないので、宝玉と思われる宝石を取り戻すことを決めた。
買い取った顧客の情報を知りたいと言えば拒まれたので、商人に間に入ってもらい交渉をする。
宝石を売った分私の懐が潤っていると商人は見込んで、手数料もふっかけてくる。
この商売人め!
悔しいけれどそこはしかたないので条件を飲んで、売った時よりも高額で宝玉を取り戻す事に成功した。
折角得た儲けが……結構飛んだ。
こういう無駄な出費が一番嫌いなのよね。
今日は何もやる気になれず、ベッドでゴロゴロして過ごすことにする。
午前中花組はお勉強の時間。
私が直接教えることもあったけれど、教師も一応雇っているので問題ない。
午後から彼らとはスキンシップを取ればいい。
「はぁ……どうしてこうなるかなぁ。全部うまくいかないし」
上向きに寝転がり、宝玉を光に翳してみる。
「情緒不安定だな、あんた。本当にヒルダか?」
呟けば、ぬっとヒースがこちらを覗き込んできた。
「ひゃぁぁっ!」
驚いて起き上がり、ヒースから距離を取る。
突然の登場はいつだって心臓に悪い。
ノックの音も聞こえなかった。
おそらくは、異空間から出てきたんだろう。
ヒースは腕を組んで観察するように私を見ている。
「女、女性の部屋に勝手に入り込むのはどうかと思うわ!」
「入られたくなければ、そう設定すればいいだろ。俺にここに来る許可を与えてるのはあんただ。記憶喪失になってるから、やり方を忘れてるんだろうけどな」
どもって怒鳴る私に、さらりとヒースがそんな事を言う。
ヒルダとの契約で、ヒースは一定以上ヒルダと離れることができない。
それでいてヒルダが拒んだ場所には近づけず、空間を繋げることもできないらしかった。
今までヒースはヒルダの部屋に入ることを許可されておらず、入ることができなかったとの事だ。
じーっとヒースが私の顔を眺める。
ヒースは涼やかな目元で、通った鼻筋をしていた。
真っ赤な髪は癖があって、横のくるくるとした羊のような角がなければ、少し危険な香りのする美形だ。
ヒースはベッドに上がってくると、かなり近くまで接近してきた。
思わず後ずさる。
むだに私の心臓が音をかき鳴らす。
前世普通のOLだった私は、こんな風にイケメンと接触したことがない。
近くにこんな綺麗な顔があると、どうしても緊張してしまう。
距離が目と鼻の先。
睫毛長いとか、爽やかないい香りがするとか。
そんな事にいちいち私の鼓動は反応して、速度を上げていく。
クロードもまた違ったタイプの美形だけど、執事とお嬢様という距離を保っているから、こんな風に近づかれた事はなかった。
「やっぱり変だな。筋金入りのショタコンであるあんたが、俺なんかにときめくなんて。感情も丸出しだし、別人みたいというか別人だ」
「と、ときめくってそんな! 別にときめいたりなんてしてないからっ!」
ヒースに言い当てられて、思わず動揺する。
「口でいくら言おうと無駄だ。あんたの感情は俺に伝わるようになってる。あんたが危険にさらされたとき、すぐ駆けつけられるようにな。ヒルダは負の感情だけ俺に伝わるように設定してたんだが、今はそうじゃないらしい」
確認したかっただけだというように、ヒースは私から離れてベッドの側に立った。
「それは私の考えてることが、全て筒抜けだったってこと!?」
「いや違う。大まかな感情だけだ。ヒルダが俺に伝わるよう設定してたのは、動揺や怒り、警戒や不安あたりだったんだがな」
なんて恥ずかしいと顔を覆いそうになった私に、ヒースが答える。
「今のあんたから伝わってきたのは、俺に好意的な感情。まぁそれがなくたって、赤い顔みればわかるけどな」
そんなことを言いながら、ヒースが手で宝玉をもてあそぶ。
いつの間にか私が持っていた宝玉は奪われてしまっていたみたいだった。
……まずい! 宝玉さえ手に入れれば私消されちゃうんじゃないの?
いやでも、契約が生きてるなら大丈夫なのかな!?
「今動揺したな。怯えと、死の恐怖が少々。ヒルダなら俺に有利になるような感情をみすみす見せたりしない」
そう言って、ヒースは私に宝玉を投げて寄越した。
「そいつは残念ながら宝玉のレプリカだ。あんたの部屋に入れるようになった初日に、すでに見つけてた。こんなものにあんな大金払って、馬鹿じゃないのか」
「大金って、買い戻すところ見てたの!?」
「まぁな。というか、あんたが記憶喪失になって、どこでも空間つなげられるようになってから、ずっと観察してた」
呆れたようなヒースに叫べば、肩をすくめられてしまう。
実は姿を見せなかっただけで、ずっと側にいたらしい。
だからこそあのタイミングでフェザーから助けることができたのだと、ヒースは告げた。
「ちなみにあんたが、よく独り言を呟いてるのも見てた。頭抱えながらウロウロして、『しぼうふらぐ』がどうとか、『おとめげーむ』が何だとか謎の単語を口にしてるのも全部だ。ベッドの上で飛び跳ねて、揺れる胸があるって最高! って叫んでた時には正直どうしたらいいかわからなかった」
ヤバイ……とんでもないとこ見られてるじゃないですか!
他にも、鏡の前で胸を強調するようなポーズを取っては悶えていた事や、カーペットの上を転がってその肌触りを楽しんでいた事まで、全部目撃されてしまっていた。
目の前に困難しか立ちふさがってないんだから、ちょっとくらい楽しんだっていいじゃないの!
……本当、筒抜けにもほどがある。
恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。
「いくら記憶喪失でも、ヒルダとは違いすぎる。あんたは何者だ?」
ヒースの視線が、問うように私を見つめていた。
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