【84】屋敷の皆の行く末は
屋敷に向かうにあたり、ユヅルに約束させられた事があった。
無茶はもちろんしないこと。
それと、絶対にメイコだとは誰にも明かさないこと。
現状がちゃんとわかって後でもそれは遅くないし、むやみに正体を明かすのは危険だと言われてしまった。
たとえ仲のよかった子でも、ティリアの息がかかっていないとも限らない。
それに、彼らに私だと信じてもらうことができなければ、事情を知りすぎている私は敵と見なされる可能性がある。
そうユヅルは口にした。
冷静に考えれば、ユヅルの言う通りだ。
皆に会いたくてずっと四年間過ごしてきて。
メイコだと誰にも認めてもらえないまま、過ごしてきたこの時間は苦しいものがあった。
ヒルダになってすぐに、イクシスが早い段階でメイコに気付いてくれてたことが、どんなに心の支えになっていたのか思い知らされた。
誰も自分を知らないというのは……知ってる人がいないというのは、辛くて。
知っている誰かに、私は自分を認めてもらいたかったんだと思う。
ここにいるんだと、気付いて欲しいと強く願っていた。
焦るあまり、慎重さを欠いた行動に出てしまっていたことを反省する。
アベルやディオに、メイコだとすでに告げてしまったことを言えば。
それはうかつだったねと、次からはもうちょっと考えなきゃ駄目だよとユヅルに叱られてしまった。
だから今日の私は、メイコではなくヤヨイとしてこの屋敷を訪れていた。
ただ、皆がアベルの友人であるホノカだと思っているなら、その方が好都合だ。
知り合いなら、初対面ということになっているヤヨイよりも、多くの情報が引き出せる。
連れて行かれた場所は、温室だった。
私が屋敷に作った――畑があった場所。
ピオやクオが毎日手入れをして、村の少年であるキーファが魔草の研究をしていた場所だ。
「……」
皆で作り上げてきたものが、踏みにじられてしまったような。
そんな感覚を覚える。
薔薇は綺麗ではあった。
温室には様々な種類の薔薇が集められていて、飾られて咲き誇っている。
「どうしたの? 薔薇、気に入らない?」
「……そんなこと無いわ。ありがとうピオ」
言えばピオが、へへっと嬉しそうに笑う。
大人びた顔立ちになっても、その純粋さは失われてはいないように見えた。
それが唯一の救いだ。
「ここでお茶飲もう? ピオが準備するから、クオと待ってて!」
ピオがそう言って元気よく走って行ってしまう。
その後を追いかけるように、尻尾のような長髪が揺れた。
「ここ、座って。ピオが戻る間、クオとお話する」
クオが椅子を引いて座るように勧めてくれる。
そこに腰を下ろせば、クオも同じテーブルに着く。
「ピオとクオ、ホノカがきてくれて嬉しい。冬にホノカが来てくれたとき、一緒に助けた鳥の雛、この前巣立った」
ゆっくりとした様子で、クオが嬉しそうに報告してくる。
どうやら前にホノカが来たとき、ピオとクオの二人と一緒に鳥の雛を助けたらしかった。
純粋な好意を持って、一生懸命話しかけてくるクオには、裏表がない。
思ったことを思ったまま口にしている様子に癒される。
ピオとクオは歳のわりに喋り方も何もかも幼い。
その分純粋で真っ直ぐで、とてもよい子たちだ。
一緒にいて心地いい。
ピオとクオは変わらないな、と思う。
あれから四年も経って、外見は成長したけれど中身はそのままだ。
それは嬉しくもあったけれど、不自然でもあるなと思った。
二人の内面が幼いのは、その過去が影響しているんだろう。
エルフの国では人体実験も行われていて、ピオとクオはその実験体だった。
そこで辛い目にたくさん遭ってきたはずなのに、二人にその影は見られず明るい。
研究所でのことを、二人は全く覚えてないのだ。
けれど、そこでのことは彼らの精神に間違いなく影響を与えていると思う。
思い返せばピオとクオはいつも一緒で、離れると不安定になったり、暗闇や狭い場所を極端に恐れていた。
難しいことを言われたら、無意識にシャットアウトしてしまっている節もあって、それが前から気になってはいたのだ。
何もかも忘れて幼くいることで。
自分たちの心を、二人は守ってきたのかもしれない。
目の前で純真無垢なオーラを放つクオからは考えられないことだけど。
二人はヒルダの姉であるティリアの命令一つで、残虐な性格に変わるとメアから聞いていた。
だからこそ、この二人には尚更自分がメイコだというわけにはいかない。
それを口にせずに、どうにか二人から屋敷の情報を聞きださなくてはと思った。
「ピオとクオは、ここで使用人をやってるんだよね。この屋敷にアベルとか、ピオやクオと同じ年頃の子って他にもいるの?」
「今は、屋敷にいるのピオとクオだけ。あと、アベルと猫のディオとメアが学校に行ってる」
ふるふると首を振って、クオが答える。
その返答に、ずきりと胸の重みが増した気がした。
学園で出会った三人だけが、生きている。
そう言われてしまったかのような気分になって、不安で胸が騒がしくなる。
「前は他にもたくさんいたの?」
「いた」
尋ねれば簡潔にクオが頷く。
「どんな子達だったの? アベルがどんな風に生活してたかが知りたいから、教えてほしいな」
「うんいいよ」
おねだりすれば、あっさりとクオは頷く。
その後、お茶を持ってきたピオも一緒になって。
私に、屋敷の少年達のことを教えてくれた。
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ピオやクオの話は飛び飛びだったりして、繋ぎ合わせるのが難しくはあったけれど。
聞き取れた情報によると、バイスやティルの二人はピオやクオの知らない間にいなくなっていたようだ。
ピオやクオとも仲がよかった、家族思いの少年でマリアの息子は。
ヒルダがいなくなって、遠い別の仕事場へ移って行ったらしい。
そして、鷹の獣人・フェザーと馬の獣人・エリオット。
この二人も、同時期にこの屋敷を去って行ったとのことだ。
それでいて、村の少年キーファは病気で亡くなっていた。
ウサギの獣人ベティは……近くの川で溺死。
その日べディは、雨の日なのに外に出ていて。帰りが遅くて探したら、死んでいたんだとピオやクオは悲しい顔で口にした。
猫の獣人、ディオが言った通り。
ベティが亡くなっていた。
それどころか、キーファもいないという。
覚悟はしていたつもりだったのに、喉元に熱い塊がこみ上げてくる。
けど悲しい顔をしたら怪しまれてしまうかもしれないから、それをぐっと耐えた。
あと必要なのはクロードや……イクシスとオウガの情報だ。
「二人とも執事服似合ってるね。屋敷には他にも執事さんっていっぱいるの?」
「うんいるよー」
「一番偉い執事さんって、どんな人?」
私の話題に頷いた兄のピオに尋ねてみる。
クロードがまだ屋敷にいるなら、その指揮を取っているのはきっとクロードのはずだ。
「ご主人様の後ろにいた人。金髪でおっきい人!」
えいやっと気合を入れて手を空に伸ばすようにして、ピオが身振り手振りで教えてくれる。
それはきっと、ルーカスと対面した際に後ろ側に控えていた、護衛も兼ねている様子の大男のことを差しているんだろう。
「前からずっとあの男の人なの? 怖い感じの人だったけど」
「ううん。前はね、クロードがやってたんだよ」
「クロードはね、ご主人様に殺されたんだよ」
質問すれば、ピオとクオが曇り顔で答えてくれる。
……耳を塞ぎたくなるような、答えだった。
「クロード、前のご主人様が好きだったから、今のご主人様に反抗したんだ」
悲しげにピオが口にする。
「それで……いなくなっちゃった」
クオがその言葉を継ぐように、そう言って俯く。
「そっか……」
まずい、泣いてしまいそうだ。
誤魔化すように、喉から上がってくるものを抑えるように。
ぐいっと紅茶を飲み干す。
今泣いては駄目だと、強く自分に言い聞かせる。
泣くのは今じゃなくても、いつだってできる。
ぐっと右の手のひらにある紋章に爪を食い込ませるようにして、自分を奮い立たせた。
「前にこの屋敷に、竜がいたってアベルから聞いたんだけど。その竜は今どこにいるのかな」
「竜はヒルダ様と契約してた。ヒルダ様死んだら、竜も死ぬ」
震えそうな声で尋ねれば、簡潔に弟のクオの方が答えてくれた。
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その後ピオやクオの二人と何を会話していたのかは、覚えていない。
我に返ったら宿屋にいて、ユヅルに洗った髪を拭かれていた。
「兄さん……」
「お風呂に入ったら、少しすっきりしたみたいだね。今日は疲れただろう? スープだけ飲んで早く眠るんだ」
ユヅルが優しくそう言って、スープを用意してくれる。
それを一口飲めば、体に感覚が戻ってきたかのように感じられた。
それと同時に、皆がバラバラになって。
クロードやベティやキーファ……何よりも、イクシスが死んでしまっているという事実が蘇ってきて。
「……っ」
胸の奥が、じゅくじゅくと痛い。
苦しくて苦しくて、胸を暴いてかきむしりたくなる。
「メイコ、泣きたいなら泣いてもいいんだよ」
私を甘やかそうとするユヅルの声に、ふるふると首を横に振る。
泣いては駄目だ。
泣いたら弱くなって、歩けなくなる。
ふいに、鳥族の国でのことを思い出す。
自分が実はヒルダに転生したわけじゃなくて、ただの幽霊だと知った日のことを。
泣くのを我慢している私を、イクシスが抱きしめてくれた。
――メイコが無理して普段どおりでいようとしてることくらい、お見通しなんだよ。情けないところももう十分見てる。だから、泣くくらいで引いたり、見捨てたりしない。最後までちゃんと面倒は見てやる。
だから泣けというように、雨の中イクシスが私の髪を撫でてくれた。
イクシスが受け止めてくれたから、その腕の中で思いっきり泣くことができた。
あの優しい手が、もうどこにもないんだと思うと。
胸に空白ができてしまったかのような、喪失感に苛まれる。
――メイコなら一緒にいて退屈しないし、連れてってやるよ。竜族は寿命がかなり長いし、一人旅も飽きてたところだ。
照れながら言う、イクシスの顔を思い出す。
イクシスのその不器用な優しさが、大好きだった。
泣いたところで、抱きしめてくれるイクシスの腕がない。
最後まで面倒見てやるって言ったくせに。
――ここにイクシスはいない。
もう、この世界のどこにも。
全部私のせいで、先にいなくなったのは私の方だ。
それは、わかっているけれど。
皆に――置いていかれたような気持ちになって。
目の前が真っ暗に染まったような気がした。
シリアス続いてすいません。




