【81】再会
「二年生からの編入になります、ヤヨイ・シノノメです。よろしくお願いします!」
実際年齢はもう二十五歳なのに、また学生をやることになるとは思っても見なかった。
そんな事を思いながら自己紹介すれば、クラスがざわつく。
ちゃんとヒルダの国の言葉は話せているはずなのに……何か間違っただろうかと戸惑っていたら、生徒の一人が手を上げた。
「隣のクラスのホノカ・メルクローネさんと同じ顔ですけど、双子なんですか?」
ホノカ・メルクローネというのは、『黄昏の王冠』の主人公ちゃんの名前だ。
アベルたちと会うことで頭がいっぱいで忘れていたけれど。
ヤヨイの顔は、兄のユヅルが認めるほどに主人公のホノカとそっくりなのだ。
主人公と同じ顔で、同じ六属性持ちで、同じ年。
そうなると双子じゃないのと考えるのが自然な流れだろう。
原作では何も明記されていないけれど、もしかしたら……裏では双子という設定があったりするんじゃないかとファンの間では言われていた。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』のユヅルルートの後半で、実はヤヨイはユヅルと血が繋がっておらず、拾われっ子だったということが明らかになる。
ヒロインのホノカもまた、魔法使いの養父に育てられているけれど、血は繋がってなくて。
遠い東の島国で拾われたという情報だけがあった。
「私に双子の姉妹はいません。ですが、隣のクラスの担任をしているユヅル・シノノメは私の兄です」
憶測でものをいうわけにもいかないので、ホノカとの双子疑惑は否定しておく。
どうせなら隣のクラスがよかったなと思う。
兄のユヅルがいるから心強いとか、もちろんそういうのではなく。
隣のクラスに、アベルがいるという理由からだ。
早くお昼時間になればいい。
そしたら、アベルのところに行って事情を話そう。
そんな事を考えていたら、アベルの方からうちのクラスに来た。
「お前がホノカとそっくりだという編入生か。本当に双子のようだな。そう思わないか、アベル」
そう言って隣のアベルに声をかけたのは、金髪に紫の瞳をした少年。
メアとそっくりな顔立ちをした――乙女ゲーム『黄昏の王冠』の残念な攻略対象ことレビン王子だ。
レビン王子の首には、幻獣である金色の蛇が一匹にょろっと襟巻きのように巻きついていて。残りの二体はその背後でうねっていた。
「本当ですね。ホノカとうり二つだ」
アベルの蜂蜜色をした瞳が、驚いたように私を捉える。
私が知っているアベルより身長が大分伸びて、大人びた顔をしていた。
屋敷にいたアベルとその面影が重なって、懐かしくてしかたない。
「ホノカは拾われた子だと聞いていますが、もしかしたら彼女は血縁者――双子なのかも知れませんね」
「そう思ってしまうくらいには似てるな」
私の顔を見ながら、アベルとレビンが会話する。
アベルの物腰は柔らかい。
大人びた雰囲気で、屋敷にいたころのアベルというよりも、乙女ゲームに出てくる攻略対象の『アベル』に雰囲気がよく似ていた。
どちらもアベル本人なのだから当然だけれど、違和感を覚えてしまう。
「アベルくん、放課後少し話があるんだけど、時間をもらえませんか!」
勢い込んで言えば、アベルが眉を寄せる。
知らない人を警戒するような顔に、やっぱり少し傷つく。
「お願いします。少しでいいんです!」
それでも身を乗り出すようにして訴えれば、アベルは困った顔をした。
「少し話してあげるくらい、別にいいんじゃないかな? この子何だか必死だしさ」
聞きなれた声が足元からして、そこに目を向ければ黒猫。
金色の目でアベルを見上げてそんなことを言う。
「やっぱり、ディオもアベルと一緒にいたのね」
その姿にほっとして呟けば、ぴくっと黒猫が耳を動かして私を見上げた。
「へぇ驚いた……なんでオレの名前知ってるの?」
瞬間、ディオの姿がよく知る少年姿になる。
褐色の肌に黒の髪。
金色の悪戯っぽい瞳には、私を探るような色があった。
「なんで僕の使い魔の名前を知ってるのかな?」
「その理由は放課後教えるわ。だから、お願い」
余計に警戒させてしまったようで、アベルの私を見る目は鋭い。
それでもなりふり構ってられなくて、食い下がる。
「いいよわかった。面白そうだしね!」
そう言ってくれたのは、アベルではなくディオだった。
「ディオ! 僕はいいと言ってない!」
「まぁまぁいいじゃん、話聞くくらい」
不満げな声をだすアベルをディオが宥める。
「ありがとう、ディオ。それじゃあ放課後、よろしくお願いします」
再度礼を言えば、ディオがふっと色っぽくも怪しげに微笑んだ。
「それじゃ、騒がせてごめんね、えっと……」
「……ヤヨイ・シノノメだよ」
メイコだと言いたい気持ちを抑えて、ディオに名を告げる。
「うん、それじゃヤヨイちゃんまた放課後にね! 学園に来たばかりだから道に迷っても困るし、オレたちが迎えにくるから教室で待ってて」
そう言ってディオたちは、教室を去って行った。
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放課後、空き教室の一室に鍵をかけて、私はアベルやディオと向き合う。
いきなり学園の有名人であるアベルを誘ったことから、クラスでは注目を浴びてしまっていたけれど、そんなの気にしてはいられない。
こっちは、この日をずっと前から待ち望んでいたのだ。
あの後皆がどうなってるかはわからないから、警戒はしている。
詠唱をせずに攻撃が可能な高価な術府。師匠から譲り受けたそれを、念のためポケットに忍ばせていた。
ユヅルに、二人に会うことは言ってない。
言えば妹の危険に勘がきくユヅルは着いてきてしまうからだ。
危険がある私の事情に、何の関係もないユヅルを巻き込むことだけは避けたかった。
「……それで話って何かな?」
「信じてもらえないかもしれないけど、私メイコなの」
薄く笑みを顔に貼り付けながらも、警戒した様子のアベルに単刀直入に告げる。
「私だよ、アベル。ヒルダの中に入ってた――」
言葉の最後まで言う前に、アベルの瞳からすっと温度が消えた。
「……お前は何を知っている。僕たちを脅しにきたのか」
柔らかかった声の質が、尖ったものに変わる。
まるでその態度は私を――メイコの事自体を覚えていないかのようだった。
「違う、そうじゃなくて! ティリアの罠にはまってヒルダの体から飛ばされて、気付いたらこの体の中にいたの」
「どうしてティリアの名を?」
どうやったらわかって貰えるだろう。
そう思って必死に言葉を紡ぐたび、アベルは警戒を増していくようだった。
「ディオ、ディオなら覚えてるでしょ? 仲良しだったベティは今どうなってるの? イクシスやクロードたちは?」
不安になって、ディオに視線を向ける。
皆の名前を口にすれば、ディオは目を丸くした。
「何で……屋敷の皆の名前を知ってるの?」
戸惑った顔をディオは見せる。
「それは私がメイコだからで……ねぇディオお願い。皆が今どうしてるか教えて!
」
乞うように叫べば、ディオは苦しそうな顔をして視線を逸らす。
「……全員死んだよ」
ディオの声は小さなものだったのに、私の中で反響するように響く。
それは……どういう意味だろうか。
悪い冗談だ。
そう思うのに。
目の前のディオは……思い出したくないことを思い出してしまったかのように、泣きそうな顔をしている。
ディオがそんな顔をするところを、私は今まで一度も見たことがなかった。
「まさか……そんな。冗談だよね?」
脳が拒否する。
体中の血が冷えていくようで。
立っている感覚がなくなったかのような、不安定さを感じた。
「……」
ディオは何も口にしない。
口を開きかけたけど、結局は唇を噛み締めて。
そのまま部屋を出て行ってしまった。
「……メア」
二人っきりになった部屋で、アベルがポツリと呟く。
蛇の幻獣使いであるメアの名前を、アベルが呼べば。
ゆらりとアベルの影が揺らいで、そこから黒いパーカーと七分丈のズボンに身をつつんだ少年が現れた。
「呼んだ? アベル」
深く目深に被ったフードから覗くのは、金色の髪。
口元は笑みを浮かべていて。
私が知る彼よりも成長した姿で、メアがそこに立っていた。
その背後には黒い幻獣の蛇が、四体うねっている。
いつも私の影にいた、蛇のサミュエルくんもメアの背後にいた。
四体は同じように見えるけど、サミュエルくんはおそらく真ん中の蛇だ。
伊達にずっと一緒にいたわけじゃない。
けど……サミュエルくんが私を見る目が、どこまでも無機質で。
私に対して興味がないとわかる、そんな視線を向けてくる。
敵とも思われてない、そこらへんに転がる石を見るような目。
それを見て、私はメアの蛇たちに好かれていたんだなと改めて知る。
メイコに向けられる蛇たちの視線は、こっちの背筋がぞわぞわとするほどに熱を帯びていたけれど、そこには好意があった。
今更それを思い知るなんてと、自分が嫌になる。
「変な女が絡んできてるんだ。あまり頭は良くないようだが、どうやら僕たちの事情をよく知っているようで敵の可能性がある。始末しておいてくれ」
「えーっ、アベル人使い荒いなぁ」
メアはアベルの言葉に不満を漏らす。
冷たい目を私に向けてから、アベルは部屋を出て行った。
その影にメアの蛇のうち一匹がするりと入り込む。
アベルを引き止めたかったけれど、その視線の冷たさに言葉がでなかった。
固まっていればいつの間にかサミュエルくんが、私の方へと伸びてきていて。
くるくると私の体にまきついて、その顔を正面に持ってきた。
ちろちろと舌を出しながら、赤い瞳が私を見据える。
「あれれ、抵抗しないんだ?」
くすくすと面白がるように笑うメアは、残酷さをもつ無邪気な子供みたいだった。
まるで――初めて会った時に戻ったみたいだ。
私の事を知らないから、しかたない。
そう思っても、胸が痛い。
メアの冷たい雰囲気に心が軋む。
知っているメアを思い出して、同じ笑い方でも私に向ける笑みは違っていたんだなって気づく。
あの日、皆と別れた日のことを思い出す。
皆が頑張ってくれていたのに、全て台無しにしてしまったのは自分だ。
血入りのハンカチをバイスに頼まれて、渡したことを報告するのを怠った。
甘さからティリアの罠にかかって。
私の不注意でこんなことになってしまった。
メアが味方についてくれたお陰で、全てが上手くまわり始めていたのに。
私の油断のせいで――皆の努力を無駄にしたのだ。
あの後、どうなったんだろうとずっと考えていた。
ティリアはヒルダをあの体に返したくなかったようだった。
私が抜け出た後、きっと他の魂をティリアは入れたんじゃないだろうか。
私じゃない誰かがヒルダになって。
そこに、私の魂はいなくて。
皆に迷惑をかけたのは間違いない。
目の前には、メア。
学園の制服を着てなくて、四体の蛇がそこにいる。
誓約によりヒルダが死ねばメアも死ぬ。
だからメアは、ヒルダを守っていた。
ヒルダを守るなら、蛇のうち一体はヒルダの影に忍ばせて置いたほうが護衛しやすい。
なのに、今メアは四匹も蛇を連れていていた。
そのうちの一体は、アベルの中に。
アベルはレビン王子と仲がよく。
アベルはメアに私を殺すよう命令した。
ディオは、ベティやイクシス、クロードが死んだと言っていて。
いつも明るくてどんなことも笑って済ますディオが、悲痛な顔をしていた。
その事実を頭の中で噛み砕く。
導き出されたのは、最悪の結末。
――あの後、ヒルダの体は殺されてしまったんじゃないか。
そんな事を思い浮かべて、胸の奥底が冷えた。
アベルの父親であるルーカスは釈放され、アベルやメアのバックについて。
メアは暗殺者に逆戻り。
そして……イクシスたちは皆死んでしまった。
そうだとすれば、この状況に納得がいった。
「……っ!」
ギリ、とサミュエルくんが私の体を締め付けてくる。
その様子をメアが観察していた。
感情のこもらない、まるで地面にいる蟻の行く末を眺めるようなそんな目で。
「ごめん……ね、メア」
心からの謝りの言葉を口にすれば。
泣く資格なんかないのに、涙はぽろぽろと溢れた。
最悪だ、最低だ。
ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で謝る。
こんなことをメアにさせたくなかった。
暗殺者に戻って欲しくはなかった。
謝ったって、もうどうにもならないことはわかっていたけれど。
そうせずにはいられない。
ティリアの件が終わったら、結婚しようとイクシスは言ってくれて。
私に大切な逆鱗をくれたのに、もうそれは手元にない。
イクシスも……いない。
オウガはあれほど私に注意を促してくれていたのに。
結局はまた、元の世界で私が死んでしまった時と同じ思いをさせてしまった。
エリオットは私のために嫌いなニコルくんと手を組んで、一生懸命私の力になってくれようとしていた。
ニコルくんだって、手を貸してくれて。
フェザーもディオも、ベティだって協力して、クロードも心配してくれていた。
なのに私は……自分から敵の罠にはまって。
大馬鹿だ。救いようがない。
全部自分の手で、優しいみんなの想いを踏みにじってしまった。
喪失感と後悔がごっちゃ混ぜになって。
こんな私が、こういう結末を迎えるのは当然なんじゃないかと思えた。
いっそ、このままメアの手で――なんて思ったところで、サミュエルくんの拘束する力が緩んだ。
床に倒れこんで、咳き込む。
「やめた。つまんない」
メアがそう言って、しゅるしゅるとサミュエルくんがメアの影に消える。
「なんで……」
少しかすれてしまった声で尋ねれば、メアは私の目の前にしゃがんだ。
「泣き叫んで生きたいって顔をしてくれないと、殺しがいがないんだよね。それに別にアベルがおれの主ってわけじゃないし」
命拾いしたねと退屈そうに口にして。
メアは私を置いて、その場から消えてしまった。
6/19 描写を追加しました。




