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【80】はじまりの朝

 目を開ければ、白い天井。

 朝の清々しい光が部屋を満たしている。

 時計を見れば、まだ起きる時間には早い。

 ならもう一眠りしようかなと、寝返りを打ったところで。

 亜麻色の髪をした、二十代後半の青年と顔を合わせる。


「おはよう……今日も朝一番に、お前を見れて兄は幸せだよ」

 爽やかすぎるほど爽やかに笑う青年の瞳は、甘く蕩けている。

 華奢に見えるけれど意外としっかりしている腕の中に、ぎゅっと閉じ込められた。


「何度言ったらわかるの兄さん! 私のベッドに忍び込まないでって言ってるのに!」

 思いっきり胸を押し返しても、今の私の細腕じゃびくともしない。

 無駄だとわかっていてもつい抵抗してしまうのもしかたのない事だと思う。

 ヤヨイの兄であるユヅルときたら、ドが付くほどのシスコンだった。


「しかたないだろう? お前が目を開けなかったらと思うと、兄は心配なんだ」

 すりすりと兄が顔を擦り付けてくる。

 どうにかして欲しい、このシスコン……心から。


 ユヅルは、十二歳年下である妹のヤヨイを溺愛している。

 十二歳の時、妹が欲しいとユヅルが親に言ったところ、生まれてきたのがヤヨイだ。

 自分のために生まれてきた妹を、ユヅルはそれこそ目に入れても痛くないほどに可愛がっていた。


 しかし、ヤヨイは病弱で。

 この国で成人である十五歳まで生きられないだろうと言われていた。


 どこが悪いのかもよくわからない。

 ただ苦しそうに咳をするたび、口からは宝石のような結晶を吐き出す。

 年々体が衰えていく妹に、ユヅルはずっと付き添って甲斐甲斐しく面倒を見てきたのだ。


「兄さん、今の私は健康なんだからもうそんな心配いらないんだってば」

「なら心配させないように、今日も一日兄の側で元気な姿を見せて?」

 まるで恋人にするような仕草で、優しくユヅルが私の頬を撫でる。


 はっきり言って、兄妹でこの距離感はおかしい。

 鼻と鼻がくっつきそうだ。


「さぁヤヨイ、支度をしよう。今日からヤヨイが待ち望んでいた学園生活だ」

 ベッドから起き上がったユヅルが、クローゼットから学生服を取り出す。

 黄昏たそがれをイメージした色合いの赤紫色のスカートに、黒のブレザーの襟部分には白い縁取り。

 ポケットには大きな校章が付いていた。


 立ち上がってその制服を手に取る。

 ここまで、本当に長かった。

 私がヤヨイになって――四年間。

 全てはこの学園に入るために、頑張ってきたのだ。


 ――きっと学園に行けば、『黄昏たそがれ王冠おうかん』の攻略対象であるアベルや猫の獣人・ディオがいるはず。

 もしかしたら、エリオットやフェザーだっているかもしれない。


 手の平を見れば、中心には小さな黒い竜を象った紋章。

 あの日、おそらくニコルくんが私に結んだ何かの誓約。

 ぎゅっと拳を硬く握り締めて、胸の上に置く。


 ――全てはもう一度、みんなに会うために。

 呪文のように、心の中で唱えて。


 ユヅルを部屋から追い出してから、私は乙女ゲーム『黄昏たそがれ王冠おうかん』の舞台である、トワイライト魔法学園の制服に袖を通した。

 


●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 あの日、ティリアの罠にかかって私は意識を失って。

 目が覚めたら病院のベッドの上にいた。


「あぁ、ヤヨイ! よかった。僕を置いていったりしないでくれ……」

 仄かな光を体に纏った、どこかで見たことのある亜麻色の髪のイケメンが、ヤヨイと私を呼んで泣きついてきて。

 状況がいまいち理解できなかった。


 イクシスもいなければ、さっきまで側にいたはずのニコルくんもいない。

 私は混乱した。

 何より私の体がヒルダじゃなくなっていた。


 今にも折れそうな細い腕。

 真っ白な肌は青白く透き通っていて。

 普通に息をしているだけなのに苦しく、体が重い。

 咳をすれば、宝石のような塊が口から零れ落ちる。


 自分の魂がヒルダの体から弾き飛ばされたんだと気付いたのは、それからしばらく経って冷静になってからだった。


 ティリアが私に仕込んだ術は、私の魂を他の入れ物へ飛ばす魔法だったらしい。

 おそらくティリアは、この術を本物のヒルダにも行ったんだろう。

 そうやってヒルダの魂をどこかへ飛ばして、空っぽになったヒルダの体に私の魂を入れた。


 けど予想と違って私はしぶとくて。

 簡単に殺せずに、正体もばれそうになったティリアは、私の魂をさらにヒルダの体から飛ばしたんじゃないかと思っている。

 そうやって空っぽになったヒルダの体に他の魂をいれて、殺しやすくするのと同時に……イクシスたちの混乱を狙ったんじゃないだろうか。 


 憶測はさておき、私が飛んだ先の器は、今にも死にそうな少女の体だった。

 というよりも、彼女は。

 ――本来死んでいるはずの人間だった。


 乙女ゲーム『黄昏たそがれ王冠おうかん』の攻略対象の一人、ユヅル・シノノメ。

 主人公の担任の教師で、東洋人のような顔立ちをした大人の攻略対象。

 ユヅルには亡くなった妹がいて、妹にそっくりな主人公に何かと世話を焼いているうちに、恋に落ちてしまうというシナリオになっている。


 その本編前に病気で死んでしまっている、ユヅルの妹様こそ。

 今私の魂が入っているこの体『ヤヨイ・シノノメ』だったりする。


 本編前に攻略対象に殺されている悪役よりは、幾分かマシかな!

 いやでも、やっぱりロクでもないよ!

 むしろ病気っていう回避難しそうな内容の分、こっちのほうが厄介じゃないの!


 そう混乱しながらも、私はどうにか生き抜いて。

 本来十二歳で死んでいるはずのヤヨイは、今ここに立っていた。


 今ヤヨイは十六歳。

 乙女ゲームの主人公とヤヨイは同じ歳だと、元の世界でゲームをやっているときにユヅルが言っていた。

 今学園に行けば、アベルたちに出会えるかもしれないという期待に胸が高鳴る。


 ここまで本当に大変な道のりだった。

 イクシスやオウガ、皆と連絡を取ろうにも。

 ――ヤヨイは普通に生活することさえ困難な、病弱さんだったのだ。


 せめて手紙で皆に無事を伝えようとも思ったのだけれど。

 そもそも、ユヅルやヤヨイの住んでいる場所は、ヒルダたちのいる国とはまったく別の国。

 この国は、ヒルダたちの国との国交がなく、存在さえ知っている人がほとんどいない。

 ずっと部屋に籠もっていて外を知らないヤヨイが、いきなりそこへ手紙を送ってほしいなんて言っても怪しまれるだけだ。


 いっそユヅルに事情を全て話して、協力してもらおうかとも思った。

 けど言えなかった。

 ユヅルはヤヨイが生きていることを、心から喜んでいたからだ。


 大切な妹が――本当は死んでいて。

 中に別の知らない誰かが入っていると知ったら、悲しみのあまりユヅルが壊れてしまうんじゃないかと気が気じゃなかった。

 

 しかしそんな事で、皆との再会を諦めるはずはない。

 まずは、ヤヨイの病弱な体をなんとかしよう。

 私はそう決意した。


 ゲーム内でユヅルは、教師をしながら学園内にあると言われている禁書を探していた。

 亡くなった妹・ヤヨイを生き返らせる、死者蘇生の禁術を手に入れること。

 それがゲームでのユヅルの目的だ。


 ヤヨイを生き返らせたい。

 その手段を、ユヅルは魔法に求めた。

 ヤヨイが亡くなって後、異国に渡り魔法を学んで。

 研究を重ね、死者蘇生の魔法を追い求めた。


 死者蘇生の禁書がトワイライト学園の内にある。

 風の噂でそう聞いたユヅルは、教師として赴任してきたその学園で、ヤヨイそっくりの乙女ゲームの主人公ちゃんと出会う。


 学園は古代遺跡の多い場所につくられており、学園の地下にはダンジョンがあったりする。

 そこで、隠された禁書を主人公と見つけたユヅルは、ヤヨイを蘇生するためには器が必要だと知るのだ。


 主人公の体に、ヤヨイの魂を入れればヤヨイは生き返ることができる。

 そう思いながらも葛藤して、主人公のことが好きになっていることに気付いて……というのが、ユヅルのシナリオ。


 まぁそれはいいとしてそのシナリオの過程で、ヤヨイの病名は明らかになる。

 ヤヨイは、魔力過多による魔石症と呼ばれる病気だった。

 魔力が自分の体の中で結晶化してしまう病気。

 かなり珍しい病気ということもあって、医者もこの症状を知らなかったのだ。

 

 この病気は、基本の六属性を全て使うことができる人間にしか起こらない。

 六属性全てを使える人間がまれなので、前例はほとんどなかった。


 魔力回路が発達してないため、魔力を外に放出できず。

 体の中で六属性の力が特殊な変化を起こし、魔力の結晶と化して体を苛む。

 これがこの病気の正体だ。


 乙女ゲームの主人公ちゃんは、六属性全てを持っている。

 彼女もまた、幼い頃にその病気を発症したことがあり、そのことをシナリオ内でユヅルに話すのだ。

 病気を治す方法は、いたって単純。

 溜まった魔力を、体の外へ出してあげればいい。

 つまりは魔力を定期的に吸い出してさえ貰えば、普通に生活が送れるのだ。


 ヤヨイのいる国は東洋というか、昔の日本と言った感じの島国。

 大正とか明治とか、あのあたりの雰囲気だ。

 ここには、魔法の代わりに呼び方が違うだけの『オンミョウドウ』という術が、人知れずひっそりと存在していた。


 この国にも魔物が存在していており、それは鬼と呼ばれていた。

 出現条件などがヒルダのいた国とは異なっていて。

 『オンミョウドウ』は鬼を退治するために、退鬼士たいきしが使う術とされていた。


 ユヅルは第一線で活躍する退鬼士。

 私が見た限り、闇属性の使い手に見えた。

 魔力を削り取る術をユヅルは使えたので、かけてもらえばヤヨイの体はたちまち元気になった。


 ゲームの中で、自分に知識があれば妹のヤヨイを助けられたのにとユヅルが嘆くシーンがある。

 ユヅルの技一つでこんなにあっさり体調がよくなるのに、妹を死なせてしまったなんて不憫すぎるよねと改めて思った。

 そりゃ、ゲームの中のユヅルも嘆くはずだ。


 ベッドから起き上がれるようになったものの、定期的に魔力を削り取ってもらわなくてはいけなくて、それはとても不便だった。

 それを少しでも怠るとすぐにベッドに逆戻りだ。


 魔力回路さえ身につけてしまえば、自由に動けるようになる。

 私は『オンミョウドウ』を習うことにした。

 『オンミョウドウ』を使えなくても、退鬼士を養成する専門機関『オンミョウジュク』には入れる。

 退鬼士のサポート役ができるよう、理論を学ぶのだ。

 『オンミョウドウ』も魔法のときのように使い魔が作れるらしく、サポート役の中から選ばれることが多かった。


 教師の仕事をしながら、一線で活躍する退鬼士でもあるユヅルは、私が塾に入ることに反対した。

 妹に危険なことはさせたくないというのが、ユヅルの考えだ。


「私兄さんに憧れてるの。兄さんみたいな、素敵な退鬼士になりたい! ようやく見つけた夢なの!」

 しかし、そうやってキラキラした目で演技をすれば、ユヅルはあっさり落ちた。

「ヤヨイが僕に憧れて……わかった。兄がお前を守りきればいいだけの話だ。それに、同じ退鬼士なら仕事中もいつでも一緒にいれる」

 おそらく……というか確実に、後半がユヅルの本音だろう。

 

 ユヅルは顔もよくて優しくて、『黄昏の王冠』でも人気のキャラだった。

 しかし今現在では、もてるのに女の影はなくいつも妹のことばかりという筋金入りのシスコンになってしまっていて。

 どうにかしなければと思って、手段を講じることもあったけれど、全て逆効果に終わっていた。


 それでいて私がユヅルに言ったことは、建前に過ぎない。

 退鬼士も鬼も――どうでもよくて。

 魔術回路を得るヒントがあるならと、必死だった。


 一般的に、魔術回路はそう簡単にできたりしない。

 例え魔法の属性や素質を持っていても、回路がないから魔法を使えず、自分の力に気付いていないという人が多かった。


 しかし、私は――ひとつだけ。

 魔術回路を、強制的に無理やり作り出す方法を知っていた。

 そう、ヒルダの屋敷で大活躍している『コウコウゴケ』のバージョンアップ版、『オレンジゴケ』だ。


 モグラのような魔物・コケガシラの頭に生えているコケに、光属性の奥義を当てることで生まれるオレンジ色のコケ。

 それを摂取すると体に魔力回路が出来上がり、肌のいたるところから魔力を吸って育つ魔草が生えてくる。

 コケによるその奇病にかかった村人の何人かは、のちに魔力回路が使えるようになっていた。


 コケガシラの代用品になるような鬼がいたりしないかな。

 そう思って塾の図書館で絵巻を見れば、コケガシラとそっくりな鬼の絵が載っていた。


 これだと思って、私はそれをユヅルに狩ってきてもらった。

 頭のコケだけ持ち帰ってもらい、光属性の使い手である師匠に頼んで、コケに特大の電撃を落としてもらえば。

 コケは目論見どおり――オレンジ色に染まった。


 私はそれを煎じて飲んだ。

 魔草が体から生えてくるのは覚悟していた。

 しかし……ヤヨイの体に溜め込まれた魔力は相当なものだったのか、屋敷がジャングルへと変貌する勢いで、色々一騒動あった。


 けれどその甲斐あって、私は魔力回路を手に入れて。

 魔石症もそれによって完治し、六属性持ちの魔法使いとしてその才能を開花させて、すぐに退鬼士として活躍できるようになった。


 都合の良いことにヒルダの時の感覚を体というか、魂が覚えているのか、使ったことのある魔法は使えた。

 ただ――相変わらず長い詠唱を必要とはしたけれど。

 そこは刀を使ったオンミョウ術を得意とする兄のユヅルにカバーしてもらい、退鬼士の兄妹コンビとして、私達は名を上げていった。


 体が健康になって、退鬼士としても成長して。

 私は両親や師匠に留学したいとお願いをした。

 ――もっと修行がしたい、他の世界も見てみたい。

 それらしい理由を並べて何度も説得して。

 ようやく国外の学校へ行く許可を貰ったのだ。

 

 そしてとうとう、私は。

 乙女ゲーム『黄昏たそがれ王冠おうかん』の舞台。

 トワイライト魔法学園へ足を踏み入れることになったのだった。

6/18誤字修正しました。報告ありがとうございます!

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★6/24 「彼女が『乙女ゲームの悪役』になる前に+オウガIFルート」本日17時完結なので、よければどうぞ。
 ほかにも同時刻に、ニコルくんの短編も投下予定です。  気が向いたら感想等、残していってくれると励みになります。
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