【78】私とヒルダ
エルフの国から戻ってきたイクシスが言うには、バイスがヒルダの姉であるティリアなのは、ほぼ確定との事だった。
ティリアの周辺を調査した結果、禁忌とされている古代魔法について研究していた形跡が見つかったのだという。
明らかにティリアが黒だ。
ティリアは研究施設にこもり、魔法の実験を繰り返していたらしい。
「ヒルダはティリアに、シールスの魔法は使わなかったようだな」
イクシスが口にしたシールスという魔法は、相手の魔力を制限する技だ。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』で、光属性を高めていくと中盤あたりに使えるようになる魔法。
ゲーム内では三ターンほど相手の魔法を封じることができる。
唯一光属性でも多少は役に立つ……でもそこまで必要かというと、無くても勝てるからいらないかなという魔法だった。
この世界においてのシールスは、自分よりレベルが下の相手の魔力を封じる魔法のようだった。
副作用として、かけられた相手は外見が縮むという効果もあるらしい。
ちなみに、イクシスの父親であるニコルが、妻のオリヴィアさんにかけられている魔法がこれだ。
ただ二人の場合、ニコルの方が断然レベルが高い。
そのため、オリヴィアさんが術を解かなくても、その気になればニコルが自分の意志で自由に魔力の制限を解けるとの事だった。
「単純にシールスをかければ、ティリアが女王の座に着くのを阻止できたのにな。わざわざ複雑な性別転換の魔法をかけたらしい。魔力はあるのに女王になれないっていうのを、味あわせたかったんだろうな」
性格悪いなアイツと、イクシスは呆れ気味だった。
「周りに聞けば、男になっただけで他の変化はなかったらしい。つまりティリアは自分で自分に幼くなる魔法と、身体的特徴を隠す魔法をかけて、この屋敷を訪れたと考えていい」
幼い外見にしたのは、おそらくヒルダのショタハーレムに忍び込むため。
顔をそのままにしていたのは、ヒルダに対する対抗心からか、それとも用意した作戦が成功するという自信からか。
そのあたりはよくわからないと、イクシスは呟いた。
とにかくティリア――バイスは、正面からヒルダの元に乗り込んで、見事その術を成功させたのだ。
「ティリアに聞けば……ヒルダの居所がわかったりするのかな」
「本人は知ってると思うぞ。ヒルダの魂の入った器も殺さなければ、誓約は完全に解けることはないんだからな」
私の問いにイクシスが答える。
確かにその通りだった。
「ティリアの研究室に探索魔法の資料と、空間魔法の資料が残されていた」
オウガの異空間には、オウガとイクシス、それとクロードとメア。
皆が見守るなか、イクシスはその資料を空間から取り出して、オウガに手渡した。
「探索魔法は、条件の合うものを探す魔法だ」
イクシスがそう言って口にした探索魔法の呪文は、聞いたことがあった。
ゲームの中では宝箱を探す魔法だったという記憶がある。
「組まれていた条件は魔力はあるが、魔法使いのいない異世界。そこに条件に合う、空間の軸について書かれている。おそらくはそこにヒルダの魂を送り込んだんだと思うんだが。その空間の軸に覚えはないか、オーガスト」
オウガはイクシスから手渡された資料をに目を通す。
眉間に寄るシワはいつもより多く、読み進めればさらに深くなった。
「これは……メイコの異世界の座標軸だな」
オウガが低い声で呟く。
「ティリアは、魔法の使えない世界の、貧弱な人間の体にヒルダの魂を入れようとしていたということか」
「おそらくはな。そして、もう一つ探索魔法が組まれている。そっちはその異世界の中で、空っぽの体を自動で探索する魔法みたいだ」
オウガの言葉に頷いて、イクシスはさらに追加の資料を渡す。
それを見ることなく、オウガはテーブルの上に投げた。
「ティリアは魔力があって、魔法が使えない世界の人間の体に、ヒルダの魂を入れようとしていた。つまりは……メイコの体にヒルダの魂が入っている。そういうことだな、イクシス」
「その可能性が高いな」
オウガに対して、イクシスが溜息混じりに頷いた。
私の体にヒルダの魂が。
少し考えたことがないわけではなかった。
けどそうなると……元の世界の私の事が心配で心配でならなくて、考えないようにしていた。
「あっちの私が、女王様な性格に……!」
林太郎が私の体のフォローというだけでも、恐々としていたのに、まさか中に入ってるのがヒルダだなんて。
女王様然として堂々としたヒルダを、林太郎は怖がりながらも気に入ることだろう。
絶対何かやらかしてくれている……!
それは確信にも似た思いだ。
会社内に下僕ができていたりするくらいなら、まだいい。
あっちでもショタに手を出してたりしないよね!?
それ立派な犯罪ですからね、ヒルダさんっっ!!
「……きっとどうにかなる」
ポン、と隣に座っていたオウガが肩を叩いてくる。
その顔、絶対どうにかなると思ってないよね!?
その同情たっぷりな視線に……泣きたくなった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
全ての証拠がほぼ出揃って。
バイスたちを問い詰める日は、明日――エレメンテの祝福の日に決まった。
私が屋上へバイスだけを呼び出す。
イクシスやメアに影から守ってもらいながら、屋上へ連れ出したなら。
今までのことを問いただして、罪を告白してもらう。
バイスが素直に認めても認めなくても、私達がバイスにすることは変わらないだろうけれど。
あまり手荒なことはしたくなかった。
「メイコ」
ベッドで横になって色々考えていたら、イクシスが現れる。
なんとなく……きてくれるような気がしていた。
上半身を起こしてベッドのふちに座れば、イクシスがその隣に腰を下ろす。
「嫌な事は全部俺たちに任せてればいい。明日の作戦、お前は外れろ」
イクシスならそう言うと思っていた。
「これは私がやらなきゃいけないことだから。自分のことなのに、汚いことをイクシスたちに全部任せるなんておかしいもの」
「そんなの俺たちは気にしない。わざわざお前がバイスたちに、死を言い渡す必要はないだろ」
言えばイクシスが強い口調でそんなことを言う。
イクシスは優しい。
私が傷つかないように、そっと目隠しをしてくれようとしている。
甘えてしまえば、都合の悪い部分は見なくて済む。
きっとその方が楽だ。
「イクシスありがとう。でも大丈夫だから。最後になるかもしれない言葉は、ちゃんと自分の口からバイスに言いたいの」
けれど……私はそれをはねつけた。
強がって笑って見せたって、感情が伝わってしまうイクシスには無意味で。
私の不安なんて伝わってしまっているだろうけど、そこだけは譲るつもりはなかった。
「本当、強情だな」
イクシスが私の頭を手で自分の方へ引き寄せる。
「無茶はするなよ。本当は問答無用でバイスを縛り上げた方が、安全で手っ取り早いんだからな」
「うん……ありがとう」
私を応援するかのように、イクシスが頭を軽く撫でてくる。
肩を借りているだけで、幸せな心地になって。
イクシスが側にいれば、何でもできる気がしてくるから不思議だ。
「……あのね、イクシス。バイスには命を狙われたかもしれないけど、実は感謝してることもあるんだよ」
少しイクシスから体を離して、顔を見上げてふいにそんな事を言えば。
「命を狙われて感謝することなんて、一つもないだろ」
何を言ってるんだと、イクシスが怒ったように睨んでくる。
「バイスが私をヒルダにしたから、こうやってイクシスと出会えた」
「……メイコ」
ちょっと照れながら口にすれば、イクシスの瞳が揺れる。
「本当楽天的というか、物事をいい方向に考えるのが上手いな。けどまぁ……俺もメイコに出会えて……よかったとは、思ってるんだ」
イクシスの言葉は段々と小さくなって口の中に消える。
素直に言葉にするのが照れくさいらしく、耳が赤い。
布ズレの音がしてそちらを見れば、イクシスの尻尾が左右に揺れていた。
「メイコ、バイスの件が片付いて、メイコの異世界へ行ったら……」
ふいにイクシスが私の瞳を真っ直ぐ見つめてくる。
ゆっくりと言葉を紡ぐその声には、真剣な響きがあった。
「正式に俺の……花嫁になってくれ」
「えっ?」
イクシスの発言に、思いっきり目を見開く。
「メイコがどんな選択をしようとも、俺はメイコの側を離れるつもりはないから。例えメイコがその体のままでも、元の体でも。オーガストも一緒にメイコのパートナになったとしても。結局俺のすることは変わらないって、気付いたんだ」
芯の強い、ぶれない声でイクシスはそう言って自分の逆鱗に触れる。
「んっ……」
少し苦しそうに呻いてから、イクシスが喉元から逆鱗を剥がす。
逆鱗が付いていた場所は赤くなっていて、痛そうに見えた。
「だからこそ、メイコに俺の逆鱗を受け取ってほしい。俺の心をメイコにやる。竜族では、それが婚約の証になるんだ」
「……っ!」
熱のこもった視線に囚われて、声に詰まる。
それは……プロポーズというやつだった。
「駄目か?」
ふるふると首を勢いよく横に振れば、イクシスがくすっと笑った気配がした。
濃い桜色の逆鱗を、イクシスが私の手に握らせる。
それは手の内で脈打つように、とくとくと動いているように感じられた。
――まるで、イクシスの心臓がそこにあるみたいだ。
「それじゃあ、この件が終わったら……約束だからな」
ちゅ、と軽くイクシスが唇を啄ばんでくる。
「ん、ふっ……」
それは段々と深くなって。
気持ちよさに流されてしまわないよう、イクシスに縋りつく。
逆鱗を握った手を、イクシスが包み込むように握って。
「メイコ……愛してる」
囁かれる言葉の甘さに。
見つめてくる、イクシスの瞳の熱に。
これ以上ないくらいの幸せを――感じた。




