【77】罪とその断罪と
屋敷の少年の一人バイスがヒルダの姉のティリアで。
――私をこの世界に呼び寄せた張本人であり、目的のために私を殺そうとしている。
それをメアから聞かされて、すぐには飲み込めなかった。
けれどイクシスやクロードは、前々からバイスを怪しんでいたのかあっさりとそれを受け入れてしまっている。
まさかバイスがという気持ちを、どうしても捨てきれない。
メアによれば私を殺そうとしていたことは間違いなくて。
私が食べるものや飲むものに、バイスはよく毒を仕込んでいたと言っていた。
加えてハーフエルフの兄弟である、ピオやクオが暗殺者。
しかも彼らはヒルダと同じ母から生まれた兄妹だと言う。
メアや皆が、私の判断を待っている。
最近増えた暗殺者もおそらくは黒幕であるバイスの指示だ。
でも、バイスが本当に……ティリアなのかな。
顔が似てるというだけで、性別も違っていて、種族も違うし、年齢も違う。
全てはメアから貰った情報と、憶測にすぎない。
けど。
メアが嘘をついてるとは、一切思ってはいなかった。
大体私達への接触は、本来暗殺者であるメア自身を危険にさらす行為でしかない。
それでもメアは私についてくれようとしていて。
ティリアや父親の意志を裏切って私の味方をしてくれていた。
信頼すべきはメアの方で、ここにいる皆だ。
「麻薬の件は、メアとオウガに任せていい?」
「わかった。相手の所に侵入して、怪しい取引の資料とか奪ってこればいいんだよね? 得意分野だからまかせてよ!」
「……なら、オレはルーカスの周辺から当たってみる」
私の言葉にメアがニコニコ笑いながらソファーから立ち上がり、オウガが呟く。
「それで、クロードはティリアやバイス、ティルやピオやクオ達の事を調査して貰える? イクシスは今まで通り私を守って」
「了解しました。ここから出たら、早速取り掛かります」
「あぁ、わかった」
クロードとイクシスに目を向けて言う。
恭しく胸に手を当ててクロードはお辞儀をし、イクシスは力強く頷いた。
「バイスにはこちらがティリアだと気付いてると、感づかれないようにね」
「それはいいが、メイコ。肝心のバイスへの対応はどうするんだ」
皆に言い含めれば、イクシスが突っ込んでくる。
「バイスには……それとなく、私が話しをしてみるつもり」
「話して通じる相手じゃない。今まで何度も命を狙われてきたのに、バイスが敵って信じきれてないのか」
「殺されるのがオチだよ。メイコお姉ちゃんってば本当甘いよね」
反対される覚悟で口にすれば、イクシスが怒ったような顔をして。
メアがやれやれと言った様子で口にする。
私も賛成しかねますと、横でクロードも呟いた。
「どんな話をするつもりだ、メイコ」
オウガだけは冷静に問いかけてくる。
「……バイスがティリアかもしれないっていうのはわかってるけど、もしかしたら和解できるかもしれないでしょ。私を殺す以外に誓約を解く方法があると知れば――ティリアが私の命を狙う必要もなくなるよね」
真っ直ぐオウガの目をみて、自分の考えを口にする。
「命を狙った奴に対して、甘い処置だな」
オウガの言う通りだということくらいは、わかっている。
ティリアの話を聞いて、私だってロクでもない奴だと思った。
彼女がヒルダにしてきたことは残虐で、救いようもない。
クロードだって嫌な目にあっている。
でも次期女王の地位をヒルダに奪われて、恨むという理由はわかる。
けど――何よりも。
やっぱりバイスをどこかで信じたいという気持ちが、どこかにあった。
一時期私を恨んでいたフェザー。
元は暗殺者で私を殺そうとしていた、メア。
どちらとも、今はよい関係を築けている。
なら、バイスとも話し合い次第で、どうにかなるんじゃないだろうか。
ここでバイスを一思いに、なんて展開はどうしても――嫌だった。
ハンカチをプレゼントした時、バイスは確かに嬉しそうにしていた。
もしかしたら彼――いや、彼女も屋敷で皆と暮らす間に変わって行ったという可能性だってあるんじゃないか。
そんな私の願望を口にする。
「それに、バイスにその提案をするってことはだ。白竜になることが前提になってるんだが――メイコはそれでいいのか」
オウガが確認するように、問いただす。
もしもバイスにこの話をするなら。
ヒルダの体のままイクシスの逆鱗を受け取り、誓約はそのままに寿命を延ばすという道を選ぶことはできなくなる。
それだと、バイスの誓約を解くことはできなくなるからだ。
「オレはそんなくだらないことのために、白竜の道を選んで欲しくはないんだがな」
オウガの言うことは、もっともだった。
白竜による誓約解除をバイスへの取引の材料にするには、私の覚悟がなくて。
何より、オウガに対して失礼でしかなかった。
「それは……」
「メイコはそんな理由で、オレの気持ちを弄んだりはしないよな?」
怯んだ私に、オウガが言う。
悔しいことにオウガの方が一枚上手だった。
真っ向から否定されるだけなら、押し切ることもできたのに。
私がどうやったら一番やりにくいか、オウガはよくわかっている。
それを言われてしまったら。
……バイスに、その取引を使えるわけがなかった。
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皆で話し合いをした日からイクシスではなく、なぜかオウガが私の護衛に付くようになった。
それでいて、あの日からエリオットが帰ってこない。
不安になって捜索するようクロードには頼んだけれど、あの日のエリオットの様子はかなりおかしかった。
まるでニコルくんのような立ち振る舞いがやっぱり気になって。
どう考えてもエリオットがニコルの使い魔であることが関係しているとしか思えなかった。
今は執務の時間。
同じく使い魔を持つ竜族で、ニコルのことをよく知る息子のオウガに、この事を相談してみた。
「あぁそのことなら、知ってる」
「えっ!?」
あっさりとオウガはそう口にして、読んでいた書類から顔を上げた。
「主は使い魔と念波で会話したり、使い魔の目線でモノを見たり、使い魔の体を一時的に使ったりできるんだ。力を与える側の特権ってやつだな。だから父さんが介入してくることは、あの馬の獣人――エリオットが父さんの使い魔だって判明した時から予想はしてた」
つまりはあの時のエリオットは、ニコルくんの意志で動いていたと、オウガは言いたいようだった。
「エリオットを介して、父さんにコンタクトもとってた。何を企んでるんですかってな。父さんはメイコの周辺から危険を無くして、さっさとイクシスやオレとくっつけたいだけみたいだから……放っておいたんだ」
オウガが溜息を吐く。
そこには、ニコルがやると決めたら何を言おうと無駄という諦めが見えた。
「どうしてそれを教えてくれなかったの!」
「父さんに口止めされてたんだ。勝手に言えばあの人、何するかわからないしな」
責めればオウガがしかたないだろと言いながら、眼鏡をとってケースにしまう。
ちなみに、イクシスはこの事に気付いてないらしい。
本来竜族は使い魔を持たないため、主が使い魔を介してできることを、イクシスは知らないとの事だった。
「それと異世界ほど離れていると、使い魔との感覚共有も、あっちの体を操ることもできない。だから林太郎が使い魔でも、オレはあいつが何をしてるのか、側にいるはずのメイコの体がどうしてるのかまでは知らないんだ」
オウガは補足で説明してくれる。
その話によれば、ニコルがエリオットに対してしていることを、私も自分の使い魔であるフェザーに対してできるらしかった。
「そういうわけで、麻薬関連の方は大方片付いてる。《聖なる太陽の祝福》を使って、エリオットと父さんがルーカスに自白させた。それでいて証拠の数々を集め、そのまま王宮に罪人として突き出したところだ」
麻薬関係の後処理は、全てクロードに任せてあるとオウガは口にした。
それから、私に先ほどまで読んでいた書類を、渡してくる。
オウガが読んでいた書類は、クロードからの報告書だったらしい。
そこには麻薬の出所や、その生産場所。
関わった人間や経路、手段などが事細かに繊細な文字で書かれていた。
すでに事後処理の段階のようだと、それを見て思う。
「クロードがやっていた黒幕に関する調べモノは、メアに引き継いでもらってる。ちなみにイクシスは今、エルフの国だ。異空間を繋ぐ術を施して、ヒルダとの間にある距離制限を一時的に解除してある。ティリアについて知るには、エルフの国をよく知る奴に行かせた方が一番だからな」
ちなみに、イクシスとオウガの影にはメアの蛇を入れているため、互いに念波で会話ができるようになっているらしい。
メアの蛇は元々が同一の個体のため、蛇同士だと情報の送りあいが遠く離れていてもできるようだった。
それでオウガはイクシスから逐一、エルフの国の報告を受け取っているようだ。
「私、そんなの一言も聞いてない!」
「言ってないからな」
納得がいかなくて席から立ち上がり、オウガの机の前に立って睨みつける。
責めるように口にすれば、オウガは悪びれずに返した。
いつの間にか、皆の作戦の中心は私ではなくオウガになってしまっていたようだった。
「メイコ。バイスの事も何もかも、全てオレたちが処理する。メイコは何もせずに守られてくれ。頼むから」
オウガの口調は、聞き分けのない子供に言うみたいだ。
その口から紡がれる、処理という言葉。
知ってるオウガなのにどこか冷たく見えて、それが嫌だった。
「でも、これ私のことでしょ! 何もしないでいるなんて!」
皆が私のために動いているのに、一人だけ何もできないのは嫌だった。
「ねぇ、オウガ。バイスやティル、ピオやクオを殺したりなんてしないよね?」
何となく嫌な予感がする。
そんなのは絶対に駄目だと訴えるように口にすれば。
「……メイコ」
困ったような声を出してオウガは立ち上がり、側に立った。
「イクシスからの情報だと、ピオやクオの方はどうにかなりそうだ。ただバイスの方は、やっぱり野放しにはできない。ティルの方もだ。兄を殺されて、あの魔力で復讐に走られてもやっかいだからな」
「どうして!」
それはつまり、殺すという事に他ならないんじゃないか。
オウガの口からそんな言葉は聞きたくなかった。
「どうして? そんなの決まってるだろ!」
オウガが声を荒げて、肩を痛いほどに掴んでくる。
「メイコに死んでほしくないからだ! あんな目にあうのは……もうたくさんなんだよ。メイコを殺そうとした奴らを、どうして許さなきゃいけない!」
ここまで強い感情を出すオウガを、私は見たことがなかった。
ギリッと歯をかみ締めるオウガはどこか苦しそうで、泣きそうで、悔しそうな顔をしていた。
それを見てオウガがあの日、私を守れなかったことを、どれほど後悔していていたのかを知る。
肩に置かれた大きな手が震えているのに気付く。
「メイコが嫌がっても、イクシスが躊躇しようと。卑怯だと思われようと構わない……オレがやる」
そう言って、オウガが私の体を抱き寄せてくる。
私を優しく包み込むその大きな体は、何かを恐れているかのようだった。
「いずれまたメイコを殺すかもしれない奴をそのままにしておくほど、オレはお人よしじゃないんだ。例え……メイコに嫌われようとな」
今にも泣き出してしまいそうな、苦しそうな声が耳元でした。
オウガだって本当は嫌なんだと、その声でわかる。
バイスやティルを殺すことというよりも。
私に嫌われることを、オウガは恐れている。
それでも、汚れ役をやろうとするオウガは……私の事を何よりも想ってくれているとわかる。
やっぱりオウガのそういう優しいところが、私は大好きだった。
「ごめんオウガ」
オウガに謝りながら、その服の裾を握る。
優しいオウガを私のことで悩ませて、困らせて。
全部原因は自分にあった。
「謝られても、やめることなんてしないからな」
そうじゃないとオウガに告げて、その体から離れる。
「バイスやティルのこと、残念だとは思うけど。オウガだけが罪を背負う必要はないから」
受け入れるというのは、おかしいかもしれないと思う。
でもオウガだけにそうやって悪役を押し付けて。
だだを捏ねて、自分だけ善人の顔をしているのは嫌だと思った。
「メイコ、それは――」
戸惑いを見せるオウガを、真っ直ぐに下から見上げる。
バイスやティルには悪いと思うけれど、やっぱり私は私を心から想ってくれている人たちを大切にしたかった。
「けどねオウガ。バイスやティルに、その事を伝えるのは私にさせて。私が二人に――ちゃんと言うから」
覚悟を決めて強い口調で、そう告げれば。
オウガはしばらく悩んだ様子で黙り込んだ。
「オウガ、お願い」
バイスやティルにそれを言い渡すのは、当事者である私の役目だ。
これだけは絶対に譲れないと、そういう思いを込めて口にする。
「わかった。こういう時のメイコは……言い出したら聞かないからな」
やがて諦めたようにそう言って。
しかたないなというように優しい声で、オウガが頭を撫でてくれた。




