【76】乙女ゲームと渦巻く陰謀
ヒルダのショタハーレムの一人、バイス。
十歳くらいの少年で物腰は柔らかで礼儀正しく、さらさらとした金髪に空色の瞳で王子様然とした男の子だ。
四歳の弟であるティルといつも一緒。
あまりにも強い魔力を持っていて、暴走させがちなティルにいつも付き添っている。
彼が全ての黒幕のティリアだと、イクシスとクロードは口にした。
「バイスの見た目は、ティリアとよく似ています。ただ年も違いますし、性別も確かに男です。それにエルフでもない」
ですが、とクロードは一旦そこで切って話を続ける。
「屋敷にやってきたバイスを見て、ヒルダ様は愉快でしかたないというように笑ってました。わざわざワタクシに意地悪されにくるなんて、馬鹿な子なんて言って。てっきりティリアに似ているから、鬱憤を晴らすのに丁度いいと思ったのかと考えていたのですが」
今考えれば、ヒルダはティリアだとわかって手の内に入れたのかもしれないとクロードは呟く。
どう考えても自分を恨んでいるヤツを懐に入れるなんて、正気の沙汰じゃない。
けれど、ヒルダならやりかねなかった。
それすらも楽しんでいた可能性がある。
クロードのいう事はわかった。
でも。
「本当にバイスが、ティリアなの? それが本当なら……あのバイスが私を殺そうとしてるってことになるんだけど」
それが私には信じられなかった。
バイスは初めから私に優しかった。
屋敷に来たばかりだからか、ヒルダである私の奇行に対して驚くこともなく素直に受け入れてくれていて。
それでいて、私が困ったときは自ら進んで何かやることは無いですかと手伝いに来てくれた。
ヒルダに尽くしたいという気持ちがあるらしいバイスは、何かとお茶を入れてくれたりお菓子を私に勧めてくれる。
毎回メアに邪魔されて、一度も口にはできてなかったし、弟のティルが事あるごとに魔力を暴走させて、危険な目には何度もあったけれど。
バイス自身はとても気遣いのできるいい子だ。
あの優しさが全て嘘だったなんて思いたくはなかった。
「おそらく、ティリアを男にする魔法をヒルダはかけたんだろうな」
女王の座を追うなら、有効な方法だ。
わざわざ複雑で難解とされる性別変換の魔法まで組み込んでいるあたりに、ヒルダの底意地の悪さを感じる。
イクシスはそう言って、眉を寄せていた。
「一緒にいるティルも敵なのは間違いないな。小さい時のオーガストと一緒で魔力の制御ができないなら、俺がフォローしてやろうと思ってたんだが……どうにもアイツの攻撃からメイコへの殺気を感じるんだ」
幼い頃、イクシスの双子の兄であるオウガは魔力の制御がうまくできず、その力を暴走させていた。
そんなオウガをずっと側で見てきたイクシスは、バイスとティルの関係を自分とオウガに重ね合わせていたらしい。
それで二人が私といるときはできる限り側にいて、何かあったときに備えようと密かに気を配ってくれていたようだ。
けれど、ティルの攻撃からは殺意が感じられて。
それだけでなく私を庇うイクシスに対しても、ティルの攻撃は向けられる事は多かった。
それでイクシスは、段々と不信感を募らせていたようだ。
「まさかバイスが黒幕自身だったとは知らなかったかな。屋敷に潜入してる暗殺者の一人だとしか、親父から聞いてなかったんだけど」
さらりとメアが、イクシスの発言を肯定するような言葉を発する。
「……バイスは、暗殺者なんだ?」
「そうだよ。毎回メイコお姉ちゃんのお菓子や飲み物に毒入れてたんだよ、あいつ」
震える唇で尋ねれば、メアがすっと瞳を細める。
そこには鋭くて冷たい光があった。
「表向きは協力者ってことになってるから、さりげなく……でもないけど、邪魔してたんだ。それですっかり敵視されちゃって、おれに対する刺客も増えて困ったものだよ」
おどけたようにそう言って、メアが肩をすくめる。
バイスがお茶を入れたりお菓子を私に勧めるたび、私の影にいる蛇のサミュエルくんがメアをその場に呼んでいたらしい。
メアはその度に私の元に現れて、バイスのくれたお菓子やお茶を横取りしていた。
「あれが毒入り? でもメアは平気そうにして……」
「おれ暗殺者だから毒に耐性つける特訓してるしね。あれくらいの毒何てことないよ」
戸惑う私に、メアが頭の後ろで手を組んでなんてことないように答える。
「さっきバイスを屋敷に潜入してる暗殺者の一人だって言ったが、他にもいるのか」
オウガの質問に、優秀な生徒をもった先生のような笑みをメアが見せる。
「その通りだよ。さっきおれたちを見張ってたのは、ピオとクオ。二人も暗殺者なんだ!」
メアがさらに信じがたい情報を軽い口調でもたらしてきた。
聞き間違いでなければ。
バイスだけでなくティル、ピオやクオも敵の一味だというように聞こえた。
「ティルはわかるが、ピオやクオもティリアの手先なのか!?」
十三歳と十四歳の、中身が幼いハーフエルフの兄弟。
悪意なんてものが一切無い純粋そのものな彼らを、メアは暗殺者だという。
これにはイクシスも驚いたようだった。
「そうだよ。親父から協力者として聞いてるのはこの四人。フェザーの騒動があったときに、ヒルダ様の部屋から鍵を盗んだり、部屋の前の護衛を殺したのはピオとクオの二人だよ」
本当に気付いてなかったんだねと、くすくすメアは笑う。
皆のぽかんとした顔が面白くてしかたないという様子だった。
「エルフの国ってさ、魔法が盛んで人体実験いっぱいしてるんだって。ピオとクオは二重人格で、命令を受けるとそれに忠実な性格に入れ替わるんだ。殺気も自分の意志もない、殺戮人形って感じかな」
ちなみにピオ、クオというのは、エルフの国で数字の八と九を差す言葉らしい。
数字ってところが実験体っぽいよねと、メアが呟く。
「ヒルダはこの事を?」
「知ってるよ。だからピオとクオに、ヒルダ様は特殊な誓約を組んでる。ヒルダ様に近づきすぎると、裏の人格が出てこなくなるんだ」
尋ねればメアが答える。
だから二人はヒルダの暗殺が直接的にできないんだと笑いながら。
ピオとクオは、心の優しい兄弟で。
枯らしてしまったお花に墓を作ってあげるような、純粋な子たちだった。
あの子たちと、血生臭いことがどうしても頭の中で結びつかない。
「ピオとクオもメアみたいに暗殺に失敗して、ヒルダのハーレムに加わったの?」
「それはちょっと違うかな。あの二人、ヒルダ様の血の繋がった兄妹なんだよ。本人達は知らないけどね。ピオとクオの主はそれを知ってて、二人をヒルダに嫌がらせで送り込んだんだ」
私の質問に、メアが驚くような内容を告げる。
「ヒルダの……兄妹?」
「イクシスさん、エルフの国からヒルダ様とずっといるのに気付いてもいなかったんだ? 見た目もヒルダ様に似てるでしょ? 全員父親は違うけど、母親が同じなんだって」
呟いたイクシスに、メアが肩をすくめて言う。
確かにピオとクオの見た目は、ヒルダに似ていた。
美人系の端正な顔立ちに、金髪。
少しとんがった耳と、翡翠のような鮮やかな緑の瞳。
ヒルダと同じハーフエルフだからかなと思っていたけれど、兄妹だったかららしい。
私の横で、クロードがやはりそうでしたかと呟く。
クロードは何となく感づいてようだ。
「ヒルダ様って傍若無人に見えて、自分のモノって決めたものは危険でも懐に入れちゃうからね。相手はよくそれをわかってると思うよ」
ティリアはそれを見越して二人に実験をほどこし、暗殺者に仕立て上げた。
そうメアは遠まわしに言っているようだった。
これで手の内は全部見せたよと、メアが言う。
神秘的な紫の瞳が、これからどうすると私に問いかけていた。




