【7】鷹の獣人と守護竜
「お姉ちゃん、どう? 気持ちいい?」
「もう、ディオずるいよ! ぼくもお姉ちゃんにご奉仕するの!」
さて少し落ち着いたところで、気合いれて花組の教育に取り掛かりますか!
……そう気合をいれて、すでに二週間。
現在私は、夜のベッドの上でウサ耳の可愛いベティと、猫耳で褐色の肌をしたディオにマッサージを受けていた。
慣れない世界で色々奔走してるから疲れも溜まる。
それに何より、肩が異様に凝るんだよね。
このお胸様のせいだろうか……昔の私は肩こり知らずだったというのに。
二人のマッサージは私の体にとても染み渡るのだけど、ただ一つ難点があった。
「んっ……ちょっと、ディオそこは触らないって約束が!」
「だってお姉ちゃんここ重たいでしょ? 凝ってる気がするしオレが気持ちごと軽くしてあげる」
むにゅりと私の胸にディオが手を伸ばして、揉んでくる。
手馴れたその手つきに身を任していたら、妙な心地になってくると知っていたので、慌てて離れる。
ディオは花街出身の見た目年齢十歳くらいの子。
黒猫の獣人で、褐色の肌に金色の瞳。
初日にお粥を運んできてくれた子の一人だ。
ベットから飛びのいた私を、ディオは四つんばいのようなポーズで上目遣いに見つめてくる。
漂う色気は、幼いからこそ危うく妖艶で。
白ウサギの獣人ベティが、無垢な美少女めいたあどけなさを武器としているのに対し、ディオには挑発的で誘うような雰囲気があった。
「終了! マッサージはもう終了です! それじゃ絵本読んであげるから、二人とも大人しく聞くように!」
言い渡すと、ベティがやったと声を上げ、ディオも嬉しそうに尻尾をくねらせた。
四人いる花組のうち、この二人が特に私に対して悪戯をしかけてくる。
毎回ベッドにもぐりこんでくるので、変なことをされる前に寝かしつけてやろうと思った結果、絵本を読んであげることを思いつき。
それ以来、二人には毎日のように絵本を読み聞かせていた。
懐かしいなぁ。
前世では弟達が幼かった頃に、こうやってよく絵本を読んであげたっけ。
二人とも絵本の読み聞かせは好きなようで、場面場面で目を輝かせたり、耳をピクつかせているのがなんとも愛らしい。
そんな姿を見てると……こう、もふもふしたくなってくる。
「お姉ちゃん……そろそろオレたちが欲しいんだ?」
「今日もたくさん可愛がってね?」
本を読み終わったところで、二人が私の様子に気づいた。
ディオがふっと笑いをもらし、ベティが上目づかいで首を傾げてくる。
そして二人は姿を変えた。
ディオは真っ黒な毛皮に、すっとした金の瞳が美しい猫へ。
ベティはふわっふわの白い毛皮をまとった、愛くるしいウサギへ。
駄目だ、誘惑に負けたら。
そう思うのに、そのふわふわの白い毛と動く長い耳。触らないのと言いたげに潤むベティの真っ赤な瞳。
黒猫の方は、触らしてあげてもいいよ? という態度ながら、その気高さを失わないツンとした具合がたまらなくそそる。
……この子たちをペット扱いなんてよくない。
そうは思うのだけれど、この誘惑は強い。
だって、触っても逃げない動物達がそこにいるんだよ!
しかも私に触れられるのを待ってるなんて……なんて幸せなことなんでしょう!
もちろん秒殺でその魅力に負けました。
ペットだろうと人だろうと獣人だろうと、可愛いものは愛でたくなるよね!
これも姉から弟への愛情表現の一つということにしておこう。
抱きついてなでまわして、もふもふして。
もう可愛すぎてヤバイ……幸せ。
「ん……お姉ちゃんって、結構テクニシャンだよね」
「ぼくも気持ちよかった……ん、もぅダメェ」
気づけば意識が飛んでいて、我に返ったときには二人……というか二匹がだらんと体をベッドに横たえていた。
二人とも声が弱々しいので、もう眠りそうなのかもしれない。
絵本を読んで後って眠くなるよね。
二人は毎回私に嫌らしいことをしかけてこようとするけれど、本を読んで後は大抵こんな感じでそのまま眠ってしまう。
だからそっと毛布をかけてあげて。
「おやすみふたりとも」
弟たちにしてやったように、胸の辺りを軽くポンポンと叩くように撫でてから、私も夢の世界へと旅立った。
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ベティとディオはどうにかなってるので、まぁよしとして。
それでいて問題は他の二人だ。
昼下がりの庭はぽかぽかしていて気持ちがいい。
この国には四季があって、現在は春のシーズンだ。
ちょっとした日よけ付きのテラスみたいなところがあって、そこに腰掛けて庭の薔薇を眺める。
薔薇を眺めながら、庭でティータイム。
なんて優雅で贅沢な一時。
前世でOLしてたときは、仕事の合間に屋上で飲む缶コーヒーが贅沢だと思っていたけど、比べ物にならない。
……比べること自体が虚しくなるレベルだ。
「ねぇ、ヒルダ様。しよ?」
そんなすがすがしい春の陽気のなか、まったくすがすがしくない事を口にして、服の下から手を入れてこようとしている者がいた。
真っ白でさらさらの髪に、儚げな容貌。
その黒の目はどこか死んでるというか、光を映してない。
頭の上にはスプーンのような白い耳。
お尻には白い月の光を糸にして束ねたような尻尾があった。
馬の獣人、エリオットは見た目年齢八歳くらい。
元々競走馬としての用途で飼われていたらしいのだけれど、怪我をしてしまいそれ以来馬の姿に変身できなくなってしまった。
それによって信頼していた主人に、花街に売り飛ばされてしまったらしい。
ベティとディオが店に戻りたくないからとヒルダに迫る一方で、このエリオットはどちらかというと快楽を求めてる雰囲気があった。
全てどうでもいいから、気持ちいい事したい。
退廃的で、全てを諦めているというか、そんな感じだ。
「そういうことはしません! 別のことをして遊びましょう。健全に!」
「別にいいけど……何するの?」
欲求不満解消には運動が一番だ。
おいかけっことか手軽でいいのだけれど、エリオットは馬なので走るのが早い。
全力でヘロヘロになったところを捕まって、食べていいよね? とエロい展開に持ち込まれるのが目に見えるようだ。
ヒルダの知識で、この世界にあるスポーツといえばクリケットらしい。
しかし単語しか頭に思い浮かんでこない上、ルールもわからないので面倒だ。
サッカーあたりだったら皆楽しめるかもと考えて、そもそもそんな大きさのボールを持ってないことに気づく。
……とりあえずボール自体は存在してるみたいだし、遊べるものを作ってもらおうかな。
そんなことを考え込んでいたら、ザッと私の目の前に立った者がいた。
花組最後の一人・獣人のフェザーだ。
フェザーは鷹の獣人で、茶色の髪には白や黒の色が混ざっている。
鋭い眼光をしていて、背中には髪と同じ色合いの翼が生えていた。
獣人の中で唯一彼だけが、花街出身じゃない。
本人曰く、気位の高い獣人の王族の一人だったらしい。
しかし人間につかまりペットとなったとのことだ。
フェザーには背中に立派な羽があるのに、足に重い枷が付いている。
そのため、歩くのは可能でも飛ぶのは無理のようだった。
枷はヒルダが買う前から付いていたもので、鍵はヒルダが管理していたらしい。
外してあげようと思って鍵を捜したけれど、見つからなかった。
現在は枷を外してもらうため、業者さんを待っている段階だ。
フェザーの親は獣人の国にいるらしく、どんな親御さんか確認できていない。
枷が外れたら、国に行って親御さんを見極めてからフェザーを引き渡そうかと私は考えていた。
「おいヒルダ。クロードから聞いた。獣人だけ養子縁組をしなかったんだとな」
偉そうな口調で、苛立ったようにフェザーが背中の羽をバタつかせる。
「獣人は奴隷の身分だから、いきなり貴族にしちゃうと後が大変らしいの。それで一旦どこかの学校に入ってもらって、平民の身分になってからって事になったのよ。二週間前にも話したと思うんだけど」
「そんなの聞いてない」
私の言葉に、フェザーが眉を寄せる。
フェザーはヒルダを嫌っていて、全く話をしようとしない。
朝食と夕食の席にもこない事が多く、勉強の時間もボイコットしていた。
「我にはわかっている。どうせ我らが人間でないから、すぐに捨てられるようにそうしたんだろう」
「それは違う!」
奴隷についてあまり深く考えずに見切り発車してしまったせいで、誤解をフェザーに与えてしまっていた。
即座に否定したのだけれど、その顔は全く信じてない様子だった。
「いやそもそも、人の子であるあいつらも含めて、お前は大人になったら捨てるつもりなんだろう? ギルバートのように」
嫌味を込めたような口調で、フェザーはそんな事を言う。
「……ギルバート? 誰それ?」
少年たちの中に、そんな名前はなかったので思わず呟く。
口にしてから失言した事に気づいた。
――フェザーの目に、激しい怒りの炎が灯っていた。
「お前ってヤツは! お前のようなヤツを愛して大人になったギルバートを、覚えていないだと! 大人になればもう用済みで、存在すら頭の中から消すのか。そんなのギルが、あいつが……報われないではないか!」
フェザーは声を荒げ、顔を真っ赤にして怒鳴る。
何のことだかわからないけれど、自分がフェザーの地雷を踏んでしまったことだけははっきりとわかった。
「殺してやる……」
フェザーがぐっと力を入れた指先から、鋭い爪が伸びる。
まずい!
そう思ったときには遅く、その手は私の目の前に迫っていて。
思いっきり目を閉じた。
「はいはい、そこまで。ご主人にお痛は駄目ですよっと」
しばらくしても痛みはなくて、少し面倒そうな印象の声が聞こえた。
目をあければ炎を思わせる赤い髪。
背の高い少年が、私を庇って立っていた。
ぐぐっとフェザーの手をひねり、軽く少年が突き飛ばせば、その体が思いのほか遠くまで吹き飛ぶ。
「大丈夫だったか、ご主人?」
くるりと振り返って私を見たのは、気だるそうな表情の少年。
歳は十八歳くらいだろうか。
彼の頭の側面には、くるくるとした羊のような角。
それでいてトカゲのような尻尾と、コウモリのような羽が背中にはあった。
「えぇ、ありがとう。あなたは?」
「……記憶喪失になったのは知っていたが、まるで別人みたいだな」
お礼を言った私に、赤毛の少年が目を見開く。
「俺はヒース。あんたの守護竜だ」
嫌味を言うかのような口調でヒースが自己紹介する。
その態度には、明らかなヒルダへの敵意があった。
助けてくれたから味方かと思えば、それは違うようだ。
「言っておくけど、助けたのはあんたが死ぬと守護竜にされている俺も死ぬからだ。前みたいに勝手に死にかけられても迷惑なんだよ。そこ重要だからちゃんと覚えておけ?」
そう言って、ヒースは掻き消えてしまった。
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一体、何だったんだ。
戸惑った私は、クロードに一通り状況を話し説明を求めた。
フェザーの言っていたギルバートとは、花街出身の犬の獣人で、つい半年ほど前までここで生活していたらしい。
従順な性格のギルバートは、主人であるヒルダに恋をしてしまい。
それで……完全な大人になってしまった。
自分に恋をして大人になったギルバートを、ヒルダは容赦なく捨ててしまったらしい。
フェザーはギルバートと仲が良く、それで私にあんな態度を取ったのだろうということだった。
ヒルダさん……少年たち集めといて、大人になったら捨てるとか屑じゃないですか。
しかも自分に恋をして大人になった子を切り捨てるなんて、人として最低だ。
ギルバートは相当に傷ついたに違いない。
私の言動を思い返してみたら、フェザーが怒るのも当然だと言えた。
「お嬢様を傷つけようとするなんて……あってはならないことです」
絶対許してもらえる気はしないけど、フェザーに謝っておくべきかな。
そう思っていた私の手に、クロードがそっと何かを握らせた。
手に馴染むこの感触。
太めで棘付きの鞭は、私の手に恐ろしいほどフィットする。
それをしならせ、床に打ち付けた。
「だから! そういう事はしないって言ってるでしょうが!」
「ですが、こんな事をした者がどうなるのか見せしめは必要です。何もお咎め無しなんて、それこそ他の者がマネをしたらどうするんですか。お嬢様がやらないなら……私がやります」
声を荒げた私から、クロードは鞭を奪い取った。
クロードの瞳の奥にゆらりと怒りの炎が見えて、その声の冷たさにゾクリとする。
……優しそうなクロードだけれど、ヒルダに危害を加える者に対しては性格が変わるようだ。
「なら私が適当に罰を与えておくから。鞭は駄目! そんな事よりあの赤毛のヒースって子はなんなの?」
鞭をクロードの手から取り上げながら尋ねる。
「ヒースはお嬢様の守護竜です。お嬢様が幼少の頃に、ヒースから命と同じ価値を持つ宝玉を奪い、従わせています。彼はあれがないと竜の姿になれず、天空にある里へと帰れません」
すらすらとクロードは語る。
「ちなみにお嬢様が死ぬと、ヒースも死にます。己の身を守らせるために、お嬢様がそういう契約魔法をヒースにかけました」
うわぁ……家に帰れなくした上、自分を守れってか。
ヒルダさんたら鬼畜!
ヒースがヒルダを嫌うのも当然だ。
本当もう、これ殺されても文句言えないんじゃないかな……足掻くたびに死亡フラグ減るどころか増えてるんですけど!
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