【70】初の家族イベントです
竜の里へ行って思ったのだけれど、家族のイベントって大切だ。
あっちの家では兄弟でゲームをしたり、花嫁同士の交流としてカフェに行って喋りつくしたりと、中々充実していた。
兄弟や花嫁たちと花見をしながら、飲み会なんかもあったりして。
イクシスと私はその席でオウガに絡みまくっていたと後で他の竜たちから聞いたけど、ほとんど覚えてない。
それでいて前と同じパターンで、二人してオウガの服にリバースしてしまったらしい。
次の日またもやオウガに怒られ、二日酔いに悩まされた。
反省してないお前らに、絶対ゲテルの魔法はかけない。
そう言いながらも、結局オウガは私達の二日酔いを治してくれた。
オウガは優しいから、私とイクシスはつい甘えてしまう。
とまぁ、そういうわけで。
オースティン家の皆でピクニックに行こうと決めた。
初めての家族イベントだ。
引率は私とイクシス。
それにクロードと、メイドのマリア。
ベビーシッターのセバスさんも一緒に来てもらった。
ちなみにオウガは、屋敷の留守番をしてくれている。
わいわいと賑やかで、こういう場を持ってよかったなと思う。
「嬉しそうだな、メイコ」
「うん。皆変わったなぁって思って。最初の頃は、こうやって仲良くお出かけなんて考えられなかったしね」
イクシスまで嬉しそうな顔をして話しかけてくる。
きっと私のうきうきした気持ちが伝わってきてるんだろう。
「……その卵焼き美味しそうだな。メイコが作ったのか?」
イクシスが私の卵焼きを指差してくる。
今日はサンドイッチの他に、日本風のお弁当を用意してきていた。
おにぎりに卵焼き、ミートボールに甘辛く煮付けた魚。
特注の重箱に入れて持ってきたお弁当はなかなか好評だ。
「うんそうだよ。イクシスも食べる? 食べるなら取り皿に」
「それを食べるから大丈夫だ」
言い終わる前に、イクシスが私の箸から食べかけの卵焼きを食べてしまう。
「……っ! イクシス!」
「何だ食べちゃ駄目だったのか?」
いやそういう問題じゃない。
イクシスは、皆の目があるということを忘れてるんじゃないだろうか。
「いちゃいちゃ」
「いちゃいちゃだね」
ハーフエルフの兄弟、ピオとクオが私達を見てそんなことを言う。
恥ずかしくて顔が赤くなった。
「メイコ様、赤くなった」
「赤くなった。恥ずかしい?」
ピオとクオが首を傾げてそんなことを聞いてくる。
当然恥ずかしいに決まっているので、確認しないでほしい。
「イクシス、あまり子供達の前でそういう事はしないように。度がすぎるとムチが飛びますよ」
「当たらなければ意味ないだろ」
低い声で注意してきたクロードに対して、しれっとイクシスはそんな事を言う。
クロードがムチを振るいだし、イクシスがそれを容易くよける。
やりあいが始まって、子供達がそれを楽しそうに見守っていた。
とても騒がしいけれど、やっぱり楽しい。
「ふふっ、イクシス様ははしゃいでいますね。メイコ様とようやく両想いになって嬉しいみたいですわ」
すすっと私の横に寄ってきたメイドのマリアが、そんな事を言う。
「ところでメイコ様。プレゼントされた下着の色で、殿方がどういう風に恋人を見てるかわかるそうなんですけど。イクシス様からは何色をプレゼントされました?」
「はぃっ!?」
こそっと耳元で密やかに囁かれ、思わず大きな声をあげてしまう。
「そ、そんなものプレゼントされてません!」
「あら? てっきりちゃんと渡されて上手くいったのだとばかり思ってましたわ。ちゃんとスリーサイズは教えましたのに、イクシス様ときたら。もしかしてメイコ様の下着を自分のものにしたのでしょうか」
焦って答えれば、マリアが宛が外れたというように口にする。
「それどういうこと……?」
「獣人の国から皆さんが帰ってきて後、イクシス様がメイコ様の下着を渡してきて。こっそり返してくれなんてお願いしてきたんです。ちゃんと男として責任はとるべきだと、断固として受け取りませんでしたけどね!」
何のことだと思って尋ねたら、マリアが少し怒った様子で一部始終を語って聞かせてくれた。
獣人の国で私は雨に打たれて、イクシスの部屋で服を借りた。
熱を出していたため記憶が曖昧なのだけれど……その時、私はパンツを忘れて行ったらしい。
イクシスはそのパンツを、マリアを通じてこっそり返してくれようとしていたようだ。
しかしマリアは、イクシスが私にいやらしいことをして、それをなかったことにしようとしてると勘違い。
パンツを決して受け取らず、洗濯干し場の方で、二人は何度も私のパンツを押し付けあっていたらしい。
前にイクシスとマリアが、洗濯干し場で抱き合っていたシーンを思い出す。
そういえば、マリアを後ろから抱きしめたイクシスは、手に何かを握らせていた。
二人は言い合いをしながら、白い何かを押し付けあっていて。
てっきり二人が秘密の逢瀬をしていると勘違いした私は、それが何かまでは意識が及んでいなかったのだけど。
どうやらあの時の白い物体は……私のパンツだったらしい。
つまりはあの逢瀬は、そういう甘いやりとりではなく。
――私のパンツを巡る攻防だったというわけだ。
一体全体、何してるの二人とも!
あのシーンを見て、まさか自分のパンツを押し付けあってるなんて想像できるはずないじゃないの……。
イクシスからそのあたりの話は全く聞いていなかった。
脱力感さえ覚える早とちりに、恥ずかしくなってくる。
「どうしました、メイコ様。疲れた顔をしてますわよ? イクシス様が加減をしてくださらないのですね。わかりました、ならわたしがガツンと言ってきます!」
「いやマリアさんそういう話じゃないですから!」
マリアは私への忠誠心ゆえか、かなり思い込みが激しい。
それでいて、何故か思考が色恋方向へと飛んでいく傾向があった。
早速イクシスの元へ向かおうとしたマリアを宥め、にぎやかすぎるピクニックをその後も楽しんだ。
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「今日は休日だから、オウガも休んでいいよって言ったのに」
「暇だったからな。切りのいいところで終わらせる」
ピクニックから帰ってオウガを探せば、執務室の机に座ってペンを走らせていた。
「オウガって書類整理するとき、必ず眼鏡かけるよね。ここでは眼鏡かける必要、もうないのに」
「もう癖のようなもんなんだ。眼鏡をしてると、仕事モードって感じがする」
答えながらも、オウガは手を休めない。
屋敷に来たオウガは、領主としての仕事も手伝ってくれていた。
クロードは書類をまとめるのが得意だけれど、オウガの方は知識と経験から色んなアドバイスをくれる。
四百五十年生きているだけはあると言った感じだ。
私の机の隣に机を並べ、オウガと仕事の時間はいつも一緒。
オウガが来てから、領土の整備はかなり順調に進んでいた。
「オウガって、その眼鏡してると雰囲気変わるよね。街のゴロツキから、部下に容赦ない冷血上司っぽくなるというか。できる男って感じ!」
「……それ、もしかして褒めてるのか?」
手を止めてオウガが微妙な顔で私を見た。
オウガの眼鏡は、伊達眼鏡だ。
元の世界にいたとき、目つきがあまりにも悪いオウガの眼光を和らげるため、私が提案したのがこの眼鏡だった。
眼光を和らげる効果はあまりなかったけれど、方向性を変えることには成功していると思う。
眼鏡というアイテムをかけるだけで、頭が良く見えるから不思議だ。
……まぁ実際に、オウガはかなりできる男だったりするんだけど。
オウガは高校に入学した時は成績最下位だったのに、卒業する頃には首席だった。
不良と言える見た目なのに、授業態度は真面目。
ギャップという点では色々激しい。
「ピクニックは楽しめたか?」
「もちろん。留守番ありがとうね、オウガ」
礼を言えば、書類を書き終わったのかオウガがペンを置く。
「それはよかった。ちょっと二人に話があるんだが、いいか?」
改まった風にオウガがそう言って、眼鏡を外す。
今日の仕事はこれで終わりらしい。
「メイコがこっちでどんな生活をしてるかもわかったし、領土の状態も落ち着いている。このあたりで、一度あちらの世界へメイコの体の様子を見に行くつもりなんだが二人も着いてくるか?」
オウガに尋ねられて、思わず目を見開く。
「……連れて行ってくれるの?」
「まぁな。ただ、元の体に戻すとかそういう話じゃない。本当はもっと早くあっちに行って様子を見たかったんだが、こっちはこっちで気になったしな」
そう言ってオウガは立ち上がる。
「ヒルダの体でも、家族を見ることくらいはできるだろ?」
優しい声でオウガが頭を撫でてくる。
胸の内に熱いものがこみ上げてきそうになった。




