【69】子供が健やかに育つには
アベルの事を考えて、ベッドの上でゴロゴロと転がる。
今の時間は昼だ。
ちょっと疲れて、お昼寝をしにきていた。
アベルを、もっともっといい方向へ導いてあげられたらいい。
ヤンデレなんてなる余地もないくらいに。
育児指南書とか売ってないかなと、そんなことを思う。
元の世界には色々あった気がするけれど、この世界にも探したらあるかもしれない。
気分は子育てしてるお母さんだ。
まだ結婚もしてないっていうのに……いや、恋人はできましたけども。
「……」
そっか私恋人がいるんだよね。
思わず一人で照れてしまう。
イクシスの前にも付き合った人は一人いたけれど、あれは恋人ってものじゃなかった。
実質は初めてのお付き合いのようなものだ。
両想いになって、イクシスはすぐに皆へ報告をした。
恥ずかしいから別にいらないんじゃないかと思って、そう言ったんだけど。
「俺と付き合ってるって知られるのが……嫌か?」
そんな事を言われて、嫌と言えるわけがなかった。
エリオットは不機嫌な顔になっていたけど、イクシスに今だけだからと宣戦布告していた。
フェザーやベティは私を独り占めなんて許さないと、イクシスと軽い口喧嘩みたいなものをしていた。
それでいて何故かメアの蛇が、イクシスに絡みまくっていた。
オウガはと言うと、むしろ今更何を言ってるんだという感じだった。
名月の日に、私とイクシスが仲直りしたのをオウガは知っていたので、てっきりあれから付き合っているものだと思っていたらしい。
ふとした瞬間に考えるのは、この先どうしようかということ。
イクシスと恋人になったけれど、今の状態は問題の先送りでしかない。
ヒルダとして一生を過ごしていくか、もしくは……元の体でイクシスとオウガを受け入れて、白竜になるか。
イクシスを見捨てて、元の生活に戻るという選択肢が消えただけで。
――いつかは決めなくちゃいけない事だ。
ヒルダとしての生活にも、愛着が湧いている。
この世界は危険が多いかもしれないけど、あっちの世界よりも毎日が充実している気がする。
元の世界の仕事も嫌いじゃなかったし、やりがいはあった。
皆で一つの仕事をやり遂げたときには嬉しくなったけれど、領土や子供達の成長を見守ることに比べたら、その成果がちっぽけな事に思える。
仕事に追われる生活よりも、ここの生活の方が性に合ってるのは間違いないと思う。
死亡フラグに囲まれているせいもあるかもしれないけど、日々生きてるんだっていう実感があって、ただ毎日を過ごしていたあの頃とは違う。
けど、向こうの世界で生きていた朝倉メイコにもやっぱり愛着がある。
弟たちや、お母さん、友達にふとした瞬間に会いたいと思う。
幽霊じゃなくて、転生で。
体が死んでいたのなら――諦めるしかなくて、ヒルダの体で生きていくことができたかもしれないのに。
白竜になれば『朝倉メイコ』であることを諦めなくていい。
オウガによれば、白竜になるとイクシスの誓約を解けるだけでなく、異世界さえも自由に行き来できるとのことだ。
つまりは、元の世界にいつでも帰ることができて、朝倉メイコの体で過ごせる。
それでいて空間を飛び越えて、この世界の皆にだって会うことができるのだ。
ヒルダの体にも愛着は多少湧いたものの、他人の体でずっと生きていくのは……やっぱり抵抗がある。
自分の体がそこにあると思えば、余計にだ。
白竜はこの世界の私も、元の世界の私も、どちらも捨てなくていい選択肢。
イクシスだけでなく、オウガも夫になるけれど。
きっと不幸せになることはないと思う。
オウガのことは好きだし、三人でいるのは楽しい。
二人とも私を大切にしてくれると断言できる。
ある意味白竜はいい事尽くしなんだろう。
イクシスもオウガも、私にはもったいない二人だ。
それでいて、どちらの世界も捨てなくていい。
ただ捨てなくちゃいけないのは――ニホンで培われた倫理感だ。
やっぱり頭のどこかで、夫が二人ってどうよと思うわけで。
イクシスに対しても、オウガに対しても失礼だと思ってしまう。
受け入れるなら、どっちも平等に愛して幸せにするからね! って覚悟を私は持たなくちゃいけない。
中途半端な気持ちじゃ、絶対に駄目だ。
大切な二人を、不幸にだけはしちゃいけない。
イクシスやオウガを待たせてしまっている――とは思うけれど。
この選択をするのには、もう少し時間が必要だった。
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「メイコ、何考えてるんだ?」
悶々としていたら、イクシスの声が降ってきた。
胸のもやもやが伝わってしまったようで、部屋にやってきたらしい。
「な、なんでもないよ!」
いきなり顔を覗き込こまれて焦る。
がばっと跳ね起きたら、イクシスが怪しむような顔をした。
「なんでもないわけあるか。凄く悩んでる感じが伝わってきてた」
ほら言えと、イクシスが私の横に座る。
ベッドが軋んで音を立てた。
「そんなに悩むってことは……俺やオーガストとのことを考えていたのか?」
感情が伝わるのはこんな時やっかいだ。
おちおち悩むこともできない。
心配してくれてるのはありがたいけれど、これは私が決めなきゃいけない事だった。
「こっ、子供が素直に育つにはどうしたらいいと思う?」
「いきなりなんの話だ!」
とっさに話を誤魔化そうと、アベルの事を思い出して口にすれば。
予想してなかったのかイクシスが慌てた。
「やっぱり子供には明るく健やかに育ってほしいと思うんだけど、どうしたらいいかなって悩んでるの。構いすぎるのも嫌われそうだし。かといって、何もしないでヤンデレとか不良になったら困るなって」
「そんなの親同士の仲がよければ……勝手に育つだろ。子供ができる前から考えてもしかたないと思うんだが」
早口で言う私に、イクシスがコホンと咳払いしながらそんな事を言う。
何故か顔がちょっと赤い。
「親か……アベルの親にそのあたりは期待できないような」
「おい、一体何の話をしてるんだ?」
その意見に思わず考え込めば、イクシスが眉を寄せる。
アベルの教育方針の話だよと言えば、大きな溜息を吐かれた。
「なんだそういうことか。てっきり俺は……」
「何? どうかしたのイクシス?」
イクシスを見れば、少しほっとしたような残念そうな複雑な顔。
首を傾げて尋ねると、何故か決まり悪そうに顔を赤くして立ち上がってしまう。
「別に何でもない!」
イクシスが逃げようとする。
それは何でもないという態度じゃなくて、追いかけてドアの手前でイクシスを捕まえた。
「気になる。教えてよ!」
腰の方に抱きつけば、イクシスが体をそっと両手で押し返してきた。
「……子供が欲しいって言われてるのかと思ったんだ」
「へっ?」
イクシスは耳まで真っ赤だ。
思わず目を丸くすれば、不満げに眉を寄せて見つめてくる。
「メイコはそういうこと考えたことないって顔だな」
「えっ? いやだって、あの……まだ付き合い始めたばかりだよ?」
イクシスが少し不機嫌になって、すっとその瞳に光が宿る。
あまりイクシスが見せない、男の人っぽい顔。
逃がさないというように肩を掴まれて、位置を交換されて。
ドアに背中を押し付けられるような形になってしまった。
「俺は考えたことがある。子供ができれば、メイコを俺に縛り付けられるのにってな」
逃げ場を塞がれたようなこの状態で、イクシスが呟く。
私を求めていると分かる瞳は、苦しそうで。
必死に何かと戦っているようにも見えた。
「メイコ」
真剣な声で名前を呼ばれ、壊れ物に触れるようにそっとイクシスが頬に手を添えてくる。
「本当は、元の体のメイコにこうやって触れたい。けど独り占めもしたいんだ。二つ同時に……なんて叶わないことはわかってるんだがな」
イクシスは大きく息を吐く。
そっと目蓋を閉じて、こつんと額を私の額にくっつけてきた。
「私、イクシスを見捨てることだけはしないから」
また竜の里の時のようなことを言い出すんじゃないかと思って、先に言えば。
イクシスはわかってると呟いた。
「元の体に戻れメイコ。独り占めはできなくてもやっぱり、元の体のお前がいい。それにメイコにだって家族がいるだろ」
ゆっくりイクシスが離れて行く。
それを寂しく思う。
「まぁ本当は嫌だが、相手がオーガストならどうにか我慢できる。まぁ多分嫉妬はすると思うけどな。それでもメイコが笑って俺の側にいてくれるなら、それでいい」
ふっとイクシスが笑う。
「……イクシス」
名前を呼べば、そんな顔するなというように軽くキスをされた。
「恋人になる前から結構してるのに、未だに慣れないよな。メイコは」
いつの間にかイクシスの手が私の胸の上にあって、心臓の音を確かめて笑う。
目がとても優しくて、甘やかされていると思えた。
「メイコの気持ちが決まったら、オーガストにも応えてやってほしい。悩む必要はないんだ。俺もオーガストもちゃんと納得してる」
イクシスは肩から力を抜くと、頭を撫でてくる。
なんてことのない事のようにイクシスは笑う。
「ただ俺たち二人から愛されるのは……覚悟してろよ? メイコが嫌だって言っても二人分ちゃんと受け止めてもらうからな」
顔を寄せてきたかと思えば、艶っぽく耳元で囁かれた。
意味ありげなその言葉に思わず顔を赤くすれば、面白がるような表情をイクシスは浮かべてくる。
「真っ赤だな」
「ちょっと、イクシス! からわないでよ!」
恥ずかしくて拳を振り上げる。
手首を掴まれ、それを阻止されてしまった。
「別にからかったつもりはないんだがな。メイコを分け合うからといって、俺もオーガストも、注ぐ愛情を半分にする気は全くないって言いたかっただけだ――手加減はしないし、できない」
イクシスの瞳に怪しい色が宿ったのが見えて。
すぐに唇が重なった。
口の中をくすぐられて、頭の奥が痺れていくような感覚に襲われる。
「っ……!」
足元から浮いてしまうような心地がして、気持ちよさに全てを手放してしまいそうになる。
そんな自分を抑えるように、イクシスの服を掴んだ。
「んっ……ふぅ……あっ!」
口付けが深くなり、お腹の奥がむずむずするような感覚に膝が抜ける。
立っていられなくなって、イクシスに縋りつけば。
俺一人でこれだと先が思いやられるなと、頭上でふっとイクシスが笑った気配がした。
すいません、寝坊しましたm(_ _)m




