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【68】アベルと変わり始めた未来

 ティルの攻撃からイクシスが助けてくれたのに、言い過ぎたかな。

 そんな事を考えながら街を歩いていたら、バイスが私の服の裾を引いてくる。

「メイコ様、もしかしてぼくたち迷惑をかけてしまってますか?」

「そんなわけないじゃない! あっほらそろそろ店につくからハンカチ選ぼう!」

 明るくそう言って、バイスとティルの手を引く。


 バイスとティルと一緒に、エレメンテの祝福という行事に使うハンカチを選びにきた。

 適当に無地のやつに刺繍してもよかったのだけれど。

 折角だから二人を街に連れ出して、好きな色を選んで貰おうと思ったのだ。

 

「てぃる、これがいい!」

 雑貨屋に着いてハンカチを物色していると、ティルが私に空色のハンカチを渡してくる。

「わかった。バイスはどれにする?」

「ぼく……ですか?」

 問いかければ、バイスはきょとんとした顔をした。


「せっかくだから、バイスにも買ってあげる。ワンポイントに刺繍も入れちゃうよ! 好きなの選んで!」

 さぁさぁと促せば、ありがとうございますと少し遠慮がちにバイスが微笑む。


 バイスが悩み始めたので、隣で私はメアの分のハンカチを物色する。

 今日はメアが護衛として着いてきてくれていて、今も雑貨屋の外で待っていてくれていた。


 あっ、これなんかメアっぽい。

 目の前には色んな色のハンカチがあったけれど、迷わずに紫と黒のチェック柄のやつを手に取る。

 なんとなくメアのイメージだったからだ。

 

「もしかして、メアの分まで買うんですか」

 バイスは嫌そうな顔だ。

 真面目なバイスと、いつもヘラヘラと笑っているメアの仲はあまりよろしくない。

 社交的で明るいメアなのだけれど、少し悪戯好きな面があった。


 どうにもメアは、真面目なバイスをからかうのが好きなようで、何かとちょっかいをかける。

 メアは気に入った子に意地悪したくなるタイプみたいだ。


 この前バイスからエレメンテの祝福の話を受けた後も、メアが現れた。

 気付いたら背後にいたメアは、バイスが私のためにわざわざ入れたお茶を全部飲み干して、行儀悪くオヤツまで食べてしまって。

 バイスはかなり怒っていたし、私も叱ったけれどあまり堪えた様子はなく、ごめんねと楽しそうに笑っていた。


 どうにもメアは、バイスが私と話したりしてると邪魔しにくる傾向があるんだよね……。

 そして、その度にバイスの入れたお茶やお菓子を奪っていく。

 バイスも悔しそうな顔をしてムキになるから……面白がられちゃうんだよね。


「メアにはお世話になってるからね。あれでいいところあるのよ?」

「そうですか? ぼくには全くわかりません」

 メアをフォローしてみたものの、バイスは頑なだ。


 会計にハンカチを持っていく。

 ティルの空色のハンカチは、いつかは恋人に渡すもの。だから、白い蝶と赤い花がいいかもしれないと思う。

 バイスの方は普段使うものだから、シンプルにイニシャルがいいかもしれない。


「お姉ちゃん、いいの選べた?」

「まぁね!」

 店の外に出ればメアがにっと笑いかけてくる。

 今日のメアは背中に蛇を出してない。当然幻獣が目立ちすぎるという理由からだ。


 メアの分の刺繍は、蛇にしようと最初からすでに決めていた。

 この布地だと、銀色で刺繍したら映えそうだ。


 メアにはいつも守ってもらっている。

 最近では、時々お菓子の差し入れをするようにしていた。

 私が作ったものをメアは好んでいて、それを受け取るときいつものニヤニヤとは違う笑い方をする。

 心からこぼれたような、少年らしい笑い方。

 いつもの笑い方とギャップがあって、喜んでくれてるってわかるから、メアにプレゼントするのは楽しい。


「お姉ちゃんなんでニヤニヤしてるの?」

「ふふっ、なんでもないよ?」

 きっと、このハンカチも気に入ってくれるんじゃないかな。

 渡す時のことを考えれば――不思議と笑みがこぼれる。

 どうせなら驚かせたいので、その時まで内緒だ。


「変なお姉ちゃん。でもなんか楽しそうだね!」

 メアは不思議そうに、そう言って笑った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 最近では、少年達の未来も見えてきた。

 なので、このあたりでクラスを再編成することに決める。

 魔法学校への入学を目指す魔法組と、領土や屋敷のことを頑張る執事組。

 大きくこの二つに分けることにした。


 まずは学力高めで、年長組ともいえる星組。

 彼らには当初、将来クロードの仕事でも手伝って貰おうと思って勉強を進めてもらっていた。

 けれど、彼らは全員魔法の適性を持っていたので、魔法学校へ行ってもらうことにする。


 この国は魔法を重視する。

 魔法学校を卒業すれば、将来の選択肢はかなり広がるのだ。

 なので星組は全員魔法組として、これから魔法学校へ入ることを目指してお勉強をしてもらうことにした。

 

 大人しく手のかからない子の多い月組は、全員執事組。

 畑いじりの大好きなハーフエルフの兄弟、ピオとクオはベビーシッターのセバスさんに懐いているため、彼の元で色々屋敷のお仕事を覚えてもらう。


 元星組で現月組。

 ヒルダが統治する村の少年キーファは、魔法が使えるので魔法学校に行く道もあるのだけれど、村のために何かしたいという気持ちが強かった。

 なので村の産業に役立てる知識が得られるように、商業系の勉強をさせることにする。

 いずれクロードの補佐として、書類整理などの仕事や領土の管理ができるようになるのが目標だ。


 メイドのマリアさんの子供で、病気の妹のためにショタハーレムに自ら志願した少年の方も、キーファと一緒に執事組。

 いずれ私を立派に補佐してみせますと今から意気込んでいて。

 勉強する意欲満々でとても頼もしい限りだ。


 獣人だけを集めて私が面倒を見ていた花組は、二組に分けた。

 水属性の使い魔である鷹の獣人・フェザーと、光属性の使い魔になった馬の獣人・エリオット。

 少年姿だった二人は大人姿になれるようになり、魔法の習得に熱心な意欲を見せてくれているため魔法組だ。

 

 獣人はこの国では奴隷の身分。

 けれど、特定の学校を卒業することで、平民の身分になれる。

 この二人には魔法学校を卒業してもらい、平民の身分を手に入れてもらう。


 ウサギの獣人・ベティと猫の獣人・ディオに関しては悩んだ。

 この二人は、あまり勉強が好きじゃない。

 読み書きと基礎的な計算はできるようになったけれど、そもそも二人は現状に満足してるみたいだった。


 勉強したくない子を勉強させてもしかたない。

 自由にのびのびとが私の教育方針だ。

 そもそもこの国で奴隷身分でも、獣人の国へ行けば普通に暮らせるという事もある。

 でもだからと行って、このまま遊んで暮らすだけの駄目男に育てるつもりは一切なかった。


 ベティの方は、私が作り出したお菓子に興味を示していた。

 イクシスに好評だったプリンを、竜の里から帰って後に皆にも作ってあげたのだ。

 この国にはまだプリンがなかったらしく、初めてのプリンにベティは衝撃を受けたみたいだった。


 それでいてイクシスの国で見つけたもち米をつかって団子を作れば。

 これも気に入ったみたいで、自分で作ってみたいと言い出した。

 ウサギに団子か……似合うなと思ったのは内緒だ。


 作り方を教えれば、ベティはそれに真剣に取り組んだ。

 それを皆に食べてもらえることに満足感を得たらしく、もっと他にどんなお菓子があるのと目をキラキラさせていて。

 ならばと元の世界で弟たち相手に作ったお菓子の数々を、私はベティに伝授していった。


 その結果。

 ベティが大人に変身できるようになりました……。


 これって餌付けって言わない?

 ベティが好きかなって思って、ニンジン入りのマフィンを作ってあげたら、嬉しいって喜んで勢いでベティが変身しちゃったんだけど。

 獣人が大人になるための好きは、私が想像していたよりも軽いものでいいらしい。


 大人姿のベティは十八歳くらい。

 やっぱり美少年というより、美少女にしか見えない。

 声も中性的だから尚更だ。

 大人姿になったベティは、お菓子が作りやすいと喜んでいる。


 ベティはもっとお菓子の腕を磨きたいようだったので、街のケーキ屋を一つ買収してオーナーになってみました。

 ベティにお菓子作りを教えるよう店主にお願いして。

 私が作り方を教えたお菓子も、そこに置いてもらうことにした。


 ちなみに、獣人が料理をするなんて不衛生だと考える人がこの国にはいるので、ベティには、光の魔法属性をプレゼント。

 これによって耳や尻尾を隠す魔法ケレスが使えるようになったベティは、毎日ケーキ屋の厨房で頑張っている。


 ケーキ屋の中には、カフェスペースもある。

 そこで接客する際には、ベティにはそのウサ耳と可愛さを十二分に生かして貰っている。

 ウェイトレスの制服は、いわゆるコスプレのメイド服に見えなくもない。

 けど……ベティに似合うから何の問題もないと思うんだ!


 私がデザインしたメイド服を完璧に着こなすベティは、とても可愛い。

 愛想もいいので、すっかり看板娘……いや看板息子だ。

 ベティ目当ての男性客もいて、ちょっと罪深いことをしてるような気にはなる。

 馴染みのない美味しいお菓子と、可愛い店員。

 時折屋敷の少年達にも店を手伝ってもらったりして、店はかなり繁盛していたりする。



 それでいて猫の獣人・ディオの方はというと。

 接客スキルは高いし、ベティと一緒に働いて貰おうかなと考えていたら、いつの間にかアベルの使い魔になっていた。

 この二人はとても仲がよく、いつの間にかアベルがディオに炎属性を与えていたのだ。


 別にアベルがディオを使い魔にするのは構わないのだけれど、炎属性を与えたという事に驚いた。

 将来的に私を殺す予定となっている、乙女ゲーム『黄昏たそがれ王冠おうかん』の攻略対象であるアベル。

 本来ゲームの中で、アベルの持つ魔法は第一属性が炎なのだ。


 第二属性が闇で、水は第三属性。

 それでいて水属性は、アベルの使い魔の黒猫が持っていたけれど……これの使い魔はもしかしたらディオのことだったのかもしれないと、今では思っている。


 ゲームと違って、アベルは水を第一属性にするつもりらしい。

 魔法の特訓をする時間には、水属性を中心に修練に励んでいて。

 私の知っているゲームとこの世界には、少し違いが生じてきていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 お金に意地汚い母親によって売られ、ヒルダの元にきたアベル。

 この屋敷に来た当初、アベルは母親に依存していて。

 全てをヒルダのせいにして、憎しみをぶつけるような態度を取っていた。


 今でもヒルダである私に対する態度は悪い。

 でもそこには、最初の態度を改める機会を見失ったかのような雰囲気がある。

 擦れていてどこか大人ぶった少年という印象のあったアベルだけれど、最近は相応の少年の顔もする。

 他の少年たちとも少しずつ打ち解けてきて。

 時折、笑顔も見せてくれるようになっていた。


 出会った頃のアベルの中心には母親がいて。

 それ以外の全てを拒絶していた。

 けれど今は、母親だけが世界の全てじゃないんだと、周りに目を向けられるようになってきている。

 

 アベルが変わった大きな原因として、メイドのマリアの影響が大きい。

 私は密かにマリアに頼みごとをしていた。

 アベルの事情を話して、息子と同じように接してあげて欲しいとお願いしていたのだ。

 そういう事ならと、マリアは喜んで引き受けてくれていた。


 ロクデナシの母親とは違う母性溢れた存在に、アベルは最初戸惑っていたのだけれど。

 意外と押しに弱かったらしい。

 お人よしで、それでいて結構強引なマリア一家に、アベルはあっさりと取り込まれた。

 


 近頃はアベルがマリアの娘とよく一緒にいるのを見かける。

 マリアの娘は虚弱体質で、あまり外に出られない。

 元々は病気だったのだけれど、手術自体は成功した。

 大人になれば体が丈夫になるだろうと医者からは言われているので、無理はさせないようにしている。


 アベルは彼女に軽い状態異常を治したり、体の巡りを良くする水属性の魔法、ゲテルを毎日のようにかけてあげていた。

 一度彼女の様子を見に部屋に行ったら、アベルが凄く優しい顔をして彼女と笑い合っていて驚いた。


 アベルは、彼女に淡い恋心を抱いてるみたいだった。

 傷を癒す事はできても、魔法で病気は治せない。

 でも、ゲテルなら体内の巡りをよくして、治癒力自体をあげたりすることが可能だった。


 それに水属性の魔法が使えると、魔草を利用した薬系の錬金術アイテムを作成する際に有利で、この世界の薬師の多くは水属性を持っていたりする。

 アベルは領地での魔草を使った薬作りの研究にも熱心で。

 誰かのためにというその姿勢が嬉しい。

 

 このまま行けば、アベルがヒルダを殺すことはないんじゃないか。

 そう思えてきてほっとする。

 自分の保身だけじゃなくて、アベル自身のためにもこれは良いことだと思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 ゲームの中でヒルダを殺し、当主になったアベルは魔法学校で主人公と出会う。

 真っ白で前向きで。

 打算もなく人に優しくできる主人公を見て、こんな女がいるわけないと思うのだ。

 主人公を追い込んで本性を見ようとして。

 そして自分にはない、そのひたむきさに惹かれていくようになる。


 アベルシナリオの後半、主人公はアベルに好きだと告白する。

 自分がしてきた黒い事をしてきたことを知れば、主人公は絶対に自分を嫌いになる。

 そう思っているアベルは、いっそ嫌われてしまおうと自分がやってきた黒いことを主人公に話すのだ。


 ヒルダに金で買われて、母親と引き離された事。

 屋敷でのヒルダが、どんなに最低な女だったかというエピソードの数々。

 中でもアベルは、母親が病気になって薬を必要とした際、ヒルダが見殺しにした事を恨んでいるようだった。


「死んでよかったわ、あんなあばずれ。これであなたは完全に私のモノ」

 そんな事をゲーム内のヒルダはアベルに言ったらしい。

 死に目にも合わせてもらえなかった上、母親を侮辱された。

 そりゃアベルも怒るわと当時は思ったものだ。

 

 お金がなかったから、自分は売られた。

 お金がなかったから、母親に薬を買ってあげられなかった。

 ヒルダのせいで母親は死んだ。

 おそらくアベルは、そう考えたんだろう。


 ――ヒルダから全てを奪って殺してやる。

 アベルはそう誓った。


 態度を改めたフリをして、ヒルダに取り入って。

 その財産を譲るように仕組んだ後、事故に見せかけて殺した。

 悪事に手を染めて、十五歳の若き当主としてアベルは魔法学校にやってくるのだ。


 そんな重い過去を、アベルには背負って欲しくない。

 しかもヒルダを殺したことで、ゲーム内のアベルは歯止めが利かなくなって。

 更なる闇に足を踏み入れている節があった。



 思い出すのはゲームシナリオのクライマックス。

 アベルが重い過去を話して後の話。

 聖女のような主人公は、アベルの過去を全て受け入れ包み込む。

 アベルはそれによって心を入れ替えるのだけれど、すでに闇に手を染めすぎていた。

 ――怪しい使者がやってきて、アベルに計画を実行しろと言ってくるのだ。


「ねぇアベル。今日はどうして計画を実行しなかったの? おれずっと待機してたんだけど」

「……悪い、僕はもうそういう事をしないって決めたんだ。誰かを犠牲にして生きるのは、もうやめにしたい」

 主人公は、アベルが心配でこっそり見張っていて。

 黒い人影と話しているシーンを目撃する。


 計画というのは、学園内で権力を持つターゲットに殺人の罪を着せるというもの。

 アベルはそのキャラを誘い出し、睡眠薬を盛る役割を持っていた。

 謎の人影の声は、今思えばメアなんじゃないかなと思う。


 ゲームのレビン王子のシナリオでは、双子で忌み子のメアが、成り代わりを狙って王子を殺しに来る。

 王子の親友であるアベルは、実はメアと組んでいたと考えるのが正解なんだろう。

 同じ屋敷で過ごしていたのだから、関わりは十分にあった。

 きっとこの計画も、最終的に王子暗殺へと繋がるものだったんだろう。


 シナリオではこの後、主人公が人質にとられてしまう。

「アベルが変わったのは、この子のせいなのかな?」

 敵……おそらくメアである彼がそう言って、主人公を人質に取って。

 アベルはしかたなく、メアの言う事に従うことになるという流れだ。


 最終的には主人公がメアから自力で逃げ出し、その後色々あって事件は解決。

 ハッピーエンドというのが、アベルのシナリオだった。


 ゲームのアベルは、面倒なものを背負いすぎていると思う。

 ヤンデレなんてゲームではよくても、実際には困るものでしかない。

 殺される側からしても本当、切実にやめていただきたかった。


 できればこのまま、明るく健やかに育ってほしい。

 そんな事を――切実に願った。

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★6/24 「彼女が『乙女ゲームの悪役』になる前に+オウガIFルート」本日17時完結なので、よければどうぞ。
 ほかにも同時刻に、ニコルくんの短編も投下予定です。  気が向いたら感想等、残していってくれると励みになります。
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