【65】使い魔と主
獣人の子たちは全員奴隷の身分。
けれど特定の学校を卒業すれば、平民の身分が与えられると聞いていた。
いつか皆を学校に入れよう。
そう思っていた私は、真剣に色々調べていた。
魔法の前では皆平等。
そういう理念の下に作られた魔法学校がこの国には一つあった。
入れば苗字は名乗らなくてよく、魔法の才があればどんな子でも受け入れる。
獣人や身体的特徴のある子には、希望者にその特徴を隠す魔法を付与した腕輪を貸し出し、その秘密を守る制度もある。
その名も『トワイライト魔法学園』。
元の世界でやっていた乙女ゲーム『黄昏の王冠』の、舞台となる学園だ。
身分を隠す制度のあるこの学園だけれど。
王家の証である金髪に紫の瞳、背中に幻獣の蛇を背負っている王子様や、十五歳で一領土の当主でありその経緯から話題の人であるアベルは、身分がバレバレだった。
ゲームの舞台というところが少しひっかかるけれど、ここなら獣人の皆が、無事卒業できるんじゃないかな?
獣人の攻略キャラもゲームでは無事に卒業していたことだし、問題はないと思う。
ただ、使い魔科と魔法使い科があり、使い魔科だと平民の身分が貰えないようだった。
フェザーをこの学校に入学させたい。
そして、できれば他の獣人の子も。
ただ、魔法学園というだけあって魔法が使えなきゃ入学すらできない。
なのでこの学校に通わせるなら、全員を使い魔にする必要があった。
身体的特徴を隠す魔法も存在しているので、それを使って普通の学校へ行かす手もあるけれど。
それでどこまで学校側が、生徒たちに獣人だという事を内緒にしてくれるかがわからない。
皆が虐められたりして、嫌な目にあうのは避けたい。
獣人を受け入れているいくつか学校はあったけれど、卒業歴があるのはこの魔法学園くらいだった。
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庭でお茶を飲みながら、フェザーに魔法学園の話をする。
円形の白いテーブルには、私の他にイクシスとエリオットがいた。
フェザーは、ぜひ行きたいと乗り気だ。
鷹の獣人であるフェザーは元王族だったためか、ある程度の学力がすでに備わっている。
本人も努力家なので、これから勉強すれば問題なく入学できるはずだ。
魔法学園に入学できるのは十五歳から。
今年で十三歳になったフェザーは二年後入学してもらうことになる。
「フェザーだけずるい。僕も魔法学園に行きたい」
一緒にお茶を飲んでいたエリオットが、真剣な表情でそんな事を言い出した。
竜の里から帰って、エリオットは少し大人びて。
夜になって私の部屋にくるのをやめただけじゃなくて、お昼寝もしなくなった。
勉強に一生懸命で、顔立ちも少し凛々しくなった気がする。
魔法学園に入学させるなら、エリオットも使い魔にしなきゃいけない。
ヒルダの魔法の力は大きくて、誰かにあげるという事が心配だった。
フェザーを使い魔にしたのは、偶然の事故のようなもので。
ヒルダの水属性の力を上手く使いこなせているからいいけれど、それは結果論だ。
ちゃんとエリオットはヒルダの力を扱えるかな。
私でさえ手こずるのに。
少し悩むけれど、エリオットの顔には覚悟があるように見えた。
「エリオットは、どの属性が欲しい?」
エリオットを使い魔にしよう。
フェザーも使えてるから、きっと大丈夫なはず。
過保護すぎるのもよくないと、腹を決めて尋ねる。
「大丈夫、持ってる」
エリオットは予想外の事を口にした。
「えっどうして!?」
「竜族の里で仲良くなった子に貰った。光属性、いらないって」
戸惑う私に、エリオットは手の甲を見せる。
そこには何もなかったけど、エリオットが手を重ねて少し擦ると紋章が浮き出た。
「これできるようになった――《ケレス》」
エリオットが唱えれば、馬耳と尻尾が消える。
それは光属性の身体的特徴が消える魔法だった。
「エリオットも魔法が使えるようになったのだな!」
「一体……誰から貰ったんだ」
フェザーが興奮気味に翼をはためかせ、イクシスが眉を寄せる。
「内緒」
「竜族は人と違って、使い魔を持つ者はほとんどいない。身を守るための使い魔なんて必要ないし、長生きだから複数属性を持っていても極めることが可能だからだ。つまりそういう事をする奴は、かなりの物好きしかいない」
言わないでおこうとするエリオットに、イクシスが喋りかける。
「うちの家でそんな事をするのは――ただ一人だ」
イクシスは誰がエリオットに魔法の属性をあげたのか、すでに気付いているらしい。
溜息を吐いて立ち上がり、ふいっと視線を逸らしているエリオットの側に立つ。
「エリオット。父さんから属性を貰ったな?」
「……言わない」
顔を覗き込むイクシスから、さらにエリオットは顔を逸らす。
その態度は、肯定と一緒に見えた。
ニコルくんたら、勝手に何してくれてるのかな?
本当にあのショタ父ときたら、色々やらかしてくれる。
竜の里に来たときから、エリオットとよくいるところを見たけれど。
……まさかそんなことになっているなんて思いもしなかった。
「エリオット、大丈夫だった? ニコルくんに変なことされなかった?」
隣に座っているエリオットの方に体を向ける。
オウガが現れて私がエリオットに構えず。
いっぱいいっぱいになっている間に、ニコルくんの使い魔にされてしまったんだろう。
可愛いエリオットを、ニコルくんの魔の手から守ってあげられなかったことを悔しく思う。
「……ニコルに意地悪いっぱいされた」
エリオットは嫌なことを思い出したのか、唇を引き結んで顔を曇らせる。
「ごめんね、エリオット! 私がちゃんとしっかりしていれば……っ!」
そんなエリオットを、大げさにギュッと抱きしめた。
「まるで父さんが悪者みたいな言い方だな……いや、間違ってないけど」
その様子を見ていたイクシスが、ぽつりと呟く。
息子にさえ庇って貰えない。
こういう事があったらすぐ疑われる所が、ニコルの日頃の行いの悪さを物語る感じだ。
「しかし、父さんが光属性を持ってたとは知らなかったな。使ってる所を見たことがないし、光属性だからそんなに問題ないだろ」
イクシスが肩の力を抜く。
魔法の基本六属性のうち、使えないことで有名な光属性だ。
持っていたところで特に危険もないだろうと、イクシスは判断したみたいだった。
「ちょっとレベルを見てやるから、使える呪文の中で一番強いやつ使ってみろ」
ニコルのせいですぐバレたと、エリオットは不満そうな顔だ。
イクシスに言われてしぶしぶと立ち上がる。
「《聖なる太陽の祝福》」
庭の奥の方に立って、エリオットが両手を掲げる。
そこに光の魔法陣が現れ、そこからサッカーボールくらいの球体が宙に生み出される。
小さな太陽のように光を放つその球は、ふわふわと風船のように浮いていた。
ほんのりと温かな光を放っていて、見ていて妙に心が和む。
「……こんな魔法あったっけ?」
「俺も初めて見る魔法だ」
私がやっていた乙女ゲームの光属性魔法に、こんなものはなかった。
イクシスも横で首を捻っていた。
「エリオット、これは何の魔法なんだ?」
「魔を払う光を放つ擬似太陽を作る魔法」
見たことのない魔法に興味津々なフェザーの質問に、エリオットが答える。
そっとエリオットが手を伸ばして、球体を自分の元に引き寄せる。
別に熱くはないらしい。
「まさかとは思うが、古代魔法なのか」
「肩書きのわりに凄い魔法という感じがしないな。詠唱をしなかったから失敗したのではないか?」
イクシスが呟き、フェザーが首を傾げ。
二人はエリオットに近づいて、その球体をしげしげと眺めた。
「イクシスの言う通り、古代魔法。最高難易度の魔法でこの光浴びると魔族死ぬ。あと、これに触れると」
「触れると?」
エリオットの説明の途中で、フェザーとイクシスが声をそろえて球体に触れる。
すっと光の球が二つに分かれて、それぞれの体に吸い込まれてしまった。
「あ……説明してたのに」
エリオットがしまったという顔になる。
フェザーとイクシスが目を見開いたまま、時を止めたように固まる。
「ちょ、ちょっとエリオット! これ大丈夫なの!?」
「あまり大丈夫じゃない……」
慌てて言えば、エリオットが困ったような顔になった。
「フェザー! イクシス! 大丈夫!?」
声をかければ、はっとしたようにフェザーとイクシスがこちらを見た。
「どうしたんですかメイコ様? そんなに驚いた顔をして」
まるで花が綻ぶように、フェザーが柔らかに微笑んだ。
透明に澄み切った瞳。
尊大で自信満々なオーラはどこにもなく、気弱そうにさえ見えた。
「メイコは驚いた顔も可愛い。キス……したくなってくる」
爽やかに白い歯を見せてイクシスが微笑み、私の顎に手をかけてくる。
その瞳はフェザーと同じく純粋に澄み切っている。
いつもと口調が違うどころか、雰囲気がまるで違うイクシスに背筋がぞぞっとした。
「イク……シス?」
「ねぇ、駄目かな? メイコに愛を伝えたいんだ」
名前を呼べばイクシスが甘えた声を出して、優しく頬を撫でてくる。
誰これ?
キラキラと眩いオーラを放っていて、背筋がぞぞっとする。
イクシスらしくない。絶対こんな事言わない。
まるでキザで爽やか過ぎるほどに爽やかな、王子様と言った雰囲気だった。
「あぁすいませんメイコ様。ぼくはあなたに謝らなければいけない事があります。この前メイコ様の銅像を作るのを禁止されてしまったのですが、村人たちに見せてほしいと頼まれて広場に大きな銅像を建ててきてしまいました」
イクシスの隣では、今にも泣きそうな顔でフェザーが私に懺悔してくる。
罪深いことをしたと、心から反省しているようだった。
「あなたのその美しい姿を、みんなにも是非褒め称えて欲しかった……でも、メイコ様との約束を破ったのは事実です。どうかぼくに罰をお与えください!」
胸が痛いというようにフェザーがそんな事を言って、両手の手の甲を差し出してくる。
この世界に来て当初、ヒルダに対して無礼を働いたと思った子たちが、癖のようにやっていた動作だ。
ムチで叩かれるのを、フェザーは待っている。
誇り高い鷹の王族であるフェザーは、他の少年たちと違い自ら手を差し出すことはなかったのに。
いやそもそも。
我というフェザーの一人称が、ぼくになってる。
そしてこの良い子な聖人オーラはどういう事だろう。
正直にいうと、どちらも気持ち悪いほどの変貌ぶりで大混乱だ。
「エリオット! これはどういうことなの!」
「この魔法……球体に触れた人の性格変える」
二人に囲まれ、戸惑って声をあげた私にエリオットが弱ったように呟く。
「触れた人の魔を払う。愛に満ちた善い行いしかできなくなって、悪い事できなくなる。術者の言うことが善い行いだと思い込むから、自白させたり下僕を作るのにぴったりだってニコルが言ってた」
「そんな魔法あるなら、ニコルくん自身に使ったほうがいいと思うな!」
なんて魔法をエリオットに教えてくれてるのかと、つい本音がツッコミなって口から出てしまう。
善人になる魔法があるなら、一番使うべきはニコルくんにだと心底思った。
「――この魔法をオレ自身に使ったところで、オレがやることが全て正しい行いだ。何も変わらないぞ、花嫁?」
ふいに、ニコルの口調でエリオットの声が聞こえて。
パチンと指を弾く音が聞こえ、瞬間目の前のイクシスとフェザーが膝から崩れ落ちる。
「イクシス、フェザー!」
「……どうしたメイコ。何でそんなに焦ってるんだ?」
「主?」
声をかければ、いつもの二人がそこにいてほっとする。
「エリオット、術解いてくれたの?」
「ううん。効力弱かったのかも」
エリオットの方に目をやれば、そんなこと言ってほっとした顔をしていた。
「ところでさっき、ニコルくんの物真似とか――した?」
「なんで僕がそんなことするの?」
尋ねればエリオットがあからさまに嫌そうな顔になる。
エリオットは一応主であるニコルの事が、嫌いらしい。
さっきニコルくんの口調でエリオットが喋った気がしたんだけど……どうやら空耳だったようだ。
「メイコ、これで魔法学校行っていい?」
「……いいけど、この魔法は人に対して使わないようにしてね?」
見上げて尋ねてくるエリオットにそういえば、うんと頷く。
「見せてって言われたから、見せただけ。触らせるつもりもなかった」
エリオットはきっぱりとそう言ったので、大丈夫そうだと安心する。
「でもどうしてニコルくんから魔法の属性を貰ったりしたの?」
それが一番の疑問だった。
ニコルの事を、エリオットはあまり好きじゃないようだったのに。
「メイコの役に立ちたかった。メイコが好きだから」
尋ねればエリオットが、曇りのない瞳で私を見て答える。
なんて健気でいい子なんだろう。
「エリオット!」
嬉しくなってぎゅっと抱きしめて。
いい子いい子と頭を撫でれば、エリオットが身を離した。
「……エリオット?」
エリオットに拒ばまれた事はなかったから、不思議に思って首を傾げる。
「僕の好きは、そういう好きじゃない」
真剣な声。
エリオットの黒の目には、確かな強い意志が感じられて。
思わずドキッとしてしまった。
次の瞬間、エリオットが大人の姿へ変化する。
抱きしめていたはずの小さなエリオットが、大きな体で逆に私を抱きしめてきた。
「僕の好きは……こういう好き」
耳元で囁くエリオットの声はいつもより低くて、秘密を打ち明けるような響きがあった。
体をそっと離して、目の前の少年を見る。
さっきまでそこにいた八歳くらいの、可愛らしいエリオットはそこにいなくて。
端正な顔立ちの極上の美少年がそこにいた。
歳は十七から十九歳くらいに見える。
真っ白なさらさらの髪は相変わらずで、やっぱり儚げに見えたけれど。
けぶるような睫毛に縁取られた黒い瞳は、確かな光が宿っていた。
「エリオット……なの?」
「うん」
確認すれば、はにかんで頷く。
物凄く可愛い。
思わずどきりとしてしまった。
「メイコが好きだから、守れるように強くなるよ」
すっとその端正な顔が近づく。
白く細い指が私の手に絡められて、ドキドキとしてしまう。
「学校もちゃんと卒業する。今はまだメイコから見たら、子供かもしれないけど。イクシスよりもいい男になるから」
黒くて底知れない純粋な瞳が見つめてくる。
「そのときは……メイコが僕を大人にして?」
可愛く少し不安げに小首を傾げられて、悶え死ぬかと思った。
ズギューンとハートを矢で射抜かれたような感じだ。
「なんだずるいぞエリオット。我も主に大人にしてもらいたい」
そう言ってフェザーが進み出て、私の手を握るエリオットをどけた。
瞬間、フェザーの姿が変わる。
エリオットと同じ十七から十九歳に見える青年がそこにいた。
茶色に白と黒が混ざる髪をかきあげ、フェザーが私の前に立つ。
大人姿のフェザーは気品と自信に溢れ、キリリとした面立ちが凛々しい。
「我だって主が好きだ。誰よりも尊敬しているし、主にどこまでも着いていく所存だ。ただ今の我が主に釣りあうとは思っていない。主の目に叶う男になったら、その時は求婚させてもらう」
そう言って宣戦布告して、フェザーはその手に氷の薔薇を一輪作り出した。
前に作ったものよりも花びらの一枚一枚が綺麗で美しく。
どうやったのか、ほんのりと中心側が赤く色づいていた。
「あ、ありがとう」
フェザーはキザなのに、それが文句なしに形になっていて。
思いっきりどもって、戸惑ってしまう。
さっきまでは二人とも子供だったのに、急に大人になってしまったから混乱が激しい。
獣人は一定の年齢で成長が止まり、恋をすると大人の姿に変身できるようになる。
完全な大人になるには、好きな人と体で結ばれる必要があって。
二人がそんな風に私を見ていたとは思ってなかった。
一体いつから変身できるようにと二人に話を聞けば。
エリオットの方は、私が竜の里に行く少し前から変身できるようになったとの事だ。
フェザーの方は、王子との試合がきっかけだったらしい。
私の使い魔としてもっと強くなって守りたい。
そう思ったら、大人の姿になっていたのだという。
エリオットの好きと違って、フェザーの好きは尊敬に近い気がするのだけど。
それでも、十分に変身できるようだった。
大人姿を手に入れた二人は魔法学校に行かせることを決めて、別で勉強をさせることにした。
二人の成長が嬉しい。
それでいて、こんなに好かれるくらい仲良くなったんだなとしみじみしてしまう。
出会った頃のエリオットは死んだような目をしていて。
フェザーは私の命を狙っていたというのに。
――変わったなぁ二人とも。
その成長に胸の奥がくすぐったくなる。
ふわふわとしたこの心地が、幸せだなと思った。
6/4 誤字修正しました。報告ありがとうございます!




