【64】領主様と格好イイ魔法
春になっても相変わらず、暗殺者の数は減らない。
けどオウガに加えフェザーやエリオットと、護ってくれる人手が増えて。
さらに、メアが積極的に護ってくれるようになったため、むしろ私の護りは強固なものになっていた。
その事以外は順調そのもの。
屋敷の畑での魔草の栽培が上手く行ったので、ヒルダの屋敷に住んでいる少年・キーファの故郷の村で、まずは試してみることにした。
魔草の育て方は、オレンジゴケを混ぜた土を作り上げ、魔力を込めた水を撒くだけ。
手軽なのだけれど、魔力を込めた水を毎回作るのは結構大変だ。
屋敷の畑と違って村の畑は大きい。
その量の魔力水を作るために、フェザーだけでなく最初はイクシスにも手伝ってもらっていた。
コレじゃ手間がかかりすぎる。
そう思って、魔力を込めたアイテムを、畑に生めるという方式も考えた。
これだととても楽で、屋敷の畑ではすでに試してあった。
魔草は元々森に生えてるものなので、そんなに水をかけなくてもいい。
ただ放置しておくだけで十分に成長してくれる。
しかし、その魔力を持ったアイテム自体が高く売れる。
警護が固い屋敷ならまだしも、村の畑だとすぐに掘り出されて売られてしまう可能性が高かった。
そこで私が考え出したのが、凝縮した魔力水。
……まぁ偶然の産物だったんだけどね。
私が魔力を水に込めた時に、フェザーが煽るものだからちょっと詠唱に気合いが入りすぎてしまって。
超高濃度の魔力水が出来上がってしまったのだ。
それを三十倍に薄めれば、普通の魔力水と同レベルになることが発覚。
とりあえずはコレを畑をやる家庭に配り、定期的に薄めてかけてもらうことで解決した。
魔草にもいろいろ種類がある。
回復薬の材料になる回復草、毒をくらったときに治す毒消し草などなど。
これらは魔法学校がある地域や、魔物の生息区域が近い街などではよく売れる。
普通栽培できるものじゃないから、買取価格もそれなりに高い。
こっちの方は結構順調だった。
ただ、私が睨んでいた通り。
あの奇病にかかって後、魔法が使えるようになった者が何人かいた。
村の少年・キーファもその中の一人だ。
人の体に魔力回路を作り出し、魔力のある人間から力を吸い取るコケによる奇病。
彼らは奇病によって無理やり魔力回路を開発され、その使い方に目覚めてしまったらしい。
魔法はある程度使い方を覚えておかないと、感情が高まったときにセーブできず、危険を引き起こす可能性があった。
平民は魔法を使えない。
そんな常識がこの世界にはあって、平民で魔法を使える者は稀だった。
どうしようかなと思っていたのだけれど、魔法はオウガが教えてくれると言ってくれた。
オウガはああ見えて努力家で勉強好きなので、イクシスと違って教えるのは上手い。
高校のテスト勉強の時もよくお世話になった。
異世界人に自国の勉強を教えてもらう、現地人ってどうなの? と思わなくもないけど、オウガのスペックが高すぎるだけだと思う。
ただオウガの場合。
その怖い顔と竜族ということに恐れをなして、生徒となる村人が怯えているのがちょっとした問題だった。
しかし、それはフェザーが解決してくれた。
同じ水属性の魔法の使い手として、魔法を習いたい。
授業の日のたび、フェザーが一緒にオウガに着いて行くようになったのだ。
オウガは実を言うと、子供が苦手だ。
竜族の里でも小さい子たちが近づいてくると、そっと逃げていた。
最初はフェザーのことも少し苦手なようだったけれど。
わりとすぐに慣れたようだった。
たぶん、フェザーが私の弟である林太郎と言動や雰囲気が似ているからだろう。
元の世界にいた頃、私の弟である林太郎はオウガを気に入っていた。
最初の頃は林太郎にまとわりつかれて、よくオウガは困った顔をしていたものだけれど、今ではすっかり仲良くなっている。
一緒に遊びに行く事もあるくらいだった。
フェザーがオウガのフォローにまわり。
魔法を教える手伝いをし始めて、急に生徒の出席率があがったらしい。
ぜひ主もきてくれと言われて、一度イクシスと見学に行くことになった。
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「闇に包まれし我が家に、ほんのひと時の団欒を――我、トンガの声に答えて《かまどの火》!」
村の集会所に行けば、目の前で一家の大黒柱と思わしきお父さんが呪文を叫んでいた。
手をクロスさせた格好よさげだけれど、目を背けたくなるポーズを取っている。
「四十点だな。闇に包まれし、なんて初心者が使いがちな単語だ。あと日常が詠唱の中に入りすぎていて、格好よさを阻害している。ポーズはよかった。手を振り上げるときは、こう上に突き出す感じがいいな」
「こうですか、フェザー先生!」
指導するフェザーに対して、村人たちが真剣に聞き入っている。
……全員が無駄に格好を付けた呪文とポーズ付きで、魔法を詠唱するようになっていた。
しかも何故か皆、生き生きとした顔をしている。
「オウガ、これは……?」
「これはも何も、メイコから悪い影響受けてるのは丸分かりだろうよ……」
尋れば、オウガではなく隣にいたイクシスが答えて額を押さえる。
「いやオレはちゃんと魔法を教えてたんだぜ? そしたら、フェザーが格好良くない魔法なんて、魔法じゃないとか言い出してな……この通りだ」
オウガがどうにかしてくれと訴えてくる。
「しかも、フェザーが教える方が皆楽しそうなんだ。一日中怪しいポーズの練習と、格好いい単語の書き取りで授業が終わる。皆基礎的な読み書きが出来ないのに、永遠とか刹那とか、使えない単語ばかり覚えていくんだ……」
注意したいところなのに、魔法の習得自体は上手く行っているから、やめさせることもできない。
オウガは困り果てているようだった。
「領主様、フェザーくんから聞いています。その素晴らしく、格好いい魔法を見せていただけませんか!」
どうやって軌道修正しようかと考えていたら、村人が私の元にやってきた。
「主、皆の士気を高めるために見せてやってくれ。我のような感動を味合わせてほしい」
フェザーがそれを後押しする。
キラキラとした沢山の目に見つめられて、嫌と言える私じゃない。
村人の中には、当初ヒルダを嫌っていた人も多かった。
けれど、奇病騒動の際に手をつくした事と、村の産業に手を貸して努力しようとしてることを、評価してくれる人も出てきていて。
「そうね、一度格の違いってやつを見せてあげようかしら」
ここは、領主の凄いところを見せておくべきだよね。
悪い癖が出て、ノリノリのポーズで詠唱をして、皆に褒められて。
それでいてオウガとイクシスに、残念なモノを見る目を向けられた。
「お前、林太郎の悪い影響受けてるな……」
オウガがぽつりと呟く。
弟と一緒にされて、内心ショックを受ける。
確かに林太郎の真似はしたけれど、あれと一緒は嫌だ。
『林太郎という名は、この器の名前に過ぎない……特別に我の真の名である、燐世と呼ぶことをお前には許可してやろう』
弟はそんな事を真顔で言うような、残念な子なのだ。
どう見たってリンゼとかそういう顔じゃない。
私と似て少し童顔で、平凡すぎるほどに平凡な顔立ちだ。
ちなみに……私もオウガも、林太郎と普通に呼んでいる。
「領主様はさすがですね! 魔法の威力も素晴らしいですが、私達にあんな詩的な詠唱は思いつきません!」
「破滅のセグメントとか、古のコンプライアンスという言葉がありましたが、どういう意味ですか! 教えてください領主様!」
「あのポーズにはどういう意味があるんですか? 円を描くような動作は、太陽を表していたりするのでしょうか!」
村人たちが私を尊敬の眼差しで見てくる。
それによって、格好を付けた詠唱の代償が跳ね返ってきた。
意味なんてあるわけないじゃないの適当だよ?
どうしよう意味きかれても困るよ。今日のアレは会社でよく使ってたカタカナ単語を並べただけだもの!
オウガとか、あいつ何言ってるんだって目で見てたしね!
そしてポーズに関しては深読みしすぎだよ!
弟たちと昔良く見てた、日曜の朝早くからやってるレンジャーものの変身ポーズを再現しただけだもの!
……思い出すと顔から火が吹き出そう。
恥ずかしさが三倍になって身に降りかかってきて。
自分がした痴態に、後で悶え苦しんだのは言うまでもなかった。
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このフェザーの魔法塾は大盛況。
結果、村の少年キーファまでこの詠唱をするようになってしまった。
ちなみに土属性だったので、コケを土に混ぜ込む係に任命しようと思ってる。
詠唱しなくても魔法は使えるよと、教えてあげたいところなのだけれど。
「し、新緑の大地よ、秘められし力を解き放て。我、キーファが命じるっ――《肥沃なる土》!」
恥じらいながら詠唱しているキーファは……ちょっと可愛い。
真っ赤になりながら、フェザーに教えられたポーズを取る姿はなんともいえない。
アイドル顔で可愛らしいキーファは、いじってくれと言わんばかりのオーラを放っていて。
そのままでもいいかなぁなんて、うっかりその機会を逃してしまっている。
「……メイコ式魔法術、大人気だな」
キーファを見て、ポツリとイクシスが呟く。
「主の格好いい魔法の唱え方に、名前がついてないのもおかしな話だな。今日からメイコ式と呼ぶことにしよう」
イクシスの適当な呟きをフェザーが真剣に受け取ってしまって。
この魔法の唱え方は不名誉な事に……メイコ式という名前がついてしまった。
6/2 誤字修正しました。報告ありがとうございます!




