【63】暗殺者と護衛の元暗殺者
皆に秘密を打ち上けて、二週間。
気持ちは軽くなったけれど、何故か暗殺者の数が増えた。
「シャー」
目の前では本日三人目の暗殺者を、メアの蛇が締め付けてくれている。
畑に忘れ物を取りに行ったら、背後でぐっと人が息を飲むような音が聞こえて。
振り返ったらメアの蛇が、暗殺者に魔法を放ち首を締め上げていた。
「最近本当多いよね。まだ午前中なのに三人なんて。なんで一人でいるの?」
「畑の作業するときに手袋忘れちゃって、すぐ戻るつもりだったから大丈夫かなって」
しばらくして私の影からメアが現れる。
暗殺者を手際よく縄で縛り上げながら尋ねられ、反省しながら答える。
いつも神出鬼没な、闇属性の幻獣使いで元暗殺者の少年メア。
気付けば私の側にいて、暗殺者を退治してくれているのだけれど。
いつもメアは私の影から現れていたことを、最近知った。
今までは私がよそ見している間に影から出て、偶然そこにいた風を装っていたようだ。
近頃は面倒になってきたのか、私が見ている前でも影から普通に出てくる。
屋敷内くらいの距離にいれば、メアは私の影に移動できるらしい。
イクシスが空間を移動できるのと、そう変わらない感じのようだ。
「いつも暗殺者がいるのによく気付けるわよね。影の中から見えるの?」
「うーんそんなところ? まぁとにかくおれたちがいるからには、安心していいよ。メイコお姉ちゃんはちゃんと守ってみせるからさ」
質問をすれば、メアがそんな事を言って笑う。
さっき暗殺者を退治してくれた蛇が、任せておけよというように舌をちろちろと出している気がした。
「ありがとね。いつもメアが退治してくれるから、安心して過ごせる」
「どういたしまして……というか、お礼はサミュエルに言ってあげて?」
礼を言えば、メアは背後にいる一匹の蛇に視線をやってそう言った。
さっき助けてくれた蛇はサミュエルくんと言うらしい。
メアの蛇は三体いるけれど、どれも見分けがつかない。
今日は一体しかいないから、それがサミュエルくんなんだとわかった。
「あ、ありがとう、サミュエルくん」
「シャー!」
口を大きく開けて、舌をちろちろと出したのでこちらとしては身を竦めてしまう。
「喜んでるよ。よかったね、サミュエル」
「シャー!」
にっと笑ってメアが言うと、サミュエルくんは私とメアの影が重なった部分へと消えていく。
どうやら満足したらしい。
「今日は二人来たから、午前中はもうこないと思ってたんだけどね。多いみたいだから、おれがしばらく一緒にいてあげる!」
「ありがとうメア」
暗殺者にやられそうになった時、メアはいつもどこかから現れて助けてくれる。
けれどそれ以外の時に関わることは、今まであまりなかった。
奇病騒動の際、メアが病人から魔力を吸い取ってくれたお陰で、事態を早く収拾することができて。
お礼にとブルーベリーのパイをプレゼントしたあたりから、メアの私に対する態度が少し変わってきた気がしている。
表立って私の側にいることは少なく、影から護るという感じで。
私を助けて後は、すぐに立ち去っていたメア。
それが、最近は側にいて護衛を積極的にしてくれるようになっていた。
誓約を結んでいるから、一応助けている。
でも、正直私のことなんてどうだっていいとメアは思っている気がしていた。
それどころか、自分の生死さえどうでもいいと考えてるんじゃないかと思える瞬間が時々あって。
メアのそういう所が……私は少し苦手だった。
前に一度、メアが血だらけで私の前に現れたことがあって。
心配で慌てて手当てしようとしたら、驚いた顔をされたことがあったのだけど。
「オレが死のうが、どうだっていいでしょ? 別にヒルダ様が死ぬわけじゃないんだし。どうして必死になってるの?」
メアはわけがわからないと言った様子で、本気で不思議がっていて。
私の行動が理解できないという目をしていた。
その時に、この子は自分が死のうがどうだっていいんだなと思った覚えがある。
まぁ結局は、その全ては返り血で手当ての必要はなかったのだけれど。
ニコニコ笑っているけれど、感情がそこにないように見えるメア。
いつも何を考えているか、わからなくて底知れない。
中身が空っぽというか、どうにも空虚に思えていた。
「中入ろう? おれ寒いの苦手なんだよね。あまりに寒すぎるとうちの蛇たち冬眠したくなっちゃうみたいだし」
メアが肩をすくめて、手を差し出してくる。
第一王子と同じ顔をしたメアは、相変わらずフードを目深に被っていてその瞳は見えない。
でもどうしてだろう。
その声に前とは違う、私に対する思いやりみたいなものを感じる。
フードの下は、優しい目をしてるんじゃないか……そんな事を思った。
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メアと一緒にお茶を飲む。
午前中はいつも、屋敷の少年達には勉強をさせている。
でも、メアはいつもそれに参加してはいなかった。
勉強の代わりに別の事をしている事が多いからとか、私の護衛をしているからとか。
そういう理由もあるけれど、何よりメアに勉強の必要がなかった。
メアの背中にいる蛇の幻獣。
幻獣は血に宿り、宿主が死ねばその子孫にまた憑くこともある。
メアが持つ闇属性の蛇は、メアで宿主が五人目。
今までの宿主の知識を幻獣は持っていて、メアが引き出そうと思えばいつでも引き出せるらしい。
頭の中に常に引き出せる辞書がある、そんな感じなのかもしれないと思う。
ちなみにメアの双子の兄であるレビン王子の光属性の幻獣は、レビンが初の主。
メアの幻獣から見れば、雑魚……もとい子供だという事だ。
メアは無邪気で残酷な子供っぽい面を見せるかと思ったら、全てを達観したような雰囲気を漂わす事もあった。
アンバランスだなとは思っていたけれど、その複雑な生い立ちだけでなく幻獣の影響もあるらしい。
「メアはさ、将来どうしたい?」
「いきなりどうしたの、メイコお姉ちゃん」
尋ねればメアの口元が面白そうに笑う。
「ずっとそうやって、私の護衛みたいなことをやらせるわけにはいかないでしょ?」
「おれはそれで十分だよ? 退屈してないし、思ってた以上に満足してる。それに誓約があるから護らなきゃでしょ?」
確かにメアの言う通りなのだけれど、それを言われると心苦しかった。
まぁ、誓約を結んだのはヒルダであって私ではないのだけれど。
「なんでそんな顔するの? 誓約があるから、こうしてここにいられるのに。なければ親父の所に戻らなきゃいけないしね」
むしろある事に感謝しているというように、メアは口にする。
いつも護ってくれているから、私はメアの立場を少し忘れかけていた。
メアは元暗殺者だ。
誓約がなければ、ここに留まる必要もなく暗殺者に戻るだけだった。
誓約に縛られて不自由しているイクシスとは違う。
「お姉ちゃんって面白いよね。おれが不幸だって思ってたりする?」
「そういうわけじゃ……」
尋ねられて咄嗟に否定しようとすれば、メアはフードをとって髪をかきあげる。
紫色の瞳で私をじっと見つめてきた。
「安心して。今は誓約があってもなくても、メイコお姉ちゃんの側にいてもいいかなって思ってるから」
ふっとメアが瞳を細める。
いつもの笑みと違う、柔らかな笑み。
しゅるしゅると背後から一匹蛇がでてきて、その通りだというように私に向かって口を開ける。
「……どういう心境の変化なの?」
悪いなとは思ったけれど、このメアの私への態度の変化についていけてなかった。
「あれ? 信じてもらえてない? 悲しいなぁ。ね、サミュエル?」
「シャー……」
メアが自分の顔の横にいる蛇に話しかける。見分けは全くつかないが、この蛇はさっきまでここにいたサミュエルくんらしい。
私に対して最初からメアは、表向き好意的ではあった。
でもどこか馬鹿にしたような雰囲気があった気がする。
今のメアにはそれがあまりなくて、私に見せる好意に中身が伴ってきてる感覚がある。
でも特に何をした記憶もない。
けれど、何もすることなしに私を好いてくれるようなタイプにも見えなかった。
「理由が必要?」
「……できれば教えてほしいかなと」
頷けばしかたないなぁとメアは笑って、その背中に蛇を三体出した。
さっきからメアの側にいるサミュエルくんを含めると四体だ。
「蛇……四体もいたの?」
いつもメアの背中には影でできた蛇が三体いた。
だから、てっきり三体しかいないと思い込んでいたので驚く。
「そうだよ。サミュエルだけはおれの影じゃなくて、ずっとメイコお姉ちゃんの影にいたんだけどね」
「シャー!」
返事をするようにサミュエルくんが口を開いた。
メアによれば、元々メアの蛇は四体だったらしい。
けれど誓約を結ばされた際に、ヒルダにサミュエルくんを奪われてしまったようだ。
メアは蛇の潜む影に移動ができる。
それを利用してヒルダは、メアを呼びつけたりしていたらしい。
イクシスを空間に待機させていたのと、同じような事をメアにもしていたようだ。
「ヒルダ様がメイコお姉ちゃんになってからは、サミュエルも解放されてたんだけどね。監視するには丁度いいかなって、そのままにしてあったんだ!」
だから私が獣人の国にいる時の出来事も、竜の里にいたときのことも全て知ってるよとメアは告白してくる。
「ずっとメイコお姉ちゃんのこと、サミュエルを通じて見てたんだよ? サミュエルがメイコお姉ちゃんを好きになったから、他の子たちもお姉ちゃんを好きになったんだ」
ははっと面白そうにメアが笑う。
メアの蛇たちに私が好かれていたのは、そういう理由だったらしい。
「じゃあ、最初から私がヒルダじゃないことを知ってたの?」
まぁねとメアは頷く。
「おれがいつもメイコお姉ちゃんのピンチに駆けつけていたわけじゃないんだ。サミュエルが暗殺者を倒して後に、おれを呼んでたの」
ヒルダは常に命を狙われている。
屋敷の警備は厳重にしているつもりでも、時折暗殺者が忍び込んできていた。
ちなみに決して屋敷の警備がザルなわけじゃなく。
メアによれば、そこそこ腕のいい暗殺者が送り込まれているらしい。
それだけヒルダ様を殺したいってことだよね! とケラケラ笑われて。
笑い事じゃないよと心の底から思った日のことを、今でも忘れない。
「大体さ、メイコお姉ちゃんのピンチに、都合よくおれが毎回かけつけられるわけないでしょ?」
確かにメアの言う通りだ。
現れるタイミングがよすぎだとは、いつも思っていた。
一体どこにメアは潜んでいるんだろう。
不思議に思いながらも、怖くてあまり詮索しないようにしていた。
この能力があるから暗殺に向いてるんだとメアは言う。
暗殺対象の影に蛇をしのばせ、一人になったところでその人の影から現れて。
一思いに殺すのがメアのやり方らしかった。
機密事項だから、言っちゃ駄目だからね? と悪戯っぽくメアは笑ったけれど。
……怖くて誰にも言える気はしない。
「メイコお姉ちゃん、前に頑張ったお礼にってこの子達の分までブルーベリーのパイをくれたよね。あれでおれも含めて、皆完全にお姉ちゃんに心奪われちゃったみたいなんだ」
サミュエルなんて一番頑張ってるのに貰えなかったから、他の蛇たちに嫉妬して大変だったんだよと楽しそうにメアは語る。
確かに奇病騒動の時、頑張ってくれたメアにブルーベリーのパイを手作りして、プレゼントしていた。
蛇たちの分まで作ったのは、食事の際にメアの食べ物を蛇が食べてるところを見たことがあったからだ。
――メアにあるのに一番頑張ってた俺たちにはねぇのかよ?
そんなことを蛇様たちが思って、じゃあ私を食べちゃおうかって流れになったら困る。
もしもの事態を回避するために、先手を打って用意していた。
ただそれだけの事だったのだけれど。
それで私は蛇たちのハートを射止めてしまったらしい。
行動が裏目に出ている気がする……!
「……お姉ちゃんてさ面白いよね。弱そうに見えるのに、ずぶといし。蛇を怖がるのに、蛇にも優しい。殺すには惜しいなって思う相手は初めてだよ。死なれちゃ困るんだ」
メアがいつものニヤニヤ笑いをやめて、そんな事を言う。
それが最大の褒め言葉であるかのように、静かにゆっくりと私に伝えるように。
メア自身の意志がはっきり感じられる言葉は、初めてかもしれないと思う。
二対の紫の瞳と、四対の赤い蛇の瞳が私を見つめてくる。
爬虫類が獲物を捕食する時のように、じっと見つめれれて目が離せなくて。
――背筋に、ぞくっとしたものを感じる。
「そういうわけだからさ、安心して護られてよ」
にっとメアは、いつもの調子で笑ったけれど。
護ってくれると言われて安心するべきところなのに。
何故か――身の危険を感じてしまった。




