【62】竜の里からの帰還
「ごめんね、オウガ。私もう少しこの世界に残ることにする」
「……まぁなんとなくわかってたからいい」
ちゃんとけじめはつけておこうとすればオウガは溜息を吐いた。
「あとそれとね、私イクシスのことが……もがっ」
言おうとすれば、口を手で押さえられた。
「それは聞かない。まだ諦める気もないからな」
「でもオウガ」
硬い声色でそう言ったオウガを見上げれば、でこピンをされてしまう。
「そんなに簡単に諦められる気持ちじゃないんだよ。好きでいることくらい自由だろ」
「オウガ……」
苦しそうな顔でそう言って、オウガが私を見る。
オウガの気持ちに答えられないことに、申し訳なくなった。
「そんな顔するな。オレはオレのやりたいようにやるだけだ」
くしゃっとオウガが私の髪を撫でる。
「そういうわけだから――オレはメイコに着いて行く」
やっぱり、オウガは私に甘い。
オウガは、私が元の世界に帰るかどうか悩んでいる間は側にいてくれる。
きっとオウガならそう言ってくれるとわかっていた。
一緒にいてくれると心強い。
完璧に……これは甘えだ。
ずるいなと思いながら、そう言ってくれることを期待していた。
「メイコはまだ元の世界のこと悩んでるんだろ。白竜の道もあるし、オレを選ぶ可能性も消えてないって事だ。元の世界に帰りたいって思った時、オレがいないと困るだろ?」
それにイクシスも心配だしなとオウガがにっと笑う。
頼もしく、気にするなというように。
「……ありがとうオウガ!」
一度決めたことをオウガが撤回するような性格じゃないことは知っていた。
だから、素直にお礼を言って甘えることにする。
つい癖で感謝を込めてぎゅっと抱きつけば、くしゃくしゃと頭を撫でられる。
元の世界の時にいたときからのやり取りに安心感を覚えていたら、イクシスに引き剥がされた。
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オウガを加えた四人で屋敷に戻る。
門をあけると、屋敷までの道のりに氷の像が何体も立っていた。
そのどれも独特のポーズをとった女性のものだ。
右目を隠し、もう片方の手を後方に大きくふりあげたポーズをとったもの。
天高く手をつき上げ、スカートをはためかせ。
何かの光臨を待つかのごときポースのもの。
様々なポーズを……格好いいというよりも格好をつけたポーズをとった私の氷の彫刻が、ずらりと並んでお出迎えしてくれた。
「これは何というか……凄いな。これがメイコの屋敷なのか?」
「フェザーの奴何してるんだ……」
オウガが言葉が見つからないというように呟き、イクシスが片手で顔を覆った。
「主待っていたぞ!」
この彫刻を作ったであろう犯人、鷹の獣人・フェザーが嬉しそうにやってくる。
「フェザー、これは?」
「主がいない間に技を磨いたんだ。氷の花だけじゃなく、主の格好いい姿を彫刻にしてみた。気にいってくれたか?」
引きつった顔の私に、フェザーはキラキラした眼差しを向けてくる。
私が褒めてくれると疑ってない、純粋無垢な瞳に目が眩みそうになった。
「フェザー凄い。部屋に飾ろう」
「そうだろう? なかなか上手くできたと自分でも思っている。どのポーズがいい?」
馬の獣人・エリオットが尻尾を振って興奮気味にフェザーを褒める。
フェザーも満更でもないようだ。
同じ部屋の二人なので、わりと仲がいいのだけれど、ポーズの評論を始めるのはやめてほしい。
こんなのを部屋に飾られたら、いたたまれなくて泣く。
「他の像にしましょう! らいおんさんとか、きりんさんとか」
「そんなものに興味はない。我が興味があるのは、魔法と主だけだ」
提案はばっさりとフェザーに切られてしまう。
「それでどうだ、主。彫刻のプレゼントは」
「ま、まぁまぁね。私の美しさを称えるには、まだ――修行がたりないわ」
「そうだろうとは思っていた。主のポーズにはもっと躍動感があるからな! 次はもっと大きなものを……」
「いやいやいや、これで十分だからフェザー! やめよう! これでもう満足ですから!」
いつものヒルダモードで受け答えしようとして、事態が悪化しそうだったので、お願いですやめて下さいと懇願する。
こんなの恥ずかしくて、外に出られないよ!
どれだけのナルシストなんだって思われちゃう!
どうにかこうにかフェザーを説得して、この彫刻はこれ以上作らないようにお願いした。
フェザーもエリオットもかなり不満そうだったけれど。
さすがにこれは、ないと思うんだ……。
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「おかえりなさい、ヒルダ様!」
「なさい!」
庭の方に先に寄ってみれば、畑のほうで月組の子二人が作業をしていた。
エルフのハーフである男の子二人組みで、兄弟のピオとクオ。
ヒルダの故郷であるエルフの国出身の孤児。
夫が死にショタハーレムを持つようになってからしばらくして、ヒルダが迎え入れたらしい。
ヒルダと同じ金髪に、少し尖った耳。緑の森のような目。
少し顔立ちもヒルダと似ている気がするのは、同じエルフのハーフだからだろうか。
歳は十四歳と十三歳で歳に対して言動が幼く、無垢な子たちだった。
「ヒルダ様、お花死んだ」
悲しいお知らせだというように、二人は声を合わせてクイクイと私の服の裾を引いた。
「お花って私が買ってきたやつ?」
二人はこくりと頷いた。
ピオとクオはとてもよい子で、土いじりが特にお気に召したみたいだった。
だからお花の苗を竜族の里に行く前にプレゼントしたのだけれど。
どうやら嬉しくて早く育つよう水をあげすぎてしまったらしい。
「ピオたちお花のお墓つくった」
悲しそうに兄のピオが口にする。
「クオたち悪い事した」
弟のクオがしょんぼりとしていて、その姿になんて純粋な子達なんだろうと思う。
よしよしと頭を撫でてやって、三人で手を合わせて。
また新しい苗を買ってあげるから、今度はこの花の分まで育ててあげようと言えば。
二人はようやく笑顔を見せてくれた。
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おかえりなさいませと迎えてくれたクロードは、オウガを見て戸惑った顔をした。
「ヒルダ様、竜が増えているように見えるのですが」
「こっちはイクシスの双子のお兄さんで、私の元の世界からの知り合いのオウガ……じゃなくてオーガスト。竜の里で再会して、しばらくこっちに滞在することになったから」
クロードに紹介して、部屋の手配を頼む。
聞きたいことは色々あるだろうに、クロードは執事という立場を弁えてか、かしこまりましたとだけ呟いた。
「私がいない間に、何か問題が起こったりしなかった?」
「いえ特には。月組が管理する畑が、なかなかのよい成果を見せたくらいでしょうか」
尋ねればクロードが優しく笑いかけてくれる。
「お姉ちゃんおかえり! 寂しかったんだよ!」
ウサギの獣人ベティが奥から走ってくる。
他にも少年達の姿が見えた。
「ただいま!」
そうやって答えて。
帰ってきたな、なんて思って嬉しくなる自分に気付いた。
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時が過ぎるのは早くて、私がこの世界に来て一年が過ぎ去った。
一年を機会に、私は皆にヒルダじゃなくてメイコだってことを打ち明けた。
皆にずっと黙っていて心苦しかったというのもある。
でも何より、隠す意味もあまりないような気がしてきていた。
もともと、私が記憶喪失ということにしていたのは、その方が皆が混乱しないだろうからという理由だった。
それと、イクシスから記憶喪失ってことにしておけと言われていたこともある。
あの日階段から落ちて、ヒルダから私に入れ替わったタイミングが都合よすぎる。
何者かが、何かの意図でヒルダに魔法をかけたのではないか。
その魔法が何かはわからないようだったけれど、イクシスはずっとそんな事を考えていたようだ。
――まぁそんなイクシスが、一番皆の前でメイコ呼びしてくれてるんですけどね?
私が皆に打ち明ける事を決めた何よりの理由がコレだ。
屋敷にやってきたオウガは私をメイコと呼ぶし、イクシスもかなりの頻度でメイコって呼ぶ。
エリオットは事情を知らない皆の前でメイコと呼ぶのを控えてくれるみたいだったけれど、時折うっかり間違う。
ちなみに、フェザーはいつも主呼びなので何の問題もない。
そんな感じなので、何故私がメイコと呼ばれているのか、不思議がる子達が出てきたのだ。
それでしかたなく、少年達と私と仲のいい使用人に限定して、他言無用で事情を説明した。
見た目はヒルダだけど別人なの。
そんな事言われて混乱するんじゃないかと思ったけれど、皆あっさり受け入れてくれた。
こっちが拍子抜けするくらいだった。
あまりにもヒルダと違うなと、皆思っていたらしい。
「ヒルダ様、大口あけてご飯食べなかったしね。朝からご飯三杯も食べたり、カキ氷食べ過ぎておなか壊したりもしなかったよ!」
「疲れても、よだれ垂らして間抜けな顔で眠ったりしなかったしね」
「じゃーじとか、あんな変な服絶対着たりしない……センス悪すぎる」
皆口々にそんな事を言ってくれて。
……密かにちょっと傷ついたのは内緒だ。
★12/14 誤字等の修正を行いました。




