【58】恋人ごっこの終わり
イクシスが連れて行ってくれたのは森だった。
木々にはまるで色とりどりの宝石にしか見えない実がなっていて、色鮮やかに発色してまるで電飾のようだ。
「これ何? 綺麗!」
それだけじゃなくて、芝生の草が揺れるたびに赤や青の透明度のある色へ発色する。
クリスマスのイルミネーションにも負けない煌びやかさで、まるでおとぎの国に迷い込んだみたいだ。
「こっちの木はジュエルツリー。実は魔石って言って、魔力を持った宝石だ。こっちの草は宝石草。どちらも夜になると発光する。結構綺麗だろ?」
喜んだ私を見て、満足そうにイクシスが笑った。
「……魔石に、宝石草!? どっちもゲーム内でS級のレアアイテムだよ!?」
普通に大量に生えているみたいだけれど、とんでもない話だ。
見つけるのも一苦労で、どちらも売るとかなりのお金になる、まさにお金の成る木だった。
「そうなのか? 竜族の里では普通に生えてる。これを売ってお金にして旅したりするんだ。まぁお金がなくなったら、角を削って売ったりもするんだけどな」
あっさりとイクシスは言ってくれる。
ちなみに角は伸びるらしく、爪のように時々切ったりして手入れが必要らしい。
その欠片を取って売ると、それだけでかなりの金額になるとの事だった。
ちなみにゲーム内で竜の角は、一度しか手に入らないレア中のレアアイテム。
最強のボスキャラを倒して手に入る重要アイテムで、最高難易度の錬金術アイテム『賢者の石』の材料になるものだ。
それが爪きりレベルで竜族によって売られていると思うと……苦労して手に入れた側にとっては切なかった。
……ん、ちょっと待てよ?
賢者の石って確かヒルダ作ってたよね。
ふいにそんな事を思い出す。
幽霊であるジミーの器になっていた、魔法人形の心臓部分に賢者の石が使われていた。
「……イクシス、ちょっと聞いていい? ヒルダに角とか取られたりした?」
「そういえば、伸びるたびに根こそぎ持ってかれてたな……特に最初の頃。ヒルダが嫁いでからは取られなくなったが」
なんとなく尋ねてみたら、やっぱりイクシスの角は素材として採取されていたようだ。
「何だいきなり」
「いや、もしかしてヒルダはイクシスの角が目的だったのかなって思って。竜族の角って、ゲーム内で賢者の石作るくらいしか使い道がないんだよね。もしかしてイクシスって、ジミーの魔法人形の心臓を作るために、ヒルダが捕まえたんじゃないかなって」
訝しげな顔をしたイクシスに答える。
嫁いでから採取されなくなった……それは賢者の石が完成してジミーの体が出来上がったから必要なくなった事を意味するんじゃないだろうか。
「そういえば……今度は配合を変えたいから、たっぷり取らせてもらうわとか、時々口にしてたな」
仮説を口にすれば、イクシスはありうるかもしれないと黙り込む。
「まさか角欲しさに俺は異空間から引きずりだされて、重い誓約を結ばされたのか? いやでも、確かにあいつ守護竜なんて必要ないくらい強かったが……そんなくだらない理由で俺は……」
今知らされる真実。
イクシスは、ショックを受けた顔をしていた。
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森の少し開けた場所にベンチがあって、そこに座りながらしばらくこの光景を眺める。
夜風が涼しくて、葉がゆれるたびに光も揺れて綺麗だ。
「つれてきてくれてありがとうね、イクシス」
お礼を言えば、イクシスが笑った。
それはちょっと寂しげな笑い方で、妙な胸騒ぎがした。
ふいに顎に手をかけられて、口付けられる。
「んっ……!?」
ゆっくりと口の中を味わうように舐めまわされて、くすぐられて。
角度を変えてまた口付けられる。
イクシスのこちらをみる瞳が苦しげに揺れていて。
少し甘い味がするのに、こっちまで苦しくなるようなキスだった。
「メイコはドキドキしすぎだな。好きでもない俺に対してこれだと、オーガストが本当の恋人になったとき、心臓が壊れないか心配になる」
私の胸の上においていた手を、そっとイクシスが離して距離を取る。
「イク……シス?」
イクシスが変だ。
最初から思っていた疑惑が、確信になる。
何かを決意したような目で、私を見ていた。
思いつめたような表情に嫌な予感がする。
「恋人ごっこは終わりだ。お前はオーガストと元の世界へ帰れ」
その言葉が静かな森の中に響いた気がした。
どうやらこの話をするために、今日私を外へ誘い出したようだ、
決意の滲む顔を見れば、それがわかった。
「……その事はまだ考え中で」
「元の世界に体があるなら、戻った方がいいだろ。どう考えても。何を悩む必要があるんだ。オーガストの事だって、嫌いじゃないだろ?」
イクシスなら、そう言うんじゃないかとどこかで思っていた。
この竜は一見悪ぶってるところもあるけど、根がお人よしだ。
自分がどうなるのかより、私のことを優先すると予想はできていた。
「でも、そしたらイクシスが」
「別に問題ないだろ。何もかも元に戻るだけだ」
肩をすくめて軽くイクシスは言う。
私に気を使わせないくらい、軽く。
何てことのないように。
「お前は最初からこの世界にこなかった。そう思えばいい」
その言葉に、酷く突き放された気がした。
いらないって言われたような気がして、息が苦しくなる。
「一緒に旅してくれるって」
「あんなのただの口約束だ。本気じゃない」
恨みがましく言えば、あっさりとそんな事を言う。
「でも折角フェザーやエリオットや……子供達が変わりはじめたのに、置いてくなんて」
「メイコがいなくたって、あいつらはやっていける」
だから帰れ。
そう、イクシスは口にした。
「それとも何か? あいつらや俺のために、ヒルダになってここで過ごすか? いつ本物が帰ってくるかもわからないのに? 結局は同じだ。今帰るか、後で帰るかの違いでしかない」
確かにイクシスの言う通りだ。
誓約はヒルダ自身でないと解けないと、オウガが言っていた。
それが分かった以上、私がここにいたところで、ただの時間稼ぎでしかない。
ニコルがヒルダとして私がずっと暮らせる方法を教えてくれたけれど、それを口に出すのは躊躇われた。
ヒルダとなって一生を過ごす覚悟もできてないくせに、口にするのはイクシスを惑わせるだけだ。
「帰るなら早いほうがいい。あいつらが、メイコに慣れきってしまわないうちに。今ならヒルダに戻っても受け入れることができる。名月の儀式が終わって、屋敷に戻ったら、すぐに帰れ」
「イクシス!」
それ以上は聞きたくなくて名前を叫んだけれど、イクシスは私に冷たい視線を投げかけただけだった。
「それにメイコを守るのも、正直疲れた。振り回されてばっかりだしな。自分の身だって自分で守れはしないだろ。まだヒルダの方がマシだ」
イクシスは刺すような、わざと私が傷つくような言葉を選ぶ。
「なんでそんなこと……」
「真実だろ。ずっと思ってたけど言わなかっただけだ。いい機会だから、はっきり言った方がいいか? お前がいないほうが楽だ。邪魔なんだよ」
嘘だって言ってほしかったのに、イクシスは表情一つ変えはしない。
淡々と言葉を紡いだ。
「オーガストには、俺から本当は恋人なんかじゃないって話すつもりだ。後のことも全て頼んでおく。ほら帰るぞ」
立ち上がって、イクシスが手を差し出してくる。
その手を握る気になれなくて睨みつけた。
イクシスの言うことが正しい選択肢だ。
元に戻るだけの話。
けど、そんな簡単に割り切れるような日々を、ここで過ごしてきたわけじゃない。
目に涙が溜まるのがわかった。
本当はわかっている。
イクシスがこんな事をいうのは、私を突き放して帰る選択肢を選びやすくするためだ。
なのにどうして、こんなに傷つくんだろう。
何にこんなに苦しくなってるんだろう。
――あぁそうか。
この程度で、イクシスが私を切り離してしまえるのが悔しいんだ。
いかないで欲しいと、側にいてほしいと、少しでも思って欲しかった。
イクシスにとって、自分が手放しても平気な存在なんだと気付かされて苦しくなる。
この世界と、元の世界を天秤にかけて悩むくらいには。
私は、イクシスに愛着を持っているというのに。
それが全くイクシスにはわかってない。
「なんでそんな不満そうにしてる」
「……別に」
言うもんかと思った。
自分だけがイクシスに執着してるみたいで嫌だ。
こうやって突き放すなら、なんで優しくしたのか。
さっきまでの恋人ごっこの意味がわからなくて。
あんなキスをしておいて、酷いと思った。
苦しくて、悔しくて、わけがわからなくて。
唇をぎゅっと噛み締める。
「イクシスの馬鹿」
目じりに涙が零れた。
この前はイクシスが拭いてくれた涙は、そのまま地面に落ちて。
「……馬鹿で結構だ。動かないなら、担ぐぞ」
乱暴にイクシスに抱き上げられて、私は屋敷へと連れ帰られた。




