【57】今日は恋人同士で
「食料を買う前に、俺の買い物に付き合ってもらってもいいか?」
「珍しいね。何買うの?」
いつも私の買い物に付き合ってもらってばかりで、イクシスが何かを買うということはなかった。
「異空間の部屋用の食器を買いたいんだ。いつもバラバラなサイズの皿だと、見栄えが悪いだろ。どうせならちゃんとした食器でメイコのご飯を食べたい」
イクシスはそんな事を言って、陶器を売っているお店へと入る。
「メイコが好きなのを二組ずつ選んでくれ。ご飯用と、汁用と、大皿と小皿がそれぞれあればいいだろ。あとはまかせる」
「イクシスが選ばなくていいの?」
「どうせ使うのはメイコだしな。メイコの好みでいい」
言われてドキリとする。
まるで自分だけしかあの部屋に入れる気はないと、言われているような気がして。
ちょっと優越感のような、くすぐったい気持ちになってしまった。
「なんだ。どうした? 顔が赤い」
「……な、なんでもない!」
「気になるだろ、言え。妙な感覚がさっきから伝わってきて、落ち着かない」
誤魔化せば、イクシスが眉をひそめて睨んでくる。
本人にこれを言うとか、恥ずかしいにもほどがある。
自意識過剰といわれればそれまでだ。
けど、イクシスは逃すつもりはないようで、私の答えを待っていた。
「なんかそういうのって、特別だって言われてるみたいで。嬉しいなって思っただけです……」
小さくぼそぼそと言えば、イクシスがわしゃわしゃと髪を撫でてくる。
「っ!? イクシス!?」
「みたい、じゃなくて特別なんだよ。今まであそこに自分から入れたのは、オーガストとメイコだけだ。最初の時にも特別だって言っただろうが」
戸惑いの声をあげてイクシスを見れば、ツンと顔を逸らしていたけれど。
耳まで真っ赤で照れているのがまるわかりだ。
「さっさと選べ。この後米も、材料もいっぱい買わなきゃだからな。色々……食べさせてくれるんだろ?」
イクシスがむすっとした照れ隠しの顔で、そんなことを言う。
「……楽しみにしてる」
「うん!」
そうやって言ってくれることが嬉しくて、おもいっきり頷いた。
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今日は恋人だからということで、イクシスが服をプレゼントしてくれた。
竜族の衣装。
前にチョイスした際どいチャイナではなくて、前あわせの着物で淡い色の布を重ねた綺麗なものだ。
「どうかな……?」
気付けしてもらってイクシスの前に出る。
じっと私を眺めて後、イクシスは満足げに微笑んだ。
「可愛い」
イクシスがそんな言葉を言うと思ってなかったから焦る。
前にヒルダがチャイナを着た時は、わざわざ褒める必要があるのかなんて言ってた癖にどういう心境の変化なんだろう。
恋人相手なら……イクシスは褒めるということなんだろうか。
「メイコ」
イクシスが体を密着させてくる。
少ししゃがんで、顔を近づけてきて。
甘いと言ってもいい表情を向けて、私の頬を撫でてくるから落ち着かない。
目をまん丸にしてイクシスを見つめていたら、ふっとイクシスは笑ってでこピンしてくる。
「動揺しすぎだ。俺が可愛いって言っただけで、そんなに喜ぶか普通」
「なっ……もう、イクシス!」
どうやらからかわれたと気付いて腕をふりあげれば、手首をつかまれて抱き寄せられた。
「本当に可愛い……誰にも見せたくないくらいにはな」
耳元で囁かれ、ぞくぞくと背筋に甘いものが走る。
これもまたからかわれてるんだと思うのに、胸が騒がしくて血が沸騰しそうだった。
「本当、反応が素直だな」
イクシスは笑う。
私の感情がダイレクトに伝わってくるから、イクシスの一挙一動に振り回されてるのがわかって面白くてしかたないんだろう。
「イクシスっ!」
「何だ? 恋人同士なんだから、これくらいのスキンシップは当然だろ?」
怒るように名前を呼んで手を振り上げれば、イクシスが私から離れる。
その瞬間、チリンと涼やかな鈴の音が耳元で響いた。
不思議に思って近くにある鏡を見れば、髪に簪が挿してあった。
「俺からのプレゼントだ。メイコには赤い花が似合うと思ったんだが、やっぱり間違ってなかったな」
いつの間にと思う私に、イクシスが鏡ごしに笑いかけてくる。
小ぶりな赤い花の簪には、小さな金の鈴がついている。
まるでイクシスを思わせる色合いだと思った。
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夕飯は異空間の部屋で、二人で作って食べた。
イクシスの好物だというニルクッケと、ぶり大根っぽいもの。
よくわからない野菜のゴマ和えなど、色々取り揃えた。イクシスはどれも美味しいと言って食べてくれて。
その顔を見ていたら、作ったかいがあるなぁと思った。
「はいお待たせしました! プリンです!」
食後のデザートにプリンを出せば、イクシスは首を傾げていた。
「黄色い豆腐?」
スプーンでつつきながら、イクシスが弾力を確かめている。
ちなみにイクシスの故郷には、豆腐があった。
ところどころニホンにもある食べ物や調味料があったので、これ幸いと買い占めてイクシスの異空間にしまわせてもらっている。
あまりみたことがない形状のものだからか、イクシスは警戒しているみたいだ。
好奇心旺盛な猫が、様子を窺っているみたいでちょっと可愛い。
イクシスは恐る恐る口にプリンを含んで。
そして、目を見開いた。
「っ!」
それから夢中になって、三口、四口と食べて。
なくなったところで、私のプリンをじーっと見てくる。
どうやらもっと食べたいらしい。
スプーンですくって口に入れようとしてるのに、そんなに見られたら食べ辛い。
「一口食べる?」
「いいのか。じゃあ、遠慮なく」
私の申し出にイクシスが目を輝かせて、ぱくりとスプーンに口をつけてくる。
「甘い」
イクシスの顔が蕩けそうだ。
そんな顔されると作った側としてはとても嬉しい。
オウガもプリンが大好きだったけれど、イクシスもはまってしまったようだ。
「……もう一口駄目か?」
イクシスがおねだりしてくる。
しかたないなぁと少し笑いながら、スプーンですくってさしだしたところで。
これはいわゆるアーンというやつではないかと気付く。
……まるでバカップルみたいじゃないのコレ!
気付いたら恥ずかしくなってきてしまう。
イクシスが固まった私を、不思議そうに見た。
「なんだ、くれないのか?」
「えっ……いや、その。あげる! これ自分で食べて!」
カップごと差し出せば、イクシスはちょっと考え込むような顔になった。
「……なるほど。食べさせるのが恥ずかしかったわけだ」
ようやくそこに思い至ったらしい。
素であんなことをしていたのかと、恐ろしく思う。
私には難易度が高すぎるよと、声を大にして言いたかった。
「……今度は俺が食べさせてやる」
何を思ったか、イクシスがスプーンでプリンをすくって私の口に寄せてくる。
「ほら、口開けろ。俺が恥ずかしいだろうが」
恥ずかしいならやめればいいのに、イクシスは顔を赤くしながらスプーンを突き出す。
お粥なら、病気だからという言い訳があるけどこれは違う。
――純粋に、ただのいちゃいちゃだ。
「イクシス。これはちょっとやりすぎじゃない?」
「序の口だろこんなの。俺の両親なんか、口移しで……」
そっと諌めれば、イクシスが言葉の途中で止まった。
なんか嫌な予感がする。
「イクシス、あの二人を基準にしたら駄目だと思うの!」
「するわけないだろ! 俺もアレが異常だということくらいわかってる。大体口移しで食べさせるなんて二度とゴメンだ!」
必死になって止めれば、イクシスが顔を真っ赤にして叫んでくる。
「二度?」
「あっ……」
イクシスがあからさまにしまったという顔をした。
「まるで一度どこかで口移ししたような言い方だったんだけど。どういうこと?」
「それは」
問い詰めればイクシスが困ったような顔になる。
視線を逸らして焦っているのが丸分かりだ。
「イクシスさん?」
「……獣人の国でお前が熱だして、何も飲まないし食べないから悪い」
低い声で名前を呼べば、悪戯を見つかった子供のようにイクシスが白状する。
獣人の国で熱を出した私は、食べ物どころか水も飲まなかったらしい。
それでイクシスが口移しで全部与えていたようだった。
「何か食べないと薬も飲めないし……よくならないだろ。お前が死んだら俺も死ぬんだ。だからその、しかたなく……だな」
珍しく歯切れが悪い。
どうやらずっと隠していたこともあって、物凄く罪悪感を覚えているみたいだ。
「別に怒らないよ。嫌だけど、しかたなくやってくれたんでしょ? ありがとね」
そんな事情ならむしろ私がお礼を言うべきところだ。
色々迷惑をかけた上、そんなことまでイクシスにやらせてしまっていたとは、本当に申し訳なくなってくる。
「……お前、本当にわかってるか?」
お礼を言えば、何故かイクシスは不機嫌になる。
どうしてそんな顔をするのかわからなくて、首を傾げた。
「誓約なんて関係なく、メイコだったからあんなことしたんだ。言葉通りに受け取るな……馬鹿」
怒ったような拗ねたような顔で、そんな事を言われる。
きょとんとしていたら、イクシスはプリンを一人で全部食べてしまって。
「食べたら外の空気吸いたくなった。行くぞ」
「ちょ、ちょっとイクシス!」
強引に手を引かれて、私は部屋を後にした。




