【56】オウガの異空間に招待されました
「うわぁ! コーラなんて久しぶり!」
コップにコーラを注いで、ぐいっと飲む。
しゅわしゅわと喉にくる刺激がたまらない。
今日はオウガが、異空間にある部屋に招待してくれていた。
黒と白を貴重としたモダンな部屋は、私がよく知っているオウガのマンションの一室にそっくりだ。
それを指摘すれば、マンションのドアからオウガの異空間の部屋に繋いでいたのだと言われた。
知らない間に私はオウガの異空間に、何度も足を踏み入れていたみたいだ。
「異空間はこの場所限定で、ある程度モノを作り出すことができるんだ。ベッドとかテーブルとか買わなくていいし、引越しするのも楽だろ」
確かにそれは便利だと納得していたら、横にいたイクシスが黙り込んで不機嫌なオーラを出していることに気付く。
「どうしたのイクシス?」
「……やっぱりオーガストの異空間に行ったことあるんじゃないか」
尋ねれば責めるようにそんなことをイクシスが口にした。
「今の話聞いてたでしょ? マンションの部屋だと思ってたのよ」
「異空間は作り出した主の意志で閉じたりできる。オーガストに閉じ込められて出られなくなる可能性もあった」
イクシスは無用心だと怒ったように口にする。
「そんなことオウガがするわけないでしょ? 自分のお兄さんなのに、イクシスはオウガを疑いすぎ!」
「俺の兄だからそんな事を言ってるんだ。何度メイコを閉じ込めようと思った事があるんだ? オーガスト」
叱ればイクシスが冷ややかな声で、オウガに話を振る。
すっとオウガの瞳が細くなり剣呑な光が宿って。
一瞬、いつもとは違う顔をした気がした。
「……そんなことより、さっさとコーラを飲めイクシス。うまいぞ?」
明るい調子でオウガは、イクシスのコーラを手にとる。
さっき見たオウガは、気のせいだったのかもしれない。
口元にコーラを近づけられて、イクシスは抵抗した。
「黒い液体で、泡も出てるんだぞ? 魔女が作った呪いの秘薬か何かに決まってる。どうしてお前たち二人はそんなものを平然と飲むんだ!?」
ありえないとイクシスは、コーラを飲ませようとするオウガを拒絶する。
「そうかイクシスは怖いのか。勇気がないやつだ。メイコですら飲めてるのに、こんなのも飲めないなんてな……情けない弟を持った」
「……喧嘩を売ってるのかオーガスト」
わざとらしく嘆いたオウガを、イクシスが睨む。
「いや? ただ残念に思っただけだ。コーラごときにびびってるようじゃ、あっちの世界じゃイクシスは暮らしてもいけないなってな」
オウガの言葉に、ピクリとイクシスが眉を動かす。
どうやら、頭にきたようだ。
イクシスがオウガからコーラの入ったコップを奪い取る。
それを見てオウガが意地の悪い笑みを見せた。
あのイクシスが、いいように動いてしまっている。
兄であるオウガは、イクシスの扱い方をよく心得ているようだ。
イクシスは覚悟を決めたのか、コーラを一気に喉へ流し込む。
そして、お約束通り噴出した。
「っ……! なんだコレは!」
初めての刺激にビックリしたらしいイクシスの翼が、パタパタと蠢いて。
「ははっ! イクシス面白い顔!」
「オレの時より盛大だったな」
それを見て、オウガと二人で笑う。
「お前らっ! やっぱり変なものだったんじゃないか!」
イクシスが顔を真っ赤にして、恥ずかしさを誤魔化すように怒り出す。
ずっと昔から三人で過ごしてきたかのように、オウガやイクシスといるのは心地よかった。
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「これ私が高校一年の時にあげたマフラーだよね。まだ持ってたんだ?」
「メイコがオレにくれたプレゼントだしな」
ふと懐かしいものを見つけて手にとってみれば、オウガはふっと顔を綻ばせてそんなことを言う。
プレゼントというような、大層なものじゃない。
オウガが冬になってもコートも何も着ないから、見てて寒くて。
せめてこれくらいはと、私が使っていたマフラーをあげただけだ。
結構ボロボロになっていて、使い込んでいるのがわかる。
「まぁ竜族は寒さに強いから、本当はいらなかったんだけどな。気遣ってくれたのが嬉しくてつい季節関係なく巻いてたら、今度は暑苦しいって怒られたっけか」
「当たり前でしょ?」
思い出して、オウガにつられて笑う。
「そういえば、今年はオウガに青のマフラー用意してたんだよ? オウガのお陰で家族と仲良くできるきっかけができたから、クリスマスプレゼントにって」
死ぬ直前は冬で。
クリスマスには、家族皆でパーティをしようという話になっていた。
高校の時にギクシャクしてしていた家族関係は、ようやく修復され始めていて。
義父や義兄の事も、ちょっとは受け入れられるようになっていた。
ただ仲良くするきっかけがなくて。
今回はその足がかりになるはずだった。
二十歳で大人になるのだから、自分から新しい家族と一歩踏み出そうと思った。
普通に新しいお父さんと話したりはする。
けど名前呼びで、お父さんと呼べてはいなかった。
オウガにそれを相談すれば、クリスマスのパーティでもすればいいじゃないかと言ってくれた。
後押しされるように、そういう場を作った。
お母さんはとても喜んでいて、自分の選択が間違ってなかったって思った。
ありがとうを言えば、オウガは別に何もしてないと言いながら頭を撫でてくれた。
――よく頑張ったな。勇気出せたじゃないか。
オウガがわかってくれたのがとても嬉しくて、心強かった。
「皆、どうしてるかな……」
きっとお父さんって呼べる。
これから、家族と仲良くやっていけるようになる。
そう思っていた。
なのに。
事故にあって、私は何故かここにいる。
弟たちは元気してるかな。
私がいなくてもしっかりやっていけているだろうか。
「メイコ」
オウガの声ではっとする。
気付けばオウガとイクシスが、こちらを心配そうな目で見ていた。
「……ごめんちょっとしんみりしちゃった! あっオウガ、ポテトチップス食べてもいい? コーラに一番あうお菓子だと思うんだよね!」
「もちろんだ。そろそろメイコが好きなバラエティ番組が始まるし、見ながら食べるぞ」
明るい声を出せば、オウガはそれに合わせてくれる。
「……」
ただイクシスだけは、何かを考え込むように黙り込んでその場に座っていた。
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明日はいよいよ名月の日。
私は、オリヴィアさんに料理を教えてもらったり、オウガとお喋りしたり、イクシスとのんびり過ごしたりしていた。
そして、今日はイクシスが里を案内してくれるという。
今の時期はお祭りのようなものらしい。
竜族の街ということで訪れた場所は、竜族が大勢行きかってにぎやかだった。
時折人族の女の子の姿もある。
逆鱗をまだ飲み込んでない、花嫁候補なんだろう。
「名月の日って、何か特別なことをするの?」
「この里に、皆で魔力を込める。それで一年近く里の機能が維持されるんだ」
イクシスの説明に、なるほどなと思いながら、米をふくらしたお菓子を食べる。
甘くて美味しい。
「そうだイクシス、お米! お米を買い占めよう!」
「いきなりなんだ。そんなに米が気に入ったのか?」
忘れていたとばかりに口にすれば、イクシスがちょっと首を傾げる。
「私のいた国は、米が主食だったの。だから屋敷にも持って帰って食べたいんだ」
キラキラした目でイクシスを見れば、この後私が何を言いたいのかわかったようだった。
「……俺の異空間に米を詰め込む気か」
「お願いイクシス!」
嫌そうな顔になったイクシスに、パンと手を合わせてお願いする。
「そんなに……故郷の味が恋しいか?」
「まぁ、米はやっぱりニホン人として欠かせないからね」
答えれば間を置いて、そうかとイクシスは一言呟く。
「イクシスだってお米好きでしょ? ニルクッケ作ってあげるから!」
「何で俺の好物を知ってる」
私の言葉に、イクシスは驚いた顔をして私を見た。
「オリヴィアさんに聞いて習ったんだ。ばっちりつくれるよ!」
ふふんと胸を張る。
ニルクッケはニホンでいう肉じゃがに近い。
材料は領土でも手に入るから、調味料さえここで買っておけばいつでも作れる。
「いつでも嫁にこれるわねって、お墨付きはもらったから期待していいよ!」
そう言えば、イクシスの頬が緩む。
立ち止まって、私の頬の横の髪に手を差し入れてきた。
「いっそ本当に俺の嫁になるか? メイコ」
「い、イクシス?」
突然の言葉に、目を丸くする。
顔が近づいてきて。
キスされるのかと思わず目を閉じた。
「……冗談だ。花びらがついてた」
その声に目をあければ、イクシスが私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
どうやら髪についていた花びらをとってくれただけらしい。
無駄にドキドキしてしまった。
「米は買ってやる。調味料もな」
「やっぱりイクシスも好物には弱いんだね!」
作戦勝ちだと心の中でガッツポーズを決めれば、イクシスが肩をぐっと掴んできた。
どうやら人にぶつかりそうになったのを、避けてくれたらしい。
「ありがとう」
「いや。人が多いから手を繋ぐぞ」
はぐれても困ると、イクシスが私の手を握ってくる。
「ところで、オーガストにはどんなモノを作って食べさせていたんだ?」
「毎日の弁当だからね。色々だよ? オウガはオクラのベーコン巻きが好きだったみたい。後は肉系かな? あとは時々家で作ってたプリンが衝撃的だったみたいで、よく要求してきたよ」
尋ねられて、考えながら答える。
「ならそれも食べたい」
「えっ? いいけど、どれ?」
「とりあえずはぷりんだな。オーガストが一番うまいって言ってた」
首を傾げれば、イクシスが金色の目を向けてくる。
期待するような響きがそこにあって、興味を持ってくれたことが嬉しい。
「わかった。他にも何か食べたいものはある? 似た材料でつくるから、全く同じにはならないと思うけど、それでいい?」
「構わない。メイコの得意なやつから食べさせてくれ」
少し意外に思いながらそう言えば、イクシスはふっと嬉しそうに笑う。
その表情に胸がドキドキと鳴る。
「じゃあ、屋敷に帰ったらいっぱい作ってあげるね! 結構レパートリーあるんだよ?」
「……できれば、今日食べたいんだが」
勢い込んで言えば、イクシスの表情に陰りが差した気がした。
「えっ? 別に作ろうと思えば作れるけど。どうしたの急に」
何でそんなことを言い出すのかわからなくて、戸惑う。
「メイコが作ったものが食べたい気分なんだ。オーガストだけが食べてるのは……なんか面白くない」
イクシスが拗ねたような顔をして、私の手を握る手に力を込める。
甘えられているみたいだとそんな事を思う。
人がいないんだから、恋人の演技をする必要ないはずなのに。
その視線が私を熱っぽく見つめていて、距離が近い。
演技なのに、本当の恋人のように扱われている気になって意識してしまう。
獣人の国や、他の場所でもイクシスと街を周ったことはあった。
でもあの時と今とは、明らかに何かが違う。
それが何かがわからなくて、戸惑う。
というか、感情が筒抜けなんだから、焦ったりしたらばれるというのに!
平常心、平常心。
そう思いながら、冷静すぎるからこそ、オウガにイクシスと恋人同士ではないと疑われていたと思い出す。
恋人の演技をするなら、ドキドキしていた方が信憑性が増すんじゃないか。
イクシスだって役に入り込んでいるんだから、私が頑張らなくてどうする。
いやでも……。
「何一人で百面相してるんだ?」
「私もイクシスみたいに、恋人のふり頑張るべきかなって思って。何だかイクシス本当の恋人みたいに接してくるんだもの」
顔を覗き込んできたイクシスの距離が近い。
早くなった鼓動を誤魔化すように、そう口にした。
「……今日は本当に恋人になってみるか、メイコ?」
立ち止まって囁いてきた、イクシスの提案は斜め上で。
思わず目を見開く。
「ふりだって思うから、オーガストに見抜かれる。本当の恋人がどんなものかを知れば、自然にメイコも甘い空気が出せるかもしれないだろ?」
イクシスは真剣な顔をしていた。
「えっ……いや、でもそれは」
「今日だけの練習だ。駄目か?」
戸惑う私を見つめてくるイクシスの目が、苦しげに揺れている気がした。
断らないで欲しいと願うようで、何でこんな顔をするのかわからなくて混乱する。
イクシスらしくない。
妙に胸が騒ぐ。
壊れ物を扱うようにそっと触れてくる指先の熱に、顔が火照るのがわかる。
「今日は俺の恋人になれ、メイコ」
熱を帯びる目に、まるでイクシスに告白されているような気分になる。
いやある意味告白なのだけれど、これは取引みたいなものだ。
イクシスの恋人だという嘘を突き通すための、練習。
なのに、それ以上の何かがその視線の中にある気がして、落ち着かない。
「わ、わかった。練習だもんね!」
「そう言ってくれると助かる」
ぐっと拳を握って請け負えば、ふっとイクシスは安心したように笑って。
ちゅっと触れるだけの口付けをしてきた。
「い、イクシス! ここは街中で!」
「あぁそうか。恋人同士とは言え、人が見てるところでは駄目だったな。とりあえず買い物の続きをするか」
慌てる私を見て、イクシスは面白そうに、それでいて幸せそうに笑った。
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