【55】勝利のキスをあなたに
九頭の竜が一斉に広場を飛び立つ。
一番最初にスタートしたのはイクシスだった。
他の竜が炎の球を放ってきたけれど、それを軽々と避けてドンドンスピードを上げていく。
それでいて、時折イクシスは相手の魔法を打ち消して見せたりしていた。
皆一番最初にイクシスから潰すことにしたのか、一斉に攻撃をしかけてこようとしたけれど、イクシスがそれを風の魔法で蹴散らす。
前に見た時も思ったのだけれど、イクシスの風属性の魔法はかなりレベルが高いようだ。
風を纏いながら飛んでいるイクシスが、この中では一番の優勝候補なのだと二番目の竜のお嫁さんが教えてくれた。
「それにイクシスは金の目持ってるから、魔法の勝負の時は断然有利なのよ」
彼女が説明をしてくれる。
「金の目って特別なんですか?」
前にニコルも祝福されし金の目の竜と、イクシスの事を言っていた。
尋ねてみれば彼女は頷く。
「竜族以外にはあまり知られてないことなんだけど、金の目の竜は特別でね。相手が魔法を使う際に、その魔法陣をみる事ができるのよ。それで相手の術を見抜き、相殺することが可能なの」
「えっ、魔法陣って普通に見えるものじゃないんですか?」
彼女の説明に、思わず声をあげる。
魔法を使う際には、手元や足元やら空中やらに魔法陣が出現するのは当たり前だと私は思っていた。
「……まさか、メイコちゃんも見えてるの?」
彼女の反応からすると、それは異常な事のようだ。
私の目には魔法を使う際に、術を使う人の近くに光の文字で書かれたような陣が見える。
けれどこれは、普通の人の目には見えてないらしい。
前にイクシスは私の風属性の呪文を打ち消して見せたことがある。
イクシスは風属性の魔法が使えたから打ち消す事が可能なんだと、勝手に思い込んでいたけれどそれは大きな間違いだったようだ。
イクシスは属性に関わりなく、魔法を打ち消すことが可能らしい。
もちろん細かい条件はあるけれど、それは凄いことなんだと彼女は教えてくれた。
様子を観察していれば、イクシスが相手の魔法陣に干渉しているのがわかる。
時折失敗している事もあって、魔法陣が出現している間だけ、打ち消すことができるんだなと何となく気付いた。
魔法陣の完成前だと、特に簡単に打ち消せるようだ。
そんな魔法を打ち消すことのできるイクシスが、ヒルダの魔法の誓約を受けている。
だからこそオウガやニコルは、イクシスに誓約がかけられているという事に衝撃を受けていた。
皆がヒルダを危険視するのも当然かもしれない。
ヒルダは規格外な存在なんだと、改めて実感する。
そんな事を考えていたら、イクシスとオウガが共闘し始めた。
他を排除してから戦うことにしたらしい。
さすが双子というべきか、かなり息があっている。
その実力は他の竜と比べても高いのか、最終的に二人が残った。
「頑張りなさいオーガスト! イクシスなんか蹴散らすのよ! あんたに全賭けしてるんだからね!」
二番目の竜のお嫁さんが、オウガにエールを送る。
撃墜されて帰ってきた旦那さんが、それを聞いてショックを受けた顔になる。
自分を応援してくれてないのかと言う旦那さんに、彼女はそれとこれは別とはっきり言い渡す。
竜族はなかなかに濃い人たちが多い。
オウガの魔法は威力が高い。
けれど、イクシスに全て相殺されてしまっていた。
イクシスが断然優勢のようだ。
風を纏ったイクシスが、一気に島までたどり着いて竜の姿のまま花輪を取る。正しく言えば爪で花輪の置かれている地面ごと抉った。
人型に戻る時間が惜しいというより、一度人型に戻ったら竜の姿になれないからなんだろう。
かなり大胆だ。
結局優勝したのは、イクシスだった。
人型に戻り、抉った地面のところから花輪を取って私の元にやってくる。
その花輪を私の頭に乗せてくれた。
「おめでとうイクシス! 圧倒的だったね!」
「まぁな?」
褒めればイクシスが嬉しそうに笑う。
それから、不意打ちでキスをしてきた。
「あれ兄さんさっき先払いでキスもらってたよね。ずるくない? オレなんて最近キスされてないのに!」
「別に勝ったんだからいいだろ? 一度だけっていう決まりもない」
文句を言ってくる弟竜に、イクシスがさらりとそんな事を言う。
「イクシス! 今のは別に必要なかったよね!?」
宝玉の力を得る必要もないのに、人前で何をしてくれてるのか。
恥ずかしくて抗議すれば、イクシスは怒る私を見て目を細める。
「なんだ照れてるのか」
「なっ! そ、そういう問題じゃないでしょ!」
怒って拳をふりあげれば、それを防がれてまたキスをされた。
さっきの軽いキスじゃなくて、ねぶるようなキス。
ひゅーとからかうように、黄色い竜のお兄さんが口笛を吹く。
オウガが現れてイクシスを私から引き剥がして、魔法対戦第二ラウンドが始まって。
一体イクシスは何を考えてるんだろうと、顔に熱が灯るのを感じた。
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「イクシス。今日のアレは何のつもりなの?」
「あれって何だ」
「必要なかったでしょ、あのキスは!」
夜になって寝室でイクシスを問い詰める。
オウガと再会してお酒を飲んで。
あれからイクシスは変だ。
本格的すぎるくらいに恋人役っぽく振舞ってきて。
向けられる視線に、演技とはわかっていてもどきっとしてしまう。
この四日ほど翻弄されっぱなしだった。
「イクシスこの前から変。無駄に私に触ってくるし、必要もないのにキスしてくるよね?」
「恋人役なんだからそれっぽくした方がいいだろ? オーガストにバレたら困る」
注意すればしれっとイクシスはそう答えた。
「いやまぁ、確かにそれはそうだけど」
言い澱めばベッドに腰掛けていたイクシスが、目の前に立つ私の髪に触れてくる。
「それにメイコだって嫌がってなかっただろうが」
「うっ……」
くすっと笑うように言われて、言葉に詰まる。
そう言われてしまうと、最初にキスされたときのような抵抗はなかった。
「ちょっと慣れてきただけだから! それでも毎回恥ずかしいんだからね!」
「知ってる。慣れたわりには、前よりもドキドキしてる気がするんだがな」
イクシスが調子に乗らないよう怒ってそう言えば、手を引かれてバランスを崩す。
ベッドにイクシスを押し倒すような形になって、思わずドキリとした。
慌てて上半身を起こそうとすれば、イクシスがそうはさせないというように背中に手を回してくる。
「ほらまただ。俺がくっつくたびにこんな感じだよな。オーガストが抱きついてきてもこうはならないのに」
ざわついてしまう私の感情を読んで、イクシスが満足そうな声を出す。
耳元で囁かれる声はいつもより低くて、色っぽく熱を孕んでいた。
「もうイクシス!」
顔が真っ赤になるのを感じながら、その胸を突っぱねる。
腕から逃れて、警戒するように離れればイクシスが上半身を起こした。
「ちょっとからかっただけだ。そう怒るな。ほら、さっさと寝るぞ」
予定としてはイクシスに異空間で寝てもらって、私はこっちの部屋で寝ようと思っていたのだけれど。
以前異空間に引きこもったイクシスは、里にいるあいだ異空間の使用をニコルに禁止されてしまったらしかった。
だからこうやって、毎日イクシスと同じ部屋で寝ることになってしまっている。
本来なら私とイクシスを二人っきりにしないよう、クロードがエリオットを付けていたのだけれど。
エリオットはイクシスの甥っ子たちに気に入られて、彼らと同じ部屋で過ごしていた。
ソファーがあればそこに寝るんだけどなぁ……。
異空間のイクシスの部屋と違って、こっちの部屋にはソファーがない。
なので、大きなベッドの右端と左端に分かれて眠っていた。
「こっちから入ってこないでよ?」
「昨日もおとといも境界を越えてきたのはメイコだろうが」
しかたなくベッドに戻ってそう言えば、イクシスが気だるげな声でそんな事を言ってくる。
竜族の里では鳥族の国に行った時のように高い場所だからと言って、気分が悪くなることはなかった。
人間の花嫁を迎え入れるため、色々配慮がされているらしい。
ただ、高いところにあるため少し寒い。
そのため、朝になるとぬくもりを求めた私の体が、かってにイクシスにくっついていることが多かった。
なので何も言えずにいれば、イクシスが角や翼、尻尾を消す魔法を自らにかける。
寝る時に邪魔だからと、イクシスはいつもその魔法を使っているようだ。
そうやって見ると、イクシスが普通の人間みたいにみえる。
ただ赤い髪や金の目というのが、ニホンではありえない色なのだけれど。
そうやって人みたいな姿をされると、どうにも緊張してしまう。
竜のイクシスじゃなくて、別の何かになってしまったみたいだ。
急に男の人だと意識してしまうというか、落ち着かない。
イクシスはいつもと変わらないイクシスだというのに。
「じゃあ、灯りを消すぞ」
「わかった」
イクシスが灯りを消して、ベッドの端に横たわる。
こんなんじゃ眠れそうにない。
昨日もおとといも同じ事を思ったけれど。
気付いたらうとうとしてきて、あっさり私は眠りに落ちた。
5/30 誤字修正しました!




